2009-12-11
福岡市長不信任案
以下、転送&転載歓迎!!!!
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本議会は、福岡市長吉田宏君を信任しない。
以上、決議する。
平成 年 月 日
福岡市議会
理 由
第1は、吉田市長が重大な公約違反を犯していることであります。
周知の通り、一昨年の市長選挙での吉田市長の公約は「こども病院の人工島への移転計画を見直します」というものでした。当時の山崎市長が市立二病院の統合・人工島移転を推進していたため、患者家族のみなさんをはじめ多くの市民が移転中止を期待したのは当然であります。
ところが吉田市長は、前市長の方針を見直すどころか継承、継続し、同じコンサルタント会社に調査業務を委託して恣意的な報告書を出させ、また費用試算の勝手な上乗せまでして、「人工島移転が最適」との結論を導いたのであります。名ばかりの「検証・検討」で人工島移転を着々と進めてきた吉田市長のやり方は、まさに市民を愚弄する、卑劣極まるものであります。吉田市長の公約違反は誰の目にも明らかであり、「裏切りだ」「うそつきだ」との厳しい批判の声が市民の間で大きく渦巻いているのであります。
それにもかかわらず、吉田市長は「新病院基本構想案」を策定して、今議会に関連補正予算案を提出し、本日にいたるも撤回しようとしておりません。
吉田市長は、「大胆に見直す」と公約していた人工島事業についても、埋め立て事業と巨額の税金投入による破たん救済を推進し、2年連続で200億円を超す予算を充てております。こども病院移転を起爆剤にして公共施設建設やインフラ整備など人工島開発を進めることを狙い、また人工島への企業誘致に一社最大10 億円の立地交付金の投げ渡しまでしようとしています。さらに「厳しく見直す」と公約していた大規模開発についても、市長策定の「グランドデザイン」では歴代市長が旗印としてきた「アジアの交流拠点都市」づくりの継承を打ち出し、新都心構想や九大学研都市構想などムダな大型開発を進めようとしているのであります。こうした背景に、博多港開発の融資銀行である福岡銀行に政治資金パーティー券を購入してもらっていたこと、自身の誕生日に地元財界幹部と宴席をともにしていたことなど、吉田市長と財界との関係があることを指摘せざるを得ません。
吉田市長の公約違反はこれにとどまらず、「中止する方向で見直す」と公約した公立保育所民営化は推進へ、「小学校全学年で早期実現」と公約した35人以下学級は今年度拡充せず、「留守家庭子ども会の無料化」も実現しませんでした。また、高齢者や障害者に対する公共料金等の負担軽減措置も公約に反して実施されていません。
そもそも政治家の公約とは有権者との約束であり、公約違反は自身の存在意義をも問われる重大問題であります。その公約が、いとも簡単に破られることに市民が怒るのは当然です。しかも、吉田市長が公約違反を指摘されても、何ら反省することなく開き直っていることは、市民の怒りの火に油を注いでいるのであります。重大な公約違反を繰り返す吉田市長に市長たる資格のないことは明白であります。
理由の第2は、吉田市長が市民を無視する姿勢をとり続けていることであります。
こども病院の人工島移転について言えば、圧倒的多数の市民が反対しています。市議会へ提出された請願署名は9万7,000人、市長宛の陳情署名は8万 3,000人、総計18万を超えています。これは市長の得票数である17万 7,000をも上回る規模であります。自民党市議団のアンケート調査でも反対が83%に上っています。
ところが吉田市長は、こうした市民の声に全く耳を傾けようとしていません。昨年の「検証・検討」における市民意見募集では人工島移転反対の意見が多数だったものの無視しました。今年 7月に開いた市民説明会及び患者家族説明会では反対意見ばかりだったのに、これも無視しました。まるで理解しない市民が悪いと言わんばかりです。
さらに、医療関係者や患者家族などが、交通アクセスや療養環境、医師不足などの問題があるため人工島移転では子どもの命が守れないと切実な声をあげているにもかかわらず、全く聞こうとしない市長の態度は異常の極みであります。小児科医師や産婦人科医師など専門医師が繰り返し反対意見を申し入れても、市長は会おうともしていません。患者家族から要請されて初めて市長も説明会に出席しましたが途中で打ち切り、これ以上聞いても溝は埋まらないとして事実上の最後通告を突きつけたのであります。
吉田市長は、山崎前市長の市政運営を「市民の手から遠く離れたところで何もかも決まってしまう」と批判していました。そして「『聞く』ことは私の政治姿勢そのもの。政治にとって一番大切なことは、なによりも有権者に嘘をつかないことです」「聞く耳を、聞く心を持たない市政はもう終わりにしよう」と訴えていました。その吉田市長が豹変したわけですから市民の怒りは当然です。市政に対する市民参加の重要性が叫ばれている今日、市民意見を聞くことさえまともにできない吉田市長にこれ以上市政運営を任せるわけにはいかないのであります。
以上の理由から、吉田市長の責任は重大であり、市民の市政に対する信頼回復は望めません。よって、市長としては不適格と判断し、ここに吉田市長の不信任を決議するものであります。
2009-11-29
第1回六本まつり〜このまちが好きやけん!〜
告知 |
☆以下、転送・転載歓迎☆
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第1回六本まつり〜このまちが好きやけん!〜
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みんなにとって六本松ってどんなとこですか?
