(cache) 2009年 12月特集:ロボナブル
ロボナブル 2009年 12月特集
2009年版ロボットビジネス番付 -今年の注目記事から独自評価!-
【西横綱】 「サビロボ用通信プラットフォーム事業」(産総研・中坊/平林/古川TF)
 -米Intelと同様、内クローズ・外モジュラーのポジショニングを指向-
※今回の特集は、「2009国際ロボット展」でロボナブルが主催した「ロボットビジネス番付」での講演(スピーカー:ロボナブル編集部・今堀崇弘)をもとにまとめとめたものであり、講演と同様「です」「ます」調で表現した。また、掲載した図表はすべてロボナブル側で取材・調査し作成したことを断っておく。

 西の横綱には、サービスロボット向け通信モジュール「D3モジュール」を提案する産業技術総合研究所発ベンチャー「中坊/平林/古川タスクフォース(TF)」(仮称)を選びました。

 D3モジュールは、オーストリアTTTech社の通信プロトコル「TTP(Time Triggered Protocol)」をベースにロボット向けに開発した、8mm角FPGAチップに搭載可能な通信モジュール。TTPチップのIPコアおよび内部ロジックをそのまま継承し、かつロボット向けに小型・高速化しています。
 4ノード以上での分散制御システムでの利用を想定しており、64ノード分のタイムテーブルを用意しています。また、これを搭載したロボットシステムとしての安全認証を考慮して、リアルタイム(RT)OS「QNX」上で動作することを前提に開発しています。Linux系のように不特定多数が開発したRTOSの利用は、ロボットシステムとして安全認証を受ける際、不利になると判断されるからです。

 TTPはあらかじめ定義した送信時刻で通信する「タイムトリガ方式」を採用しています。ロボット開発でよく用いられる「CAN」は「イベントドリブン方式」を採用していますが、複数のノード(ネットワークを構成する要素)が同じタイミングで通信しようとすると信号が衝突し、また、どちらのノードの信号から送信されるのかは確率論的になされます。厳密な意味でリアルタイム性が保証されていません。
 これに対し、タイムトリガ方式では一定間隔で信号を送信するため、各ノードの信号が衝突することがなく、確実にデータ送信がなされます。決定論的に通信がなされ、リアルタイム性が担保されています。しかも、想定外の事態が発生したときは、エラーとして信号が切り離される仕組みになっており、ロバスト性が確保されています。安全性および信頼性の確保が要求されるサービスロボットに適した通信プロトコルと言えます。このような「distributed(分散型)」「deterministic(決定論的)」「dependable(信頼性)」という特徴から、D3モジュールと命名しています。

図1 D3モジュールの概要と提供方法

 また、ロボットシステムとして安全認証を受けるうえでもTTPは有利という特徴があります。安全認証の実績を多く有しており、例えば、エアバス「A380」にて客室代圧制御システムに採用され、TTPコントローラのハードウエアは商用航空機アビオニクスシステムへの実装に関する設計保証ガイドライン「DO 254」レベルA、ソフトウエアは航空機向けソフトウエア開発ガイドライン「DO 178B」のレベルAの安全認証を、欧州航空安全局EASAより取得。また、TTP採用の電子制御装置「TTC200」が、機能安全規格「IEC 61508」のSIL3(Safety Integrity Level:安全度水準)の認証を、独TUV Nordより受けています。
 D3モジュールとしては、厳密には認証準備段階にありますが、TTPコアおよびロジックをそのまま継承しており、実績重視で認証されることを踏まえると安全認証を受けやすいと言えます。

 D3モジュールの提供方法は、採用したロボットが量産されたときのライセンス収入を見込み、IPコアと開発ツールとのセットを予定しています。ただし将来的な構想であるとし、まずはFPGAに実装し、これを搭載したPCIボートや分散制御モジュールの提供から始めるとしています。

内クローズ・外モジュラーのポジショニング

 前節では、おもにTTPの特徴を紹介し、安全認証に有利であることを紹介しました。が、D3モジュールで最も注目されるのは、TTPと「RTミドルウエア」との間を埋めるような機能を有し、ここで発生する擦り合わせ(インテグラル)的な調整作業を不要にする(モジュール内に隠蔽する)一方、インターフェースをオープンにしていることです。

 この特徴により、ロボットメーカーはアプリケーション開発に専念することができ、高効率な開発がもたらされます。つまり、通信という非競争領域での開発から解放され、競争領域の開発に特化することができます。中坊/平林/古川TFでは、これをウリにロボットメーカーおよび要素技術メーカーの両方に対し、パートナーづくりに取り組んでいます。デファクト標準に向けた活動を着々と進めています。

 また、同TFは米Intel社がパソコン業界でデファクト標準になったのと同様、「内クローズ・外モジュラー」のポジショニングをとることができます。米IntelはCPUおよびチップセットの中に“擦り合わせ的な要素”を隠蔽する一方、外部インターフェースはオープンにし、互換性を持たせることでデファクト標準を獲得し、業界内で圧倒的な地位を獲得しました。
 D3モジュールも同様の仕組みを盛り込むことでデファクト標準の獲得および安定的な収益の確保を目指しています。このような“ロボット業界のIntel”を目指す事業戦略はしたたかであり、ここにロボナブルが評価した重要なポイントがあります。

図2 サービスロボット用通信プラットフォーム事業の大きな特徴
図3 サービスロボット用通信プラットフォーム事業の大きな特徴(続き)。本文では触れていないが、安全認証を受けかち要素部品を積極活用したモノづくりへの移行も目指している。

