池田信夫 blog

Part 2

Macroeconomics: International Edition何度も紹介したMankiwの教科書が、やっと届いた。学部上級向けなので初心者には無理だが、政策担当者には必読書である。霞ヶ関のみなさんは学力があるので、公務員試験の古い経済学の知識をアップデートしてほしい。

大学における経済学教育の問題の一つは、学部で教えるマクロ経済学が70年前のIS-LM理論のままで、大学院以上で教える最近の理論(DSGE)とまったく違うことだ。この点を修正する教科書もいくつかあるが、DSGEを本格的に教えようとすると、変分法などの動学的最適化理論の知識が必要で、これが大きな障害になっていた。本書はこの問題を、合理的期待の代わりに適応的期待を使い、初等的な差分方程式にすることによって避けている。

この簡単なモデルでも、DSGEの本質は十分わかる。それは19世紀末にヴィクセルが提唱し、1960年代にフリードマンが再発見し、ウッドフォードが21世紀のマクロ経済学の中心にすえた自然率の概念である。自然率とは、政府が介入しないで経済が自律的に維持できる所得や金利や失業率の水準だ。財政・金融政策によってこれを超える水準を実現することは可能だが、それは介入を続けないと長期的に維持できない。

ところが学部レベルで教えるケインズ理論には自然率の概念がなく、あたかも政府が経済水準を自由にコントロールできるかのように教えるので、政治家も官僚も自称エコノミストも、不況になると「景気対策」を際限なく要求する。このような裁量的なマクロ政策は市場の機能をゆがめて経済の効率を低下させる、というのが本書のメッセージである。最後に、次のような4つの教訓がまとめられている:
  1. 長期的には、国民の生活水準は財・サービスを生産する能力で決まる
  2. 短期的には、総需要がその国で生産される財・サービスの量に影響を与える
  3. 長期的には、通貨供給の増加は物価水準を決めるが失業率には影響を与えない
  4. 短期的には、金融・財政政策をコントロールする政策当局はインフレと失業のトレードオフに直面する
短期的にはマクロ政策によって経済水準をコントロールできるが、自然水準を超えるバラマキ福祉やリフレ政策は、一時的な効果があっても長期的な自然水準を変えることはできず、悪くすると余った資金によってバブルを引き起こす。したがってマクロ経済政策は、ルールにもとづいて受動的に行なうことが望ましい。

長期的な成長戦略においても、政府が環境関連産業など特定の部門を「育成」する裁量的なターゲティング政策が成功したケースはほとんどない。政府の役割は、市場の効率を上げるための規制改革と、インセンティブのゆがみをなくす税制改革などの制度設計に限られる。逆にいうと、ほとんど財源を使わなくても、規制改革によって成長率を引き上げる余地は大きい。

本書の内容は、当ブログで普段から書いていることとほとんど一致している。これを読めば、世間で「新自由主義」とか「市場原理主義」などといわれているものが、実は経済学の教科書的な考え方だということがわかるだろう。ただ、このような「地動説」は直観的には理解しにくいので、社会人教育が必要だと思う。

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  1. 1.

    【まとめログ】12月22日~卒論と就職戦線、社会起業家などなど~

    こんばんは。今日は一日中図書館にいて疲れました。 卒論をやっていたのですが、文字数的にはあと3分の1で終わりそうです。枚数的にも同??.

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  1. 1.
    • tomonoridakonoyaro
    • 2009年12月21日 16:12

    秦智紀
    この4つの教訓は、マンキューの10大原理を理解して、その部分のところを読んでも短期と長期の考え方がわかると思うんですけどねぇ。入門書でもわかることが、世間じゃ通用しないところにフラストレーションがたまりますね。

  2. 2.
    • taguidobu
    • 2009年12月22日 00:22

    >白川総裁:デフレの根本的な対策は、潜在成長率の引き上げ。必要なのは、規制改革と雇用流動化とセーフティネット。

    池田さんはじめMankiw・白川氏など(普通の)経済学者は、成長戦略(:イノベーション)・雇用対策(:規制撤廃)が極めて重要など共通認識を持っているのですが、民主党・政府(法学部出の本省課長以上)がそれに早く気づくかが鍵となりましょう。

    ところで、池尾和人さん(twitter上で)が小倉某に噛み付かれてようで、えらいことになっている。無視するなり、シャットアウトすればいいのに。

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