がれきを荷台に満載したロバが次々とやって来る。パレスチナ自治区ガザ北部ベイトハヌーンの建材工場。がれきはすべて昨冬のイスラエル軍による攻撃の残骸(ざんがい)だ。粉砕機にかけて再利用できる砂利を選別し、エジプト側から密輸したセメントと混ぜてブロックを作る。「1日40シェケル(約1000円)の稼ぎだが、ようやく仕事にありつけた」。作業員が汗をぬぐった。
工場を経営するアブドルラフマン・アブジャラドさん(28)によると、ブロック製造は夏ごろから本格化した。イスラム原理主義組織ハマスがガザを武力制圧した07年6月以来、イスラエルとエジプトの境界封鎖による原料不足で、工場は閉鎖していた。ところが、エジプト境界の地下を通る密輸トンネル網が拡充し、セメントの入手が容易になった。「がれきなら今、いくらでもある。再稼働できて安心した」
ガザ南端ラファ。密輸トンネルの入り口を覆い隠すビニールハウスが以前にも増して連なる。柵の向こうのエジプト領では掘削機を使って密輸防止の壁を埋設しているようだが、密輸業者は「抜け道はある」と強気だ。
先のイスラエル軍の攻撃の狙いはハマスの弱体化だった。ハマスには武器や資金を密輸する専用トンネルがあるといわれ、軍は連日、ラファを激しく空爆したが、結局、「元のもくあみ」だった。
封鎖下にあるガザだが、想像以上にモノはある。最新の携帯電話が店頭を飾り、輸入できないはずの「新車」が町を走る。しかし一方で、復興に不可欠な建設材料は足りない。国連によると、家を失った約1000人が依然、テントで生活している。
ガザ北部ベイトラヒヤに、主婦オルファット・カラーウィさん(24)ら一家8人のテントを訪ねた。夫はけがで働けず、国連の食料支援に頼るが、コメや缶詰が多く肉や魚は食べられない。配給物の小麦粉を売って野菜を買う。「『政府』は口ばかりで信用できない」。怒りの矛先はガザを実効支配するハマスに向いた。
アズハル大学(ガザ市)のタラル・オカル教授は「住民は現状を熟知している」と、ハマスへの不満の高まりを指摘する。だが、圧倒的な武力を後ろ盾とする「力の統治」に陰りはなく、「(ハマスと対立する穏健派)ファタハさえ声を上げられずにいる」。今月の世論調査で、ハマスのハニヤ最高幹部はガザで4割強の支持を維持した。「戦いの『敗者』は日々の生活に苦しむ住民だ」。オカル教授がつぶやいた。【ガザ地区で前田英司】
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昨冬のイスラエル軍のガザ攻撃開始から27日で1年。大規模空爆から地上侵攻に至った戦闘は約3週間に及び、パレスチナ側で1300人以上、イスラエル側で13人の犠牲者を出した。激しい戦火の果てに何が残ったのか。現状を取材した。
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■ことば
イスラエルに抵抗するため87年に創設されたイスラム教スンニ派組織。主流派のパレスチナ解放機構(PLO)に属さず、イスラエルの存在を認めていない。武装闘争の傍ら、教育・医療福祉活動で支持を広げた。06年1月のパレスチナ評議会(国会)選挙で圧勝し、一時は穏健派ファタハと連立したが、その後対立を深めて07年6月にガザを武力制圧した。以後、パレスチナ自治区はガザ(ハマス)とヨルダン川西岸(ファタハ)に分断されている。
毎日新聞 2009年12月27日 東京朝刊
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