「ラッキードッグ1」お正月ショートストーリー
『LuckyDream 4+』

2010.01.01〜01.07

 Buon anno!! Happy new year!! あけましておめでとうございます!!

「――……うお〜〜〜い。みんな、生きてるか〜い?」
 俺の声に、しばらくどいつもこいつも反応しなかった。ぐったりしていた。
「……新年おめでとう。ジャン……いま、何時だ……」
「……くそ、俺もトシか……昔は三日くらい寝ずに遊んだもんだが……」
「……寝てないのもキツイが、あの堅ッ苦しい礼拝が……きつかったぜ……」
「……大丈夫ですか、ジャンさん……少し、お休みになった方が……」

 CR:5の幹部たち4人は――数年前までは俺の上司、そして今じゃ二代目カポ、ボス
になった俺、ジャンカルロ・ブルボン・デル・モンテの部下たち――ビシッと礼装を着込
んだ野郎どもは……だが、

「……ホテルを押さえておいて、正解でしたね」
「……クリスマスからこっち、ほとんど寝てないからな……」
「食えねえのもキッツいけど、寝られないのは格別だな……」
「……本部に戻ってたら、たぶんもう起き上がれなかったな。これは」
 うるわしのデイバン・ホテル最上階、その懐かしいラウンジで、俺たちは――
「夕食会は6時からだったな……その前に会合。くそ、役員会は俺たちを殺す気だな」
 ――クリスマスから続く、パーティーと会議と礼拝と夜会漬けにされて、ベッドで寝る
コトもできないほどのハードスケジュールに押しつぶされていた。
「役員会のじじいどもは、昼まで寝てから来るんだろうなあ……」
「……ファック、いまマジで殺意が」
「俺たちは寝てられないな、ジャン。このあと、あいさつ回りが、ある……」
「でも、少しお休みになった方が……」
 全員、沈み込んだソファで口だけを動かしていた。水槽の金魚みたいに。
 いちばんタフに見えるジュリオでさえ、少し背筋がぶれているのがわかる。
「……くそ、頼れる部下はみんな目が死んでる、ってか。……コーヒー持ってこさせる」
 俺は、画鋲を踏んだ足を動かせないような顔で控えていたボーイを呼んで、コーヒーを
頼み……。
「……酒は……いいよな」
「……ああ。いま、俺に酒を飲ませようとするやつがいたら――もう殺すしかない」
「同感」
「……ファックアス、でも夕方からまた飲まされるぜ」
「あ、ジャンさん。コーヒーがきました」
 俺たちは、温かさが腹にしみるコーヒーカップを傾け……。
 ベルナルドが、鉄枷でもつけられているような腕を重く上げ、腕時計を見る。
「いま、2時半……仕方ない、1時間、寝よう」
「えっ!? マジかベルナルド、それで挨拶まわり、間に合うのけ?」
「ああ、カヴァッリ顧問は事情を説明して……挨拶は、別の日にしてもらおう」
「ご老人の優しさとありがたさが身に染みるぜ」
「ま、まあ、しゃあねえなあ。またロザーリアにきゃわきゃわ文句言われるけどな」
「だったら、イヴァン、お前だけでも……行ったら、どうだ」
「アホぬかせ。……ちくしょおおお!! 寝るぞおおお!!」
 イヴァンが、あくびとも叫びともつかない奇声を上げて大きく伸びをして……どさり、
ソファに沈み込んだ。
 俺は、奥に控えていたボーイに、3時過ぎに俺だけ起こすように小声で伝え……。
 そこに――
「よう。そろってるな、おまえたち。新年おめでとう!! おめでとう!!」
 無駄に元気なオッサンの声が、エレベーターの開いたドアから飛んできた。
 これまた、ぴしっと新調のコンプレートに身を包んだアレッサンドロ親父が、
「どうしたおまえたち。どいつもこいつも、死んだようなツラしやがって」
「あ、これは顧問……。お疲れ様です、新年……おめでとうございます」
「親父……連合のお客人との会合は、もう終わったんですか?」
