政府の第2次補正予算をめぐって、「デフレギャップを埋めるには力不足だ」といった論評が多い。このデフレギャップというのは、正確にはGDPギャップで、内閣府の推計によれば、今年7~9月期は-6.7%だ。ここから金額を算出して「35兆円の需要不足」という話がよく出るが、これはミスリーディングである。
GDPギャップという場合、マクロ経済理論では現実のGDPと自然水準の乖離をいう。おなじみのMankiwの教科書を引用すると、YをGDP、Y*を自然GDP、rを金利、ρを自然利子率、ランダムな需要ショックをεとすると、t期のGDPギャップΔYtは
ΔYt = Yt - Y*t = α(rt -ρ)+εt
と書け、この値が負になっている場合にデフレが起こる(αは負の定数)。つまりGDPギャップ(右辺)は、貨幣的要因(第1項)と実物的要因(第2項)にわけられるのである。このうち、金融政策で補正できるのは第1項(金利と自然利子率の乖離)だけで、第2項はコントロール不可能な実物的ショックである。つまり需給ギャップを金融政策で100%埋めることはできないのだ。この点を理解しないで、「通貨を無限に供給すればデフレギャップはなくなる」などという議論が多い。
他方、ニュースで引用される内閣府の潜在GDP推計は生産関数をベースにしており、設備の平均稼働率をもとにしている。通常は統計的な潜在GDPを自然水準と考えることが多いが、厳密には両者は別の概念である。後者が実体経済の需給均衡条件という理論的な概念であるのに対して、前者は供給条件のみから導いた概念で、需要ショックεtは勘案していない。
この違いは現在の日本の状況を考えるとき、重要である。飯田泰之氏のように「現在の日本においてはこの『ギャップを埋める』だけでも経済状態の改善が可能なのです」という理由でリフレを求めるのは、両者を混同している。金融政策で需要ショックを埋めることはできないからだ。実際にどちらの要因が大きいかは不明だが、通常は貨幣的要因より実物的要因のほうが大きいと考えられており、今回の日本でも、外需の激減などのリアルな影響のほうが通貨供給の影響よりはるかに大きい。
つまり「デフレギャップ35兆円」の大部分は負の需要ショックεtと推定され、金融政策でコントロールできないのだ。また自然水準Y*tも低下しているおそれが強く、これはもちろん金融政策ではどうにもならない。実質金利を(負の)自然利子率ρに近づける余地も理論的にはあるが、量的緩和のような非伝統的金融政策の効果は限定的である。
したがって「まずデフレを止めよ」という類の議論には意味がなく、需要ショックを補正する政策のほうが重要だ。この点では、理論的にはクルーグマンのいうように財政出動も正当化できよう。しかしテイラーなども示すように、財政政策の乗数効果は1以下で、特に日本のような補正予算による「にわかケインズ政策」は税金の無駄づかいに終わるだけだ、というのが過去の経験である。
GDPギャップという場合、マクロ経済理論では現実のGDPと自然水準の乖離をいう。おなじみのMankiwの教科書を引用すると、YをGDP、Y*を自然GDP、rを金利、ρを自然利子率、ランダムな需要ショックをεとすると、t期のGDPギャップΔYtは
ΔYt = Yt - Y*t = α(rt -ρ)+εt
と書け、この値が負になっている場合にデフレが起こる(αは負の定数)。つまりGDPギャップ(右辺)は、貨幣的要因(第1項)と実物的要因(第2項)にわけられるのである。このうち、金融政策で補正できるのは第1項(金利と自然利子率の乖離)だけで、第2項はコントロール不可能な実物的ショックである。つまり需給ギャップを金融政策で100%埋めることはできないのだ。この点を理解しないで、「通貨を無限に供給すればデフレギャップはなくなる」などという議論が多い。
他方、ニュースで引用される内閣府の潜在GDP推計は生産関数をベースにしており、設備の平均稼働率をもとにしている。通常は統計的な潜在GDPを自然水準と考えることが多いが、厳密には両者は別の概念である。後者が実体経済の需給均衡条件という理論的な概念であるのに対して、前者は供給条件のみから導いた概念で、需要ショックεtは勘案していない。
