外務省のラスプーチン
鈴木宗男、村上正邦と南朝の里を訪ねる
「死に場所を与えてくだい」――男は懸命に祈願した。後醍醐天呈と南朝の忠臣たちから人知を超えた力を得るべく３人は吉野に向った。
佐藤優（起訴休職外務事務官）
新潮４５ 2006/6月号
外務省絡みの背任・偽計業務妨害事件で、昨年（２００５年）２月１７日に私は東京地方裁判所で懲役２年６カ月の有罪判決を言い渡されたが、幸い４年の「弁当」（犯罪者用語で執行猶予のこと）がついていた。鬼の東京地検特捜部に逮捕され、小菅の東京拘置所独房に勾留された者達の間では不思議な連帯意識が生まれる。ここから政治犯ネットワークが生まれていった。常連メンバーは、鈴木宗男衆議院議員、村上正邦元参議院議員だ。鈴木氏は、あっせん収賄・受託収賄・政治資金規正法違反・議院証言法違反（偽証〉で、東京地方裁判所で懲役２年の実刑判決を受け、村上氏は受託収賄で、東京地方裁判所と東京高等裁判所で懲役２年２カ月の実刑判決を受けた。３人とも徹底抗戦で最高裁まで争う腹だ。
昨年４月某日、村上氏に誘われ、私たち数名は都内有名ホテルの中華レストランの個室で、食事をとっていた。鈴木氏はいなかった。その昔、小泉純一郎氏が厚生大臣をつとめていた時期に厚生事務次官が収賄容疑で逮捕される事件があったが、そのとき贈賄側で逮捕された病院理事長の小山博史氏もいた。小山氏は１年半の実刑が確定し、栃木県黒羽刑務所で「お勤め」を終えて戻ってきた。突然、部屋の外がドヤドヤと騒々しくなった。斜め向かいの個室に数名の客が入って、にぎやかに食事会が始まったようだ。私がトイレに行くのを装って偵察すると外にＳＰ（警護官）が数名いる。閣僚につくＳＰは最大２名で、複数の大臣が食事をしているのかもしれない。顔見知りのＳＰもいるので会釈した。個室に戻り偵察結果を報告した。すると、村上氏が「総理が来ているんじゃないか」と言った。村上氏はフロアマネージャーを呼び、「今来ているのは総理だな」と尋ねるとマネージャーは気まずそうに「そうです」と答えた。村上氏は体質的に酒を一滴も受け付けないのであるが、顔がまたたく間に紅潮し、「よし、俺が一言挨拶してくる」と言って部屋の扉を開けた。私はどうなることかと心配し、後について行ったが、村上氏はＳＰに静かな声で、「小泉総理に隣にいる村上正邦がよろしくと言っていたと後で伝えてくれ」と伝言を頼んでいた。ＳＰは「わかりました」と答えた。その姿を見ていて、何とも言えない淋しさがこみ上げてきた。こういうとき、私には軽口を叩く癖がある。
「それにしても、『おのれ小泉』と思っている連中がいる隣の部屋で総理一行が食事をしているのですから、これで日本の危機管理は大丈夫ですか」
「全くだめだな。自爆テロリストがいたらオシマイだな」
「私たちがアルカイダでなくてよかったですね」
「優さん、日本人は甘くなったよな。命を賭けて戦うことをしなくなった」
村上氏は他人を呼び捨てにしたり、クン付けで呼ばない。必ずさん付けだ。これは鈴木宗男氏や野中広務氏（元内閣官房長官〉にも共通する文化だ。
南朝側の死生観
「村上大臣、獄中で『太平記』を二回通読しました。命を賭けて筋を通すというのが日本の伝統だと思います。南北朝動乱の南朝側の死生観こそが、私は日本人のあるべき姿と思います。歴代天皇の墓は南向きですが、後醍醐天皇陵だけは北向きになっています。京都の方を向いて『今にみておれ』という想いがこもっています。一度、吉野に行って後醍醐天皇陵をお参りしたいと考えています」
「太平記」巻第二十一「後醍醐天皇崩御の事」には、「玉骨はたとひ南山の苔に埋むるとも、霊魄は常に北闕の天に臨まんと思ふなり（我が亡骸はたとい吉野山の苔に埋もれても、我が霊魂は常に北方の皇居の空を望んでいようと思うのである）」（「太平記��新編日本古典文学全集５６」小学館、１９９７年、２９頁）と記されている。東京拘置所の独房でこの箇所を読んだとき、後醍醐天皇や南朝の忠臣たちの無念さが私の胸にひしひしと迫ってきた。