「ああ。どいつもこいつも、午前中で潰れた。というか潰してきた。ハハハ、いちばん飲
 んだ俺が最後まで立ってたぞ。ほめて」
「……無駄にお元気そうでスネー、こんしりええれ。はぴ、にゅういや〜〜」
「おう。ジャン、おめでとう。……しかし、おまえら……いい若いもんが」
 どかっと、空いていたソファに沈んだ親父は、ボーイに持ってこさせた炭酸水を物凄い
いきおいで飲み干して……夏の労働のあとにビールをいっきした道路工事のオッサンたち
10人ぶんくらいの勢いで、
「ぷはあああ! ああ、おまえたち相手だと酒を飲まなくてもいいのが楽だな」
「……やっぱり禁酒法撤廃したのは間違いだったんじゃね……」
「まったく、だらしないぞ。二代目がそんなことでどうする。見ろ、いちばん年かさの俺
 がいちばんシャッキリポンとしているぞ。だらしない」
「……ジャンさんは、寝ていなくて――」
「……親父、元気だなあ。もしかして、少し寝てきました?」
「いや、全然。昨日の礼拝から飲みっぱなしでここに来た」
「……さすが19世紀生まれ……。電気がねえ時代に生まれた人間は強いねー」
「やかましい。――ああ、そうそう。俺がここに来たのは、ほかでもない」
 口を動かす気力がなく、はい?という顔だけをしたベルナルド、そして俺たちの前で、
親父は上着の懐から、なにか……小さな、色紙で飾られた封筒のようなものを出した。
「……顧問、それは……?」
「……あの、俺たち……少し、休みたいんですが……」
 ルキーノが後生ですから、という顔をしたが、エロゴリラは見ても聞いてもいない。
「じつはな、今日の会合にな、東海岸のチャイニーズの元締めが来ていてな。その御仁と
 話していたら面白いハナシを聞いたんだ。なんでも東洋、チャイナや日本では、
 新年に『オtosidama』なるものを、子供や、目下の者に配る風習があるらしい」
「へー」
「……そうですか……」
「それが、なにか……」
「……そのちびた包みが?」
「聞いたことがありますね。ぽち袋、でしたか」
「うむ。というわけで、その包を一枚もらってきた。ほんとうは、おまえたち全員にやり
 たいところだが――包は一枚しか、無い」
「……じゃあ、それ親父、自分へのプレゼントね。はい終わり、ハイめでたしめでたし。
 ……ていうか、俺ら、少し寝たいんだけど」
「まったく、だらしない。わかったわかった、じゃあ夕方からの会合はな、俺が先に言っ
 てナシを通しておいてやるから――おまえたち、夜まで寝てろ」
 そのオヤジの言葉に……全員のソファが、ありえない勢いでガタッと揺れた。
「マジか!? お、おおおおお、落ち着け!! オヤジ、正気か!?」
「……オヤジが神に見える……混乱してるな、俺……」
「……夢、か……。悪い夢、いや……いい夢……」
「お、おおお、俺、きのうパンツ変えたっけな」
「お前が一番混乱している、イヴァン。……でも、問題ないのですか、顧問……?」
「おう。男には先っちょだけでいいからといいつつ中出しはあっても二言はない」
「……無駄に元気だな、死ねばいいのにエロガッパ…………」
「なにか言ったかね、二代目」
「いえ、空耳ですわお母様」
「……まあいい。と、いうわけでだ。ここにいる5人、まさにCR:5のこのメンツでだ
 な、いまから――新年らしい、いちばんおめでたいハナシをしたやつに、この包を、
 オtosidamaを進呈しよう」
「……めでたい、ハナシ……ですか?」
「うむ。聞いただけでこう、胸の奥があったかくなるようなハートウォームかつハッピー
 カムカムなハナシだ」
「……すみません、いまちょっと頭がまわらなくて……」
「夜まで寝ていられるというのが、いま一番のハッピーですが……」
「そんな小話のストックはねえなあ……」
「おめでたい、ハナシ……ですか――」
「まあ、いちばんおめでたいのはオヤジのあたまなんですけどね」
「なにか言ったかね息子よ」
