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07年の世界はどう動く [共同通信編集委員 石山永一郎] |
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泥沼のイラク戦争
「名誉ある撤退」は不可能
「冷戦勝利宣言」後、永続するかに見えたアメリカの世界支配がゆらぎ、民族紛争、宗教対立など、国際情勢はもつれ、明日の予測すらたたなくなってきています。2007年の世界はどう動いていくのか。日本はどのような外交を展開していくべきなのか。共同通信編集委員の石山永一郎さんに執筆をお願いしました。 |
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南米の反米左派政権
動き強まる可能性も
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アメリカの基地再建はやめよは国民の声だ
(昨年の7.9横須賀集会) |
米国がイラク戦争のツケをいかに払い、「不始末」にどう決着をつけるか。米国の決断に世界の注目が集まっていた中、米ブッシュ政権は2007年1月、「駐留米軍撤退」に向けて高まっていた国内世論をも無視するかのように2万人のさらなる軍増派を決めた。
今やイラク戦争に踏み切ったブッシュ政権の判断とその後の占領政策に対しては、米共和党内や保守的な米市民からも「大失敗」との声があがっている。ブッシュ政権内のネオコン(新保守主義)の中心人物だったリチャード・パール前国防政策委員長でさえ06年11月、米誌バニティー・フェアのインタビューの中で「今日の状態を予測できたら、おそらく別の戦略を検討していただろう」と自らの判断の誤りを認めている。にもかかわらず、ブッシュ大統領は、問題を先送りするどころか、当面、さらにイラクへの関与を深める道を選んだ。
「誰だってそのことは知っていますよ。問題はどうやって手を引くかです」。1963年に非業の死を遂げる前、故ケネディ米大統領は、ベトナムからの撤退を強く勧告したカナダのピアソン首相にそういった。そして結局、ケネディ氏も、後を継いだジョンソン大統領も「いつ」「どうやって」の決断を下せなかった。
人命や戦費など払った犠牲が大きくなればなるほど、戦争遂行者はその代償を求めて泥沼の戦いを続けがちだ。「戦争は始めるのはやさしいが、やめるのはむずかしい」。マキャベリの警句として知られる言葉だ。おそらく、ブッシュ大統領はイラク戦争をめぐる「出口戦略」のジレンマに今後ももがき苦しむとみられる。
ブッシュ政権が選択した道は、2万人の増派とともに米軍が養成してきた新生イラク軍、警察にイラクの治安維持を今以上にゆだねるという方法だが、それが現在のイラクで容易に成功するとはとても思えない。同様の方法はかつてのベトナム戦争で「戦争主体のベトナム(人)化」という形で米国は採用したが、最終的にはサイゴン陥落という形で「失敗」「敗北」に終っている。
06年5月に発足したイラクのマリキ政権下でも、治安の改善はいっこうに進んでいない。06年12月のイラク駐留米兵の死者は118人に上り、国民議会選挙が行なわれた05年1月以来、最悪の数字となった。イラク戦争開戦以来の米兵死者総数は3000人を超えている。
一方、イラクの民間人の死者数をメディアの報道などをもとに集計している英団体「イラク・ボディー・カウント」によると、開戦以来の民間人の死者総数は06年11月末の時点の最大推計で5万2千人を超えた。米国が主導して始めた戦争は米国自身にもイラクにも惨たんたる結果をもたらしている。
「米軍が撤退したらイラクは宗派や民族が入り乱れた内戦状態に陥る」。駐留を正当化する論者は今もそういいつづけているが、実際には現在の状況がすでにその「内戦状態」に近い。反米指導者サドル師が率いる「マハディ軍」、シーア派主要政党傘下の「バドル旅団」など民兵組織の群雄割拠が治安の改善を阻んでおり、スンニ派とシーア派はますます対立を深めている。北部のクルド人もマリキ政権の指導力に強い不満を抱いており、同政権はすでに「死に体」とさえいわれている。もはや米国にイラクからの「名誉ある撤退」の道はほとんどない。
07年は米国の威信の低下、ネオコン的思想の見直し、米国主導の経済のグローバル化の弊害の顕在化などがいっそう進みそうだ。米国内では、民主党が議会の多数派を占めたことで、9・11テロ以来、存在感が薄れていたリベラル派の復権や国際協調路線への転換の動きも出てくるだろう。
「米国の裏庭」といわれ続けてきた中南米では、ベネズエラのチャベス政権に代表されるような反米左派政権による反グローバリズムの動きがさらに加速する可能性がある |
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石油利権からんで紛争続くアフリカ
虐殺にも世界の関心低い
世界が決して忘れてはならないのがアフリカをめぐる諸問題だ。ジンバブエの内戦、ニジェールの飢餓、スーダンのダルフール地方における住民虐殺などへの関心はイラク情勢などとくらべてもあまりにも低い。中でもダルフール紛争が深刻だ。スーダン政府が支援するアラブ系の民兵(ジャンジャウィード)と地域の非アラブ系住民との間に起きている衝突により、非アラブ系住民を中心にこれまでに18万人以上の住民が虐殺されている。この現在進行中の「民族浄化」に対し、国際社会は有効な手だてを打てていない。スーダンのバシル大統領は最近になってようやく、これ以上の虐殺防止のための国連平和維持活動(PKO)部隊の派遣を受けいれる意向を示したが、情勢はなお予断を許さない。
