カモノハシ誕生 (クーゲルのテイストを求めて)

マーマレード・イエロー


 楽しみとして万年筆を使っていらっしゃる方の中には、柔らかいペン先の万年筆が好きだという方が多いと思います。自分好みの書き味を探してあれこれ試してみる、でもなかなかこれだという物には巡り会えないでいるのではないでしょうか。今回は素晴らしい書き味との出会い、そしてその再現へ試みの話にお付き合いください。

 私の万年筆ライフの始まりはインターネットで読んだ「ぬらぬらと書ける万年筆」でした。「ぬらぬら」とはどんな書き心地なのだろう?フルハルターのホームページを探し出し、翌日にはお店でペリカンM600のBを注文していました。「ぬらぬら」を追求するならBはないだろう、BBとか3Bじゃないの。そう思った方、ご明察。すぐにもっと太い軸、もっと太いニブの万年筆が欲しくなってしまい、程なくM800の3Bさらにはマルガリータ3Bへとのめり込む事になりました。これが「ぬらぬら探求期」。
行きつく所まで行ったと思ったら、今度は細い軸の使い心地、細いニブの書き心地が気になりだします。言うならば「太細何でも試したい」期。この段階になると、究極の一本さえあればそれでいいなどという最初の考えはどこかへ吹き飛んでいましたね。さらに合間合間にイタリア物中心の「デザイン買い」期が入ることになります。

 そして現在は「柔らかいペン先、ビンテージ万年筆再認識」期。柔らかいペン先でゆったりと書く楽しさは、私自身ペリカンのマルガリータを使って知っているつもりでした。しかしそれは特別なもの、例外という捉え方でした。事実日常使うようなサイズの万年筆では柔らかいペン先を持った万年筆の選択肢は少ないですし(私の勉強不足もあるでしょうが)、実用に使うなら固めのペン先がいいという先入観念を持っていました。
ところがある日、見せられた1本の万年筆によって考えを変えられてしまったのです。その1本とは、ある方が持っていたモンブランの142。ご存知の方も多いでしょうが、142は1950年から10年間作られていたモンブランのかなり小さい万年筆で、手帳か何かにちょっと書き込むのに使いたくなるような、かわいいサイズです。
そのような用途だと普通ならEFあたりがついていそうなものですが、その142にはBBくらいの太いニブがついていました。そしてペン先を紙の上に置いた途端、思わず「う〜ん、すごい!」と溜め息が漏れました。指にかけた力をしなやかに受け止め、さらに気持ち良く押し返してくれます。ペン先を滑らせていくと、まるで紙にペン先が吸い付いている様な錯覚を覚えました。極太のニブからはたっぷりとインクが流れ出て、その気持ち良さといったらこれまでに味わったことのない、うっとりするような心持ちです。太軸でなくとも柔らかいペン先の素晴らしさ、面白さは十分堪能できる、いやむしろペン自体の重みを利用して書く太軸より、きっちり持って少し力が入る書き方になる小ぶりのものの方が、ペン先の柔らかさをより感じとることが出来るように思えました。
この142についていたのが「クーゲル」と呼ばれるペン先でした。「クーゲル」というのは1950年代のごく一時期だけに作られていたペン先だそうで,ニブがペン先の上側にも飛び出したような面白い形をしています。裏返しても書けるようにするためこのようなニブの形になっているそうですが、何よりもこのクーゲルは素晴らしく柔らかで弾力があるのが大きな特徴です。

クーゲルポイント

 クーゲルに限らず、ビンテージ物のペン先はモンブランであれペリカンであれ、現在の万年筆が失ってしまった柔らかい書き心地を持ってるのを知り、ビンテージ物の書き味に惚れ込んでしまった私は、その後モンブランの254という142よりは一回り大きいモデルのクーゲルポイント付きを、さらには1984年ごろの特に柔らかいと言われる金一色のペン先に替えたペリカン400(日本では500と呼ばれたモデル)を立て続けに手に入れる事ができました。


