「ラッキードッグ1」バクシー誕生日ショートストーリー
『LuckyStar of Bethlehem』
2009.12.24〜12.30
寒い。
寒くて目が覚めた。呼吸が止まっていたようだ。身体が冷え切ってこわばり、痛む。
痛みで、目が覚めた。傷のそれよりも、冷え切った身体の痛みのほうが強かった。
危なかった。
やばい。死ぬ――目が覚めなかったら、死んでいた。
熱を奪われ、息をしなくなると……人間は、いや、どんな生き物でもあっさり死ぬ。
まだ若くても、傷を負っていなくても、死にたくなくても。死ぬ。
「……く……、ふ、あ……ッ!! あああァアアア……!!」
ばりばりに乾いた口を開き、息を吸い込む。冷凍庫にこびりついた屑氷みたいに冷えた
空気で膨らんだ肺が、激痛で萎んで、しわがれた呼吸を吐く。
数度、その激痛を繰り返すと――肺から身体に、脳に酸素と血液が回って、ようやくに
自分が誰なのか、ここがどこなのかを思い出す。
「……腐ったケツの穴みてえなトコだ――」
ビルから滲み出した汚水に濡れて、永久に乾くことの無いコンクリートの隙間に引っかか
るようにして、俺の身体は、そこにあった。
世界から、敵から、身を隠していた。
酸素が、脳にまわってどうでもいい名前を思い出す。
……バクシー。俺だ。ロックウェル。本拠地。イーサン。おやじ。そして……。
……ここは、デイバン。トマトの缶詰にクソぶちまけた、イタ公マフィアどもの巣だ。
寒い。
ここに身を潜めているあいだに、眠ってしまっていたらしかった。
「…………」
まだ陽が出ているから、2時間くらい眠っていたようだ。
だが、たったそれだけでも、身体の熱は冷え切った空気とコンクリートに奪われて、筋肉
はこわばり、全身が猛烈な痛みを放っていた。
おかげで、さっき食らった腕の傷はもう気にならない。弾はうまいこと皮と筋肉の隙間を
貫通し、動脈も神経も傷ついていない。
「……やべえ……」
目覚めて、呼吸を始めると――身体に血が回って、また腕の傷から血が滲み出した。
俺は、傷に巻いた布に棒を突っ込んでねじり上げ、弾にえぐられた傷を抑える。
寒い。体中が、痛む。
だが、呼吸を止めたら死ぬ。体温を失ったら、死ぬ。
そして、こんなところをあのケツの穴どもに見つかっても、死ぬ。殺される。
「く、ソ…………あのキ○ガイドッグが……」
アンフェタミンの錠剤に手を伸ばしかけたが、やめた。こんなときに、脳だけ活性化
されても意味がない。身体がついてこなくて、死ぬ。
ただ、呼吸だけを繰り返して、痛む肺と身体に、怠惰な眠りと死に逃避したがっている
脳髄へ酸素を送る。
酸素が無いと、栄養が燃えない。熱にならない。身体が動かない。
今の俺は、空っぽのコップに落とされたマッチみたいなものだ。
うっかりしてると、身体の酸素をみんな使い尽くして、ポロッと意識が落ちて、死ぬ。
「……寒ぃなあ、ああ、くそ……」
ここにいれば、イタ公マフィアどもには見つからない。ふと気づくと、この路地裏の
入り口に、一個残っていた手榴弾がマヌケ殺しのワイヤーで仕掛けてあった。さっき、
意識が落ちる前にそれだけはしておいたらしい。
「……血がたりねえ……」
やばい。考えただけなのに、口が動いている。脳が、仕事を間違えている。
表の通りには、初めてまんこ見たニキビづらのガキみたいに目をギラギラさせたイタ公
マフィアどもがうじゃうじゃいるはずだ。弾や薬、食い物を隠した場所まで行くのは危険
すぎる。今は……こうやって、この路地に隠れているしか無い。
寒い。体中が、熱を奪われて――痛む。
血と体温を無くしすぎたせいで、まともに筋肉が動いてない。脂肪も肝臓も、お役所が
かき集めた税金みたいに、溜め込んだ栄養をかかえたまま離そうとしない。
何か食わないと、死ぬ。
たった一日食ってないだけで、12月のコンクリートジャングルでは、すぐに死ぬ。
「……くそ、コートを捨てちまったんだった……」
だが、あのときコートを捨て、一瞬、雷管が萌えるくらいの一瞬、あのマッドドッグが
視線をブレさせたせいで、俺は生きている。俺の胸郭と脊髄をぶち抜いていたはずのライ
フル弾は、左腕の皮下と筋肉を削って、消えた。
コートには、薬も食い物も入っていた。だが、悔やんでもイタ公を喜ばせるだけだ。
あの気味の悪いマッドドッグ野郎にも、10番の鹿撃ち弾をぶち込んでやったが――
おそらくあのインチキ野郎は無傷だ。あいつを仕留めるには、なにか仕掛けが居る。
だが…………。
今は、それよりも、俺の体温と、失った血と、食い物が問題だ。
「……ネズミでもいねえか……」
俺は湿ったコンクリートから身を起こす。足りない血が、脳から内耳に流れ込んで、
潮騒のような音が――いや、ここは海の近くだ。
風の中に、腐った海水と廃油の匂いが、凍てついた波と風の音が混じっていた。
……海側はまずい、イタ公はボートに兵隊を載せて、運河をパトロールしてる。
「ハハ、ァ。俺も、有名になっちまったな、ぁ」