村上氏は「優さん、鈴木宗男さんも誘って、吉野に行こう」と言って、その場で携帯電話で鈴木氏に電話をし、刑事被告人３名による南朝の里の訪問が決まった。後醍醐天皇が崩御されたのは１３３９（延元４）年８月１６日なので、命日の８月１６日に訪問することを計画したが、この日は公式行事が行われるので、その翌日の１７日に訪問することにした。しかし、８月８日に衆議院が解散され、選挙戦に突入したため、吉野行きは延期された。９月１１日の総選挙で鈴木宗男氏は４３万票を獲得して衆議院議員に返り咲いた。その後、何回か調整したが、３名の日程が合わず、結局、去る４月２８、２９日に実現したのである。因みに今から５４年前の４月２８日にサンフランシスコ平和条約が発効し、日本国家が独立を回復したので、日本の国のあり方（国体）を考えるにはよい巡り合わせになった。
刑事被告人３名に加え、先程言及した小山博史氏、それに同志社大学神学部の同窓生で「佐藤優支援会」という任意団体を立ち上げ、私の公判闘争を助けている瀧田敏幸氏（千葉県印西市議〉、阿部修一氏（民間会社員）も南朝の里を訪ねることになった。瀧田氏、阿部氏、私はいずれも基礎教育が神学なので、宗教や宗派を問わず、人知を超えるような世界の話は大好きなのである。吉野では「新党日本」の滝まこと衆議院議員が２日間現地を案内してくださった。この場を借りて感謝申し上げる。
衆議院本会議が行われる関係で、鈴木氏は少し遅れて、現地の蔵王堂で合流することにし、村上部隊は新幹線で京都経由、その後、近鉄特急で吉野神宮まで行った。片道約４時間半の行程で、最初の訪問場所の如意輪寺には午後４時過ぎに着いた。後醍醐天皇陵は如意輪寺内の小高い丘にあったが、明治維新の神仏分離、廃仏毀釈で、御陵は仏教寺院から切り離され、宮内省（庁）によって管理されることになって現在に至っている。
如意輪寺の住職によって、まず宝物殿に案内された。後醍醐天皇崩御の８年後、次帝後村上天皇の時代に高師直の率いる足利幕府側軍勢（「太平記」によれば８万人）に朝廷側は数千名で対戦することを余儀なくされた。１３４７（正平２）年１２月２７日、楠木正行の一族郎党１４３人が四条畷（大阪府）の決戦に向かう前に後醍醐天皇陵に参拝し、如意輪寺で過去帳に名前を記して出撃した。そのとき、寺の扉に槍先で書いた和歌が現存し、宝物殿に展示されている。
かゑらじと かねておもえば梓弓
なき数に入る 名をぞとどむる
（そりかえる梓弓ではないけれど、生きては帰るまいとかねて覚悟の出陣なので、死んでいく者の名を書きとどめることだ）
その横にある蔵王権現像の眼には水晶が使われているのでとてもリアルだ。しかも、白眼の一部に赤水晶を入れ、眼が血走っているのだ。額に３番目の眼もあり、やはり血走っている。展示されている刀は、一度抜くと血を見ない限り鞘に収まらないという妖刀「村正」だ。
宝物殿を出て、２，３分歩いたところに宮内庁書陵部の詰め所があった。住職は「私はここでお待ちします」と言って、それより先に進まない。神仏分離原則が厳格に適用されているのだ。私たちはお浄めを済まし、後醍醐天皇陵の前に立った。宮内庁職員が陵の前の扉を開く。ムシロが一枚敷かれており、その上に立って拝礼する。円形の墓で、北向きに石造の鳥居が立っている。現在の形になったのは幕末の頃とのことだ。村上氏に続いて私が拝礼した。私自身はキリスト教徒なので、この場所に私が信じる神様がいるとは感じなかった。しかし、私の両脚が震えるのだ。地の底から何かいわく形容しがたい力が乗り移ってくることを感じた。４年前、東京拘置所独房で「太平記」を読みながら必ず訪れると誓った後醍醐天皇陵の前に立ち、私は感無量だった。
「死に場所を与えてください」
その後、私たちは南朝御所が置かれていた吉水神社を訪れた。もともと神仏分離前は吉水院という寺だったが、その後、神社になった。ただし、建造物としては寺院の面影をそのまま残している珍しい神社だ。吉野は桜の名所であるが、かつて豊臣秀吉が吉水神社を拠点に花見の大宴会を行ったことがある。吉水神社の佐藤一彦宮司は、北朝鮮による拉致問題の解決に取り組む熱血漠だ。正式参拝で村上氏の玉串の奉納を見て佐藤宮司が「見事な奉納です。後醍醐天皇もウンとうなっています」と感想を述べた。宮司は私たちを本殿の横にある後醍醐天皇御所に案内した。２０畳くらいの畳部屋の奥に畳５枚が高く積まれている。東京拘置所独房より少し広い。その真ん中に、２畳の畳が敷いてある。ここが後醍醐天皇の座だった。宮司が「ここより先には入らないでください。この座にはあの豊臣秀吉ですら座りませんでした」と説明する。