ペリカン500 ペリカン500とモンブラン254

 この2本、片や太字もう一方は細字と違いますが、それぞれに柔らかいなりに個性があり、万年筆の奥の深さを堪能できます。(細字がまたすごく楽しめるんです)この2本を使ううちに、今の万年筆となぜこのような違いがあるのか、なぜこのような万年筆が今はないのか気になってきました。ペン先の肉厚は薄いようですが、ある方に教えてもらった話では、今のペン先の板厚をただ薄くしただけでは、弾力がないためあの柔らかさは出ないとの事。昔のペン先は鍛造という金属を何度も叩いて作る製法でした。一方現在のペン先は型で薄い金属の板をペン先の形に抜いて作っています。その製法の違いが弾力の違いに現れるのだそうです。また金に混ぜる他の金属(銅・銀・ニッケル・クロム等)などの組成も影響しているのだそうです。(上のモンブランについて言えば,142や254のペン先はウィングニブと呼ばれる形状で、中心付近(切り割りに沿った付近)が比較的平らな形状であること、さらにクーゲルの場合は裏返して書く時のことを考慮してペン芯の先からイリジウムポイントまでの長さを長く取っていること、この2点が通常よりも柔らかい理由ではないかとのことです)現在でも作ろうと思えば、メーカーにはその技術はあるはずですが、ボールペンの普及により筆圧の高い人が増えた結果、柔らかい書き味の万年筆の需要が少ないというマーケティング上の理由で、こうしたペン先を作るメーカーがなくなって来ているそうです。う〜む、残念。

 そんな事があってしばらくして、ペリカンのM300を発注した時の事です。ペリカンのスーベレーンシリーズはM1000から800、600、400と小さくなるにつれてペン先は硬くなってきますが、M300だけは結構柔らかいのです。「でも142とは違うなあ」と以前見たモンブラン142クーゲルが頭に浮かんできました。諦めるしかないか…。でも待てよ。ペン先を加工して何とかならないだろうか。ペン先の硬さは、肉厚、ハート穴の大きさ、切り割りの長さ、ペン先の幅、エラの曲がり具合で変わるというじゃないですか。そこで森山さんに、「このうちやれる事を総動員して少しでも柔らかくできませんか」と相談したところ、「ペンの先の方を細くしてみましょう」と引き受けてくれました。

 それから出来上がりの連絡が来るまでの時間が、いつも以上に待ち遠しいものだったのは言うまでもありません。連絡をもらい、お店のインクを入れさせてもらい、いよいよ試し書きの瞬間です。紙にペン先を乗せ、力を加える。「うゎっ。これいいよ!」手に伝わって来た感触は、あの時のモンブラン142クーゲルです。少なくとも私にはそう感じられました。もちろん通常品のM300と比べて明らかに柔らかく仕上がっています。これだけの柔らかさが現行品で再現できたのは感動ものです。少し冷静さを取り戻してペン先を観察してみました。まずペン先が通常より長めに首軸からでています。これは通常でもやってくれている事ですが、もっと特徴的なのはペン先が先のほうに行くにつれてキュッと細くなっている事です。裏返して見ると通常はペン芯の両側にはみ出しているペン先がほとんどペン芯ぎりぎりまで削られています。今回のペン先はBBでお願いしたので,先端から3ミリほどは同じぐらいの細さになっていて、まるでカモノハシのくちばしのようです。(ちなみに手帳に書き込む時のために裏はEFで書けるように調整してもらっています)

ペリカン300

 M300の期待以上の出来に、調子に乗ってM400でもカモノハシにして柔らかいペン先にならないかお聞きしたら、今回はもともと柔らかいM300だからできたことで、M400や600ではあまり期待できないからやらないほうがいいとの事。カモノハシにするだけでなく、肉厚を薄くしたり、エラの曲げを少なくしたり切り割りをいじるような事をしてもダメかと食い下がりましたが、ロジウムメッキしてあるバイカラーのペン先が汚くなったり、ペン芯との密着性が悪くなったりと、問題がいろいろあるそうで、これはあきらめることにしました。でもM300カモノハシモデルという、自分なりの理想を具現化した万年筆を手にする事が出来ただけで十分というものでしょう。今までにない柔らかい感触に興味がある方は、一度フルハルターでカモノハシモデルを手にしてみてはいかがでしょう。


左からモンブランNO.142 N0.254 ペリカンNO.M500 M300

左からモンブランNO.142 N0.254 ペリカンNO.M500 M300勢揃い




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