池田信夫 blog

Part 2

October 2007

野党4党は、偽装請負で行政指導を受けたキヤノンの御手洗会長(日本経団連会長)を国会に参考人招致することを決めた。彼らは「格差社会」の原因が小泉内閣の「市場原理主義」にあるとの主張にもとづいて御手洗氏を攻撃するものと思われるが、当ブログでたびたび指摘してきた通り、これは経済学の基本的なロジックも理解しない誤りである。

もちろんキヤノンが違法行為をしたこと自体は、批判されてしかるべきである。しかし、その法律が労働実態に合わないものだとすれば、法律を改正することも視野に入れて考えるべきだ。野党が「開き直りだ」と問題にしている御手洗氏の経済財政諮問会議における発言は、次のようなものだ。
請負は、請負事業者が全部自分で労働者をトレーニングして、何かの仕事を請け負う。その場合、受け入れ先の人はいろいろ指揮命令ができない。これは当たり前のことだと思う。一方で、派遣は、ただ単純に派遣して、派遣先で監督や訓練をしてもらおうということになっている。これも問題ない。

ところが、請負の方が中小企業に多いため、例えばAという会社に行って請け負う、それからまたBに行って違う職種で全部請け負うような場合がある。その場合、現実には、会社の職種に応じた訓練を請負事業者が全て行うことはかなり難しい。ところが、受け入れた先で指揮命令してはいけないという中に、いろいろ仕事を教えてはいけないということも勧告で入っている。そこに矛盾がある。(強調は引用者)
派遣労働者は1年以上(*)雇用すると正社員にしなければならないなどの規制があるので、経営者はそういう制限のない請負契約を使う。しかし労働実態としては、請負契約の労働者が受け入れ先に常駐して普通の社員と同じように働いていることが多い。これが「請負契約を装った人材派遣」であり職業安定法違反だ、と朝日新聞がキャンペーンを張り、厚労省がキヤノンなどに行政指導したものだ。

野党は御手洗氏をつるし上げて、「労働者はすべて正社員にしろ」とでも主張するのだろうか。もしそういうことをしたら、正社員は解雇が事実上不可能なので、企業は忙しくなったら正社員に残業させ、新たな採用はしないだろう。結果として、マクロ経済的には労働需要が低下して失業率が上がり、派遣や請負で労働していた人々の多くは職を失うだろう。また御手洗氏もいうように、国内の規制が強ければ、業務を海外にアウトソースして空洞化が進むだけだ。

これが経済学の教科書の最初に書いてある「需要と供給の法則」である。雇用規制を強化すると労働需要が低下し、失業者の雇用機会を奪って、結果的には格差は拡大する。日本より解雇規制の強いフランスの失業率は、10%を超えている。偽装請負やフリーターやニートを生み出している根本的な原因は、正社員だけを「正しい雇用形態」と考え、労働市場の反応を考えないで労働者の既得権を守る厚労省の近視眼的パターナリズムにあるのだ。

厚労省の考える労働者保護とは、いま雇われている労働者の保護にすぎず、もっとも弱い立場にいる失業者は視野に入っていない。問題は非正規社員を正社員に「登用」することではなく、逆に正社員の解雇制限を弱め、労働市場を流動化して、衰退産業から成長産業への人的資源の再配分を加速することだ。それが主要国で最低に落ちた日本の労働生産性を高め、成長率を引き上げ、労働需要を高めて失業率を下げ、結果的にはすべての労働者の利益になるのである。

社民党や共産党が「階級政党」としてこういう主張をするのはしかたがない。どうせ彼らには何の影響力もない。問題は、次の選挙で政権を取るかもしれない民主党が、こういう社民的パターナリズムに汚染されていることだ。民主党の議員も、当ブログを読んでいるようなので、先日紹介したベッカーの記事をよく読んで、経済学を勉強してほしい。

追記:弾さんからTBがきたが、引用部分が違うんじゃないだろうか。雇用規制を強化したら失業率が上がることは、実証的にも間違いない。問題は「正社員の解雇制限を弱めたら、労働市場が流動化する」かどうかで、これについては、おっしゃるようにES細胞(単純労働者)については効果がある(弾力性が高い)が、熟練労働者ではむずかしい。しかし最近は、研究職でも契約ベースの雇用が増えている。現実には、そうして徐々に多様化していくしかないだろう。

