| あれは昨年8月頃だったと思う。「来年の10月30日は店を出して丁度10年。何かその記念に万年筆が造れればいいけどなぁ〜」と思っていた私はある人にその話をした。「う〜ん、出来るかもしれないよ。まだ先の話だから検討してみるよ。」 開店するにあたり、「10年間はどうしても続けたい。10年経って無理だと思ったら迷わず店を閉める」と心に深く刻み込んで始めたフルハルターだが、『10周年記念モデル』を、どうしても造らなければならないなどとは思っていなかったし、今も思っていない。自分自身で納得出来る万年筆だからこそ意味があるので、そんな万年筆を『10周年記念モデル』にしたかった。 9月末頃だったと思うが、その人に「10月中には結論を出してくれない。もしダメであれば、他にもこれなら『10周年記念モデル』にしたいという候補が2〜3あるので。また万年筆だけでなく、他にも一緒につけたいモノもあるんだよね。」「判った。判った。10月中には結論を出すよ。」 10月を過ぎ、11月になっても結論は出なかった。我ながら気の長〜い奴だと思ったし、あせりなどなかった。それは、どうしても造らなければならないなどという思いがなかったからだろう。 他の候補もあたってみたが、それらはダメの結論。「まあ、いいや。出来なきゃ出来ないで。」 それからもその人と会う機会はあった。その度に「どう、あれは?」「う〜ん、何とかなるんじゃない。」が続いたが、その人にはきっと内心勝算があったように、今は思う。 今年の春になってようやく話は前に進んだ。2月には見積書が出され、やっと実現の運びとなったのだが、この見積もりにでかい難敵が表れた。それはペン先のフルハルターのロゴの刻印である。その見積書によれば、ペン先1本当たり3万円以上になる。「ペン先の刻印だけで3万円。これじゃ売れねェ〜よ。売っちゃいけね〜よ。」 それも仕方のない話だ。何たって50本しか造らないくせに、型など造ろうとするからなんだと、納得した。ただ、せっかく造れる機会を与えてくれたのに、何もそれだけで諦めることはない。 自分で、自分自身の手でペン先の刻印を打てば済む話である。 エイチワークスの長谷川さんに刻印屋さんを教えていただき、早速電話してみた。長谷川さんから「職人さんで気骨のあるオヤジさん」と聞いていたが、実際に体感してしまった。「すいません。始めてなんですけれど、ペン先に刻印したいので造っていただけませんか。ポンチのような形で金槌を使って自分で打ちたいんですけど。」「そりゃ〜、言っちゃ悪いが俺に言わせりゃ大バカもんだ。」刻印を素人が金槌を使って打つ奴などいないということなのだろう。私は長谷川さんの「職人さんで気骨のあるオヤジさん」という言葉を思い出し、大笑いしてしまった。好きだな〜。こんなオヤジ。いいな〜。本物の職人だ。 造ってもらえないかも知れないと心配していたが、結果的に造っていただけたのだが、最後の会話がまた楽しかった。その刻印屋さんは奥さんや、息子さんも一緒に働いて居られるのだが、最後は息子さんから、「では、失敗を前提に……でよろしければ、お引き受けします。」おそらく、上手くいかなかった人から今までにクレームを受けたことがあったからの、言葉、言い方だったのだろうが、その言葉が俺を燃えさせてしまった。絶対に上手く打ってみせる。「俺を誰だと思ってんだ。ただの飲んだくれのオヤジだ。ナメんじゃね〜。」 残念ながら、ただの飲んだくれのオヤジを実感させられた。ペン先を置いて刻印を打ち込む為のもの凄く堅い台。刻印を真っ直ぐに立てて前後・左右にぶれない冶具。どんなものをどこで入手すればいいのか、見当もつかない。 とりあえず、直径12mmで長さ80mmの刻印棒を真っ直ぐに立てる透明で30〜50mmのアクリルのブロックでも探して12mmのドリルで穴あけだ。助けてくれる人は出てくるもので、何とか入手出来た。しかし、手で持って(ハンドドリル)そんな厚いアクリルに垂直に穴あけなど出来る筈もない。ボール盤すらないフルハルターゆえ。 幸い2つ入手したアクリルに12mmの穴をあけ、その2つを張り合わせることにより、何とか垂直に近いモノが出来た。またペン先を置く台も、自宅でペン先研ぎ出しの為のモーターを買った時に、その店の人が造ってくれた台の一部に鉄が使われていたので、その鉄を使った。ペン先も曲げ加工前の平らな状態で供給してくれた為に、それらの冶具を組み合わせて試し打ちが出来た。試し打ちで刻まれた私のイニシャルロゴに多少の不満があった。元々私の手書きからそのまま正確に刻まれた刻印なので、その手書きに隅々までの心配りがなされていなかったのであろう。 すぐにまた刻印を造ってもらう為に、手書きで不満な点を修正し、刻印屋さんに送った。刻印屋さんの息子さんからの電話で、「前回と同じですよね。」「いや、少しだけ、僅かだけですが違うんですよね。」「じゃあ、前回と比べてみますから少し待ってください。」「今比べたんですけど、同じじゃないですか。」「いや、違うんですよ。とりあえず今回送った方で造ってください。」こんなことをしてしまった為に、イニシャルロゴが6本にもなってしまった。 |
| 試し打ちした時には深さも充分あるし、その出来栄えに自信もあったのだが、曲げ加工をし、磨き上げられたそのペン先の刻印は無残だった。刻印のあとが残っているだけ、素人の悲しさである。 |
| 全体 | 刻印棒を入れる所の アップ |
裏全面 |
| でも、こんなことで諦めるオヤジではない。鉄の台もアクリルブロックも、この万年筆を造ってくれている方々の協力で新たな冶具が造られた。 |
| 全体 | 刻印棒を入れる所の アップ |
刻印棒を入れる所の アップ |
| 刻印棒を入れる所の アップ |
裏全面 | 刻印棒を立てた ところ |
| そして表面の磨き上げをされることにより、ペン先の刻印の存在が薄れるので、18Kの地金に玉(ニブポイント・イリジウム)付け・曲げ加工・切り割(ノコ割り)までで、磨き上げは私自身ですることにより、刻印の存在を際立たせたいと思っている。 長くなってしまって申し訳ないと思っています。全てを読んでくれた皆様に心から感謝します。 来週からは、万年筆本体・木製の手造りケース・そして純金製のフルハルターロゴ入りプレート(これら全てを含めてフルハルター10周年記念モデルです。)の画像をご覧いただく予定です。 ご興味のある方は楽しみにしてしていただければ、嬉しいです。 |