「――っていうのが、聖なる夜の奇跡(ミラクル・ノエル)の始まりなんだよ!」
ミラクル・ノエルについて話し終えたエドガーに、私はパチパチと拍手を送る。

12月25日は、ミラクル・ノエルの日。
12月に入ると、みんなミラクル・ノエルを意識してそわそわし始めた。
私たちが今いる娯楽室も、プーペさんたちによってしっかり飾りつけがされている。
そんな中で寛いでいたら、自然とミラクル・ノエルの話になっちゃうよね。

ミラクル・ノエルは、地域によっていろんな話があるみたい。
私はその中でも、最もポピュラーだと言うお話をエドガーにしてもらっていたのだ。

「この話を知らないってことは、ルルの故郷にはミラクル・ノエルはなかったの?」
「ううん、そんなことないわ。ただ、私は由来なんて考えたことがなかったの」
私はえへへ、と笑って頬をかく。
こんなに素敵なお話があるなら、もっと早くに聞いておけばよかったわ!
「でも、ミラクル・ノエルかあ……。
毎年、お父さんとお母さんと、それからお友達とも、プレゼント交換してたなあ」
「うん。その光景、すごくよく目に浮かぶよ」



本を読んでいたはずのユリウスが、いつの間にか顔をあげて微笑んでいた。
その隙を逃さず、エドガーはユリウスにマイクを向けるマネをする。
「ユリウスのところでは、どんなミラクル・ノエルを過ごしてた?」
突然のインタビューに怯むこともなく、ユリウスは顎に手を当てて、うーん、とうなった。
「俺のところも、ルルのところと同じようにプレゼント交換はしてた。それよりも、妹が……」
「妹さんがどうかしたの?」
私が首を傾げると、なぜかユリウスも一緒に首を傾げた。
「ミラクル・ノエルって、どうしてか妹の機嫌が1番悪くなる日なんだ。
プレゼントはちゃんとあげてたんだけど……中身には毎回ダメ出しされてた」
「その光景も目に浮かぶな」
呆れたように言うのはラギ。
その隣で、アルバロもうんうん、と頷いて同意してる。

「そういうエドガーくんは、どんなミラクル・ノエルを過ごしてたの?」
今度はアルバロがマイクを向けるマネをする。
エドガーは、嬉しそうに話し出した。



「ボクの故郷では、ルルやユリウスの地域とは少し違うんだ」
エドガーの故郷では、【聖人の贈り物(ホーリーギフト)】と呼ばれるものがあるそうだ。
1年間良い行いをした子供たちにだけ贈られるもので、聖人の使いである子鹿さんが、
夜のうちにこっそり枕元に届けてくれるんだとか。
「ボクは毎年、プレゼントをもらってたんだよ!
なんとかしてその子鹿を見ようと夜更かししたんだけど、毎年失敗してばかりで……。
もし見つけられたら、絶対スクープになるはずだったのになあ……」
エドガーは、はあ、とため息をついて肩を落とした。
「でも、ホーリーギフトのお話はとっても素敵ね!」
私はみんなに同意を求めようとするけど、なぜかみんなは、残念そうな顔でエドガーを見てる。
な、なんでだろう?
「エドガーくん。ちなみにそのプレゼントって、どんなものもらってたの?」
アルバロに尋ねられると、エドガーは指折り数えながら答えた。
「えーと……カメラとか、かっこいいペンとか、新しいスクラップ帳とか、有名記者の自伝とか!」
「それって、エドガー君がその時欲しかったもの?」
「うん、そうだよ! 聖人ってすごいよね!!」
「うんうん! すごいと思う!」
大興奮するエドガーに、私も頷く。
だけどみんなは、今度はなぜか目をそらした。

    

「エドガー、1つ聞きたいのデスが……
その年に何が欲しいかを、誰かに言ったコトはありマスか?」
ビラールの問いかけに、エドガーは、もちろん! と頷いた。
「母さんにも言ったし、窓には聖人へリクエストカードを飾ってたんだ!」
それを聞いた途端、みんなの顔が生ぬるい表情になる。
「あー、おいエドガー。そいつは――」
耐え切れなくなったって感じのラギが、何か重要なことを伝えようとする。
だけどビラールがすばやく、その口をふさいでしまった。
「子供の夢を守るのは、大事なことデス」
「もが! もがっもがが、もがが!」
口をふさがれたラギは、もごもごと何かを訴えている。わかったから離せ、かな?
私とエドガーがきょとんとしている中、ビラールは何でもありまセン、と言いながら手を離した。

