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昨秋以来の世界不況は、派遣労働など非正規雇用のもろさを見せつけた。
それを受け、長妻昭厚生労働相の諮問機関、労働政策審議会が議論していた労働者派遣法改正案の骨格が、きょうにもまとまる。
その概要はこうだ。
仕事があるときだけ雇用契約を結ぶ「登録型」派遣は、通訳のような専門性の高い26業務や高齢者派遣などを除き、原則禁止にする。
「派遣切り」で大量の失業者を生んだ製造業への派遣は、派遣元と長めの契約を結ぶ見込みがある「常用型」に限る。最も不安定な雇用の形である「日雇い派遣」も特定の業務を除いて禁止する。
偽装請負のような派遣先の違法行為があった場合に、派遣先との直接雇用があったと認める「みなし雇用」の規定も盛り込んだ。
経済界などには異論も根強い。
登録型派遣や日雇い派遣を禁止すると、企業が使いづらくなり、かえって失業が増えるという主張がある。製造業派遣を規制すると、海外に生産拠点を移す企業が増え、雇用が失われるという議論もある。
しかし、だからといって、景気変動の一番のしわ寄せが非正社員にいく構造を放置したままでいいだろうか。
派遣法はこれまで改正のたびに雇用の流動化の面ばかりを拡大してきた。今回、それを労働者保護の方向にかじを切った意義は大きい。
まだ不十分な点も残る。
期間が1年に満たない雇用も常用型とされる恐れがある。みなし雇用も、直接雇用が認められるのは元の派遣会社との契約期間だけ。派遣先の負う責任が軽すぎないかという疑問もある。登録型や製造業派遣の原則禁止の実施も、公布から3〜5年先になる。
経営側の言い分も含め、通常国会でさらに議論を深めてもらいたい。
今回の法改正が問題のすべてではない。政府をはじめ社会全体で取り組むべき根本的な課題が残されている。
正社員と非正社員との待遇格差がまだあまりに大きく、派遣を含む非正規雇用全体が多様な働き方としてきちんと位置づけられていないという点だ。
同じ仕事をすれば雇用形態にかかわらず同じ賃金を支払う「同一労働同一賃金」が、欧州では当たり前だ。すぐには導入できないにしても、実現に向けて努力していくべきだろう。
非正社員の契約更新の回数や期間にも上限を設け、雇用の「調整弁」頼みの経営が必ずしも得にならないようにしていく。非正社員の技能を引き上げ、生かす仕組みも考えたい。
失業率は相変わらず5%台だ。不況のたびに大量の失業者が生まれる構造を改めない限り、社会は安定しないし、産業の活力も生まれない。
来年度予算案編成の大仕事を終えた鳩山由紀夫首相が、インドへ旅立った。年末という異例の時期の訪問だが、この南アジアの大国との首脳外交は待ったなしだ。世界での存在感を急速に増すインドと結びつきを深める意味は大きい。
インドは、情報技術(IT)産業を原動力に国内総生産でアジア3位にまで成長してきた。世界金融危機後も11億を超す人口を背景に旺盛な国内需要に支えられ、2009年度も6%を超す成長を保つ見込みだ。「世界最大の民主主義国」であり、主要20カ国・地域(G20)では、中国とともに新興国を代表する存在である。
「東アジア共同体」構想を掲げる鳩山政権は、「開かれた地域主義」を原則に経済連携やエネルギー、環境などで個別の協力を域内で積み重ねていく方針だ。こうした地域協力の大きな絵を描くには、発展する巨人インドとの密接な連携が欠かせない。
鳩山首相はシン首相と地域協力のあり方について、じっくり意見を交わしてもらいたい。
その一方でインドは、多国間外交の場で自国の利益を強烈に主張する手ごわい相手でもある。気候変動の枠組み条約締結をめぐる国連の会議でも、世界貿易機関(WTO)のドーハ・ラウンドでも、中国とともに途上国の利益を前面に押し出し、先進国とぶつかり合ってきた。
しかし、WTOの枠組みを使ったIT産業などサービス業の自由化はインドの大きな利益になる。地球温暖化を放置すれば、干ばつなどでインドでも貧困が広がる。このため貿易自由化や温暖化の問題でより柔軟な対応を図ろうとする動きは、インドの政権内にも出てきている。
これを後押しし、インドが新たな主要国としての責任を自覚したうえでグローバルな問題でより建設的な役割を果たすよう促していくのは、日本の役割でもある。
アフガニスタンやパキスタンを安定させるための連携や、核不拡散をめぐる協議も重要だ。
とくに核保有国であるインドは、包括的核実験禁止条約(CTBT)の署名を拒み、エネルギー資源に乏しいことから原子力発電拡大のための国際協力を求めている。だが、日本は核不拡散条約(NPT)体制の弱体化を認めるわけにはいかない。鳩山首相はこの原則をきちんと伝える必要がある。
グローバルな舞台で戦略的連携を図るにも、日本にとってインドはまだまだ影が薄い。08年の日本とインドの貿易総額は、日中間の20分の1に過ぎない。物やサービスの自由化をめざす経済連携協定(EPA)の交渉を進めることなどを通じて、交流拡大の土台づくりを急ぎたい。