「いえ、ボケがはじまってるのですわ親父殿」
「……まったく。じゃあ、一番手。ジャンカルロ、おまえだ」
「え、おれ?」
「うむ。新しい世代のボスに相応しい、ハッピーかつ心にしみるいい話をたのむ」
「おめでたいハナシねえ……」
 俺は、閉じたらそのまま意識が落ちそうになる目を半眼にして……。
「ああ、おめでたいといえば。クリスマスに、NYのカポの、ドン・ロッコからカードが
 届いててさあ。そこにメッセージが」
「おお、あいつまだ生きてたか。少しめでたい目盛りが動いたな。それで?」
「ロッコのおやじさん、たしかオヤジより年上だよな。60すぎてたっけ? それがさ、
 カードに写真がついてて。なんか、ハタチくらいの若い子と結婚したんだってさ」
「なんだと」
「相思相愛の年の差カップルで、なんでもデキちゃった婚らしいよ。写真のその子さ、
 すっっげえ美人でボインちゃんで、すっげえニコニコしてたなあ。見るけ?」
「…………」
「で、こんなもんでどうよオヤジ? おめでたいだろ」
「あほ――ーう!! それのどこがめでたいんだ、うらやまし……いや、妬ま……いや!
 ロッコの野郎!! いいトシこいて犯罪だ許せん!! もうあのカネは返してやらん!
 というか!! ぜんぜんおめでたくない!! このバカ息子! ダメ二代目!!」
「なんだよそりゃあ!? つーか! いいトシこいてモテなくてすねてんじゃねえ!!
 つーか、あんたのナンパが成功してるの見たことねえし。このセカンド童貞ライフ」
「な、ななな、きさま。言ってはならんことを!!」
 ただならぬ気配を察したボーイたちは、ぽち袋が出た時点で姿を消していた。
「おう、言った。言ってやった言ってやった。言うたがどうした。童貞膜が再生してる
 ような女日照りのエロオヤジ」
「この野郎。というか、おまえだって女っ気ぜんぜんないくせに。ボスたるものがそんな
 ことでどうするか! もっと、こう……というか、本部に美人秘書くらいおけよ!!
 そうすれば俺だってもっと本部に顔を出すし! あ、乳がでかくて眼鏡の女な」
「イラネ。つーか、忙しすぎてまじそれどころじゃねえし。つーか、みろ……!!」
 俺は声を潜めて、叫び……口の前で指を立て、そしてソファを指さす。
 そこには……。
「――……………………」
「……………………」
「…………んが…………」
「……」
 ベルナルドも、ルキーノも、イヴァンも、ジュリオも。
 ソファに身を沈めたまま、目を閉じ――眠ってしまっていた。俺の気配に気づいて、
ジュリオがすっと目を開けたが、俺はウィンクしてまた眠らせる。
「……寝かしておこうぜ。つーかさ、オンナで思い出したけど。最近、こいつらがさ、
 オンナと遊んでるの見たことねーもん……。いそがしいからなあ」
「いかんなあ。酒とオンナとセックスは、俺たちの甲斐性だぞ」
「……まあ、今はさ――俺なんかが二代目で、みんな苦労してるわけよ。まあ、なんつう
 かさ……申し訳ないって言うか。俺は、こいつらがいてくれることが一番のハッピー、
 かな……」
「うまいことオチつけやがって。ふん、しかたない――」
 オヤジは、でかくて熱いくらいの手で、俺の手にあの包を押し込んだ。
「これは、お前のものだ。落ち着いたら、こいつらを連れてどこかでゆっくりしろ」
「……ああ。西の郊外に、いまさ、ルキーノの仕切りでスパつくってるんだ。それができ
 たら、しばらくそこで骨休めするさ」
「うむ。……なあ、そこにはお姉ちゃんのマッサージ……」
「置かねえ。オヤジが入り浸るし、オンナおくと警察うるせーから」
「チッ」
「はいはい。じゃあ、今日の会合の仕切り、お願いしますヨ、先代……」
 俺は、ボーイたちを呼び戻して四人分の毛布を持ってこさせた。
 ――みんな、呼吸音もしないくらい深く、熟睡していた。
 ……俺も、少し寝よう……。

