December 28, 2009

ぽつぽつとはてダを書いてきたものの、非常に嗜好の偏ったダイアリになってしまいそこはかとない居心地を悪さを感じ始めたのは夏を過ぎた頃だったように思う。そしてはてなにおけるsawalaのアカウントおよびTwitterのアカウントを将来的に閉じようと決めたのは、手帳につけている日記を見返す限り11月の中旬だったようだ。そしてここ数日の心境の変化により、今日で更新を終了することにした。
本当は何も書かずに、年を越したタイミングぐらいですっぱり削除するつもりだったのだが、反動的な衝動でこのエントリを書いている。
人は知らないうちに誰かを食べている、といったような台詞があったのは、多分『双頭の悪魔』だったように思う。この不況のうち、私も知らない誰かを食べしまっているのだろうか、などと打ちひしがれたのが丁度夏を過ぎた頃のことだった。事実、自社の業績は思わしくなく、入社した当初20名強いた社員はこの秋に五指で足りるまでになり、なお給与がカットされる事態となった。肩をたたかれた彼らは今頃どうしているのだろうか、と今でも思う。家庭のある壮年の人たちもいた。私が残ったのは、偶々現場を持っていた、それだけのことでしかないように思えて仕方がなかった。それもまた運、という冷静な自分もいれば、おおいに動揺する自分もいた。
ずいぶんと振れ幅のある思考の中、出た結論は「自分でやったと思えるところまでやりきるしかない」というごく当たり前のことだった。常駐先のチームでは相変わらず一番の若手で、経験も浅く仕事も甘い自覚があった。そしてこの現場自体が甘いところで、世の中はもっと厳しい期日で新しい技術を使っていることもわかっていた。――それでも、帰宅して自分で環境を作って言語を学んで何かを作って、というところまではどうしてもまだ行き着けなかった。ぐちゃぐちゃ考えずに手を動かすのが技術者だ、というのであれば、私は間違いなく技術者ではないのだろう。ただ、人間的にも、性的にも、技術的にもコンプレックスの塊だった(本当は過去形にするのはおかしい)。技術に裂ける時間は労働時間だけで精一杯で、帰宅したらしたで別のものと戦う時間が欲しかった。そこで理想と現実の落差に気付いたのだ。
そうして私は、まずはダイアリの更新を減らすことにした。
書くことは楽しい。はてな界隈で仲良くしていただいている方々との交流も。でもそれは現況への満足、あるいは満足の記録であって、別の方向において先へ進む為の時間をじりじりと削っていることに気付いたのだ。労働の為のスキルアップに割くことはできなくても、他のこと――例えば片付かない部屋の居心地の悪さやつい面倒で手を抜いてしまう食事などの家事について時間を割くことはできる。そしてやってみようという気持ちもあった。ついついぬるま湯に浸かるように書き連ねるのを止めようと決めた。
そうしているうちに、冒頭にも書いたように中身の偏りへの心地悪さも頭をもたげてきた。ダイアリでは尻だなんだとエロティックなことを書いてはきたものの、それとは逆方向に、つまり病や死についてもそれなりの重さで思うところがたくさんあった。年の離れた恋人のこと、それより少し上の両親のこと、対照的な二人の祖母のことといった、やはり身近な人に物思うこともあれば、仕事で触れるデータ上の見知らぬ誰かの生に、死に、胸が詰まることもあった。しかしそこまでプライベートなことや機密事項は書けない。吐き出せるものと吐き出せないもののバランスがうまくとれなくなりつつあった。
そうしてこの年末になって、決定打があった。リンクを張られる程のことではないので名前は書かないが、先日死因不明のまま急逝した人の音楽を好きになった頃のことも、これも手帳を見るとちゃんと書いてあった。10月31日に隣の駅までレンタルしに走っている。生で見たことも、聞いたこともない俄ファンもいいところだが、何とも言えない喪失感がまだ抜けずにいる。ただでさえ毎年12月は重い話を読み返すことに決めていて、更に今年はそのオマージュ集を読んでしまったところの訃報だったためにすっかりやられてしまった、というのが正直なところだ。
思い返せば今年はもう一つ、やられてしまっていた訃報があった。配属後何度となく自転車で追い越した後ろの席の男性が水難事故で亡くなったという知らせが、盆明け最初のメールで届いた。ろくに話したこともなかったが背の高い温和な人という印象はあり、しばらく通勤中に胸が詰まる日々が続いた。彼は私と同い年だったと後に知った。先述の人も、まだ29歳だった。
長々と書いたが、彼らの後をついで、なんて大それた気持ちではなく、単純に死ぬときは満足して死にたい、という欲を自覚しただけなのだ。後ろの席の人の温和さを見習いたいとは少しは思ったが。明日死ぬ可能性も、100歳まで生きる可能性もゼロではない。だけれど、終わってからでは遅すぎて後悔することもできない。生き急がない程度に、しかしやりたいと思ったことをやろうと思ったのだ。
そうしてより満足する為に、ここで書くことをやめよう。という決心がついたのだった。
ただ、書くこと、つぶやくことはやめるつもりはなく、実は既に別の場所で何かしらやっている。どのように書いていくかはまだ手探りで、早速空回ってる感もありまだしばらく書いたり消したりすることになるとは思うが、sawalaあるいはsawerlaとして書いていた内容よりももう少しバランスをとっていけそうな予感はある。先へ進む為に書くことも、できるような気がする。
ただ、単純に、ここではもう一区切りつけよう、という気持ちになったのだ。
そういったわけで、このエントリを最後に更新をsawalaでの更新を終了し、年明けのおそらく仕事始めの前にアカウントを削除する予定にしている。様々な方に謝辞を申し上げるべきだが、挙げ始めるとキリがなくなってしまった。ぱっと名前を思いついたお二人だけ、というのも気持ちが悪い。本当はすっぱり消えるつもりだったのが、こうも長く書いてしまい更にidコールなどこっぱずかしいにも程がある、という気持ちもある。そのような大それたものにしたくない、という気持ちも。これ以上冗長なものにもしたくないし、そろそろおしまいにしよう。
一人一人に御礼申し上げない失礼、お許しください。
おつきあい頂いたすべての方に最大の感謝を。
今日の長文におつきあいいただいたことも含め、本当にありがとうございました。