きょうのコラム「時鐘」 2009年12月22日

 今や日本演劇界の柱ともいえる仲代達矢さんも、終戦直後の十代のころは貧しい勤労夜学生だった。こんな思い出を語っている

ある学校で職員室の使い走りをしていた。よく、教師たちにコロッケを買いにやらされた。仲代さんも腹は空いていたがカネがない。黙ってコロッケを渡すが、だれひとり「お前も一つどうだ」と言ってくれた教師はいなかったという(老化も進化・講談社)

食い物の恨みは恐ろしいというが、これは恨みの話ではない。幸せな人々のすぐ隣に、その小さな幸せにすらあずかることのない者がいる現実の例えであり、自分では気づかない人間の残酷さの話である

クリスマスが近づくと童話「マッチ売りの少女」が繰り返し語られる。豊かな家の窓を見ながら、その影で少女はマッチで体を温め、そして冷たくなっていく。少女は若き日の仲代さんであり、貧しい戦後を生きてきた日本人一人一人の姿だったろう

きょうの冬至からクリスマスにかけての年の瀬は気持ちがざわつき、暗い先にある薄明かりに気がつかない。静かに「窓の外」にも心を向けて過ごしたい季節である。