この違いは現在の日本の状況を考えるとき、重要である。飯田泰之氏のように「現在の日本においてはこの『ギャップを埋める』だけでも経済状態の改善が可能なのです」という理由でリフレを求めるのは、両者を混同している。金融政策で需要ショックを埋めることはできないからだ。実際にどちらの要因が大きいかは不明だが、通常は貨幣的要因より実物的要因のほうが大きいと考えられており、今回の日本でも、外需の激減などのリアルな影響のほうが通貨供給の影響よりはるかに大きい。
つまり「デフレギャップ35兆円」の大部分は負の需要ショックεtと推定され、金融政策でコントロールできないのだ。また自然水準Y*tも低下しているおそれが強く、これはもちろん金融政策ではどうにもならない。実質金利を(負の)自然利子率ρに近づける余地も理論的にはあるが、量的緩和のような非伝統的金融政策の効果は限定的である。
したがって「まずデフレを止めよ」という類の議論には意味がなく、需要ショックを補正する政策のほうが重要だ。この点では、理論的にはクルーグマンのいうように財政出動も正当化できよう。しかしテイラーなども示すように、財政政策の乗数効果は1以下で、特に日本のような補正予算による「にわかケインズ政策」は税金の無駄づかいに終わるだけだ、というのが過去の経験である。
コメント一覧
潜在GDPの議論は「有り得べきGDPはもっと高いはずだ」という願望と目の前の不況を比べて「だからもっと景気刺激が必要だ」という雑な主張に利用されやすくとても危険です。潜在GDPの議論では、特に(1)自然GDPの背後にあるマクロモデルにどういうロジックを想定しているか分からないと政策手段も選べない、(2)自然GDP自体が滑らかに変化しているという暗黙の前提は誰も実証できない(下方屈折している可能性がある)、(3)内閣府の生産関数は相変わらずコブダグラス型となっているがその妥当性自体がかなり疑問である(本来はディビジア型とか成長会計とかを改良するのがいいが推定が面倒)、などの根本的な問題があります。実務面でも、日銀調統局とESRIでは短期マクロモデル自体、全然別物を作っているのだから本来、両者のデフレ見解が一致するはずもありません。
政府はGDPより鉱工業生産指数を見て判断してるでしょう。自民党政権もその傾向が強かったし、民主党政権になっても同じではないかと思います。
それより亀井、藤井、仙谷の三氏がわけのわからんことしそうなのが最大の不安要素でしょう。補正で菅副総理が亀井さんとかなりやり合ったみたいですけどねw
鳩山総理は普天間で頭がいっぱいのように思います。経済政策はもはや菅副総理が事実上の総理でしょう。私は、菅さんが基準を鉱工業生産指数からGDPに変更するかどうかに注目しています。
本題から離れますが、普天間はあれでいい。国防省よりアメリカ議会の動向を注視すべきです。
ゼネコンや政治家だけが潤うような従来型の財政政策は無効だと思います。同じ財政政策でも、失業者や低所得者層に仕事とお金が廻るようにすれば国民所得は向上するのではないでしょうか。
espadon3142さん、政府が何を指標にして経済政策を行うかによります。鉱工業生産指数よりGDPのほうがましではないかと思いますが、もっとましな指標があるかもしれません。新しい指標を発明するのが経済学者の仕事でもあると思うわけで、それをやらないで「もっと国債を発行しろ」とか「予算の規模をもっと大きくしろ」とか言う経済学者は、弱者の味方のように見えて、すごく不誠実な人たちだと思いますね。
espadon3142さんのいう、失業者や低所得者層に仕事とお金が廻るようにすれば・・・
という意見は「まともな経済学者の出発点」です。危機に際して大きなパッケージを出すことが経済学者の生きがいです。経済学は金儲けの道具ととらえる法学者や政治家がときどきいますけど、彼らこそが複雑な制度を駆使して本当に弱い人を埋葬しているのです。
