今度は166人だそうだ。元日、東京・深沢の小沢一郎邸に詰めかけた民主党国会議員の数である。12月の訪中同行議員が143人。これ見よがし、とはこのことだろう。
小沢は不世出の政略家だ。気まぐれで身内を集めたわけではあるまい。新年会の垂訓は「参院選必勝」だった。選挙は7月。過半数を取れば両院で民主党主導が成る。その一点にかける小沢の集中力は見事というほかはないが、「数は力」の誇示に波乱の予感が潜む。
小沢大訪中団は奇観だったが、田中角栄元首相に似たエピソードがある。84年4月16日、田中は、竹下登蔵相(後に首相)の父親の葬儀に出席するため、田中派の70人を含む国会議員約100人を率い、羽田からチャーター機で島根県掛合町(現雲南市)に乗り込んだ。
当時、田中はロッキード裁判1審で実刑判決を受け、控訴中。前年総選挙での大量得票を誇り、検察、マスコミと険しく対立していた。小沢は訴追されていないが、秘書の起訴をめぐって検察、マスコミと対立する立場は田中に通じる。
選挙の洗礼を浴びた議員こそ正しい民意を代表する--。小沢がそう信じ、配下の議員数を誇示して無言のうちに検察、マスコミをけん制しているとしても不思議ではない。
田中がそうだったように、小沢は知略、胆力、経験を兼ね備えた猛将だ。反小沢、非小沢から親小沢に宗旨替えした民主党議員たちは、選挙対策や国会対策を知り抜いた小沢の頼もしさを語ってやまない。
小沢にあって他の多くの国会議員に欠けているものは、修羅場を何度もくぐった政治家の野性だ。「ある種、堅気でないような執念と気迫」(文芸春秋新年号座談会の片山善博慶応大教授の小沢評)だ。
清潔でスマートなだけでは政治にならぬと悟った民主党議員たちが、小沢の老練な幹事長ぶり、個人資金や子飼い秘書も動員して腹心を大量当選させる裏技に目をみはり、ひれ伏している現状である。
ガソリンの暫定税率維持を唱えて満座を収められるのも小沢に力があればこそ。問題は、そのパワーを生みだす政治資金の調達方法に疑惑が生じているところにある。
年末・年始の新聞は小沢の新たな政治資金疑惑を競って伝えた。大きな背景をなすのが、小沢が、かつて率いた新生党、自由党の解党に際し、残った資金の大半にあたる22億円余りを自分の政治団体に移し替えていたという問題だ。
現在、このような資金移動を規制する法律はないが、カネの多くは国費である。資金移動から派生する政治資金規正法違反を問う捜査、報道は正義の実現か、政治的偏向か。
癒着の旧体制を破壊し、「脱米入亜」にかじを切るという大目標を思い、「形式上は透明だが、実態がまるで分からない収支公開」でもガマンするのが革命政権下の人民の作法か。
庚寅(かのえとら)の2010年はこのことが繰り返し問われ、小沢が例によって猛々(たけだけ)しく反論し、国論は割れるだろう。
テレビには映らなかったけれども、元日の小沢邸前には右翼の街宣車と「外国人地方参政権反対」のデモ隊が押しかけ、大勢の警官がバリケード封鎖で進入を規制した。
厳戒の中の年始風景は、「数は力」とたのむ実力者が宿命的に巻き起こす嵐の予兆ではなかったか。(敬称略)(毎週月曜日掲載)
毎日新聞 2010年1月4日 東京朝刊
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