月日はあっという間に流れて、いよいよ明日はミラクル・ノエル。
生徒どころか先生たちまでもプレゼントの準備におおわらわで、学校全体がお祭り気分。
学校主催のパーティーもあるって言うし、もう明日が楽しみでたまらない!

うきうきしながら廊下を歩いていると、遠くの方から、何やら言い合う声が響いてきた。
「こういうときこそ派手に! そしてロマンティックに演出するべきですわ!」
「何を言うか、派手にすればいいというものではない! 聖なる夜だからこそしめやかに――」
近づいてみると、やっぱりイヴァン先生とヴァニア先生だった。
どうやら、パーティーのことでケンカしているみたい。

    

「だいたい、愚兄に美的センスなんてありませんでしょう?
こういうことは、あたくしにまかせていただきたいですわ!」
「そなたのセンスは信用できんわ!
派手にすればするほど良しとしおって! だいたいそなたは――」

先生たちは、私が近づくのも気付かずに怒鳴りあっている。
ちょっと近づくのが怖い気もするけど……、ここは思い切って声をかけてみよう!
「こんにちは! イヴァン先生、ヴァニア先生!」
元気よく声をかけると、ふたりは口論をやめてくれた。……よかった。

「あら、ルル。ごきげんよう」
「何やら機嫌が良さそうじゃの」
「ミラクル・ノエルのことを考えたら、もうウキウキしちゃって!」
満面の笑みでそう答えると、先生たちもつられたように微笑んだ。
「ルル、もうプレゼントは何にするか決めましたの?」
「はい! 寮に帰ったら、その準備をするつもりなんです」
「準備? 準備が必要とは、いったいどんなプレゼントなのじゃ?」
怪訝そうなイヴァン先生。私は人差し指を自分の口元に当てた。
「秘密です! 先生たちの分もちゃんとありますから、楽しみにしててくださいね!」
そう言って笑うと、先生たちは顔を見合わせた。
「……まあ、そなたのことだ。きっと我輩たちの度肝を抜くようなものなんじゃろうな」
「楽しみにしていますわ、ルル」
「は、はい! 頑張ります!」
そんなにすごいものじゃないけど、喜んでもらえるように精一杯頑張るつもり!
「じゃあ先生たちも、パーティーの準備頑張ってくださいね!」
私はふたりに手を振って、寮へと走り出した。

「ルルも、ミラクル・ノエルを楽しみにしてるようですわね」
「いかにもあれが好きそうな話じゃからの。わからんでもない」
「……あの子は、きっと無邪気に【聖なる夜の奇跡】を信じているんでしょうね」
「【奇跡の人】が少年の願いを叶えたと言う、あの話か」
「ええ。【奇跡の人】の正体が、実は古代種だということ……。ルルは考えもしないでしょう」
「そうじゃな。我輩たち古代種の間では有名な話じゃが……」
「まあ、夢のある話に、無粋な真実は不要ですものね。このままにしておくのが1番でしょう」
「他の古代種も、そう思ったからこそ、何も言わんでおるのじゃろうしな」
「……そう。だからこそ……、あたくしたちにはミラクル・ノエルを盛り上げる義務があるのですわ!
というわけでやはり、演出はあたくしにまかせていただきますわよ!」
「ええい、それとこれとは別問題じゃ! そなたはいつもいつもそうやって――」


  * * *


寮へ戻ってきた私は、プーペさんたちにお願いして厨房を借りた。
腕まくりをしながら、隣にいるアミィに笑いかける。
「今日はよろしくね、アミィ!」
「ええ。一緒に頑張りましょうね、ルル」

    

