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世界一幸せなスズキ

2009年12月18日

  • 筆者 大矢アキオ

写真カルロさんと彼の新しい愛車、スズキSX4 1.6リッターの2駆ディーゼル仕様写真価格は17,990ユーロ(約233万円)だが、カルロさんの場合1500ユーロの買い替え奨励金が使えた写真「長身が収まる室内」が、最大の条件だった写真こちらは10年にわたって彼のお供をしたシトロエン・クサラ・ブレーク写真カルロさんのアバルムから。「進水式」の模様

■シトロエンよ、さらば

 知人で年金生活者のカルロさん(70歳)が新車を買った。スズキのクロスオーバー車「SX4」である。4駆ではなく2駆のバージョンで、日本未発売の1.6リッターのディーゼル仕様だ。

 カルロさんが先日まで乗っていたのは、シトロエン・クサラ・ブレークである。10年前、彼が定年退職直後に買ったものだった。「38万キロ乗ったよ」。彼の住居は山中のため、街への食料品買い出しひとつとってもクルマは必需品である。そのため、そこまで走行距離を刻み続けてしまったのだ。

 カルロさんによれば、シトロエンの機関系はまだまだ元気だったのだが、日頃から自家農園で作ったワインやオリーブオイルをフル積載していたのが祟った。後輪のホイールアラインメントのキャンバー角が、気がつけばネガティブキャンバー、つまりタイヤが「ハ」の字型になってしまったという。

 昔の人ゆえ物を大切するカルロさんは、一度は友達のカロッツェリア(板金工場)に応急措置を施してもらったが、やはり完治には至らなかった。

 そうした折、今年からイタリア政府が新たな自動車購入奨励金制度を導入した。経済危機の影響を受けた自動車産業を援助すると同時に、低公害車への買い替えを促すものである。一定条件の下取り車があると、1500ユーロ(約19万5千円)の補助がある仕組みだ。

 古いシトロエン・クサラもそれに該当することがわかったカルロさんは、新車購入を決断した。

■唯一の気がかり

 車種選考の唯一の基準は、身長180センチ以上あるカルロさんが快適に乗れることだった。結果として、トヨタのアーバンクルーザー(日本名ist)とスズキSX4が残った。そして最終的に、「内装がより気に入った」ことから後者に決めた。

ところで、SX4といえば、フィアットにも兄弟車の「セディチ」があるが?

 ボクが質問すると、「お前の国のブランドのほうが、より良いと思ったんだよ」とカルロさんは答えた。イタリア人は、人を喜ばせるのがうまい。

 ただし実際のカルロさんは、ちょっとがっかりしたことがあったという。「本当のメイドイン・ジャパンじゃないんだよ、これ」

 欧州仕様のSX4は、スズキのハンガリー工場で生産されているのである。ちなみに、前述のフィアット・セディチも同じラインで造られている。

 以前、欧州仕様トヨタ・ヤリス(日本名ヴィッツ)のオーナーに、フランス工場製であることを告げて、「嫌なことを言うな、こいつ」という顔をされたのを思い出した。イタリアの日本車ユーザーは、日本の工場製を理想とする人が多い。

 ボクはカルロさんに、スズキのハンガリー工場であるマジャールスズキ社は、すでに生産開始から17年の歴史があること、日本の品質水準を現地工場で維持すべく苦心しているメーカー担当者が必ずいることを解説したが、ご本人は疑心暗鬼だ。

 まあ、世界各地でドイツブランド車が造られていても、「やはりドイツ本国製のモデル」にこだわる日本人としては、けっしてカルロさんを笑えないだろう。

■何でもお祭り!

 それはともかく、カルロさんはすでにディーラーにあったSX4を選んだため、わずか1週間で手元にやってきたという。

 イタリアのSX4にオートマティック仕様はない。だが、この世代の多くのイタリア人がそうであるように、免許取得以来マニュアル一筋できたカルロさんにとっては、まったく苦ではないようだ。

 シトロエンの前にもプジョー405ブレークを10年近く乗っていたカルロさんである。SX4にも最低10年は乗るつもりである。カルロさんが80歳を迎えたとき、SX4は彼の相棒としてどんな姿でいるか、今から興味深い。

 帰り際、「これが祝いの模様だ」と言って、カルロさんは1枚の写真を見せてくれた。友人やご近所さんで集まって、「進水式」を執り行なったのだという。造船所におけるタンカーのごとく、シャンパンの瓶をSX4にぶつけるポーズをとっているのは、その面倒見の良さから近所の人たちが勝手に「シンダコ(村長)」と呼んでいる名物おじさんだ。

 何でもお祭りにしてしまう、カルロさんの陽気さには恐れ入った。同時に、こんなに納車が歓迎されるとは、世界で最も幸せなSX4の1台であることは確かである。

プロフィール

大矢アキオ

歌うようにイタリアを語り、イタリアのクルマを熱く伝えるコラムニスト。1966年、東京生まれ、国立音大卒(バイオリン専攻)。二玄社「SUPER CAR GRAPHIC」編集記者を経て、96年独立、トスカーナに渡る。自動車雑誌やWebサイトのほか、テレビ・ラジオで活躍中。

 主な著書に『イタリア式クルマ生活術』『カンティーナを巡る冒険旅行』、訳書に『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(いずれも光人社)。最新刊は、『Hotするイタリア―イタリアでは30万円で別荘が持てるって?』(二玄社)。

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