 ……今年最初の夢でも、見るか……………………。


 case of Bernardo

 こんな夢を見た。
 草を編んで作った分厚い敷物が敷き詰められた部屋、木と紙でで来た扉と窓の部屋。
 これは東洋の部屋か。
 私はその部屋で、床に敷かれた夜具の枕元で腕組みをして座っていた。そしてその夜具
には長く美しい金の髪をしたジャンカルロが横たわっていた。
 そしてジャンカルロは静かな声で、もう死にます、と云う。そのジャンの顔は、いつも
のように元気で、白い肌の奥に若い血色を隠して、小さく笑っているような口元にも血の色がかよっていた。
 とうてい死にそうには見えない。だがジャンは、
「もう俺は死ぬよ。なあ、ダーリン、頼みがあるんだ」
 そう云った。俺は悲しくて、先に死んでしまいそうになった。だが俺は、
「なんだい」
「俺が死んだら、本部の庭に、今日のブイヤベースで出たムール貝の殻で穴を掘って、
 そこに俺を埋めてくれ」
「わかった、そうするよハニー」
「そうしたら、45口径の空薬莢を墓標にして……そこで、待っていてくれるか? そう
 したら、また逢いに来るからさ」
「ああ。待つよ、待つよ。いつまで待てばいい」
「陽が出て、沈んで。俺たちの悪口が書かれた朝刊が来て、マンガだけ読んで、寝て。
 また朝刊が来て。待っていてくれるか?」
「ああ。待つよ。解約しようと思ったけど、まだ新聞をとるよ」
「そうして……100年、待っていてくれ。100年したら、きっと逢いに来る」
「ああ、待つよ」
 俺が答えると、ジャンは笑うように目を閉じ――そしてその目は開かなくなった。

 俺は言われたとおり、庭の芝を掘って、墓を作って――そこで、待った。
 何度も陽が登り、沈んで、そして朝刊が来て……俺は、待った。
 東の空から陽が登り、そしてワインの色をした夕日が西の空に沈む。毎日配られる新聞
はやっぱり俺たちの悪口が書かれていて、マンガしか読むところがなかった。

 それを、どれくらい繰り返しただろう。もう数もわからなくなるまで、俺はそこでただ
座って、待っていた。
 そして……ただ、待った。もしかしたら、もうジャンは戻ってこないのかも、と……。
俺はジャンにだまされたのではないかと思った。
 その時――
 庭の芝草、墓のあたりの土中から、するすると電話線が伸びてきた。
 俺はそれに、電話機をつないだ。
「――もしもし?」
 その電話機の受話装置からは、なにか安っぽいファンファーレが流れていた。
 その俺の後ろに、
「ハハッ、……ばーか。ほんとに100年、待っていやがるし。バカじゃねーの」
「ジャン」
 俺の背後には、いつもと変わらないジャンの姿が、少しいじわるをしているような、
そして俺と同じ、少し泣きそうなその顔があった。
「俺、ずっと部屋に隠れてみてたんだぜ? バカだなあ、ほんとに待つやつがあるかよ」
「約束したからね。でも、うれしいよ。こうやって、また……」
 芝草から立ち上がろうとした俺に、俺の顔に――そうっと、ジャンカルロの両手が触れ
て包み、その冷たい温かさに俺はハッとした。
「100年も溜めこんだからな……。やばい、もう勃ってる――」
「俺もさ」
 すいとジャンの身が低くなり、あの唇が俺の髪に、そして頬にキスをした。
「……ん、ッ……」
 はああ、と熱い息を吐いた唇に、俺は唇と舌を重ね……。
「……ふ……ぅ……。……おい、ここは庭だ、まずい。部屋に……」
「何云ってる。だからいいんじゃねえか――」
 俺は、流し込まれた唾液を舌に絡め、両の頬を手指で捉えられたまま………………。