そんなことを考え、表現し、共有できる場をつくります。
ひとりひとりがこの問いに答えることが、
よりよいまちづくりにつながると思います。
そのために、まずは手作りの祭りから。
それぞれが思い描いている六本松を教えてください。
◆日程:12月6日(日)
◆時間:12時〜20時
◆会場:草ヶ江公民館、六本松2号公園、そのあいだの路上、九大正門前(灯明のみ)
◆企画:灯明製作&ウォッチング、六本松を語リレー!、みんなの六本まっぷ作り、参加団体によるパフォーマンス・ワークショップ・模擬店、路上お絵かき
◆参加アーティスト・団体(五十音順):
○ アコースティックギターサークル unplugged
○ ガイドボランティア 風車
○ かしはらホーム
○ 九州大学ストリートダンスサークル ATP
○ 九州大学留学生会
○ 工房 陶友
○ 国際協力サークル RICK
○ ジャストダンススタジオ
○ 鈴木さん&末広さん(劇団風の子)
○ 高井工房社
○ ビッグイシュー福岡サポーターズ
○ 身近に図書館がほしい福岡市民の会
○ 路上詩人セージ
○ 六本松九大跡地を考える連絡会
○ AFRIコモ
○ ASTORIA
○ Fukuoka Really Really Free Market(FRRFM)
○ Pek・ぺく
○ puja(プージャ)
*参加アーティスト・団体の詳しい情報はこちらから!
http://ropponmatsuri09.web.fc2.com/
当日お会いできるのを楽しみにしてます!!
☆当日スタッフが不足しており、ボランティアを募集しています☆
全体の手伝いまたは灯明のスタッフとしてご協力頂ける方は、
【問い合せ】までご連絡下さい♪
※雨天の場合※
全てのプログラムを公民館内に移します。っていうか、晴れます。いえ、晴れました。
【主催】第一回六本まつり実行委員会(六本松が大好きな有志)
◆第1回六本まつりを知る!
HP: http://ropponmatsuri09.web.fc2.com/
blog: http://ropponmatsuri09.blog104.fc2.com/
問合せ: roppon_matsuri@yahoo.co.jp
2009-11-17
Attac!
音楽 |
- アーティスト: Various Artists
- 出版社/メーカー: Attac
- 発売日: 2004/05/17
- メディア: CD
- Amazon.co.jpで詳細を見る
Manu Chao とか The Skatalites とか、やばい!!ってか他もやばい!!いままで使ったことない被知覚態をつくりやがるー!!あひあひ言うごと気持ちよかー!!!!
1. La Trampa
2. Police On My Back (Live)
3. Le Poison
4. Lost In The Supermarket
5. I Wanna Be Free ( Live)
6. Freedom Sounds (Live)
7. Dancing Shoes
8. Francafrique (Dub Version)
9. Trompettes
10. Baba (Acoustic Version)
11. Falling (At Jazz Dub)
12. Wives Of Farmers
13. Afterlife
14. Karmcoma (Portishead Experience)
15. The Strangler
The Philistines "Free the P"
音楽 |
- アーティスト: The Philistines
- 出版社/メーカー: Raptivism
- 発売日: 2006/07/18
- メディア: CD
- Amazon.co.jpで詳細を見る
アラビア語のラップはいぱーかっこよい。free the p, yo.