イタ公マフィアどもは、どいつも俺のブロマイドか人相書きを持って、チアリーダーを
追いかけるフットボール部の玉拾いみたいな目で俺を追っているはずだ。
俺の組は――ロックウェルのヤクザ、墓掘り団――GDは、表立っては、CR:5と
講和していた。あのイタ公マフィアどもと握手していた。
だが……イーサンのおやじも、そして俺もわかっている。
DGとCR:5。どちらかが死なないと、どちらも、死ぬ。
ロックウェルは、デトロイトとシカゴのヤクザどもに食い荒らされて、もうだめだ。
この、ホットなケツの穴、デイバンを食いちぎって、飲み込んで自分の胃袋に入れた
ほうが生き残る。ほかのでかい組織に飲み込まれる前に――
『シカゴの兄弟』なんぞと、乾杯なんてしちまう前に――
だから、俺は…………。
おやじも、わかっているはずだ…………。
講和なんて、ガキの約束、カネ払ったまんこの愛してるワといっしょだ……。
いま、イタ公どもの頭を潰しておけば…………。
奴らは、毒蛇だ。牙を負って、頭を潰せば、あとは…………。
いま。やっておかないと…………。
イタ公よりクソッタレた、ちんこのかわりにウジ虫、股につけたような奴らに…………。
頭を、下げるのは…………ゴメンだ…………。この俺が…………。
俺、は……バクシー…………。俺には、おれしか……いね、え…………。
……クソ、体温が上がらねえ……。脳が、うごいてねえ……。
……なんか、食わないと……。血がついたハンカチでいいから……口に…………。
…………。
……なんか、食い物…………。……が、ある…………?。
……なんか、匂いが……してる…………これ、は……そうか、クリスマ……す…………。
◆
「……ねえ、マザー。どうして、うちはクリスマスをしないの…………」
6歳の時には、もう学習していた。
12月にその言葉を言うと、鞭がわりの裁縫定規で殴られ、そして泣き止むまで殴られる。
そしてそのあと、ぶん殴ってきた母親に涙ながらに抱きしめられ、なんかくだらない事を、
もう覚えてもいないような世迷いごとをぶっかけられ、説教され――
そしてそう。あの部屋も寒かった。
12月だっていうのに、ヒーターもストーブも無い部屋で、聖書を読まされた。
そして、パンと水だけの冷たいメシを食わされて、その日はおわると言うことを。
「……ねえ、マザー。どうして、ぼくはお誕生日をしないの…………?」
それを学習するには、あと2年、要った。
ファーザーとマザーが、2月くらいにベッドでしこしこしたせいで、俺はクリスマスの
前日に――人生のスタートで、あのジーザスと同じ日、同じ時に生まれると言うギャグを
俺はぶちかましていた。
同じ教会学校に通っていたガキが、誕生日になると王様になったみたいにふんぞり返って、
迎えに来た両親と一緒に、お眼鏡にかなった選民のガキにパーティーの招待カードを配る。
そしてプレゼントとご馳走。それを、何年か、見ていた。
そして、母親に、俺も誕生日パーティがしたいと言うと、殴られた。
どの年だったか、アイロンを押しあてられた事もあった。そしてその後、母親だった女は
俺を抱きしめてぼろぼろ泣きながら、世迷いごとを吐き散らした。
――愛しているわ、と。
そして誕生日は、クリスマスは、パンと水、ストーブの無い部屋と聖書だけがあった。
父親だった男は、住む家も食うものもない連中の話と、パンが神のめぐみだと言うことを
グダグダ話していた。母親だった女は、うつむいて、膝の上に聖書をおいて黙っていた。
俺は息が酒臭い父親に殴られないよう、黙って立って、穴の開いた靴のつま先を見ていた。
「……………………」
学習した俺は、クリスマスの時、そして自分の誕生日の日に何も言わなくなった。
そして、事情と言うやつがだいぶわかってきた。
俺の家だった屋敷は、マサチューセッツの片隅、セイレムのあたりにあった。
そのあたりは、ガチガチのプロテスタント――キリスト教徒というよりはアレな原理主義
の連中がキ○ガイじみたコミュニティをつくっている地域だった。
あとでわかった。俺の生まれた家の宗派では、キリスト教でも、クリスマスをしない。
クリスマスは、ローマ教皇の尻にキスする下劣な異端のする邪教の儀式、サバトよりも
汚らわしい欺瞞の行為、ローマの狂気皇帝の饗宴より汚らわしいと……母親だった女はそう、
言っていた。
そんな日に誕生日を祝ったりしたら、汚らわしいと――ほかの人間見られたら、もう礼拝
に行けなくなってしまって、地獄に堕ちるのよ、と母親だった女は叫んでいた。
俺は子供心に、なにかおかしいと思っていた。
子供の洞察力は素晴らしい。実際、俺の生まれた家は、周囲からきちがいあつかいされて
ういていた。おなじキ○ガイコミュニティの中からも、はじかれていた。
もちろん、他の家のパーティに行くことも禁じられていた。
ご馳走が食べたいと言うと、殴られて、パンと水と聖書が俺を待っていた。
ご馳走やたのしさ、快楽は、魂が汚れる行為だと母親だった女は言っていた。
