更新:8月28日 15:20デジタル家電&エンタメ:最新ニュース
「ドラクエ9」は作り手の鮮やかな作戦勝ち
朝・昼・夜を問わず、電車で移動中に「ニンテンドーDS」を開いている人をさりげなくのぞくと、必ずといっていいほど「ドラゴンクエストIX 星空の守り人(ドラクエ9)」(スクウェア・エニックス)である。人気シリーズの最新作というだけでなく、これまでになかった仕掛けがユーザーを広く長く引き付ける理由になった。(新清士のゲームスクランブル) 2005年2月、スクウェア・エニックス・ホールディングスの和田洋一社長は「アジアオンラインゲームカンファレンス」の講演で、重要な発言をしている。 ■05年に示されたコンセプト 「ゲームで大切なのはソフトの入っているディスクではなく、メモリーカードの方」という指摘だ。「私は今、(「プレイステーション2(PS2)」向けの)あるゲームを28時間ほどプレーしているが、このデータが飛んだら泣きます。ディスクはなくても買えばいい。でもメモリーカードは違う」 家庭用ゲーム機ビジネスは当時も今も、「ゲームソフトを販売して収益を上げる」が基本である。しかしこのとき和田氏は、ゲームの本質にかかわる問題を投げかけた。ゲームの真の価値は、ゲームそのものではなく、ユーザーが自分自身のプレー結果を記録した交換不可能で値段を付けられない「セーブデータ」にあるということだ。 「ネットワークゲームを考えるときユーザーは何にお金を払うのか。プレーヤーはゲームをプレーして何を得たのか、他の人と友達になって何をしたのかといったことが大切」なのであり、「究極を言えばコンテンツが大切なのではなく、『コミュニティー』が大切なのではないか」と、和田氏は持論を展開した。 これは、当時のPS2のビジネスの欠点に対する指摘でもある。ユーザーは自分の固有データが詰まったメモリーカードさえ所有していれば、ゲームのディスク自体は中古ショップに販売してしまっても構わない。自分のゲーム体験を再び続けたければ、その中古を買い直せばいいからだ。そのため、ゲームが中古に流れていくのは当然だった。 そうした状況を打ち破る成功モデルを構築したのが任天堂のゲームボーイ用「ポケットモンスター」だった。ゲームボーイ用のカセットは、ゲーム自体とセーブデータが一体に収録されている。ゲームカセットの中にある「ポケモン」たちへの愛着がカセットの価値を高める。それが大ヒットの要因であり、ゲームが中古に流れるのを抑える効果も上げた。 任天堂は、この戦略をDSの「nintendogs」「おいでよどうぶつの森」などで積極的に展開し、長期的なブームにつなげた。先の和田氏の発言から4年。ドラクエ9によって、スクエニも初めてそのコンセプトを大成功させることができた。 ■ユーザーレビューの分析から学べること このコラムで「プロとユーザーで分かれた『ドラクエ9』の評価」を掲載した後に、興味深いデータをいただいた。個人でゲームデザインを研究している下滝亜里氏がまとめたものだ。 下滝氏は、ユーザー投稿のレビューサイト「mk2」のドラクエ9の201件のレビュー内容を分類して分析した。それにより、ユーザーが何に不満を感じて、何をよい点として感じているかを明らかにしている。好き嫌いといった感覚的な評価を見るのではなく、要素を分類することでゲームシステムのどこにユーザーが着目しているかを浮き彫りにしている。 このような調査は、「ペルソナ4」(アトラス)など他のロールプレイングゲームでも行われている。特に続編ものを開発する場合、ユーザーが抱く不満を分析をすることでゲームデザインのより的確なプロセスを描けるという想定がある。 下滝氏がまとめたドラクエ9の良い点と悪い点の上位10位は以下のようになっている。
下滝氏によると、ゲームデザインの評価では、続編の場合は必ず前作と比較される。例えばユーザーは「前作で気に入っていたもの(要素)がなくなると不満になる」という。ドラクエ9の場合も、過去のシリーズや類似のRPGを遊んできたユーザーが不満を述べているケースが少なくない。悪い点の1位、4位、5位、6位、7位、9位といったものがそれに該当すると考えられる。 また、ゲームとして愛着を感じさせるためのシステムである「セーブ可能なデータが一つ」という点への不満も大きく、3位に位置づけられている。 この調査から得られる教訓は大きい。ただし、ドラクエ9の評価でもっとも重要な点は、「この分析結果に表れなかった部分」にある。なぜなら、真に新しいゲーム要素は、前作と比較のしようがないからだ。それがわからなければ、今年の夏に起きた社会現象のようなドラクエ9の人気を説明することはできない。 ■社会現象になった「すれちがい通信」 ドラクエ9では、ゲーム内で入手できる「宝の地図」というアイテムを、DSの「すれちがい通信」機能を通じて他のユーザーに渡すことができる。このすれちがい通信ができる場所を求めて、DSを手にした人たちが集まる現象が、この夏に各地で発生した。 特に有名になったのは、「まさゆきの地図」「川崎ロッカーの地図」といわれるもので、手に入れる方法を求めて、ネット上で様々な情報が飛び交った。人数が多ければ多いほど、珍しい地図を入手できるチャンスが高まるため、大都市圏の大きなイベント会場ではDSを片手に歩く人の姿が数多く見られた。東京・秋葉原のヨドバシカメラの専用コーナー「ルイーダの酒場」にユーザーが集まって黙々と交換する姿も話題になった。 ドラクエ9は開発遅れで何度も発売延期されたが、結果的に夏の行楽シーズン直前の発売となったことも、すれちがい通信のおもしろさがクチコミで広がる要因になったと考えられる。地方都市では大都市圏ほど人が集まる場所がないので、ブログなどではどうすればいいかが活発に議論されている。 繰り返しになるが、このすれちがい通信は先に挙げたようなユーザーレビューの評価には姿を現していない。強いて探すとしても「5位 (クリア後の)やりこみ要素が多い」といったあたりが該当するにとどまる。 ドラクエ9は過去のシリーズとはかなり「異質な市場」を作りだし、それが発売直後にはわからなかった。クチコミでおもしろさが時間差で伝わっていったことで、レビューとの乖離が生まれたと考えることができる。 ■ゲーム作品からサービスプラットホームへ スクウェア・エニックス・ホールディングスが8月7日に開催した09年4〜6月期決算説明会で、和田氏は「(ユーザーは)クリア後に遊ぼうと思ったら手元に置いておかなければならなくなった」と述べ、05年に示したコンセプトの実現をアピールした。中古に流れるソフトの数も限定的であるという。また、「コミュニティーをどのように継続的に刺激していくか」に力点を置いて戦略を展開していることも成功につながったと述べている。 ドラクエ9は、従来型の「作品としてのゲーム」というより、「ゲームを使ったサービスプラットホーム」の側面を強く持つタイトルであることが、時間が経つにつれて明確になってきた。過去に存在しなかった「遊び」を見いだしたタイトルは、大ヒットするというゲーム業界の法則に当てはまる。 息の長い販売にも結びついてきており、500万本という過去最大のヒットも現実味を帯びてきた。これは、作り手の側の鮮やかな作戦勝ちと言うべきだろう。 ・ゲームレビューから学ぶゲームデザインの原則(下滝亜里氏の調査データページ) http://ncf.sakura.ne.jp/asato/doc/game/game_design_principles.html [2009年8月28日] ● 関連リンク● 記事一覧
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