2009年11月2日
男女雇用機会均等法の改正でセクシュアル・ハラスメント防止の配慮義務が規定されてから10年。各大学は、相談や対応をまとめたガイドラインをつくり、積極的に研修に取り組む。しかし、それでも「セクハラで教授を処分」などと報じられることは珍しくなく、逆に、加害者側が裁判で争うケースもある。セクハラ根絶に向け、大学は何ができるのか。
■「研究室は密室 起こりやすい」
舞台に、電話で話す恋人同士の男女。
「えー?、バイトとか行ったら、おれの知らない男いっぱいいて、危ないって」
「……考え直してみる」
中央大が先月開いたハラスメント防止啓発のイベント「フォーラムシアター」だ。出演する6人の学生が考えた。学内で起こるのは教員と学生間だけのハラスメントだけではない。学生同士でも起きる。
自分はサークルやバイトを好きにやりながら、彼女にはそれを禁じて束縛する彼と、友人に相談しながらも従う彼女。背景にある「女は男の言うことをきけ」という差別を表現する。途中で客席からも意見を聞く。「彼氏が心配し過ぎだ」「彼の彼女への態度がフェアじゃない」。実際に観客にセリフとして返してもらい、劇を続ける。
舞台の指導をしたのは、セクハラ問題などのワークショップ活動をする「演劇デザインギルド」。メンバーの竹森茂子さんは「演じて当事者の追体験をすれば、セクハラかどうか気づいてもらえる」。演じた総合政策学部5年の大谷浩二さんは「頭では分かっていたつもりだったが、問題点が理解できた」。観客の2年生の女子学生も「私の彼みたい。セクハラだとは思ってなかった」と話した。
早稲田大も、ハラスメント対策の講習として05年度からフォーラムシアターを取り入れる。
課題は関心の低さ。昨年度の参加者は60人程度にとどまった。今年度は、過去にセクハラ問題があった部署や、もともと参加者の少ない理系の教職員や学生などに呼びかける予定だ。担当の棚村政行教授は「『これくらいいいだろう』『どうしてそれがセクハラなのか』という本音を出し合って、セクハラとは何かを学ぶ場にしたい」と話す。
研修だけでなく、各大学は相談の窓口を設けている。広島大ではハラスメント相談室を05年に開設した。
相談室では、パワーハラスメントやアカデミックハラスメントも受け付けている。毎年約80件の相談があるが、セクハラは1割程度。重視されるのは、被害者が何を望んでいるか。「厳重な処分をしてほしい」「表ざたにしたくない」「相談したこと自体相手に知られたくない」。人それぞれに違う。
相談室には、専任の教員2人が配属され、個々のケースに応じて「調整」をはかる。学生のゼミの変更、職員の異動、加害者の所属長に注意など、働きかけも様々だ。担当の北仲千里准教授は「刑事事件や懲戒処分となる前に問題を見つけて対応できれば、深刻な状況にならずに解決できる」と話す。
ただ、NPO法人ヒューマンサービスセンター(東京都港区)でセクハラ被害の相談を受ける深澤純子さんは最近、大学が組織ぐるみでセクハラ被害を隠蔽(いん・ぺい)しようとするケースが目立つと感じている。相談後、カウンセラーが話を聞き、対策委員会が調査、医師が診断、治療……と時間をかけるうちに、問題をうやむやにしたり、被害者を消耗させたりするなど、大学側が被害者を管理しようとしていると思われる場合もある。
加害者が、大学幹部だったり、セクハラ対策の部署に親しい人がいると、追及を避けているとしか考えられないケースもあった。深澤さんは「大学でセクハラが起こりやすいのは、研究室という密室があるから。大学の教員は、それぞれが専門家意識があり、隣の研究室のことには干渉しない。継続的に被害を受け、だれも相談に乗ってくれない環境で孤立し、精神的に追いつめられることもある」と指摘している。
■「未公表事案多い」指摘も
大学がセクハラ対策に本格的に動き出したのは、99年の男女雇用機会均等法改正がきっかけだ。改正に向け、文部省(当時)も大学がセクハラ防止対策をとっているか調査している。
大学は、問題が起きれば、独自調査を行い、処分するようになった。国立大学が国立大学法人化する前、03年度までの文部科学省の資料では、セクハラで教職員が懲戒免職や停職などの懲戒処分を受けたのは年15件前後。大学教員や弁護士でつくる「キャンパス・セクシュアル・ハラスメント全国ネットワーク」が報道などを通じて明らかになった処分件数をまとめた調査では、03、04年度では40件近かったが、最近は半減した。
調査に協力する北仲准教授は「相談を受ける側の実感としては減っていない。大学が発表せず、明らかになっていないセクハラも多いのだろう」と話す。
処分を不服として、加害者側が訴訟を起こすこともある。愛知大では02年、セクハラ相談から、ある教授を10日間の出勤停止処分にし、担当の全科目から外す措置をとった。教授側は不当として講義させるよう求める仮処分を申請、裁判所はいったん認める決定を出した。最終的な判決では大学の主張が認められたが、強制的な調査ができない大学にとって、事実認定や処分は難しい問題でもある。
当時副学長として担当した渡辺正教授は「ガイドラインはあっても、実際に対処するのは初めてのこと。未整備な面もあった」と振り返る。経緯は「キャンパスセクハラ対策の進化」として共著で本にした。「セクハラを表に出したがらない大学は多いが、実際に問題が起きた時、どう対応すべきかは、他大学の事例を参考にするしかない。そうした情報を共有するネットワークも必要ではないか」と話した。(星賀亨弘)
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