たぶん、だからだと思う。
俺がクリスマスや、誕生日のことを言って殴られたその夜は、きまって母親だった女が、
父親だった男に殴られていた。数年のあいだは意味がわからなかったが、今ならわかる。
母親だった女が淫乱だったせいで、クリスマスなんかの日に大事な跡取りが生まれてしま
ったと、お前が清廉な処女ではなかったから、あんな子どもが跡継ぎに生まれたと、父親
だった男はぼろくそに吐き捨てながら母親だった女を殴っていた。
俺は、それを止めるなどと言う発想も無いまま――その後きまって、ソファに女を押し付
けて、そこで汚い白い尻を振っている男の、ブタそっくりの交尾を見ていた。
そして、小学校を出るより先に、俺はその家を出て、チンピラになっていた。
結局、今まで一度も、クリスマスも誕生日も、お祝いなんてしたことはなかった。
そして、ずっとこの季節になると思っていたことも、忘れてしまった。
誕生日に、クリスマスに、どうしても欲しいものがひとつ、ひとつだけあった。
だが、もうそれがなんだったのかも思い出せない。
思い出す必要も、なかった。
◆
「………………。あ、っ…………あれ…………」
しまった!?
また、意識が途切れかけていた。眠ってしまっていた。
いや……眠っていたら、死んでいたはずだ。
だが、生きている。
寒い。身体中が痛い。だから、生きている。
「なんだ…………」
どうして目がさめたのだろ。ヤクも入れていないし、何も食っていない。
なのに――なんだ、これは??
首筋のあたり、そして丸まっていた腕の間、胃袋の上が、あたたかい。
ありえない――
俺は、ぎょっとして身を起こした。ありえない。何も無いところに、熱が発生するわけ
がない。ということは…………!?
「!? な…………!? な……なんだあ……?」
起き上がった俺の腕から、ころっと、ゴミみたいなものが転がって落ちた。
ちっぽけで薄汚れた、雑巾か、食い終わって捨てたホットドッグの包みたいなそれは、
俺から落ちて、湿った敷石の上でべしゃっとひしゃげて、そして……。
動いた。
「…………ャ…………」
「!? な、な!?」
やっと、それがなんだかわかった。猫だ。
薄汚れてちっぽけな、猫だった。
片手の上に乗りそうなちび猫で、色は白いのかもしれないが薄汚れていた。
そいつが……。
「……ァ…………」
10月の蚊だって、もっといい声で鳴く。その薄汚れたチビ猫は、よろよろ立って、
そして……自分が今、どこに居るか分からない、といった感じで、目やにだらけの
汚れたツラを上げて、そして……。
「……ャ…………」
ぎょっとするくらい青く澄んだ目が、目ヤニだらけの目が俺を見上げて……。
そして力なく鳴いた。
「な、なんだ、おめえは。クソ……」
しばらくして――3回呼吸して、わかった。
「そうか、おまえかよ」
さっき、俺が目覚めたとき……胸元にあった熱は、温度は、こいつだ。
「……ァ……」
そいつが、また俺を見て鳴いて、そして、そういう玩具みたいに震えていた。
よく見ると、耳が片方小さくちぎれて、そしてあの青い目も、片方は少し濁って
色が変わって見えていた。尻尾も短いかぎしっぽだ。
「野良猫かよ……」
俺は立ち上がり……問題なく、身体は動いた。痛むが、普通に動いた。
あとは、血が足りない……食い物――補給地点まで行ければ……行ける……。
食い物……なにか、あれば……。
そうすれば……死なない……明日の襲撃も、できる――イタ公どもを、殺せる。
ジャケットから、キャンディのケースに入れていたコカの葉を一枚だけ出して、
そいつを口に入れて噛んだ。渋い唾液を飲んでいるうちに、頭がはっきりしてきた。
あとで、クソを歯磨き粉がわりにしたような気分になるが、仕方がない。
「……ゥ……」
「ん?」
あの毛玉みたいなチビ猫が、俺のブーツに背中をこすりつけていた。
そして、何か違う、といったふうに離れ、またくっついて……鳴いていた。
「なんだよ、英語でしゃべれ。わけわかんねえだろ」
そのうち、チビは、ふらふら俺から離れ――
「うお……? ……ああ、そういうことか」
俺が倒れていたそこは、ビルと、堅気のアパートの間に挟まれた裏路地だった。
樽みたいなブリキのゴミバケツが並んで、そこから有機物の腐臭がしていた。
「ああ……。だから、クソ下らねえこと思い出しちまったのかよ」
ゴミバケツからは、肉のかすや、焦げた甘い匂いが漏れ出していた。
そうか。今日はクリスマスイブだ。ご馳走作った後の、カスか。
「……ャ…………」
チビ猫は、情けない声を出し、そのブリキの巨塔に背を伸ばし、そして……また
べったりと、湿った路地に倒れる、を繰り返していた。
「……。ああ、腹がへったんだな。俺もだよこのケツアクメ野郎」
「……ゥ……」
「ハハーハ、おまえじゃそれ倒せないだろ。……しかたねえなあ」
俺は、ゴミバケツの蓋をとって、甘ったるい腐臭の中に首と手を突っ込む。
「……やっぱ、ロックウェルよりこっちのほうが景気いいぜ。みろよ、これ!」