「とにかく、地域や国によって風習が違うようデスね」
「ねえ、ビラールのところではどんな風にミラクル・ノエルを過ごすの?」
ファランバルドでのミラクル・ノエルって、全然想像できない。
いったいどんな感じなんだろう、と私がわくわくしていると、ビラールは笑顔で話し出した。
「ファランバルドでは、聖なる夜の奇跡にまつわる風習はありまセン。
デスが、似たような行事ならばありマス」
その行事とは、1年間言えなかった気持ちを、手紙にして送り合うというものだそうだ。
感謝の気持ちだったり、謝罪だったり、愛の告白だったり……内容は様々。
「時には、とんでもナイ暴露があったりして、その時期には大騒動が起こることもありマス」
へえ……、とみんな興味深く頷く。
でも、大騒動って言う割にはビラールは楽しそうな口調なんだけど……?
「なるほどね。それは面白そうだ」
アルバロはどこからかメモ帳を取り出すと、ビラールに差し出した。
「ねえ。もし、殿下がここにいる誰かに手紙を送るとしたら、誰にどんなのを送る?」
メモ帳を受け取って、そうデスね……、と私たちを見回すビラール。
その視線は、やがてラギに向けられた。
「いろいろありマスが……まずは、ラギに」
「な、なんだよ……?」
名前を出されたラギは、ちょっと緊張した様子で視線を返す。
ビラールはさらさらと何かを書くと、すぐに手渡した。
……その瞬間、メモを持つラギの手がぶるぶると震えだす。
「……やっぱあのときのはてめーの仕業かー!!」
火山が噴火するみたいに激怒したラギ。対照的に、ビラールはにこやかに笑っている。
「もう済んだことデス。それに、手紙に書かれたコトは、何でも許さなければならナイ決まりデス」
「そんなもん知るかー!!」
ラギは掴みかかろうとするけど、ひらひらとかわされてしまう。
あんなに怒るなんて、一体メモには何が書いてあったんだろう……。

「ねえ、アルバロの住んでた地域ではどうだった?」
私が話を振ると、アルバロはにっこりと笑った。



「そんなことより、各地にはもっと面白い風習があるんだよ」
「面白い風習?」
聞き返すエドガーは、すごく興味津々な様子で身を乗り出している。
「うん。俺の知り合いから聞いた話なんだけどね」
アルバロが話す、ミラクル・ノエルの風習はどれも変わったものだった。
ミラクル・ノエルの日は、必ず赤い服を着なくちゃいけないという法律があったり。
その日1日断食して、奇跡の人にお祈りを捧げなくちゃいけない地域があったり。
他人の家の物を勝手に持ち出す、泥棒みたいな行為も、
ミラクル・ノエルの日はプレゼント交換として認めちゃうという地域もあったり……。
「生まれた奇跡に感謝するために、全員1日全裸で過ごす地域もあるよ。
毎年、凍死寸前になる人もいるとか」
「そ、それは壮絶だね……!」
熱心に聞いていた私たちは声を上げる。世の中には本当にいろんな風習があるのね……!
そのとき、今まで黙っていたエストが口を挟んだ。
「それはともかく、アルバロ自身がどう過ごしてきたかは、まだ聞いてないんですが」
「あれ、エストくんてば、そんなに俺のことが気になる?」
「気になりません。ただ、あなたの思惑通りに事が進むのが不愉快なだけです」
「思惑通りって、大袈裟だなあ」
エストの冷たい視線を受け流して、アルバロは笑いかける。
「そうだね。だったら、エストくんが教えてくれたら、俺も教えるってことにしようかな」
「…………」
瞬間、エストはものすごく嫌そうな顔をした。だけど、そこは私もすっごく気になる!
「エストの話、私も聞きたい!」
「ボクも! 教えてよ、エスト!」
身を乗り出す私とエドガーをうるさそうに睨み、エストは深くため息をついた。



