きょうの社説 2010年1月4日

◎旧町名復活 「多数意思」生かせる支援策を
 金沢市がまちづくりでさらに独自性を発揮しようとするなら、全国に先駆けて取り組ん だ旧町名復活の推進は極めて重要なテーマである。国の「歴史都市」認定やユネスコの「創造都市ネットワーク」登録など、昨年は金沢にとって都市としての評価が高まる大きな節目となった。これらの名に恥じないまちづくりへ新たに踏み出すうえでも住民のエネルギーが欠かせない。行政に望みたいのは、旧町名復活の支援策を思い切って拡充することである。

 金沢市内では1999年の主計町を皮切りに、この10年で11の旧町名が復活した。 さまざまな困難を乗り越え、一つ一つの地域で合意を取り付けてきた住民の努力は貴重であり、旧町名復活はまちづくりの「体温」を上げてきた原動力と言ってよいだろう。

 その一方で、復活へ向けた真剣な議論が起きながら立ち消えになる地域もあった。予算 を投じれば確実に実現できるハード事業と違って、旧町名復活は難事業である。今後も予期せぬ課題が待ち受けているかもしれない。そうしたハードルを越える動力として行政の後押しは不可欠である。金沢市にまず考えてほしいのは、多数意思を生かせるような支援策である。

 かつて東京都知事を務めた美濃部亮吉氏は「一人でも反対があれば橋を架けない」と言 った。少数意見を重視する、いわゆる「橋の論理」だが、それには多数の意思が無視されていいのかという批判が絶えずつきまとった。公共事業と性格が異なるとはいえ、旧町名復活の道のりでわいてきた疑問もそこにある。

 物事を変えようとするときには異論や反対はつきものであり、百パーセント賛成はほと んどあり得ないだろう。住所変更がそこに住む人すべてにかかわることを考えれば、より多くの賛成が望ましいだろうが、一握りの反対で多数の意思が生かされないのは極めて残念なことである。金沢市が旧町名を「貴重な歴史的文化資産」と高く位置づけるなら、民主的な手続きとして多数意思の尊重を、復活推進条例なり要綱などで制度的に明確にできないだろうか。

 実際、「南町」は3分の2という議決ルールを設け、結果的に8割を超える賛成で復活 が決まった。生活者の少ないビジネス街であり、住宅地とは事情が異なるものの、多数意思を尊重した先例として評価できる。

 多数意思を生かせる環境整備として、補助金の拡充も検討してほしい課題である。助成 要綱では住所変更にかかる経費として、世帯主に1万5千円、事業所や店舗などに10万円が助成される。これまでの実情に照らしてその額は妥当だろうか。事業所は規模で必要経費が異なってくる。支援策を一律でなく、細やかに目配りすることも行政の意思を示すことになる。

 復活後5年間にわたって助成されるコミュニティー活動補助費(年間10万円)も金額 や用途の幅を広げる余地がある。町名の特徴を際立たせたり、景観を向上させるハード面など、部局横断で施策を組み合わせてもいい。旧町名復活は歴史を大事にする金沢の金看板といえ、都市戦略の要という大きな視点で支援策を見直す時期にきている。行政としての不退転の決意を具体的なメッセージで伝えることが大事である。

 金沢市には北海道を除く全都府県から自治体や議会関係者らが旧町名復活の視察に訪れ ている。2007年には金沢市に続き、長崎市でも2つの町名が復活した。高岡市では市議会12月定例会で旧町名復活を求める質問があった。昨年の開町400年を弾みに「歴史都市」を目指す高岡市にとって取り組む価値は十分にある。歴史を生かした都市づくりという全国的な流れのなかで旧町名復活への関心は衰えることはないだろう。先陣を切った金沢市としても、ここで立ち止まるわけにはいかない。

 城下町遺産の文化財指定や金沢検定、ふるさと教育の広がりなどを通して、歴史や文化 を大事にする機運は確実に高まってきた。旧町名に思いを寄せる人々も11の復活地域を超えて広がっている。そうした種火をウチワであおいで燃え盛る炎に変えていくことも行政の大事な役目である。