俺は、スープをとった後の鶏がらを見つけて、ひっぱり出す。紅茶の出がらしが
いっぱいこびりついたそれを、手で払って、臭いをたしかめる。
「まだ腐ってねえな」
ばりばりとそれをかじって、残っていた汁けだけを飲み込んで骨のカスを吐き出す。
数度、それを繰り返すと、胃袋が動き出し、血管がふくれあがって体温が上がって
きた。骨をかじりながら、別の手でナシのむいた皮を見つけてそれを食う。
「……やっぱ、この街、とらねえとなあ……。……ん?」
「……ァ、ゥ…………」
あのチビが、俺が吐き捨てた骨のカスの塊を、前足でつつきながら、食おうとして
そして、どうしていいかわからない、というような顔と声を俺に向けた。
「ああ、そいつにはもう栄養はねえぞ。……ほれ、食え」
俺は、鶏がらの首のあたりの肉を手でちぎって、それを俺のブーツのつま先に置く。
少し、迷ったような素振りを見せながら……チビは、カツカツと、顎を動かす音を
たててあっという間に、それを平らげた。
「いい食いっぷりだ。食わねえとな、冷えて死んじまうぞ。ほれ」
「……ゥォ、ゥ…………」
最初、なんでこいつは怒っているのか、と思った。満足そうに喉を鳴らしながら、
その汚い毛玉猫はくず肉を食って、俺のぶんまで食って、俺は骨を噛み砕いて汁を飲み、
臭くて薄暗いその路地裏で、俺とそのチビは、体温を回復させていた。
「ふう……」
ドサリ、俺は腰をおろした。建物の隙間から差し込む太陽光の角度が、だいぶ斜めに
なっている――時計はコートごと、吹っ飛ばされた。
だが、夜になれば……ここから、動ける。
そうすれば……。
どういう魔法を使ったのか、俺の隠れ家をゴキブリみたいにあぶりだして、そして
どこに逃げても兵隊と、そしてあのマッドドッグを送りつけてきやがった、この街の、
デイバンのマフィアどもをぶち殺せる。
ただ、ひとつ……気にくわない連中と、握手しないといけないのがムカつく。が。
「……しかたねえ、おやじのためだ……」
俺は目を閉じ……罠は仕掛けてないが、おそらく平気だ。オきれい好きのイタ公は、
こんな臭い路地にまで入ってこない。
俺は目を閉じ……体力を、失った血を回復させないと……。
「……ん?」
尻のあたりが温かった。
左の腿のあたりが、こそばゆい感じに、ぬくかった。
「………………」
クルクルと、へんな鼻声を出しながら……あのチビ猫は、俺の横でくっついて、背を
丸くしていた。
ありえない、と思った。防刃加工をした革のスラックスを、こんなゴミみたいな生き物
の体温が、ライフル弾よりあっさり貫通してきていた。
「……ふ。……ふふ、ハハッ。てめえ、ねこでよかったなあ。オンナだったら即レイプし
てモツをマフ代わりにしてたぞこのエロねこ」
そのチビは、?と言う顔をして俺を見上げる。この野郎、英語もわからないクセに。
「汚ねえツラだなあ。ほれ、こっちこい」
俺はそいつをつまみ上げると、手にべっとつばを吐いて、それでチビの目やにを拭いて
やる。そいつは一丁前に嫌そうな顔をするが、すぐ諦めて手の中で丸くなった。
「おお、そうそう。おとなしくしてりゃ痛い目みねーっての。人間のオンナどもに言って
やってくれよう」
そのチビは、英語がわからないので答えない。俺のハラの上で、丸くなている。
不思議だった。
こんな冷え切って、汚く汚れたコンクリートの隙間で、凍えきった生き物がいる。
そのままだと、凍えて死ぬ。
だが……くっつくと、温かくて――生き延びた。
俺は学校は出てないが学はある。エネルギーの熱量保存だとかE=mc二乗とかもわかる。
だから、理屈はわかっている。
だが……。
「なんだ、これ。ちくしょうが」
◆
翌朝には、完全に体温も戻り、血管も動いていた。傷からの出血も止まっていた。
あの夜のうちに、チビはどこかに行ってしまっていた。
夜、体力が回復した俺は、物資を隠していた場所まで移動して、傷を縫合してから、
コンビーフとチョコレートを食っておいた。
――もう、昨日のようなポカはしない。
――今日こそ、やつらの腸から立ち上る湯気に目を細めて、笑ってやる。
「……おい、何をニヤついてるんだ」
コカの葉を噛んでいた俺の耳に、タバコの吸いすぎで嗄れた野郎の声が――本人は、
ドスの利いた声だと思っているタイプの声が、俺にぶかっけされた。
「ンあ? なんでもねえ。この後の襲撃をどーするか、考えてたんだよ」
「ハッ、てっきりヤクのヤリ過ぎでとんじまったのかとおもったぜ。なあ、バクシー」
そいつに名前を呼ばれて、耳にクソを詰め込まれた気分になった。
だが、俺は節度ある大人で、しかもGDの幹部だ。
ホーナスやオーウェンのクソバカどもがおっ死んだあと、GDのボーイスカウトども
を、いや――おやじを食わせてやれるのは、俺だけだ。
こんなシカゴの芋に耳ファックされたくらいで、こいつの脳みそを見ていたら駄目だ。
「噂には聞いていたが……ガキみたいなかっこうだな、あんた。幹部なんだろう?
