――遠い空の上、ドン、と低く響く音と共に小さな光が広がる。

きらめく青い光は、もちろん魔法の影響を受けたものだ。
それらは瞬く間にラティウム全域の空を覆うように拡散され、そして消えていく。
一年に一度のこの魔法を執り行うのは、魔法総省に勤める高級魔法士たちだ。

四季のないラティウムにも、聖なる夜の伝承のままに美しい雪の夜を――。
魔法総省の有志が故郷を懐かしんで始めたのがきっかけだそうだ。
もしも順当にいったなら、いつか自分がこの魔法をかけることになるんだろうか、とノエルは考える。
だがすぐに却下した。何故なら彼が目指すのは「世界一」の「大魔法士」だからだ。
「それに……、あまりにも惨めじゃないか、そんなの」
どちらかというと、ぽつりと口から漏れたこの言葉こそが本音だったかもしれない。

華やかなパーティ会場を抜け出したノエルが訪れたのは、ミラクル・ノエルの象徴。
彼の故郷ではサパン・ドゥ・ノエルと呼ばれる大きなモミの木の下だった。
魔法の光に彩られた木の根元には、いくつものプレゼントが置かれている。
ここにあるプレゼントは、魔法院に在籍する生徒たちに贈られた故郷の家族からのものだ。
おそらく、ノエル宛のものもあるだろう。
今は魔法で保護されており、確かめることはできないが、明日の朝には生徒たちの手に渡る。
……だが、両親はともかくとして兄たちからの贈り物を受け取るのはあまり気が進まない。
「どうせまた余計な一言が添えられているに違いないんだ……」
ノエルはそう呟くと、重いため息をついた。

ミラクル・ノエル。
この日は彼にとっては、パーティで浮かれ騒ぐ人々とはまったく別の意味を持つ日だ。
だが、それを知る者はミルス・クレアにはいない。
自ら言えばよかったのだろうが、どうも毎年タイミングを逃してしまって言えずじまいだった。

別に、それはそれでよかった。少なくとも去年までは、まったく問題なかった。
それは彼の中にあるミラクル・ノエルの記憶が、あまり良いものではなかったことに起因する。

「……ええい、余計な記憶が甦るじゃないか!」

幼いころから受けてきた横暴な兄たちからの理不尽な仕打ちが走馬灯のように脳内で展開され、
ノエルはぶんぶんと大きく首を振った。……思い出したくもない過去だ。
彼にとって唯一の救いは、やさしく暖かい母親の言葉だけだった。
それがなければ自分が確実にグレていただろうと思う。いや間違いなくグレていたに違いない。


ミラクル・ノエル。
それは、彼――ノエルの誕生日でもあるのだ。


だが、前述の通り、ノエルにとってこの日は必ずしも良い日ではなかった。
周りはどうしたってミラクル・ノエルというイベントに浮かれ騒いでいるし、
家族からのプレゼントは、大抵ミラクル・ノエルと誕生日のものを一緒にされてしまう。
兄たちに至っては「ああ、そういえば誕生日でもあったっけ、忘れてた」と毎年恒例の小芝居がつく。
わざわざ人の神経を逆なでするためだけに演じられるそれに抗議したこともあったが、
翌年のミラクル・ノエルで「誕生日そのものに一切触れない」という地味に寂しくなる攻撃を受けてから
抗議して改善されることなど何もない、と諦めるようにもなった。

ミルス・クレアに来てからは日々勉学に励むことに忙しく、
また、わざわざ自分の誕生日を宣伝して回るほど恥知らずなつもりもなかったので、
自然と【祝ってもらう】ことに対する欲は、年々薄れていった。

――だが、今年はルルがいる。

パーティーで見かけた彼女は、皆と楽しそうにプレゼント交換をしていた。
きっと、ノエルのところにも来てくれるのだろう。
よく通る声で名を呼んで、愛らしい笑顔を向け、大事に抱えたプレゼントを渡してくれる。
それは大変魅力的で喜ばしいことだが……そのプレゼントはあくまでミラクル・ノエルのためのもの。
彼女から、誕生日プレゼントをもらうことはない。

「……それでも……たった一言、祝いの言葉が聞きたかった」

……ばかな話だ。
ルルは、ノエルの誕生日など知らない。
そんな彼女から、いったいどうやってその言葉を聞き出そうと言うのだろうか。

そう思った次の瞬間には、彼女から逃げるように、パーティー会場を抜け出してしまっていたのだ。
「何をやっているんだろうな、僕は……」
自嘲気味に笑って、ノエルはサパン・ドゥ・ノエルを見上げた。



サパン・ドゥ・ノエルは風に揺れることもなく、ただじっと自分を見下ろしていた。

魔法に照らされた枝葉の隙間から、小さな雪がひらひらと舞い落ちてくる。
頬に触れた冷ややかな感触に、高級魔法士たちの魔法が成功したのだとわかった。
ノエルは雪に濡れるのも構わず、空を見上げたまま、静かに思いを馳せる。

……手の中の紅い薔薇から漂う香りのせいだろうか。少し、冷静になれた気がする。
こんなことをしていても仕方がない。もう会場へ戻ろう――そう思った瞬間だった。

「――ノエル!」

……まさか。
そんなはずはない。
そんなことはありえない。

「ノエルー!」

……けれど、間違えるはずがない。
高く、大きく、よく通る声。

「ノエル!!」

待ち焦がれた、彼女の声!