私たちは本殿に戻った。村上氏は昇殿して御神体である後醍醐天皇の木像の右肩に左手を、右膝に右手を置いて、宮司の力を借りて祈願した。
「私にもう一度力を与えてください。私にもう一度チャンスを与えてください。私に死に場所を与えてください」村上氏は２回繰り返した。
その後、私たちは吉野の中心、金峯山修験本宗総本山金峯山寺の蔵王堂を訪れた。ここで鈴木宗男氏、滝まこと氏と合流した。五條順教管長のお話をうかがった後、教学部長の五條良知東南院住職が蔵王堂を案内してくださった。五條良知教学部長はユーモアのセンスに富むとともに宗教学、西洋哲学の造詣が深いことも、話を聞いていてすぐにわかった。「教学をどこで勉強されたのですか」と尋ねると東京の大正大学とのことだった。以下は五條氏の話で私の印象に残った部分だ。
――修験道は、神道、仏教のみならず道教や日本の土着信仰が合わさったもので、多元性を基本とする。吉野は古来より政争に敗れ、逃れてきた人々を匿い、再出発させる場だ。われわれ山伏は偏見にとらわれず、人々を人物本位、言説をその内的ロジックのみで捉える。他者を排斥しようとするような思想や政治とは、武器をとってでも戦い、多元性と寛容の世界を維持する。なぜなら、それがなくなると日本は日本でなくなるからだ。
――日本は近代化の過程で大きな失敗を二回した。一回目は明治維新の神仏分離で、日本とは異質の一元支配の傾向が強まった。二回目は太平洋戦争の敗戦で、天皇を神の座から引き下ろし、日本人がもつ神道の感覚が薄れてしまった。
――吉野は山奥であるが、地政学的に京都、大阪、伊勢に出ることが容易だった。われわれ山伏は、全国各地に散って情報を集め、それを吉野に集約した。吉野はインテリジェンスの総本山でもあった。
その後、五條氏は本殿に入り、経文を唱え、他の僧侶達が法螺貝と鐘を鳴らした。法螺貝の音が腹に響く。本尊である金剛蔵王権現は三体の秘仏なので、金のカーテンで覆われ、仏像の姿は見えないが、一昨年から一年間、吉野が世界遺産に登録された記念に秘仏を特別公開したときの写真が展示されている。仏様の顔は青で、後ろは真っ赤な炎に覆われている。西原理恵子画伯が描く鳥頭クリニックの院長が怒ったり驚いたりしたときの絵にそっくりだ。権現とは仏の仮の姿である。始め蔵王権現はやさしい顔で現れたのだが、日本人があまりに堕落しているので、鬼のような真っ青な顔で現れたのだという。しかし、よく見ると親しみのもてる顔をしている。
鈴木氏が「外務省の役人も優しい顔をすると言うことを聞かないからな。俺も蔵王権現様のような形で現れてやろうか」と言うので、私は「既に十分蔵王権現になっています。ただし外務官僚には蔵王権現の優しさと哀しみがわからないのでしょう」と答えた。
皇子を守った村上氏の祖先
翌朝、鈴木氏は昼過ぎに北海道女満別で用事があるので、午前５時４７分吉野駅発の近鉄急行で京都経由東京に向かった。村上部隊は、南朝の忠臣、村上義隆、村上義光（よしてる）の墓参をした。村上氏の祖先にあたる人々だ。後醍醐天皇の皇子・大塔宮護良親王を村上父子は命をかけて守った。「太平記」巻第七「出羽入道道薀芳野を攻むる事」によれば、１３３３（元弘３）年正月、二階堂道薀に率いられた６万人の軍勢が吉野を攻めた。
父の村上義光は、大塔宮の鎧を着て、偽装し、蔵王堂前の櫓で自決する。義光は腹を切り、内臓を引き出し、櫓の板に投げつける。敵軍が義光を大塔宮と勘違いして首を切り取ろうとしている隙に息子の義隆が宮様を逃す。義隆も戦死するが、大塔宮は生き残るのである。墓参りを終えて、村上氏がぽつりと言った。「優さん、検事が取り調べで私を怒鳴りつけるんだ。『村上〜 貴様は村上水軍の末裔だと言っているが、家系図があるのか。あるなら見せてみろよ。嘘をついて国民を騙してきたんだろう。地獄の閻魔様に代わって俺が貴様の舌を抜いてやる』と怒鳴るんだ。悔しかったよ」南朝の里を訪ねた印象を村上氏は俳句に詠んだ。
花は葉に 吉野の山は 夢の跡