 case of Luchino

「兄さん、兄さん。やっぱり、行ってしまうのかい……?」
「ああ。戦争だからな。男は、みんな戦いに行くんだ」
「だったら、僕も行くよ、兄さん。僕も行って、兄さんと戦うんだ」
 俺は、軍服を来た兄の姿に駆け寄って……ずいぶん小柄に見える兄の姿を捕まえ、強く
抱きしめた。おかしい、兄はこんなに小さかっただろうか。
 いや、俺には兄はいない。
 だったら、これは夢か。そんなことを思いながら、俺は胸板のあたりで揺れている金の
髪に口づけし、脳に刺さるような兄の甘い髪の匂いを呼吸する。
「……だめだ。ルキーノ、おまえはまだ子供だ。だから、家に残って……お前は、ここを
 守ってくれないか。いつ、俺が帰ってきてもいいように」
「いやだ、俺も兄さんと戦うんだ」
「だめだ。お前はここで、家と、弟たちを守るんだ」
 そう言って、ジャン兄さんは部屋を指さす。
 そこには、出来の悪そうな犬が何匹も、転がっていた。
 犬の弟が居ると言うことは、俺も犬なのか。ジャン兄さんも犬なのか。
「わかったよ、兄さん。俺はここで、家と弟を守るよ。こいつらは馬鹿だから、俺がいな
 いとシノギができないんだ。犬のくせに」
「あんまり弟たちをいじめるなよ。戦争が終わったら、みんなの靴を買って帰るからな」
「うん。待っているよ、兄さん。俺も、がんばるよ」
「親父が家に来たら、カネはみんな俺がもっていってしまったというんだぞ。あと、新し
 いオンナをつれこんだら、これ、母さんです……と言って俺の鉄兜を見せればいい」
「わかったよ、ジャン兄さん。言われたとおりにする」
「えらいぞ、ルキーノ。おまえは、いちばん出来がいい、いちばん大事な弟だ……」
 そういって、ジャン兄さんは俺のおでこにキスをしてくれた。
 俺はおねだりをして、もっとたくさんキスを――いろんなところにして欲しかった。
 でも戦争だ。贅沢は敵だ。僕は自分で戦うんだ。
「えらいぞルキーノ。じゃあ、ご褒美をやらないとな」
「あ……ジャン……にいさん…………」

 ざぶん、と波が跳ね上がって、真っ青な空と、混じり合った海との間にきらきらした泡
をぶちまけた。ストロボのような太陽が、俺たちを照らしていた。
「まってよう、兄さん」
「ははは、こっちだ」
 俺は、ぜんぜん日焼けしてない兄さんの小柄な身体を、裸の背中を追って砂浜を走って
いた。大好きな兄さんの髪、背中、そして走っている太ももをみて、俺は……。
「恥ずかしいよう、兄さん。これがじゃまで、走れない」
「しかたないなあ。なんで、すぐにこんなところだけオトナになっちゃうんだ」
「だって、俺……。……ぅ、ぁ……! きもち……う……兄さんが、す………………」


 case of Giulio

 ピロピロリロリロと耳障りな音がした。この音は――あいつだ。
 俺は、しばらくその音を無視してから……スイッチを押した。
「ジュリオさん。いま、どこにいますか? 俺は、部屋です」
 うざい。なんで文章なんだ。電話してくればいいのに。