スーツくらい着ないと、うちの部下たちにまで馬鹿にされるぜ、んん?」
歯茎がニコチンで腐った息が、もわっと、立ち上ってそいつの笑顔をお似合いに飾る。
まっさらのソフト帽、ピシッとしたコートとスーツ、おそろいの黒コートを来た部下の
シカゴのギャングども。
こいつは、シカゴのギャング――カポネなき後のシカゴで、肩で風きって歩いてるヤク
ザどもの一匹。ロックウェルにちょっかい出して、おやじに絡んでるゴミクズだ。
だが……いまのGDは、このゴミクズの顔色を伺って、共同戦線をはるしか無いくらい
疲弊してしまったゴキブリだ。
本当は、自分ひとりでやった方がいい、んだが……。おやじの命令だ。
「あと1時間もすれば、俺たちの本隊がここに到着する。そうしたら……わかってるな」
「……ああ。サイコーのクリスマスを、イタ公どもにプレゼントしてやるぜ」
「ふっ、フフ。クリスマスか」
そいつは……名前なんだっけ、アルベルト? アルフォンス? まあ、いいや。
そいつは、煙草をくわえて部下に火をつけさせると、俺より背が低いのを恨んでいるよ
うな目つきで――俺に、煙を吐くようにして言った。
「この街からイタ公どもを追い出すのは、任せておけ。おまえたちGB、だったか?
グレイブ・ビガー?は、その後の掃除をしてくれりゃいい」
「……グレイブ・ディガーだ」
「そうだったか。まあいい、おまえたちのボスとは話しがついているからな。今夜、この
街のイタ公どもをぶちのめして……」
そいつは、少し喫っただけの煙草を捨てて、すぐに新しいのに火をつけさせる。
「マフィア、だったか? あいつらは、イタ公移民を脅して食っているダニ野郎だからな。
まずは、堅気のイタ公を可愛がってやって、連中のツラに泥を塗る――」
そいつはもう俺がやって、しくじった――それは、言わないでおいた。
「……だから、クリスマスか」
「そういうことだ。貴様らGBの名前で、脅迫状を出させたからな。クリスマスの教会を、
あのクソッタレたカトリックの豚どもの礼拝堂を潰すってなあ」
「ああ。それは、あんたらの領分だったなァ」
「フフ、マフィアどもは、シカゴの俺たちにはガンもとばせねえチキンだからな。お前ら
ロックウェルのギャングは、街に入った途端にマシンガンだが、俺たちは顔パス――
だからこうやって……」
そいつは、ニヤニヤと俺の腕の新しい傷を見て、そこに煙と英語を吐きかける。
「俺たちが兵隊揃えていても、あつらはなーんにもできねえんだ。ハハァ!」
いや。たぶん、もうこの場所も人数も、連中には筒抜けだ――これも黙っておいた。
「……じゃあ、教会の襲撃は任せるぜ。堅気をぶっ殺して、そんで、だ……マフィアども
があわくって飛び出してきたら――俺が、奴らの頭を潰す」
「ハハッ、返り討ちに合わんように気を付けることだな。なんてたって、お楽しみはこれ
からなんだぜ、なあ、兄弟?」
「兄弟はやめろ」
こいつを殺したら、おやじ、困るんだろうなあと考えて――俺は、コカの葉を吐いた。
「兄弟の仁義固めるのは、コトが済んでからだぜ。って、おやじに言われたんでなあ」
「ふん……。まあ、いい。おまえも結構有名だからな。もし、俺の組で働きたいんなら
いつでも言ってくれ。俺が口聞いてやる、どうだ、クリスマスプレゼントがわりに?」
「……クリスマスは……くそ食らえだ……」
「フッ、すねたガキみたいなことを」
そいつはスーツの腕を動かして時計をみる。
「もうそろそろ、ここに俺の部下が――本隊が来る。そうしたらあとは予定通り。
7時には全部終わらせて、こんな臭い街からはおさらばするぜ」
その臭い街を切り取れないと、首がなくなる男がなにか言っていた。
「クリスマスか……」
「安心しろ。ちゃんとパーティーの準備もしてある。酒もオンナも、もつろん、兄弟の
お前のぶんまでたっぷりな。よりどりみどりだぜ?」
「オンナ、か……」
「部下には、カトリックのクソ尼どもがいたら数人、お連れしろと伝えてある。フフッ。
おまえは、そっちのほうがいいか?」
お膳立てのしてあるレイプなんて、肉の入ってないソーセージだ。まあいい。
「淫売どものキャアキャアはやし立てる中でな、カタギのオンナをまわすと面白いぜ?