みんなにプレゼントするのは、手作りのクッキー。
だけど、私はまともにお料理なんてしたことないし、自分でも不器用だってわかってる。
だからお菓子作りの得意なアミィに、その場で教えてもらうことにしたのだ。
「えーとまずは……………………」
「……大丈夫、ルル? 最初は、バターを混ぜるのよ」
「そうだった! よーし、混ぜるぞー!」
「……本当に大丈夫かしら……?」
心配そうな声を聞きながら、私はボウルにバターを入れる。
泡だて器をバターに押し当てるけど……バターは硬くて、全然混ざってくれない。
「うーん、バターってこんなに硬いものだったっけ……?」
「ルル、バターは少し溶かさないと。うまく混ざらないわ」
「なるほど、溶かすのね。わかったわ!」
私は泡だて器を置いて、代わりに杖を取り出した。
ボウルの中のバターに、杖の先をつきつける。
「レーナ・フラマ! 熱よ――」
「ちょ、ちょっと待ってルル! こんなところで魔法を使っちゃ危ないわ……!」
アミィはあわてて、私の腕をつかまえる。
「バターはすぐ溶けるものだし、魔法を使わなくても大丈夫よ」
優しく言いながら、テキパキとお湯を用意してくれる。
バターの入っているボウルごと、熱々のお湯にひたすと……
すぐにバターが柔らかくなった!
「すごい! バターがちゃんと混ざるわ!」
「あとは、クリーム状になるまで混ぜてね」
「はーい!」
アミィがお湯を片付けてくれる間に、私はぐるぐると泡だて器でかき混ぜる。

私の腕が痛くなる頃、ようやくバターがふわっとしてきた。
「アミィ! これくらいで大丈夫かな?」
「え、ええ。それは大丈夫なんだけど……」
困ったように言うアミィ。
彼女のエプロンには、べたべたとバターの破片が飛び散っている。
……ううん、アミィにだけじゃない。気がつけば、あたり一面がバターだらけ。
……かき混ぜてるうちに、力が入って飛び散っちゃったみたい……。
「ご、ごめんね! 私ってば本当に不器用で……」
「これは不器用とかそういう問題じゃないような……。と、とにかく次の工程に移りましょうか」

それからも、自分の不器用さを痛感することばっかりだった。
粉をふれば撒き散らしちゃうし、
卵も黄身と白身を分けるどころか殻を入れちゃうし、
勢いあまって生地を破っちゃうし……。

それでもなんとか、クッキーの種をオーブンに入れるところまでたどり着けた!
私たちは同時に、ふうっ、と大きく息をつく。
「あとは、焼きあがるのを待つだけね」
「うん! ありがとう、アミィ!」
ちょっとだけ疲れちゃったけど、休んでるわけにはいかない。
「次は、デコレーションの準備をしないとね!」
今焼いているクッキーは、全部ポストカードくらいの大きさ。
それに1枚ずつ、アイシングで似顔絵とメッセージを書く予定なのだ。
不器用な私にとって、こういう細かい作業は敵なんだけど……。
「為せば成るよね!」
「? ええ、そうね……?」
アミィは首を傾げながらも、私の気合は感じ取ってくれたみたい。

ピンクや黄色、緑に水色……。
なるべくたくさんのアイシングを作って、色ごとに絞り袋に入れていく。
その準備が終わる頃に、ちょうどクッキーも焼きあがった。

「よし、書くぞー!」
「……大丈夫、ルル?」
クッキーを前にして気合十分の私を、アミィは心配そうに覗き込んできた。
「アイシングはすぐ固まってしまうし、やり直しは聞かないけれど……」
「大丈夫! メッセージはなんて書くか決めてるし!」
「そ、そう……?」
ハラハラしているアミィを安心させるように、にっこりと笑いかける。
根拠はないけど、きっと大丈夫!
私は張り切ってクッキーに絵を描き始めた。

そして――。

「できたー!」
私の脳内で、ファンファーレが響き渡る。

「見て見て、アミィ! ちゃんとできたわ!」
「………………」
できたばかりのクッキーを見つめながら、アミィはなぜかじっと押し黙っている。
「どうかした、アミィ? ……私、何か間違ってた……?」
不安になって尋ねてみると、アミィはあわてて顔をあげてふるふると首を振った。
「う、ううん。ちゃんとアイシングはできてるわ。大丈夫」
「そう? ならよかった!」
アミィに大丈夫って言ってもらえると、すごく安心できる。
私がほっと胸をなでおろしていると、厨房の外からコツコツと足音が聞こえてきた。

