「著者に聞く」

著者に聞く

2009年12月18日(金)

理系クンが書くマニュアルが読みづらい理由

『私の夫は理系クン』鼎談・その1

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 この人とは思考や行動、視点がまったく噛み合わない! なぜだ? という現象、どなたもご経験おありと思う。同様に、製品の仕様、販売の現場、サービスについて「いったいなんでまたこうなるんだ」という経験も然り。作り手と買い手のコミュニケーションのギャップはなぜ生まれるのか。それを解く鍵はどこにある? ・・・という大テーマを、今回は極めてライトに考えてみたい。

 お相手は『ワタシの夫は理系クン』を上梓した渡辺由美子さん。「自分が結婚した相手は、もしかして変わっているのでは・・・」という、ありがちといえばありがち(?)な悩みを、旦那さまの思考法を「理系クン」と名付け、解析し、コミュニケーション方法を編み出すまでを抱腹絶倒で描いた快作だ。

ワタシの夫は理系クン』(渡辺由美子、NTT出版)

 この本で展開されるテーマを、自らも「理系クン」だと自覚する福地健太郎さん(科学技術振興機構 研究員)、そして「名乗れるほどハイレベルじゃないけど、他人事とは思えない」と自覚する当サイト編集者の私が、筆者の渡辺さんに冷静に突っ込みつつ分析する予定だったのだが、途中から「どうして僕らはこうなんでしょう」「どうすればもっと話を分かってもらえるのでしょう」と、悩み打ち明けモードになってしまった。それはそれで、ひとつのギャップを明示するかと考え、ほとんどそのまま公開したい。

 なお、今回の鼎談では、渡辺さんの旦那さま、並びにそれに近い視点・行動様式の方を「理系クン」と呼ばせていただくが、これには「理系」「文系」のレッテル貼りや、例えば理科系大学出身者を一様にこうだという決めつけを行う意図はない。また、渡辺さんの意見が、たとえば女性・文系一般を代表する、というわけでももちろんない。過度な一般化に読めるとしたら、それは、個別の体験から一般化できる要素をすこしでも引き出せないかと努力したが、力不足を隠せなかった箇所である。なにとぞご容赦頂きたい。

【プロフィール】
福地健太郎:インタフェースデザイン研究者。科学技術振興機構ERATO五十嵐デザインインタフェースプロジェクト研究員。渡辺由美子:アニメ・コミックをフィールドにするカルチャー系ライター。当サイトで「アニメから見る時代の欲望」を連載中。山中浩之:日経ビジネスオンライン編集委員、渡辺氏の担当編集。


(日経ビジネスオンライン 山中)

山中 『ワタシの夫は理系クン』面白かったですよ。理系クンの夫さん(以下、理系夫さん)と渡辺さんの思考のギャップが至る所に感じられて。

福地 僕なんかは、なるほど僕たち理系クンというのは、世間からはこう見られているのかというぐあいでした。理系夫さんにはすごくシンパシーを感じますね。

渡辺 ありがとうございます。うちの夫にシンパシーを感じていただけるというのも、なんというか微妙な気持ちですが……。というのは、ふだんから夫は、私から見ると不思議な言動が多いと思っているもんですから。

「全ての情報を提供することが、『親切』です」

山中 私なんかはいわゆる「理系」じゃないけれども、うなづくところが大いにあったわけですが。

渡辺 そうですか? 私が天気予報が「晴れ」と言っていたから傘を持たずに出かけて、帰りに雨に降られてしまったときに、玄関先で「雨に降られちゃったよー」とびしょぬれのまま愚痴を言ったら、夫は「この季節の天気予報はアテにならないからね」と返してきたんです。いや、そうじゃなくて! まず「大変だったね」と“いたわりの言葉”をかけるのが普通でしょうと思ったんですけど。こんなことうちの夫以外もするんでしょうか。

山中 ああ、まず「私の気持ちを汲んで共感してほしい」でしたよね。

渡辺 そうなんです。それで、あとで夫に、どうしてそんな冷たい言い方をしたの? と聞いたら、「天気予報も時期によってはアテにならないという、“情報提供”が親切だと思った」ということでした。全ての情報を提供することが、最大の親切なんだ、って。

福地 ああ、わかります。「選択肢があるときは、全部言ってほしい」ということですよね。

渡辺 え、そうなの?

福地 「全ての情報を提供するのが親切」。それは僕も思いますよ。

渡辺 夫だけじゃなかった。「理系クン」的な方々の性分なんでしょうかね……。誠実なんだろうけど、空気読んでないよねって。

福地 まあ、空気は読むものじゃなくて吸うものですからね(笑)。

すべてを理解したい、させてあげたい

福地 いわゆる「理系」とのコミュニケーションでもっとも不満を招くのは、機械についてくるマニュアルじゃないでしょうか。

渡辺 マニュアル。『ワタシの夫は理系クン』でも取り上げたんですけど、我が家でもよく話題に上りますよ。私にはなぜだかマニュアルは読みにくい。夫はそんなことないみたいですけど……。

福地 本来なら、マニュアルは開発側とユーザーのギャップを縮める手段なんだけど、そのマニュアルがギャップの象徴みたいになっていますよね。とても大きな問題です。

渡辺 すごく不思議だったんですね。どうして私が読みこなせるマニュアルが少ないのか。電子レンジを買ったとき、「レンジで温める秒数を自分で決めるにはどうすればいいの?」という基本中の基本の所を探していたら、一向に出てこなくて。最初に「加熱の仕組み」から始まって、それぞれの部品の説明、温めボタン+(プラス)で20秒温まります、とか書いてあるわけ。ええっ? 毎回足し算して決めなきゃいけないの? と焦っていたら、マニュアルの最後のほうになってようやく「ダイヤルを回して秒数を決める」が出てきたんですね。もう倒れそうでした。

福地 機械を開発する側と、それを使うお客さんの間には、機械に対する考え方に大きなギャップがあるんですね。僕の研究分野である「インタフェースデザイン」の研究でもよく話題になるんですけれども。

渡辺 さっき言った「すぐに使いたい機能の説明が、わかりにくいところに埋もれている」という事態はどうして起きるんでしょう。

福地 やっぱりそれも「全部を説明したい」という理系クン的な――開発者側の性分と関係あるんではないでしょうか。

 例えば洗濯機を作ったら、開発側から見ると、今回はこういう改良を施していて、こんな新しい機能があって、今までより便利なこういう機能も付いて、しかもコストダウンしました、と。そういうことが全部分かっている。けれども、お客さんから見ると、「洗濯マシン」でしかなくて、ここに世界観の大きなギャップがあるわけ。

渡辺 あれ、ちょっと待って。洗濯マシンじゃないの? 技術者さんは洗濯機をどう考えているの。

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著者プロフィール

渡辺由美子(わたなべ ゆみこ)

1967年、愛知県生まれ。椙山女学園大学を卒業後、映画会社勤務を経てフリーライターに。アニメ・コミックをフィールドにするカルチャー系ライターで、作品と受け手の関係に焦点を当てた記事を書く。男性と女性の意識の差を取材した記事も多い。著書に「結婚ってどうよ!?」(岡田斗司夫氏との共著)ほか。

山中 浩之(やまなか・ひろゆき)

日経ビジネス、日経クリック、日経パソコン編集などを経て、2006年2月から日経ビジネスオンライン副編集長

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