全国初の医師会立産科診療所がオープン
産科医不足が社会問題とまでなっている中、鎌倉市で医師会立の産科診療所が2月17日に開設され、大きく報道された。全国で始めての「医師会立」の産科診療所ということを置いても、子供を生み育てる夫婦にとっては非常にありがたい、タイムリーな行政の施策だった。しかし、この美談風の話には「裏側の顔」ものぞく。
鎌倉市役所
産科診療所はJR鎌倉駅東口前の大巧寺の横に開設された。旧デイケアセンターを市が賃借し、改修して「ティアラかまくら」と名付けられた。2階建て638uで、1階は診療室、2階が病室で8ベッドを備える。これを鎌倉市医師会が運営する。スタッフは産科医師3人と小児科医師1人(非常勤)、助産師9人、看護士3人が当たる。夜間は医師1人、助産師か看護士2人の体制となる。医師会は2009年度の分娩数300、10年度360を計画している。
鎌倉市はこの産科診療所の開設・運営補助費として、建物改修費1億7,500万円、家賃月額210万円、医療機器リース代月額310万円を負担する。この額は08年度で3億円となった。09年度の運営補助費は7,700万円、10年度は4,400万円と見積もられている。
運営は毎年の赤字となることが予想されるが、それも年度ごとに全額を市費で負担することになっている。さらに、万一、医療過誤があった場合に発生する損害賠償など一切のリスクも市が負担する条件だ。
鎌倉市医師会立産科診療所
「ティアラかまくら」の玄関
鎌倉市は、市民から「市内で出産できる施設を」と望む声が多く出ていたことを開設理由として発表している。市によると、2007年度の出生は1,274人だった。内訳は、市内での分娩が376人、県内他市が530人、県外が231人、「不明」が137人だという。
市当局が調べても分娩の場所が「不明」な理由
「不明」とは何か。筆者が調べたところ、この多くが市内でただ1つの出産できる医療機関「湘南鎌倉総合病院」での出産らしいことが分かった。
湘南鎌倉総合病院は鎌倉市内にある最大の病院だ。医療法人徳洲会系で、市から今回の産科診療所の運営を任された鎌倉医師会には加入していない。むしろ、徳洲会と医師会との反目は公然の事実だ。同病院の昨年1日当りの外来患者数は平均1,100名で、新入院が同49名いる。手術も1日平均16.2件行っており、市民にとって無くてはならない病院となっている。
産科に限ると、ベッド数は28で、1日平均3名近くの分娩を扱っている。2007年度の分娩数は1,070件で、うち鎌倉市民は418件(39%)だったという。また病院によれば、市内の岡本に新病院を建設中で、来年7月に開院予定。地上16階、地下1階の建物で、産婦人科は診察から病室までを1フロアに配置する計画だという。
筆者が調べたところ、2007年度の鎌倉市内病院分娩数が、市のカウントでは357件だったのに対し、湘南鎌倉総合病院のカウントは418件で、市の方が61件も少なかった。「61件」は2007年度の出生数1,274件の5%にも当たる大きな数字である。なぜ違うのか。筆者が調べたところ、鎌倉市は湘南鎌倉総合病院での産科診療の現状をまったく調査・聴取していないことが分かった。
鎌倉市医師会立産科診療所の診察室
市内唯一の分娩取り扱い医療機関を黙殺
鎌倉市は産科診療についての政策を決定するため、2007年6月から鎌倉医師会とプロジェクトチームを組み協議している。市は、市内の産科医療の現状を直接調べず、医師会経由でしか調査や要請をしていない。医師会メンバーでない湘南鎌倉総合病院には直接でも間接でも調査・要請はなかった。
つまり、市は、市内で唯一の分娩を取り扱っている医療機関での実態を抜きにして、今回の産科診療所開設にかかわる政策を決定したことになる。もちろん、湘南鎌倉総合病院に産科ベッド増床の要請もしなかった。その上で医師会とだけ交渉し、「どこも新たに産科診療をやるところが無かったので医師会にお願いすることになった」として、新たな産科診療所の設置を要請した。これは虚言であり、市民に対する背信行為ではないか。
この事業の人・物・カネのうち、物(建物・設備)とカネは鎌倉市で負担し、さらに医療過誤等によるリスクも負担することにして診療所の発足に至った。医師会が運営主体と言っても、人だけは医師会が出すが、そのほかは一切鎌倉市が面倒を見る事業である。鎌倉市医師会は事業が赤字になっても、医療ミスで患者から請求を受けても、市に支援を求めることが出来る。
医師会の説明では、現状の8ベッドを増床しない限り、事業の黒字化は見込めない。だが既設の建物を利用したため、ベッド増はムリだ。「なぜ、医師会立で始めることになったのか」の質問に対し、医師会の担当理事は「鎌倉で新たな産科診療を始めるのには、医師会立が一番早い方法だった」と答えている。採算とは無関係に、「まず開院」が行政としての選択だったようだ。
医師会に毎年10億近い委託費、市長には「陣中見舞い」
鎌倉市は鎌倉市医師会に検診や休日救急医療を委託しており、年間10億円近い市費が支払われている。また、石渡徳一市長の前回市長選(2005年)での政治資金報告書の「間違い」が昨年明らかになったとき、県と市の医師会の政治団体からそれぞれ30万円と20万円の政治献金が陣中見舞いとして支払われていたことも発覚している。
鎌倉市は癒着を疑われることがないよう、政策決定の進め方を公開し、公平・公正にすべきだ。また、公金の使用は、最少の投入で最大の政策効果が得られるように努力して欲しい。今回は、新病院を建設中の湘南鎌倉総合病院に産科ベッド数を増やしてもらえば効率が良いとは考えなかったのだろうか。同病院がありながら黙殺し、さらに新たな診療所を作る必要がどこにあったのか。この政策決定は合理性に欠け、不明朗である。