太平記 四本櫻の 蔵王堂
東京に向かう新幹線の中で、村上氏は橿原神宮前駅で買った柿の葉鮨、私は京都駅で買った筍弁当を食べながら、話をした。
「優さん、葉桜だけど、吉野で花を見ることができてよかったよ。昔の人は優雅だったよな。蔵王堂の庭にある四本の桜に囲まれた場所で、宴会をやって、それから勝てる筈のない戦に挑んでいくんだからね。死に場所があったんだよ。うらやましい。私には死に場所がない」
「村上大臣、そんな淋しいことを言わないでください」
「俺は何で生きてきたのか、生きている意味なんかないんだと本当に思うんだよ。私がＫＳＤ（ケーエスデー中小企業経営者福祉事業団、現あんしん財団）から賄賂をもらったという話を作られたことで、国民の政治不信に火がつき、森内閣崩壊への道筋ができた。私は逮捕され、『聖域なき構造改革』を唱える小泉が総理になった。その後、日本国家は内側から崩れていった。１年後には鈴木宗男さんが逮捕された。そして、その次には俺の天敵だった野中も、橋本も、政界を去らざるを得なくなった。野中さんも橋本さんも死に場所を探していると思うよ。鈴木さんは幸せだよ。死に場所を見つけることができた」
「どういうことなんでしょうか」
「檻の中で、鈴木さんも議員バッチを外そうと考えたと思うんだ。巨大な国家権力に勝てないということは、権力の中心にいた者ほどよくわかる」
「鈴木大臣は、自分はバッチを外そうと考えたんだけど、奥様の『悪いことをしたと思っていないならば、バッチを外すな。家も後援会も私が守る』というメッセージが弁護士経由で独房に届いたので考え直したと言っています」
「優さん、それだけじゃないよ。鈴木さんは北方領土のことがあったから、頑張り通したんだ。ここでへこたれ、政界から去ったら、北方領土が永遠に取り戻せなくなると思ったから歯を食いしばったんだよ。それに北方領土交渉の盟友の優さんが獄中で『鈴木さんより先には出ない』と頑張っていたからね。そして勝負に出た。一回目の参議院選挙では敗れたが、衆議院に返り咲いた。もし落選したら、マスコミに袋叩きにされ、復帰は不可能になった。一度、徹底的にマスコミに叩かれた経験がある人は、マスコミがとても恐くなるんだよ。鈴木さんもほんとうはとても恐かったんだと思う。しかし、死に場所が欲しかったんで恐怖に打ち勝ったんだよ。これまでも事件に巻き込まれた後に当選した政治家は何人もいる。しかし、田中角栄（元首相）、藤波孝生（元官房長官）の頭にはいつも刑事被告人という肩書きがついた。これがつかなくなったのは鈴木宗男が初めてなんだ。だから裁判の結果がどうあろうと鈴木さんは北海道の大地で満足して死んでいく」
「死ぬ話は淋しいですよ。生きる話をしましょう。村上大臣の政治家としての経験を記録に残すんです。そして後世に伝えるんですよ。書物は永遠に生きます」「あなたは優しいね。俺は死に場所を得たい。きちんとした死に方をして、天皇様と日本の国と国民のために少しでも貢献したいと思うんだ。吉水神社で、私は後醍醐天皇にもう一度チャンスを与えてください、村上正邦に死に場所を与えてくださいと懸命にお願いしたよ」
村上氏は淋しそうに語ったが、その瞳には蔵王権現のような炎が燃えていた。
（さとう まさる）
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吉野に參拜され死處を得さしめ給へと祈念された御話に涙を禁じ得ませんでした。
村上先生共々、皇國の眞姿顯現のため御盡力を願ひます。小職も微力を盡す覺悟でをります。
「一滴の会」でも佐藤さんが講演をされ、月刊日本に発表されていますね。1/31佐藤氏控訴審判決時の時にこの一滴の会での講演の様子が村上氏といっしょにテレビで取り上げられていました。
●鈴木宗男、佐藤優、村上正邦氏の吉野、後醍醐天皇陵墓詣で (2006/5/1)
http://blog.goo.ne.jp/taraoaks624/e/1b2015b9134dcd4b71afa8df80940d11
●真実無罪(2006/5/2)
http://blog.goo.ne.jp/taraoaks624/e/5b71b47a14232c81b66d71e80bb213b6