「ルル……!」

ノエルは勢いよく振り返り、そして――。

***



***


「誕生日おめでとうー!!」

――驚きのあまり、ノエルは手の中のプレゼントを取り落としかけた。
このとき、自分の寿命は一気に3年分は縮まったと、後に彼は思い返す。

ルルだけが立っているはずのそこには、彼が【親しい友人】と分類する人々もずらりと並んでいた。

「きっ、き、き、き、君たち……!?」
「勝手にいなくなっちゃうもんだから、探したよノエル」
「ええ。誕生日くらい落ち着きなくウロウロしていないで、じっとしていてください」
「なっ、な、な、な、何故!?」
「何故って聞かれてもねえ?」

ミルス・クレアに来てから、誰にも明かさなかった自身の誕生日。
何故だ何故だと、そればかりが頭を駆け回り、思考も感情も何も追いつかない。

「それはもちろんボクのスクープ! ……と言いたいところだけど……」
「不本意だというのなら、その自己主張の強い名前を恨むべきです」
「ハイ。バレないと思う方が、不思議」

淡々と言うエストと、微笑みながら頷くビラールに、心臓がどきりと跳ね上がる。
隠していたわけではないが、こうもはっきり言い当てられると落ち着かない。
確かに彼の名は、ミラクル・ノエルに生を受けたことから名づけられた。
勘の良い友人たちであれば、気がついても決しておかしくはないのだが……。

「つーか祝ってほしいなら言えって話だろ」
「うん。意味がわからない」

自分の誕生日を祝ってくれ、と言い出せるタイミングがあるならば、ぜひ教えて欲しいものだ。
そんな押し付けがましい真似、少なくとも彼女の前でできるはずがない。

「大きなお世話だ、まったく君たちときたら――」

言いかけて、ハッとする。
その彼女――ルルが、寂しそうな表情を浮かべてノエルを見つめていた。

「私、私は、知らなかったもの……!」

ルルが抱える、花柄の袋に添えられたリボンは、ノエルのアンバーと同じ色。
きっとあれは、優しい彼女からのプレゼント。
彼女はパーティーの間、自分を探してくれていたのだろう。
「どうして教えてくれなかったの?もしわかってたら、もっとちゃんとお祝いしたのに。
プレゼントだって、私はミラクル・ノエル用のしか準備してなくて……
お誕生日だったなら、その分もプレゼントを用意しなきゃいけなかったのに……」
「……ルル……」
おずおずと差し出された、心のこもったプレゼントを受け取る。
申し訳ないことをした、と思うのに、心の中はじんわりと温かくなっていく。
「明日までじゃ、間に合わないわ。ごめんね、ノエル……」
「いいんだ、そんなこと気にしなくて。僕は……僕は君のその言葉だけで、どんなに……」
この言葉に偽りはない。
けれど、ルルの表情は明るくならない。
「でもノエル、せっかくのお誕生日なのに……」
違う。そんな顔をさせたくて黙っていたわけでも、パーティーを抜け出したわけでもない。
ノエルは手に持っていた赤い箱を、そっと彼女に差し出した。
「そ、それより、その。これは僕からのプレゼントだ。受け取ってくれないか……?」
「ノエル……」
「君の気持ちはうれしい。……だが、君が笑ってくれたなら、僕はもっとうれしくなるんだ」
先ほど唇を寄せた赤いバラも、彼女へ捧げる。
ルルは、そのどちらも受け取ってくれた。

「……ありがとう、ノエル! お誕生日、おめでとう!」
そして、ノエルが聞きたかった言葉を、最高の笑顔でくれたのだった。


「はい、そんなわけでノエルくんが無事に【心の奥深くに秘めた想い】を手渡したところで」
「なっ……!?」

アルバロはルルとのいい雰囲気を壊すだけでなく、触れて欲しくなかった話題を持ち出した。
あわてて見やると、本人は楽しそうににやにやと笑っている。

「そういえば言ってたね。【きっとルルは来ない】とか」
「言ってない! ルルとは言ってないぞ勝手に捏造するなユリウス!」
「言ったも同然じゃないですか。それとも別の人を待っていたとでも?」
「そ、それは……」
「あれ、そうなの? 他の人なの? じゃあ誰なの? ノエル、教えてよ!」
「ええいうるさいぞエドガー僕のことは放っておいてくれ! こら、メモを取るんじゃない!」
「素直に認めてしまえバ、楽になりマスよ?」
「だ、だからそれは……シークレットだ! トップシークレットなんだあああ!!」

ノエルの叫び声は、魔法の雪を降らし始める夜空へと吸い込まれていった――。

 

「ふふっ、みんなとっても楽しそう!」
ノエルを中心に、わいわいとはしゃいでいるみんなを見ていると、自然と笑顔になってしまう。
にこにこしながら眺めていると、いつの間にかアミィが傍へと寄ってきていた。
「……ねえ、ルル。ノエルさんに渡したプレゼントって、あのクッキーよね……?」
「? もちろんそうよ! だってそれしか用意してなかったんだもの」
「……そ、そう」
私の返事を聞くと、アミィはなぜか諦めたような顔をしていた。

 

ミルス・クレアで過ごす、初めてのミラクル・ノエルは、とても素敵なものになった。
ノエルのお誕生日をお祝いできなかったのは残念だけど……
それでも、彼はすごく喜んでくれた。

みんなと楽しく過ごす、大切な、奇跡のような時間。

「……この奇跡が、ずっと続きますように……」

つぶやいた声に答えるように、モミの木がさわさわと葉を鳴らした。
それはまるで、【奇跡の人】に願いが届いた合図のような気がして……

私は、とても幸せな気持ちになったのだった。
 

END.


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