戦時徴用で日本企業で働かされたにもかかわらず、賃金などをもらえずに帰国した朝鮮半島出身者の名簿について、法務省は3月にも、各人の未払い額の記録を添えて韓国政府に提供する方針を固めた。戦後の公文書では、未払い金の対象者は20万人超、総額は当時の額面で約2億円とされる。1965年締結の日韓条約に基づき、韓国政府は未払い金の財産権を放棄したものの、徴用の実態解明のため、名簿類の提供を求めていた。日本側はこれまで見送ってきたが、政権交代で方針転換となった。
法務省や外務省によると、賃金などの未払い金は戦後、外国からの徴用者を雇用していた企業から各地の法務局などに供託され、法務省が名簿などを管理している。法務省は昨秋、全国331カ所ある法務局や支局、出張所に対して、名簿類の確認と精査を指示した。軍人・軍属の延べ約11万件の未払い賃金に関する名簿については2007年、韓国側に提供しているが、民間企業の徴用者については初めて。
韓国では16万人が「戦時中、日本の炭鉱や工場に強制動員された」と政府に申し出ている。08年からは慰労金などの支給が始まっており、未払い賃金については、本人や遺族に、当時の1円を2千ウォン(約160円)に換算するなどして最低20万ウォン(約1万6千円)の「未収金支援金」を支給している。関係者によると、昨年末までの受給決定者は7182人で、未払い額を裏付ける書類がなく、申請をあきらめる例も数多いという。名簿類の提供で、受給者数は大幅に増える見通しだ。
戦時徴用者の名簿提供を巡っては、05年の日韓外相会談後、協議が重ねられてきた。日本側は「作業が膨大」などとして対応を見送ってきたが、鳩山内閣の発足後、積極姿勢に転じた。ただし、日韓条約に基づく請求権協定で、韓国側は未払い金の財産権を放棄する代わりに日本が無償3億ドル、有償2億ドルの経済協力を実施することで政治決着した。このため、外務省は「供託金による未払い金の支払いはない」としている。(三橋麻子、延与光貞、中野晃)