2009-12-24
創価スピリット
明日、「創価スピリット」を発行してからちょうど6年を数える。色々と考えたのだが明日をもって廃刊とすることにした。ご愛読いただいた全ての方々に感謝申し上げる。後半は、信心の基本を再確認すべく『指導メモ』というわざわざ古い指導を発信してきた。この一書にこそ、広布第二章の魂が脈動していた。私の世代は、幼児期から10代にかけて大Bで育ててもらった。大B長・大B担というオジサン、オバサンの温かな眼差しがどれほど子供の心を育んだことか。
「古い指導は新しい時代に合わない」という声も聞かれる。そんなことを言う者に限って指導を読んでいないものだ。古いということが通用しない理由となってしまえば、そこに思想性は存在しない。広布の潮流を知らなければ、「老いたる母の築きたる」創価城を継承する資格はない。
私がここで確認しているのは、「草創期の貧しくとも熱気に満ちたあの創価学会はどこへ行ったのか?」ということである。
確信は絶望の山なみを超えたところにある。すなわち、大確信の人とは誰よりも絶望を知る人なのだ。人生の不遇、社会の無惨、人間の狡猾と遭遇した時、信心はふるいに掛けられる。もちろん、人間だから激しく動揺する。そして揺れ動く生命の大地から新しい自分が誕生するのだ。
仏とは自由自在の境界のことである。されば我々の人生の目的は「完全なる自由」の境地にある。何ものにも妨げられることのない自分自身に目覚めることだ。ブッダとは「覚者」の謂いでああり、大聖人が「開目抄」を著されたことを思い合わせれば、我々の魂は眠っているのだ。
師は何度も何度も繰り返し「悪と戦え!」と教えられている。だが、悪と戦う人はいない。悪を見抜く人すらいない。「悪って、確か富士山の麓(ふもと)にいるんですよね?」ってなもんだろう。
ネット上における防波堤としてこのブログを続けてきたが、その役目も一段落したものと考えている。ま、細々と更新していくつもりではあるが、私が提示しているのは「ヒント」に過ぎないことを了とされたい。
熱原の三烈士
平左衛門尉頼綱は、鎌倉の法華宗弾圧の手段の一つと考えたのか酷しく神四郎等を責めさいなみ、10月15日、子息資宗(のち飯沼判官という)をして神四郎(兄)・弥五郎(弟)・弥次郎の3人に惨刑を加えてのち斬首した。日興の本尊分与帳に
次在家人弟子分
一 富士下方熱原郷住人神四郎〔兄〕
一 富士下方同郷住人弥五郎〔弟〕
一 富士下方熱原住人弥次郎
此の三人は、越後房・下野房の弟子廿人の内なり、弘安元年奉信じ始め奉るところ、舎兄弥藤次入道の訴に依りて鎌倉に召し上げられ、終に頸を切られ畢ぬ。平ノ左衛門入道の沙汰なり。子息飯沼判官〔十三歳〕ひきめを以て散々に射て、念仏申すべきの旨、再三之を責むと雖も廿人更に以て之を申さざる間、張本三人お召し禁めて斬罪せしむる所なり。枝葉十七人は禁獄せしむと雖も終に放たれ畢ぬ。其の後十四年を経て平ノ入道、判官父子、謀反を発して誅せられ畢ぬ、父子これただ事にあらず法華の現罰を蒙れり。(『日蓮宗学全書』2巻116ページ)
とある。