 そこで気づいた。こんな小さい、電話線がつながっていない電話機なんてありえない。
ベルナルドが無線電話装置を持っていたが、あれは専用車両が必要なしろものだ。
 だから、これは夢だとわかった。意味のない、起きたら忘れる夢だと。

 俺は、電話機のスイッチを押して、文字をタイプする。
『うるせえめーるしてくんな 殺すぞ』……と……。
 それに、すぐ文字で返事がかえってくる。
「ごめんね メールして ごめんね もうしないから」
『あやまんな 殺すぞ 電話でおk なんでメールだ死ね』
「だって ジュリオさん 電話だときげん わるいから ごめんね」
『逢いにこないからだ たまには来ないと 殺すぞ』
「ごめんね ボスのお仕事がいそがしくって ごめんね ご飯は食べてますか」
『うるせえ さっきアイス食った 死ね』
「ごめんね さいきんごはん作ってあげられなくて ごめんね」
『メシなんていらねえよ 死ね またクッキー焼いとけ ココアのやつ』
「ごめんね このまえはナッツでごめんね こんどは いつ来ますか」
『予定わからねえよ殺すぞ そっちが来いよ 死ね』
「わかりました あした時間を作ってみます 泊まってもいいですか」
『うるせえ 帰ったら殺す 明後日まで時間あけとけ』
「あさってはむり 朝から出張なの だから朝帰るね ごめんね」
『死ね じゃあ朝まで寝るな 風呂は入ってくんな』
「じゃあ 仕事終わったら そのまま いきます ごめんね」

 そこで、もう電話機には文字が送ってこられなくなった。沈黙した。
 俺は……。ジャンカルロの顔を思い浮かべ――あの泣きそうな顔を思い浮かべ、それだ
けで尾てい骨のあたりが痛くなるほど、勃起して……わなわな震える手で、電話機を操作
して明日の予定を確認し……。それだけでもう、射精した瞬間のような高揚に俺は溺れていた………………。


 case of Ivan

 セミが鳴いていた。
 そよりとも風が吹かないそこは、俺たちの秘密基地だった。雑木林の奥、廃材捨て場の
入り組んだ先に、板とトタンで囲って作ったそこは――俺とジャンしか知らない、俺たち
だけの秘密基地だった。
 ガキの頃は、ここに隠れて遊び、アホみたいな空想をしていた。
 悪ガキの頃になると、ここでタバコや酒、そして世界への罵倒を覚えた。
 ここは……俺と、こいつ……ジャン、俺たちだけの世界だった。
「ほら、こいつが……そうだ。みろよ……」
 空き缶やスナック菓子の袋が散らばったそこに、午後の陽光がどこかから差し込んで光
線になっていた。
 そこで、俺とジャンは……。
「……すげえ」
「……だろ、さっき河原で拾ったんだぜ?」
「……うん、このまえのやつより、すげえ……。すごい、ポルノだ……」
 朝露をすって、膨らんでいるグラビアの本。
 色のついた写真が、オンナが乳や、あれ……をむき出しにしたポルノグラビアが載った
本を、俺とジャンは見ていた。
 いや、ありえない。
 こんな鮮明な写真の印刷なんてありえない。だからきっと、これは夢だ。
 夢なら…………。
 湿った紙を破れないように注意して開くたび、俺とジャンの喉がゴクンと鳴った。
 チラッと見ると……ジャンの制服ズボンは、前が変な形に膨らんでいた。俺も、ズボン
のポケットから手を突っ込んで、ポジをなおす。
 それだけで、マスかいたときよりもビンビンくる。
「すげえなあ、イヴァン。……こんなの、よく見つけたな」
「まかせろって。あのへんは俺の縄張りだからな」
「すげえええ、まじでエロイな、これ……」
 この街の、普通の本屋じゃこんなポルノは売っていない。どこかよそのデカイ都市に出
稼ぎにいってた連中が買ってきたのを、あの河原に捨てたんだろう。
「……こんなの他のヤツらに見られたら血みるぜ。ここ、隠しといてセーカイだな」
 ジャンは、興奮して乾いた口をなめて……ズボンの前をこすっていた。こいつに、マス
のかきかたを教えてやったのは俺だ。
「すご……やべ、なんか、もう……」
 ジャンは、走ったあとみたいな顔になってズボンの前を触っていた。
 俺は……こんな湿気った本なんてどうでもよくなっていた。
「そいや……イヴァン、さ……」
「な……んだよ」
「いつも、さ……イヴァン、こういうときって、おまえの部屋に行った時とかさ……。
 オナニーするから早く帰れって怒るのに、今日は……いわないじゃん」
「……い、いいんだよ、そんなの……」
「はは……。どうする、ここで……? ぶっこくか……」
 ドクン、と、心臓とズボンの中が跳ね上がった。
「じゃ、じゃあ……やって、みよう……ぜ……」
「おう。紙ねえけど……いいか」
「い、いや……じゃ、なくって、よ……。マスじゃ、なくて……」
「え、なに……?」
 俺は……ばりばりに乾いた口で、息を吐いて………………。