「ミラクル・ノエルなんて、祝ったこともありませんし、経験した覚えもありません。
ですから知りません。興味もありません。だいたい、そんな風習くだらないと思います」
「えー……」
エストははっきりとした口調でそう言いきる。
取り付く島もなくて、私もエドガーもしょんぼりしちゃう。
そんな私たちに、そういえば……、とアルバロがつぶやいた。
「ミラクル・ノエルに出てくる【少年】って、ちょっとエストくんに似てるよね」
「……うん。確かに、言われてみれば……!」
私とエドガーはハッとして顔を見合わせる。

――何かが通じ合う音がした。

「ねえエスト! 何でもお願いが叶うとしたら、何をお願いする?」
「相手は奇跡の人だからね! 本当に何でもいいんだよ!」
「ふたりとも顔が近いです……! 僕に願いなんてありませんよ!」
私たちの勢いに押されて、後ずさったエスト。
その顔には思いっきり【不機嫌です】って書いてある。
「えー、本当に本当にないの?」
「どうしても! どうしてもお願い事しないと死んじゃうって言われてもないの!?」
「そんな状況ありえません!」
エストは魔道書でぐいぐいと私たちを押して、ソファーへと追いやる。
しぶしぶ私たちが着席すると、またため息をついた。
「願い事なんて何もありません。
……それに、もしあったとしてもあなたたちには絶対に言いません」
「ええっ!? どうして!?」
「ボク、本人が嫌がることは記事にしないよ!?」

再び詰め寄る私たちを、アルバロは楽しそうに眺めてる。
ユリウスはいつの間にか本に夢中になっていて、もう話を聞いていないみたい。
ビラールとラギはまだケンカしてるみたいで、バタバタと追いかけっこしてる。

――そこで私は、片隅にいるノエルに気がついた。



そういえば、今日は全然しゃべってない。
どうしたんだろう、いつもはあんなに元気なのに……。
アルバロも気がついたのか、私よりも先に声をかけた。
「そういえば珍しいね。ノエルくんがこの手の話題に乗っからないなんてさ」
「っ! い、いや、僕は別に……!」
急に話題を振られたせいか、すごくうろたえていたノエルだけど……。
「ねえ、ノエルの故郷では、どんなミラクル・ノエルを過ごしてたの?」
私がその質問をすると、急にパッと顔が明るくなった。
「あ、ああその、実はだな――」
キラキラした目で、そう話し出そうとしたとき――。
ぼふんっ!! と、謎の爆発音が聞こえてきた!
「な、なに!?」
ぎょっとして、音が聞こえた方を振り返ってみると……。
床に転がった小さなドラゴンの姿が!
「な、何なんですの!? 急にぶつかってきて、危ないじゃありませんの!」
「……プリン・ア・ラ・モード食べてたら大惨事……」
「マーサ、それは移動中に食べるものじゃありませんわ!」
ビラールを追い掛け回していたラギが、シンシアたちにぶつかっちゃったみたい。
「くそ、腹減った……!」



元気のない声をあげるラギは、倒れたまま動かない。
私はあわてて駆け寄った。
「大丈夫よラギ! 今、食堂に連れて行ってあげるから!」
いつものように抱きかかえようとしたんだけど、なぜかラギは手足をばたつかせる。
「ど、どうしたの、ラギ? 暴れると余計にお腹が空いちゃうわ!」
「う、うるせー! だからおまえは、なんでいつもそうなんだよ……!」
「な、何が?」
「大丈夫デス、ルル。ラギは照れているダケ。本当は、アナタに抱っこされたくて、仕方ナイ」
「そうなの?」
「なわけねーだろ! おい、ビラール! こいつに嘘吹き込むんじゃねー!!」

「うーん、お約束の光景だねえ」
離れたところから、私たちを見て笑うアルバロ。
エドガーはスクープを期待してるのか、キラキラした目で様子を伺っている。

小さなドラゴンになってしまったラギに気をとられた私は、気づかなかったけれど――
そんなドタバタを見て、ノエルはすっかり黙ってしまっていたのだった。

 


(C)2010 IDEA FACTORY/DESIGN FACTORY
掲載されている文章、画像等の無断転載は禁止しています。