「川越市をPRするため、速やかにフィルムコミッション(FC)の設立を進めたい」。昨年12月8日の川越市議会議場に石川稔副市長の声が響いた。
以前から、住民から設立の要望があったが、事務局をどこに置くかなどの課題に結論が出ず、進まなかった。そんな市が重い腰を上げたのは、昨年のNHK連続テレビ小説「つばさ」の放送がきっかけだ。
08年6月から、3人の観光課職員がスタッフの昼食、駐車場、エキストラの手配などに奔走。やがて、住民や自治会、商工会などに「次も協力をお願い」と言える関係を築くことができた。「つばさの熱気が冷めぬうちに」と、来年度の設立を目指すことになったという。
蔵造りのほか、昭和の香りが漂う町並みが残る。「ロケ実績」と書かれた観光課の資料には、「陰(かげ)日向(ひなた)に咲く」(08年、東宝)、「仮面ライダーディケイド」(09年、テレビ朝日)などの作品名がずらりと並ぶ。
ロケ地としての人気は以前からあった。
昭和初期から06年まで市内中心部で映画館を経営していた故桜井角太郎さんの次男、政幸さん(71)は「ロケを行うとなると、スタッフは地元の警察よりも映画館の協力を仰いだ。映画館がFCのような役割をしていた」と振り返る。
三国連太郎さん主演の「無法松の一生」(1963年、東映)では、約50人の住民が華麗な5台の山車をひいたり、かねや笛の音、客引きをする露天商の声など祭りのにぎわいを再現した。これを仕切ったのが角太郎さんだった。宿からエキストラ、撮影に使う山車の手配にと電話一つで済ませ、住民も快く引き受けたという。
それから40年以上。警察への届け出などが厳しくなり、ロケを地元映画館に頼ることもなくなったが、頼まれれば協力する市民の人情は今も変わらない。
川越には「つばさ」の余韻が残り、観光客が例年より多い状況が続いている。政幸さんは「今は各地のFCが誘致合戦をしているから、このままでは川越でのロケは減っていく。メディアをどんどん誘致して川越の良さをアピールすれば市民の誇りにつながる」と話す。【鷲頭彰子】=つづく
毎日新聞 2010年1月5日 地方版