今日はプレゼントだ、おまえにそいつを……」
やっぱりクリスマスは最低だ。プレゼントも最低だ。でも、やらないと……。
「……おやじのためだ……」
「ん、なんだ?」
「なんでもねえ、じゃあ、あんたらの本隊が来らよ、俺はメン通しして――」
もう一枚、コカを――そう思った俺の目に、
「……? あ!?」
ガキみたいな声が出ちまった。
「……ャ…………」
気づくと、シカゴの糞山どもの背後から……昨日、隠れていた路地のある方向から、
風に吹かれる紙くずみたいな白いものが――あのチビが、ふらふらと……。
「うわ。こんなトコに? お、おまえ、なんでよ……」
昨日の夜、姿を消して……それっきり、すっかり忘れていたあのチビ猫が、そこに
いた。よろよろと、俺のほうを青い目と濁って金色の目で見ながら、よたよたと歩いて
来ていた。
まさか、俺がここにいるから……!?
「なんだあ、こりゃ」
チビが、シカゴの野郎どもの足の間を抜けて――俺が、そっちに手を伸ばし……。
チビが、あの男の足元に背中をこすりつけて……。
「クソが!」
ふぎゃっと、声が……しなかった。
悲鳴もあげず、あのチビは、俺を兄弟と呼んでいた野郎の革靴で蹴られて、ゴミみた
いに転がって、倉庫の壁にぶちあたって。
動かなくなった。
「テストーニだぞ!? 500ドルもする靴に、このクs
最後まで言わせなかった。
俺は、なんだっけ。まあいや。名前も覚えなかったそいつの頭をひっつかんだ。
「ギ!! ぎ、ああああ!! て、てめ!?」
そいつが次の息をするより早く、俺は倉庫のレンガの壁に、クソッタレの顔面を叩き
つけて、そのまま、全体重をかけて横に動かした。
「ひ、ぎ!! ふぐあああアアアアアア!!! ……!!!」
「あ、兄貴!! て、てめえ、このキ○ガイ!! なに――」
「伝言頼むわ」
◆
シカゴのギャング団「バラクーダ」の幹部、アルベルト・ゴアの部下たちは、全員、
命令通りに武装してトラックに乗り込み、予定の集合地点に向かった。
海辺の、運河側にある倉庫街。その一角に――
そこには……。
「な、な……!? な、ん……こりゃなんだあああ!?」
ギャングたちの前には、夕闇が迫る薄暗い空き地に広がる、凄惨な光景が……。仲間
の男たちが、血まみれで転がる無残が、あった。
そして……。
「しずかにしろやあ。サカナが逃げちまうだろうがクソが」
見慣れぬ男が……背の高い、グレイの髪を短く刈り込んだ男が、コートを海風にはた
めかせながら――運河に、木の棒を突き出して座っていた。
「て、てめえ!? こ、こりゃいったいなんだああ!?」
「貴様、GDのキ○ガイ……!? あ、兄貴は……」
「んー、釣りってムジュカチイ。棒に糸つけてたらしたらサカナ釣れるんじゃねえのか。
漫画に騙されたクソッ死ね」
「な……何、言ってやがるキ○ガイがあ!!」
のそり、背の高い男は――バクシーは立ち上がった。そして振り返った。
「静かにしろ、って言ったろ。英語わかんねえのけ?」
「な……!! う、う……オ、俺たちの仲間が……まさか、てめえ!?」
「なかま? ハァ? 英語でOK」
ゆらり、バクシーの長身が立ち上がった。
「ああ、そうそう。同盟のハナシな、あれ」
「な、なに……!?」
「そこに返事書いておいたぜえ。英語、読めるよね読めるとイイナ」
「……!? ……げ…………」
倉庫のレンガ壁に、赤黒くくすんだ、その壁に――ぞっとするほど赤い何かで、
Fuck ass
と……。その巨大な書き文字の下には、ギャングどもの血まみれの身体と、そして、
アルベルト兄貴と同じスーツとコート、靴を身につけた、頭の形がへんなふうに半分
しかない人体が転がっていた。
「あ、あ……兄貴……く、くそっ!!」
ハハァ――ーッハアアアアアアアア!!