「そこにいるのは……ルルさんとアミィさんですか?」
厨房に顔を出したのは、エルバート先生だった。
「こんにちは、エルバート先生! 厨房に来るなんてどうしたんですか?」
「ミラクル・ノエルが迫るこの時期は何かとトラブルが多いので、ちょっと見回りをしていたんです。
そうしたら、あなたたちの声が聞こえてきたので……」



言いながら歩いてくる先生に、私はハッとする。
「せ、先生! ちょっと待ってください!」
「え!? ど、どうかしましたか!?」
ストップをかけると、エルバート先生はその場で硬直した。
何事かと、目線だけをキョロキョロとさせている。
「今隠すので、ちょっと待っててください!」
このクッキーはエルバート先生にもあげるつもりだから、まだ秘密にしておきたい。
あわててクッキーに布巾をかけて隠そうとすると、何故かアミィがそれを引きとめた。
「ねえ、ルル。……その、エルバート先生にも見てもらった方がいいと思うの」
「え? どうして?」
「こういうのは、えっと……い、いろんな人の意見を聞くことも大事だから……!」
ちょっと困った顔をしつつも、でもすごく熱心に訴えてくる。
おとなしいアミィが、何かをこんなに勧めてくるなんて珍しい。
……でも確かに、その意見はもっともな気がする。うん、アミィの言うとおりかも!
「じゃあエルバート先生、ちょっと見てもらってもいいですか?」
「? は、はい。何でしょうか……?」
エルバート先生は、恐る恐る私たちに近づいてきた。
「今、みんなにあげるクッキーを作ってたんです」
私はクッキーを1枚手に取ると、先生の前に差し出した。



1枚目は、ユリウス宛のクッキー。
大きく描いた似顔絵の下に、ユリウスへのメッセージが書いてある。
「……こ、これは……」
クッキーを見た瞬間、エルバート先生が目を見開く。
「どうですか? この似顔絵、ユリウスらしさが出たかなって、結構自信があるんですけど!」
「え!? えーと、ですね……。その、ものすごく、ユリウスさんらしいと思います!」
「本当ですかっ?」
「ええ! なんとも豪快なタッチで……
失敗を恐れない前向きさが出ていると言いますか……ね、ねえアミィさん!」
「え!? え、ええ、そうですね。どこが目なのかよくわからないけど……
えっと、すごくユリウスさんの個性が出ていますよね」
「えへへ、ありがとうございます!」
自信作なだけに、ふたりに褒めてもらえると照れちゃう。
「ルルさん。あの、下の方に書いてある……【ねてね】っていうのは……?」
「はい! ユリウスってば、研究に夢中になると全然寝てくれないんです。だから……」
「【寝てね】ってことなのね……」
「でも、ちょっとメッセージが短くないですか?」
「スペースが足りなくて、3、4文字しか書けなかったんですけど……やっぱり、変でしょうか?」
「い、いえ! 変じゃありません! むしろ、わかりやすすぎて素晴らしいと思います!」
「ええ、シンプルで伝わりやすいと思うわ……!」
エルバート先生もアミィも、こくこくと強く頷いてくれる。ふふ、よかった!
私は、このまま続けてふたりに見せていくことにした。



「じゃあ次は……ノエル宛のです!」
「こ、これはまた……斬新なタッチですね。は、鼻が山のように高くてかっこいいです……!」
「ノエルさんのふわふわの髪が、とてもよく表現されているわ。……ちょっと、毛玉みたいだけど……」
「この、オレンジ色の丸いものは……も、もしかして……インセクトアンバーでしょうか?」
「ノエルさんは媒介のイメージが強いものね。手は描いてないから少しわかりづらいけれど……」
「メッセージは……【にせもの】……?」
「ど、どういうことなの、ルル?」
「あのね、ノエルってば、よくソロ・モーン店で偽物を買っちゃって落ち込んでるでしょ?
だから、くれぐれも偽物には気をつけてねって」
「な、なるほど……」
「でもそれ、ノエルさん怒らないかしら……?」