1. Arabifunk
2. No Compromises
3. Free Palestine
4. Free the P
5. I.R.A.Q. (Illiam's Relic Ancient Queen)
6. Strike
7. Moot
8. Terrorism Blues
9. Headphones Dummy
10. 4th Branch
11. Door [Live]
12. Habaybi
13. Born Here
14. Watermelon Chunks
15. P2P
16. Pollution
17. Trouble
18. Reality
19. Asian MC
20. Inner City
2009-11-16
野矢茂樹『無限論の教室』
- 作者: 野矢茂樹
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1998/09
- メディア: 新書
- 購入: 11人 クリック: 30回
- Amazon.co.jpで詳細を見る
タジマ先生に言わせれば、線は点の寄せ集め(これを先生は「寄せ集め解釈」と言っていた)ではない。点から線が作られるのではなく、むしろ線から点が作られる。まず、線があり、任意の箇所でその線を切断する。すると、その切り口として点が作られる。(「切り口解釈」)。―p. 30-31
寄せ集め解釈は、線分には無限個の点がすでに存在していると考えます。それに対して切り口解釈の方は、あくまでも可能性としての無限しか考えません。線分を切断すれば点が取り出せる。そしてそれはいつまでも続けていける。その可能性こそが無限であり、その可能性だけが無限だと言うのです。無限のものがそこにあるのだと考える立場から捉えられた無限は『実無限』と呼ばれ、可能性としてのみ考えられるとされる無限は『可能無限』と呼ばれます。実無限派にしてみれば、可能無限などは本物の無限ではありませんし、可能無限派にしてみれば、実無限などは妄想の産物にすぎません。無限が完結した実体として存在するなど、可能無限派にしてみれば混乱し矛盾した概念でしかないのです。」―p. 33
「実無限と可能無限を最初に区別したのはアリストテレスなのですが、彼は、可能無限を時間上に限りなく展開していく無限として、実無限を同時的に存在する無限として説明しています。そしてアリストテレス自らは可能無限の立場に立つのです。[...]」―p. 33
「有限主義というのがあります。これは有限のところで頭打ちにしてしまって、可能性としての無限も考えないんですね。可能無限の立場は有限主義とは異なります。天井知らずの有限主義と言ってよいかもしれませんが、あまりうまい言い方とも思えません。展開の果てしなき可能性、それこそが無限だと考えるのです。」―p. 34
「トーモロコシから粒を取り出すようなことなら、あらかじめ粒がついていなければ取り出せませんね。しかし、大理石の塊から彫刻を彫るとき、その彫刻はすでにその大理石の内にあったのでしょうか。これはつまり、取り出すのではなく、作り出すわけですね。線分から点を切り取ると言ったのも彫刻の場合と同じようで、埋まっているものを拾いだすのではなく、作るのです。大理石の塊はそこから姿を切り出してくる無限の可能性を秘めています。しかし、そこにすでに考える人が埋まっていると考える必要はない。実無限の立場を前提にしなくても、可能無限の立場は自立できると思います」―p. 37-38
原一男『ゆきゆきて神軍』
映画 |
- 出版社/メーカー: GENEON ENTERTAINMENT,INC(PLC)(D)
- 発売日: 2007/08/24
- メディア: DVD
- 購入: 3人 クリック: 45回
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いや、おもろすぎ。すさまじいドキュメンタリーすね!!Amazon.co.jpの紹介文は「今村昌平企画、原一男監督による異色ドキュメンタリー。天皇に向けパチンコ玉を撃った過去を持ち、過激に戦争責任を追及し続けるアナーキスト・奥崎謙三。そんな彼が、ニューギニア戦線で起きた疑惑の真相を探るべく、当時の上官を訪ね歩く姿を追う。」
「難民」——<出来事>をナショナルな歴史/物語として、決して領有しない者たち。人間が<出来事>を領有するのではなく、<出来事>が人間を領有する、そのような<出来事>を生きる者たち。<出来事>の記憶を「物語」として領有するのではなく、<出来事>として分有するのは、この、難民的生を生きる者たちだけだ。<出来事>の記憶の分有の可能性とは、私たちが「難民」に生成すること、難民的生を生きることなのである。—岡真理『記憶/物語』p. 112
【引用】
祝いの席にて、
「前科三犯でございます。つまり、今日の結婚式は、花婿と媒酌人が共に反体制活動をした前科者であるが故に実現いたしました類まれなる結婚式でございます。」
奥崎を警戒する警察官らに向かって、
「えぇ?貴様ら。えぇ?ロボットみたいなツラしやがって。人間の顔かそれは。人間のツラひとりもしとらんじゃないか。天皇ヒロヒトと同じだ。ロボットと同じだきさまら。命令と法律に従うだけだ。悔しかったらやってみろなにか。人間なら腹立ててみろ。俺は腹立ってんだ。」