男たちが武器を構える前に、その長身の男の影は――怪鳥のように跳ね、男たちの視界
から消えて……そして、男たちの大半は、夕暮れの汚い運河が、人生最後に見た光景と
なった。
◆
寒い。
気づいたらヒーターが止まっていた。サーモスタットが作動したらしいが、それでも
この連絡室の中は息が白くなるほど、空気が冷えていた。
「……冷えるな。雪がふるかもしれん」
「わかった。車にチェーンの用意するよう、兵隊たちに言っててくら」
「頼む。……ジャンたちは今頃……教会についたか」
ベルナルドは、ため息で曇ってしまった眼鏡を外してーー疲労でぼんやりする目頭を
指で押す。その彼と同じくらい眠っていないイヴァンが、部屋の外に居た彼の部下を呼
んで口早に何かを伝えていた。
「あっちはジュリオがついて行ってるんだ。仕掛けてくるバカはいねえだろうし、来た
ら来たで、サンタにあの世に連れていってもらえばいいんだからよ」
「ああ。……しかし、あの屑ども……クリスマスを狙って攻撃とはな……」
「カタギさんをビビらせるいつもの手だろ。あいつら、カタギは食い物としか思って
ねえからなあ」
「……俺たちも人の事はいえないが……本音を見せるのは、シロウトのやり口だ」
「その素人相手に、こんだけ手間とられるんだぜ。まあ、向こうも頭使ってる」
「……クリスマスか……。礼拝と会議とパーティーで、寝る暇も無いときに……」
「な? ヤツらの狙いは当たってるだろ」
怪訝な顔をしたベルナルドに、まだ熱いコーヒーポットを部下から受け取ったイヴァン
が、カップをベルのように鳴らしながら、言った。
「俺たちを寝不足で殺す気だぜきっと」
「恐ろしい敵だーー」
ベルナルドとイヴァンは、コーヒーカップで乾杯し、もう味がわからなくなるくらい
飲んでいるコーヒーで口を湿らせた。
「……クリスマス、か……」
「なんだよ、じじむせえため息つきやがって。なんだ? ケーキとプレゼントでも欲し
かったのか?」
「……ん、プレゼントは昨晩、みんなで回したじゃないか。ケーキは……そうだな」
「そういや。昨日のプレゼントに、無記名の小切手入れてたのはオマエかこのやろう。
ああいうのは品が無いだろ」
「ふさわしい人間のところに行ったのさ。偶然という名の星に導かれてな」
「ぬかせ、このデコメガネ」
二人が二杯目のコーヒを飲み……鳴らない電話に、安堵していた。
少なくとも、現時点ではーー危惧されていた襲撃は、起こっていなかった。
このまま、何もなければ……それが最高のクリスマスプレゼントだった。
◆
寒い。
寒くて眠ってしまいそうだったが、それは許されない。
でも、ヒーターの効いたリムジンの後部座席は、考えただけで目がとろんとなる。
だが――ここには、自分が、二代目ボスの自分が来て、しっかりと説明し、謝罪し、
そして皆を安心させる必要があった。
クリスマスのこの日を、せめて安らかに終わらせられるように。
「……ジャンさん、大丈夫、ですか……?」
「ああ、すまねえ。ちょっとたちくらみした。……オッケオッケー。目が覚めた」
「すまん、ジャン……。おまえまで、引っ張り出されるようなことに――」
「いーや。こういう時くらい顔ださねえとさ。みんな、俺が二代目ってこと忘れちゃう
からサ〜。……ていうか、ジュリオもルキーノも、そっちも、寝てないだろ?」
「いえ、俺は……平気です」
「……ひどい顔だぞ、ジャン。……この教会に、事情を説明して兵隊を配置したら、
少し車で寝たほうがいい。8時からのパーティーまで寝ておけばいい」
「またまたあ、くどき上手寝かせ上手なんだからあン。……7時には、会場について、
先に役員会とハナシと面通しがあるんだろ? まかせろ、なんてったって――」
今日はクリスマスだ。寝ないのなんて当たり前だ……。
「まさか、クリスマスを狙って襲撃を仕掛けてくるとはな……! 地獄に落ちろ、
あのクソッタレギャングども……!」
「……ギャングは、礼拝とか気にしない奴らが……多いん、でしょうね」
「……神さまサーセン。ちょっと、ウラヤマシイっておもっちゃった」
ジャンカルロは、CR:5二代目カポは――
幹部のルキーノとジュリオを護衛に、ダウンタウンの教会に今回の事件の説明にかり
だされていた。この聖リタ修道院は、ここの孤児院は、ジャンカルロにとっては育った
生まれ故郷の場所だ。
ここには、自分がメンを通さねばならない――ジャンは、朝の会議で言い切っていた。
「うわ、超懐かし……」
「はい?」
「いや、あれ。うほ、クリスマスだなあ」