アフリカの紛争の背景としては、原油枯渇の懸念が出始めている中、アフリカがにわかに石油開発の焦点になっていることも指摘されている。アフリカの悲劇に対する世界の沈黙の理由にも「利権」が絡んでいるようだ。 |
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アジアと日本は「冷めた関係」続く
ASEN諸国も好調 中国、インドの成長加速
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防衛省昇格で戦争の危険性
は高まっている |
07年のアジアはどうだろうか。06年を通じて東アジア諸国、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国とも経済指標は一様に好調だった。5%から10%の高い成長率を記録した域内諸国は多く、原油高を懸念材料となって若干鈍るとみられているが、07年もひきつづき成長率は高水準で維持されると予想されている。アジア開発銀行(ADB)は、中国は成長率が9%台から07年は8%台後半に減速する一方、インドは06年の予測値7・6%から07年は7・8%とさらに加速すると予測している。
日本としての課題は対アジア外交だが、中国、韓国、北朝鮮との関係改善で、安倍晋三政権が大きな役割を果たすことはほとんど期待できない。安倍首相には、これまでのところ、自らの歴史認識などを封印し、中国の胡錦濤政権を刺激しない対応につとめているようすが見られる。これにより、「日中関係が小泉政権時代より改善した」との「性急な評価」が出ているが、中国側は首相がどのような歴史観を持つ人物であるかは十分知っており、「いずれ馬脚をあらわす」(在日中国人記者)と指摘する声も多い。具体的には靖国問題がひきつづき、焦点となるだろう。
小泉純一郎前首相が就任直後の2001年10月に訪中した際、盧溝橋での「おわびと哀悼」の表明や歴史認識に関する態度表明を中国首脳は高く評価、中国側は首相が翌年以降、「靖国に参拝しない」と解釈し、前首相に対して非常に好意的な反応を示した。しかし、翌年の靖国参拝で中国側の小泉前首相への対応、評価は一変した経緯がある。
中国側は、友好的な対応を示し続けることで、安倍首相が在任中は「靖国に行きたくても行けない」形に持っていきたいと考えているふしもある。しかし、歴史認識に関しては小泉前首相以上にタカ派で毎年のように靖国参拝を繰り返してきた安倍首相が「靖国の呪縛」を簡単に断ち切れるとも思いにくい。
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歴史認識がネック
安倍首相では無理 日中、日韓関係の改善は
今のところ「在任中の靖国参拝の可能性は薄い」との声が安倍周辺からは出てきているが、小泉前首相のあたかも堂々と「けんかを売る」ような形でなく、「こっそりと」と訪問し、その後に参拝の事実を発表する可能性は残されている。そうなれば、安倍政権がいくら中国首脳と会談を重ねても、外交成果が白紙に戻ることは間違いない。中国共産党にとって靖国をめぐる歴史認識の問題は単なる「外交カード」ではなく、党創立から現在に至るまでの歴史的存立意義にかかわる問題であり、譲歩は期待できない。
人民日報の曹鵬程・東京支局長は「靖国神社についてA級戦犯の合祀だけを問題にしていることが、すでに中国側の最大の譲歩」といっている。本来は中国侵略を現地で直接指揮をしたBC級戦犯の合祀についても、中国は「許せない」という感情を持っているのだ。
対北朝鮮外交も安倍政権下での進展はほとんど期待できない。山崎拓議員の訪朝などの動きはあるが、官房長官時代に拉致問題で強硬発言を繰り返してきた安倍首相には日朝国交正常化への貢献は困難だし、拉致問題での「大転換」がない限り、本人もおそらくやるつもりはないだろう。
六カ国協議に復帰した北朝鮮が何らかの形で国際社会への歩み寄りを示す可能性は残されているが、北朝鮮は対米関係が改善すると、日朝関係改善の意欲を低下させるという過去の「外交パターン」もある。実際、現状の日朝関係はまだ改善への「糸口」すら見つかっていない状況だ。
日本と東アジア諸国との関係を改善しない限り、ASEAN諸国を加えた「東アジア共同体」構想などアジア全体との発展的な関係構築も進まない。アジアと日本は少なくとも政治レベルにおいては全体的に「冷めた関係」が続くのではないか。 |
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現代自動車労組が一時金削減を阻止
韓国最大の自動車メーカー現代自動車の年末一時金をめぐる争議が1月中旬解決した。従来の1・5カ月分を経営側が一方的に0・5カ月分を削減しようとしたため、労組は3週間にわたり時間外労働拒否、ストなどでたたかい削減を阻止した。 |
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石山永一郎共同通信編集委員
*略歴 1957年生まれ。82年、共同通信社入社。名古屋支社、本社外信部、マニラ支局、ワシントン支局などを経て現在、編集委員。著書に「フィリピン出稼ぎ労働者」(柘植書房新社)、共著に「ペルー日本大使公邸人質事件」(共同通信社)「ジャーナリズムの条件ー職業としてのジャーナリストー」(岩波書店)など。 |
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