 結局、寝られなかった――
 あのあと、部屋に戻ろうとした俺は、NYからの電話に捕まってハッピーニューイヤー
の連射をくらい……そのあと、シカゴから車をぶっ飛ばしてきた連合のドンたちをアポな
しのままホテルで迎え、歓待し、彼らにサイコーの部屋を用意し……。
「……ふああああああ。なんか、逆に眠くなくなってきちまったい」
 俺はエレベータを降り……最上階のラウンジへ。
 だが、そこには……。
 俺だけだった。
「ん? あれ? 連中はどこよ?」
「あ、あの……。それが、皆様、おめざめになって……お部屋に」
 そこで、コーヒーセットと毛布を片付けていたボーイが、恐縮しながら報告する。
「てっきり妖精とボーリングしに行ったのかとおもったぜ。みんな、起きたならいいか」
「はい、皆様、同時におめざめに……。皆様、シャワーと着替に、もどると。……何か、
 大変にお疲れで、その……憔悴なさっておられまして……」
「寝かせてやったのに。まあいいや。ああ、すまねえ。あいつらがシャワールームで寝て
 ないか、あとで見てきてくれ」
 お辞儀をしてボーイが行ってしまうと……。

「ああ、そうだった」
 俺は、親父からもらって、そして今の今まで忘れていた、あのオtosidamaなる包の存在
を思い出し、そいつをポケットから出した。
「おめでたい、とか言ってたけど……なんだろうな」
 中身に、紙と、コインの感触。
 そいつを、手のひらに出してみると……。
「……飲み屋のツケの請求じゃねーか。しかもこんなにいっぱい。死ねエロガッパ」
 これはあとでカヴァッリのおじいちゃんの家に忘れてくることにした。
 あとはコイン……。
「ん? これジャポーネのコインか? あと……5セント玉いっこ。ハゲろエロオヤジ」
 でも、何か読めない文字が刻印されているコインは気に入った。
 穴が開いているから、ペンダントにできる。

 俺は5セント玉をトスしながらエレベーターに乗って――

 特に考えもなく、一階のフロアにある公衆電話のボックスに入って、電話に5セント玉
を食わせて――交換台を呼び出す。
 しばらくまたされてから、俺と同じくらい寝ていない気配の交換手が、出た。
『はい。どちらまで……? 料金は公衆電話ですので、30秒……』
「ハッピーニュウイヤ。すまねえ、そうだな……」
 俺は少し考え、
「ジャポーネのレディたちに繋いでくれ。オメデトウが言いたい」
『……ジャポーネ……? 弊社は東洋方面の回線は繋いでおりませんが……』
「ア、ソウ。じゃあ、繋がるまで気長に待つサ」
END

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