ジャンは、修道院の中庭に植えられている背の高いモミの老木を指さした。
そこには、モールや、金属の鈴が、磨いた空き缶やリボンが飾られ、そして――その
モミの木の先端には、やすっぽい金色に輝く星が、飾られていた。
「ああ、クリスマスの星か。あれは、毎年、うちの庭師が付けているんだぜ」
「ウン。いやー、なつかしな。いやね、ガキの頃、あの星が欲しくってねえ、俺。
ねだって泣いたり、木をよじ登って落ちたり。いやあ、叱られた叱られた」
「あは……ジャンさん――」
ジュリオが、何が嬉しいのか目を細めて笑った。
「まあ、いいや。さっさと中に行って、あのメスゴリラ院長に頭下げてこようぜ」
ジャンカルロが――男たちが、護衛を引き連れて礼拝堂に進む。
その歩みの中、ふと。
「あ。しまったなあ」
「ん、どうした?」
「いやね。昨日さ、本部に戻る時間なくってさ。ルキーノの部下が確保してるアパート
に俺と幹部全員で上がり込んでさ、めしくったじゃん? プレゼントまわしたじゃん」
「ああ、そうだったな。なにか忘れ物か」
「……あのチキンブロス、おいしかった、です……」
「あンときさ、俺がチキン煮てさ、カロッツア焼いてさ。ごみ捨てたじゃん? あれ、
俺さあ、ゴミ箱のふた閉じたとき、上に重石のブロック戻すの忘れてたわ」
「??」
「いや、野良猫があれ、荒らしてるとわるいな〜、って」
ジュリオとルキーノは、一瞬、ぽかんとした顔をしてカポを身、そして――笑う。
「ハハハ、なにかと思えば。どうでもいいだろ、そんなの」
「ダヨネ。……やっぱ疲れてる、っていうか、逃避だっけ? なんか、全然関係ない
ことばっかり気になってさ〜」
男たちは笑い、歩き――
「――…………!?」
その時、杭打ち機で打ち込まれた鋼材のように、ジュリオが足を止めた。
「ん? どうした、ジュリオ」
「い、いえ……いま、なにか…………」
「なんだ、何も聞こえないぞ?」
「い、いえ……すみません…………」
ジュリオは、切っ先のようになっていた目を伏せ、そして上げ……。夕暮れから夜空
に変わりつつある、クリスマスの空を瞳に映す。
「……気のせい、でした。すみません……」
「ジュリオちゃんもおつかれね。さ、行こう行こう。たぶん茶ぐらいでるぜ」
カポと、部下たちが行ってしまったその背後で……。
「フフン。あの野郎、やっぱり気づきゃがったか」
モミの木の太枝に、どっかり腰をおろした大きな影が――ニヤリ、笑った。
「まあ、じたばたしたくねえのはこっちも同じだ。空気の読める子はいいねえ」
大きな口から、白い牙のような歯と、長い下をベロリ動かしながらバクシーは笑う。
その手には……。
「……しかし、わけわかんねエぞゴラ。なんで俺、こんなもん欲しかったんだろうなあ」
バクシーの手には、さっきまでモミの木の先端を飾っていた、ブリキに金色の紙を貼
った星がつかまれていた。
つい、十分前まで――バクシーは、このモミの木に飛び移り、潜んで――そして、ここ
からCR:5の幹部たちを狙撃するつもりだった。
しかも、この場に、CR:5の二代目まで来るという幸運のおまけ付きだった。
「まあ、いいや。……ハハァ、俺はやっぱりついてるぜラッキードッグなんて目じゃねえ。
あんなクソと握手せずにすんだしよ……!! ……すまねえ、おやじ。
気に入ったぜええ、こののくそったれデイバン、クソッタレイタ公……!!
この街も、ラッキードッグの星も、ぜエ〜〜〜んぶ、俺がいただくぜヒャハア!」
バクシーは――この星を見て――こんなものが欲しくて仕方がなかった、子供の頃の
自分を思い出して、バクシーは散弾銃の撃鉄を下ろしていた。
いや――それだけではなかった。
「…………ャ…………」
「おう。目ェ、さめたか。どっか、痛くねえか?」
バクシーの腹には、ギャングから奪った純白のシルクのマフラーが腹巻きされ……。
そこから、薄汚れた白い、小さな猫の顔がぴょこんと飛び出していた。
「……ニ、ァ……」
「タフだなあ、おめえ。気に入ったぜえ。さっきのなんて、俺たちで言ったらゾウに
蹴られたようなもんだからな。まあ、あとで医者に見せてやらあ」
チビ猫は、何を言われたかわからないよな顔で、青と、黄色の目でバクシーを見る。
「ああ、くそ。英語わかるようになれよ。おまえならできる」
バクシーは吐き捨てながら……。
安っぽい金ピカの星を、星がまたたき始めた空にかざして、見る。
「クリスマス、か…………」
「……ニャ…………」
「あったけえな、おまえ」
そういえば今日は誕生日ってやつだった。
はじめて、この日に――バクシーは笑った。
END