 少々話が反れますが、ロボットは「総合技術」と称されるがゆえ、自動車産業と同様、高度な擦り合わせ技術が要求される垂直統合的な産業(内クローズ・外クローズ、もしくは中インテグラル・外インテグラル)になると考えられています。例えば、2005年5月に経済産業省より公開された「ロボット政策研究会中間報告書」では、『ロボットは、幅広い技術の統合システムであり、技術も市場も十分に成熟していない現時点では、個々の製品ごとに技術の擦り合わせを要する典型的な垂直連携型産業である』と記されています。
 当時、日本企業の多くが「ツーカーの関係」「あうんの呼吸」に象徴される「まとめ能力」「チーム力」「統合力」を組織能力として蓄積し、擦り合わせが求められる製品開発を得意とすることが、東京大学の藤本隆宏教授より指摘されました(*)。この報告書は、それを受けてまとめたものと推測されますが、その頃、全国各地でロボット開発による産業振興が取り組まれた1つの根拠になっています。

 かたや、「RTミドルウエア」プロジェクト、それを受けての「次世代ロボット知能化技術開発プロジェクト」などではロボット開発のオープン化(外モジュラー化)、つまり組み合わせ型のモノづくりを指向する水平分業化が取り組まれています。また、米Willow Garage社は基本ソフト「ROS(Robot Operating System)」ROSをオープンソースで開発・公開し、それを使ったロボットプラットフォームを「PR2」として無償提供することで、同様の方向性を目指しています。

 今後、市場の拡大が期待されるサービスロボット産業が「垂直統合型」になるのか、さらに発展して「水平分業型」になるのかは現時点では不明ですが、擦り合わせ技術が要求される前者でも、組み合わせによる開発が行える後者であっても、コア技術やブラックボックス化できる技術を有していなければ、ビジネスの継続は困難です。このような意味でも、ノウハウと言えるRTミドルウエアとの調整作業をブラックボックス化したD3モジュールは、継続的に重要な技術になると言えそうです。

*:製品やシステムのアーキテクチャの基本タイプは、大きくは「擦り合わせ型」(インテグラル)と「組み合わせ型」(モジュラー)に分けられる。前者は、ある製品のために特別に最適設計がなされた部品を微妙に相互調整しなければトータルなシステムとしての性能が発揮されないような製品を指す。具体的には、自動車や家電製品、精密機械、ゲームソフトや組込みソフトが該当する。後者は、すでに設計された有りものの部品を巧みに寄せ集めることで最終製品を完成できるタイプの製品を指す。インターフェース(メカニカルおよび通信、ソフトを含む)が標準化されており、部品そのものも機能的に完結している。パソコンや自転車などが代表的な製品。戦後、日本企業の多くが「ツーカーの関係」「あうんの呼吸」に象徴される「まとめ能力」「チーム力」「統合力」などを営々と蓄積してきた。それゆえに、わが国は擦り合わせが要求される製品開発を得意とすることが、東京大学の藤本隆宏教授より指摘されている。

著名な研究者らの理論を実践

 ここまでの内容を見ると良いことずくめのようですが、最大の課題はD3モジュールを実装するサービスロボットが普及していないことです。また、2008年秋以降の世界的な景気後退の中では、労働力が過剰の状態にあり、当面はサービスロボットの量産化を期待するのは難しそうです。
 産総研・中坊/平林/古川TFも十分理解しており、当面はおもに研究用途向け、提供をすることを予定しています。パートナーの構築によりデファクト標準を進めつつ、数年後に「生活支援ロボット実用化プロジェクト」(NEDO)でデジュール標準の1つとなったときに、一気に普及するような土壌の形成に努めています。

 余談となりますが、シーズ発信型の産総研が、なぜ、このような事業戦略を描けたのかと言うと、「ベンチャー開発センター」の存在があったからです。同センターは、産総研の研究の事業化を担うべく、技術シーズに立脚した新規事業を開発し、ベンチャー創業に向けた育成および支援を担当する機関です。ビジネス経験を有する人材を「スタートアップ・アドバイザー(SA)」として民間から招聘し、事業化に必要な技術の高度化、新たな知的財産の創出、マーケティング調査などの活動を通してビジネスプラン策定を行い、ベンチャー創業を目指します。同TFでは、外資系経営コンサルティング企業などで事業立案に携わった経験を持つ平林隆氏がSAとして事業戦略を立案しました。

 また、その事業戦略には東京大学の小川紘一先生に代表される、国際標準化戦略と事業戦略、わが国のモノづくり企業の強みや弱みを研究されている研究者の知見が盛り込まれています。「内クローズ・外モジュラー」はその一例であり、同TFは小川先生らの理論を実践する役割を担っているとも言えます。彼らの活動を通じて、論証の確からしさを知ることができ、このような意味でも同TFの活動は非常に注目されます。

■関連サイト
トレンドウォッチ
サービスロボの安全・安心を保証するD3モジュール -産総研・中坊/平林/古川タスクフォース-
《 前編 》『われわれの通信プラットフォームは市場創出のトリガーになる』 産業技術総合研究所 平林 隆 氏
http://robonable.typepad.jp/trendwatch/2009/11/d3-3f14.html

《 後編 》『認証済みシステムを活用したモノづくりへの移行を狙っている』 産業技術総合研究所 中坊 嘉宏 氏
http://robonable.typepad.jp/trendwatch/2009/11/post-091116.html