賃金を下げられるようにすること、職業を変えやすくできるようにすること、負の所得税を導入することが当面のコストのかからない救済策でしょう。ムダな田舎の役所とか利権にまみれた組織がそれらを阻んでいるのです。
まあ、いろいろ手当てが出ても、工学的に設計された人間は思考を変えることができないので、もっとくれもっとくれというんでしょうけど、それからは教育学が出番かもしれません。
線形応答理論。変数Bが変化すると、変数Aも変化するような関係にあるAとBにおいて、変数Aの変化量を、定数項と変数Bの変化量の一次の項のみを用いて近似する理論。変数Bの変化量の二次以上の項は無視する。この線形応答理論は、飽和に近い状態や相転移近傍にある系の挙動を正確に表現するツールとしては役に立たない。今の日本経済は、まさに飽和に近い状態や相転移近傍にある系に類似する。このような経済的な系の挙動を正確に捉える経済学(数学)の構築が必要。その上でなければ、自称経済学者や自称エコノミストは、日本の経済政策に有効な提言は行えないはず。
リフレ派の人は需要はインフレになれば増えるかのごとく考えているように思いますが、有効需要が創出されなければお金はあらぬ方に行って投機に回るだけでしょう。今のところ新興国が持ち直しているので結局外需頼みとなるのかもしれません。ただ、最近は外需で潤った企業が国内に投資しない傾向にあります。そういうお金が国内にうまく回るようにしてもらえればいいと思うのですが。
>hdttad さん
本文中のモデルはその数式だけ見ると確かに線形として記述されていますが、実際にはαやρ、εを他の外生変数から特定する(2)式、(3)式...が含まれるモデルが想定されていると思います。
現在のデフレが貨幣的要因と実物的要因の複合要因で起こってるとするならば、
貨幣的要因に対しては金融緩和、実物的要因に対しては財政出動で対応(つまり財金一体での対応)し、
人為的かつ一時的であってもまずはデフレからの脱却をはかり、
その上で根本原因である自然水準の低下を改善するため(デフレ状況下では効果があがりにくく逆効果になる恐れもある)構造改革(産業構造の転換)を実施するというポリシーミックスが必要ということなのではないでしょうか?
近頃は量的緩和に慎重であるかのように見えた日銀も、とうとうさらなる資金供給を始めたようですが・・・http://www.47news.jp/CN/200912/CN2009121001000468.html
GDP改定値も大きく落ち込んでいるし、追加経済対策にも正直期待はあまり持てません。結局日本はこのまま没落していくのか、赤字国債でツケを先送りにすることしかできないのでしょうかね。
>09,10
池田先生のブログを読んでいるような方が、どうしていまだにこんな見解を述べているのでしょう。日銀はしょせん、金融機関に資金をまいているだけですし、それしか出来ないんですよ。もちろん、植田先生が指摘されるように、日銀が土地でもバンバン買っていけばインフレになるでしょうが、それは財政政策で、国民の代表からなる国会と政府がやるべき仕事!怖いのは、この状況になるとほとんど何も出来ない日銀に無理を言って悪者にして、勝手に満足していると、衰退するこの国を救うことが出来ない、そして痛みから目を背けさせることにしかならないということです。リフレ派の方々には、子供がいないのでしょうか??? もうこういうくだらない議論をするのは止めて欲しい。
必要な政策は金融政策ではなくて産業政策なわけですよ。ところが、産業政策はたいがITと土建になってしまう。食料とエネルギーのほうが重要で、私は、なぜ石炭産業を復興させないのだと言いたい。自民党政権が石炭産業に冷淡だったことは認めますが、民主党政権もまるでダメ。温暖化対策なんかより、日本のエネルギー需要の半分以上を石炭火力でまかなうというくらいの政策が必要です。石炭ルネッサンスは成長戦略にもなると思いますしね。