(*)条件つきで3年まで延長できる。

WSJによれば、アメリカのCAFC(日本の知財高裁にあたる裁判所)は、いわゆるビジネス方法特許について「実用的な応用が可能で、コンピュータなど特定の技術にリンクしていることが必要で、思いつきだけの特許は認めない」という判決を出した。これは1998年にCAFCが初めてビジネス方法特許を認めて以来、その範囲を初めて明確にせばめる画期的な判決である。

4月には連邦最高裁が「先行特許の自明な組み合わせによる特許は無効」という判決を出し、これまでプロ・パテントの方向に強まる一方だった知的財産権の保護を弱める方向に転換するものとして注目された。9月には、世界各国から批判を浴びていた特許の先発明主義を他国と同じ先願主義に転換するとともに、いったん成立した特許を見直す制度を創設する特許法改正案が下院で可決された。

現在のアメリカの特許制度は泥沼化しており、自明で広範囲の特許を取ったまま使わず、他社が似たような技術を開発したら訴訟を起こしてロイヤルティを脅し取る、SCOのようなパテント・トロールが大量に出現し、特許制度への信頼をゆるがせている。来年、政権が民主党に移れば、さらにアンチ・パテントの方向に進むだろう。

すでに欧州では、2005年に欧州議会がソフトウェア特許についてのEU指令を否決するなど、今やイノベーションを阻害する制度に成り下がった特許制度を見直すのは世界的な潮流である。1周遅れで、世界の流れに逆行してプロ・パテントの「知的財産戦略」を国策として進めているどこかの国は、こういう動きをよく見てほしいものだ。
2007年10月02日 17:34

現代中国の産業

モジュール化という言葉は、最近ではすっかり経営学の日常語になったが、日本では私が1997年に『情報通信革命と日本企業』(その要約が東洋経済論文)で使ったのが最初である。海外では、Baldwin-Clark, "Design Rules"が2000年に出ている。両者は独立だが、基本的には同じことを述べており、2001年にBaldwinが来日したときは彼女も驚いていた。そのときのシンポジウムを記録した『モジュール化』という本は、アマゾンで6位のベストセラーになった。

要するにIT産業では、要素技術を独立のモジュールとして並行に開発したほうが効率がいいので、水平分業が起こるという話である。本書はこれを「垂直分裂」と表現し、「水平分業」を「垂直統合」の対義語として使うのは論理的におかしいと批判している。たしかに、これは正しいのだが、グーグルでも"vertical disintegration"は5万件だが、"horizontal separation"は15万件出てくる。特に技術系の人が後者をよく使うようだ。

それはさておき、本書は中国の産業がモジュール化と水平分業で日本を急追しているという話である。中国のパソコンで、シェアが最大なのは聯想(Lenovo)ではなく、市場で買った部品を組み立てたノーブランドの兼容機で、ブランド機の半分近い価格で売られている。こういう現象は、IBM-PC互換機が出てきた1980年代にもあったが、アジア製の「ジャンク・マシン」は信頼性に問題があったりサポートがなかったりするため、コンパックやデルなどのブランド機に押されて消えていった。しかし中国では、パソコンの値段は、兼容機でも平均月収の3倍ぐらいなので、兼容機が伸びている。

おもしろいのは、藤本隆宏氏などがインテグラルでないとできない産業の典型としている自動車産業でも、モジュール化・水平分業が進み、エンジンまで外部から調達した部品の組み合わせで乗用車をつくるメーカーが現れていることだ。コンピュータでは、CPUを外部調達しているのだから、自動車メーカーがエンジンを外部調達しても不思議ではない。こうしたノーブランドのモジュール型乗用車は、トヨタの半分以下の価格で売られている。もちろん性能も信頼性も劣るが、自動車の価格は、ノーブランドでも平均賃金の4年分だから、労働者には売れる。

先進国では、コンピュータも自動車も市場が飽和しているので、市場の規模も将来性も、中国のモジュール型のほうが大きい。だから「日本はインテグラルな高級品で逃げ切れる」と思うのは甘い。こうしたモジュール型自動車が破壊的イノベーションとして、トヨタをGMのような状況に追い詰める日が来るかもしれない。それは、もしかすると英米のように日本が製造業そのものを卒業しなければならない日かもしれない。著者も、日本企業がすり合わせ一辺倒をやめ、自動車も含めてあらゆる工業製品がモジュール化・水平分業で生産されることを想定して長期戦略を立てたほうがいいと結論している。
けさの日経新聞のインタビューで、民主党の藤井税調会長は、今国会の焦点になっている道路特定財源の一般財源化について「自動車重量税と自動車取得税はゼロにする。揮発油税については一般財源化するかどうか議論したい」と妙に腰の引けた回答をしている。道路財源は、安倍内閣で一般財源化の方向が出されたが、「道路族」議員が反対して宙に浮いている。福田首相も「慎重に検討する」と言っているから、これで一般財源化はつぶれたようなものだろう。