「次はビラール宛のです!」
「ま、またしても豪快で……おおらかなビラールさんの感じがよく現れてますね……!」
「チョコレート色の肌と白い髪が混ざっちゃってるわ……で、でも、すごくきれいなマーブルね」
「目が……どの角度から見ても目が合うので少し怖……い、いや、ドキドキしてしまいますね」
「ものすごく遠くを見つめているように見えるわ。……きっと祖国を思い出しているのね」
「メッセージは【大丈夫】……? な、何が大丈夫なんでしょうか?」
「ビラールの【大丈夫】にはいつも励ましてもらってるよ、ありがとう!ってことです」
「そ、それは【大丈夫】だけじゃ全然伝わらないと思うけど……」



「これはラギ宛のです!」
「……赤いですね」
「ええ、赤いです……」
「? ラギの髪は赤いでしょ?」
「髪というか、全体的に赤いような気がするんだけど……」
「ら、ラギさんは情熱的な人ですからね! 気合がにじみ出ていて、素晴らしいと思います」
「ねえ、ルル。【だっこ】って、何を……?」
「変身するとお腹が空いて動けなくなっちゃうでしょ? そのときは私が抱っこするから安心してねって!」
「な……っ!? そんな、と、年頃の女の子が、男の子を、だ、抱っこするなんて……っ!」
「お、落ち着いてください、エルバート先生……!」



「こっちはアルバロのです!」
「か、かつてないダイナミックさですね……クッキーの中に髪が収まっていないとは……」
「それよりも……その、顔の右半分を覆っているこれは……もしかして、タリスマン……?」
「あ、タリスマンだったんですか! か、カラフルできれいですね! ええ、それはもうカラフルで……!」
「そ、そうですね。えっと……アルバロさんの、華やかな雰囲気がよく出てると思うわ……!」
「あ、あのルルさん。メッセージが【どくなし】って書いてあるように思うんですけど……?」
「アルバロは毒入りのものが嫌いだって言ってたので! 安心して食べてねってことです」
「……それだと、まるで他のものには毒が入っているみたいなんだけど……」



「最後はエストへのです!」
「わあ、今までで1番繊細なタッチですね。か細いというか、慎重というか……!」
「す、すごくいい笑顔ね。こんな風に歯を見せて笑うエストさんは想像できないけれど……」
「ええ、言われないと誰かわからな……え、えーと、笑うとエストさんはこんなにかわいいんでしょうね!」
「ねえ、ルル。この【えらい】っていうのはどういう意味なの?」
「エストってすっごく勉強もできるし物知りなのに、あんまり先生とかに褒められてないみたいなの。
だから、私が褒めてあげようと思って!」
「褒めようとしてもエストさんはすぐに睨んでくるので……す、すみません不甲斐ない教師で……」
「え、エルバート先生……」


6枚のクッキーを見せ終わると、なぜかふたりは、ものすごく疲れた顔をしていた。
エルバート先生にいたっては、汗までかいている。
「ど、どうしたんですか? 先生もアミィも、なんだかぐったりしてますけど……」
「い、いえ! ルルさんの似顔絵に心を打たれまくったと言いますか……。
と、とにかくおふたりとも、引き続き頑張ってくださいね」
「え!? エルバート先生、どこへ行かれるんですか……?」
アミィがすがるような目で、エルバート先生を見上げる。
その視線にたじろぎながらも、先生はそっと目をそらした。
「す、すみません。僕は大切な用があったのを思い出しまして……ええ……それで……」
「そうなんですか?」
「はい、そうなんです。というわけですみませんが僕はこれで失礼します……!」
間髪入れずに頷くと、エルバート先生はローブをひるがえして、パタパタと厨房を出て行ってしまった。
せっかくだから、もっと見て行って欲しかったんだけどな……。
隣のアミィも残念そう……というより、不安そうな顔を浮かべている。
「アミィ? 私、これから残りのクッキーも作ろうと思うんだけど……大丈夫?」
「え、ええ。……大丈夫。頑張りましょう」
なぜかそう自分に言い聞かせるように、アミィは強く頷いている。
……よくわからないけど、とにかく今は残りのクッキーを焼かないと!

「よーし、残りも頑張るぞー!」

おー、とこぶしを振り上げて、またまた気合を入れる。
作業にとりかかる私を、アミィは後ろから見守っていてくれた。

「……ルルには、ルルらしくやってもらうのが1番よね……」


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