従軍慰安婦被害者の金順岳さん死去

 日帝による植民地統治下で日本軍の従軍慰安婦として連行され、近年は当時の実態を積極的に証言してきた金順岳(キム・スンアク)さん(82)が2日午前、死去した。

 金さんは現在の慶尚北道慶山市で小作農の家に3人兄弟の長女として生まれ、16歳の時に「繊維工場に就職させる」という言葉にだまされ、日本軍の慰安所に連れていかれた。その後、中国のハルビン、内モンゴル、北京などで2年あまりにわたり、日本軍に性的奴隷生活を強要された。金さんは解放後の1946年に鴨緑江を渡り帰国し、ソウル、群山、麗水、東豆川などを転々としながら苦しい生活を営んできた。

 金さんは2000年に日本軍による従軍慰安婦被害者として登録し、韓国挺身隊問題対策協議会の集会で慰安婦の実態について証言してきた。07年2月には国会統一外交通商委員会に出席し、慰安婦の生活実態について証言。08年8月には慰安婦のつらい生活をつづった一代記『わたしの気持ちは誰も分からない』を出版した。

 大邱市中区の病院に設けられた遺体安置所には、「挺身隊のおばあさんと共にある市民の集い」や挺身隊問題対策協議会のメンバー約50人が訪れた。中には大邱市在住の慰安婦被害者、イ・ヨンスさん(82)、シム・ダルヨンさん(83)ら4人の姿もあった。

 ひつぎの前には白喜英(ペク・ヒヨン)女性部長官、丁世均(チョン・セギュン)民主党代表、朴宣映(パク・ソンヨン)自由先進党広報担当、大邱市民団体連帯会議などから献花があった。金さんの死去で、韓国政府に登録した慰安婦被害者のうち生存者は88人となった。

チェ・ソンジン記者

朝鮮日報/朝鮮日報日本語版

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