道路特定財源(特に揮発油税)が必要もない道路へのバラマキの元凶であることは、いうまでもない。不思議なのは、バラマキを批判している民主党が、一般財源化に否定的であることだ。おかしいな・・・と思って「自動車総連 道路特定財源」で検索してみたら、こんな記事が出てきた。要するに、一般財源化には、労組も反対だから民主党も(本音では)反対なのだ。

ちょうどゲアリー・ベッカーが昨日のブログで、「労組の没落」と題した記事を書いているので、紹介しておこう:
GMとUAWの対決は、GMが医療コストを労組に押しつけ、組合が2日間ストを打ったことで決着した。これは実質的には、GMの勝利である。かつてGenerous Motorsといわれるほど組合に甘かった同社も、倒産の危機に直面して、OBの医療費まで面倒みることはできなくなったのだ。

アメリカの労組の組織率は、7.5%と先進国で最低レベルに落ちている。これは産業構造の変化とグローバル化の必然的な結果だ。かつて工場でみんなが同じ勤務をしていた時代には、UAWのような産業別組合が自動車メーカーの労働者を横断的に組織して賃上げを要求できたが、今は各社の業績も労働形態もバラバラで、産業別組合の(ギルド的)独占力には意味がない。国内で組合がうるさく言ったら、海外にアウトソースするだけだ。もう労働組合の使命は終わったのである。
私も先日の記事で書いたように、労組にはもう既得権を守る後ろ向きの役割しかなく、組織力もない。それなのに民主党は、道路財源のような自明の問題についてさえ、労組の顔色をうかがってバラマキを温存するのか。そんなことをしたら、労組の何百倍もの納税者を敵に回すことを覚悟したほうがいい。これは彼らが労組と納税者のどちらを重視しているかの試金石である。民主党の政策が本当に「国民の生活が第一」かどうか、国会での道路財源の審議をじっくり見てみよう。

追記:国会審議を見るまでもなさそうだ。民主党は、キヤノンの御手洗会長を参考人として国会に呼び、「偽装請負」の問題を追及するという。これは前の記事でも書いたように、現在の労働者派遣法に無理があるので、企業だけを槍玉に上げるのは短絡的な「一段階論理」のポピュリズムだ。
きょう毎日jpMSN産経がスタートした。どっちもレイアウトは変わったが、中身はあまり変わりばえしない。産経は「紙より先にスクープを載せる」と自慢しているが、そんなこと海外の新聞は、とっくにやってますよ。毎日jpは、「ブロガーと連携」とかいって、私にも何度もダイレクトEメールが来たが、記事にコメントもTBもつけられるわけじゃなし。どこが連携なの? それと両方とも(おそらく)RSSの設定が不完全で、iGoogleからもGoogle ReaderからもRSSフィードを追加できない。

何よりも、両方とも海外の新聞が当たり前にやっている、記事を全文掲載し、アーカイブを無期限に残すということが、なぜできないのか。いっちゃ悪いけど、毎日の記事のリンクが切れたからって、毎日のデータベースを有料で読もうという人はいませんよ。産経は「6ヶ月まで保存」とか中途半端な自慢をしてるけど、リンクの切れるサイトは、ブロガーの敵。ダイレクトメール出すより、基本的なことやってよ。

それに、グーグルニュースに毎日も産経も出てこないのは、どういうわけか。毎日は、前からMSNからしかリンクを張らせなかったが、同じことを産経がやりはじめた。おまけに毎日はMSNから離れても、このポリシーだけは変えないようだ。勝ち組(?)の朝日・日経・読売も(当ブログが新聞より先に報じたように)共同ポータルサイト「ANY」を作ってグーグルニュースへのリンクを止めるつもりのようだから、主要5紙がすべてグーグルニュースから読めなくなったら、世界にも類を見ない恥ずかしい状態だ。新聞社の「ネット時代への対応」とは、囲い込みとグーグル排除のことか。

追記:RSSフィードの追加は、ブラウザからはできるが、Google Readerからはできなかった。今日(2日)は修復されたようだ。ただiGoogleからは、まだ毎日はMSNしか出ない。


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