2つの手帳。
2009/06/04 07:36
* 本日2つ目の記事です *
うちの息子たちはそれぞれ手帳を持っています。 ヒロキは小児慢性特定疾患児手帳。 キョウスケは療育手帳。 どちらも、公的な手帳で、 2人のハンデを証明してくれる大事なものです。 これら2つは、親が希望して 審査や判定をして条件に当てはまっていればもらえます。 小児慢性特定疾患児手帳は、 小児慢性特定疾患医療受給者証の付属でもらいます。 毎年、医師の意見書を添えて継続申込しなければいけません。 療育手帳は、2年に1回判定が行われ、 場合によっては軽度から中度に、中度から重度に・・・ と変わることもあります。 (いずれも神戸市の場合) 小児慢性特定疾患医療受給者証は、 世帯主の所得に応じて、毎月の自己負担額に上限が設けられています。 なので、乳幼児等医療費受給者証の対象年齢が終わると、 とても助かることになります。 療育手帳は、療育を受ける際に目安となりますし、 施設のいろんなサービス(入場料が無料など)を受けられます。 先ほど「親が希望すればもらえる」と書きました。 それは、親が希望しないともらえない、すなわち、 親が「そんな手帳なんていりません!」という考えだったら、 交付されないのです。 ヒロキの場合は、兵庫県立こども病院の主治医の先生から、 申請した方がいいと勧められたので、迷いもなく申し込みました。 キョウスケの療育手帳は取得するのに、結構迷いました。 判定が混んでいて、判定日時が何か月も先という状態だったこともありますが、 結局、4歳になってからの取得となりました。 手帳を持つ・・・それは・・・ 「あなたは障がい児です」 というレッテルをポーンと貼られるように感じていました。 まだ私がキョウスケの障がいを認めていなかった時期だったから、余計に。 公的に確定されるのが怖かった。 それを持つことで、障がいじゃないかもしれないという小さな希望が、 打ち砕かれるかもしれない。 そんなことを考えていました。 でも、ある日突然 「これじゃいけない!ちゃんと診断してもらおう!その方が楽になる!」 と思って、病院で診断してもらい、療育手帳を取得することに決めました。 今ではもう平気です。 出かける時はいつも持ち歩いています。 この手帳は・・・ 「あなたは障がい児です」 っていう証明であると共に、 「障がいがあるので支援が必要です」 という証明でもあるのです。 私は、自分の子供に障がいがあるかもしれないと思い始めたとき、 ベネッセウィメンズパークの「障がい児の部屋」を毎日見ていました。 そこの書き込みを見ては、凹んだ日々が懐かしく思い返されます。 今でも、その当時私が悩んでいたことと同じような書き込みをお見かけします。 そのときが1番辛かった。 「自分の子がまさか・・・そんなわけない!」 とネットで必死に調べていたあの時が1番しんどかった。 療育手帳を取得しようと決めたあの日。 私はキョウスケの障がいをちゃんと受け入れられるようになったんだ、 と確信しました。 それは、逆に清々しい・・・むしろスッキリした気持ちでした。 自分の子供に障がいがあるのか・・・ 手帳を取るべきか・・・ 進路をどうするのか・・・ 今、日本中でたくさんの保護者の方々が いろんな悩みを抱えていらっしゃると思います。 でも、必ず転機が来る! ずーっと暗闇の中ではないと思います。 障がいを認めて寄り添う・・・ それは決して”負け”ではありません。 そうすることで、逆に明るく前向きに生きることだって 出来るのですから。 でも、そこに至るまでに、 時には夫婦喧嘩をして、時にはお風呂で大泣きして、 いっぱいい〜っぱい回り道をすることは 今から思えばとても意味のあるものだったように思います。 私にとっては、手帳が1つの区切りでした。 暗闇から抜け出すキッカケになりました。 2人の息子にそれぞれ2つの手帳。。。 それはあまり喜ばしいものではないけれど、 我が家にとってはなくてはならない手帳たちです。 今日も読んでくれてありがとう またいつかキョウスケの障がいを受け入れられるようになる以前のことを 書いてみようと思います。 今の私からは考えられないような、とっても暗く重い過去。 でも、なくてはならなかった期間でもあります。 ぜひまたお付き合いください
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