事件に関わった元上官に向かって
「私は日本の軍隊でね、誰よりも上官を殴ってきたわけです。わたしは。」
佐々木昭一郎『創るということ』
読書 |
- 作者: 佐々木昭一郎
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2006/12
- メディア: 単行本
- 購入: 1人 クリック: 2回
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"omnea mea porto a cum"(私は持てるものの全てを、持ち運ぶ)
先日、佐々木昭一郎の講演会&映像作品の上映会に行った。彼の作品や言葉は、すごく優しい。クレーの天使みたいに。ゴッホの靴みたいに。パンクロックみたいに。
こんな映像作家が日本におったとか全然知らんかった!!遠藤利男による前書きも良かった。講演の中で痛烈に批判していた「広告と管理」とどう闘ったのか、垣間見える気がする。「意味」や「メッセージ」を破壊することで、脱商品化された映像の豊かさを引き出そうとした。んだと思う。
【引用】
「夢をあきらめちゃいけない」なんていう有名人、なぐりたくなる。みんな夢をあきらめて生きてるんです、ほとんどの人が。あきらめを知り、じっと川面を見つめる人……こういう人に「夢をあきらめるな」と言葉で説教するのはダメだ。言葉にするな、と言いたい。—p. 16
ぼくは今のテレビドラマをとりたてて批判するつもりはないんだけど、ただ、目をつむって聞いてみると、言ってることが、みな”文章”です。それはたぶんステージから派生してきてそうなってるんだと思うけれど、あまりにも説明しすぎというか、自分の身の上、他人の身の上まで、とにかく何でも説明してしまう。それは、人間の意志伝達の基本ではないとぼくは思うんです。だから、ぼくは、「私は悲しい」とか「私はうれしい」なんて、決して言わせない。人間は悲しくたって笑ってることもある。それを演劇だからといってことさらわからせる必要なんてない。—p. 22-23
「歩く」ということにしても意味を付ける必要はない。「立つ」ということにも意味をくっつける必要はない。意味をつけたら論文が歩いているようなものです。—p. 28
演繹的にだらだらと人類の不幸を自分一人だけが背負っているかのような社会的背景を前面に押し出してくる作品は、ドキュメンタリーでもドラマでもなく、作品以前でしかないと思う。「私たちは……」という全人称では、表現にはならないんです。—p. 30
いまは、世の中全体にコマーシャル主体でしょう。どうしてもわかりやすく、ストーリー性の目立つものでないと受け入れられない。—p. 35
すぐれた小説は、苦しみを与えるね。—p. 49
頭の中に浮かんで字に書いたものって、生きてないんだ。—p. 87
よく大人は、若い人を説教する時に、今の若者はダメで昔はよかったっていうけど、あれは嘘なんだ。今の若い人もやがて年をとったら、自分たちの記憶を、大事に持つと思うんだね。—p. 144
Notice
Persons attempting to find a motive in this narrative will be prosecuted; persons attempting to find a moral in it will be banished; persons attempting to find a plot will be shot.
By ORDER OF THE AUTHOR
per G.G., CHIEF OF ORDNANCE.—p. 189
ぼくは、だらだらと歴史の悲しみを伝えるレアリズムは、塗り絵に着色するに等しいと考えています。登場人物の奥に物語を隠し、レアリズムを超えるのがぼくの方法論です。「時間」(歴史)を潜り抜けて、苦しみをペーソスに転化させ、陽気に振舞い、微笑を浮かべる人びとを創造したかったのです。—p. 200
諸富徹『環境』
- 作者: 諸富徹
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2003/10/18
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
- クリック: 1回
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よーまとめとーばい。もうちょっと深く抉(えぐ)ってほしかったかも。
【引用】
カップの主張は次の点でピグーと異なっている。つまり彼は、社会的費用が新古典派で暗黙に想定されているように偶発的で例外的な現象ではなく、むしろ現代の経済システムにとってそれが常態であること、そしてそれはますます累積する傾向にあることを強調しようとしたのである。—p. 12
生態系は基本的に系内で発生したエントロピーを不断に系外に捨てることによって物質循環を維持する開放定常系としての特性を持っている。しかし、その処理能力を超えるエントロピーを人間界が自然界に放出し続ければ、いずれは自然界の同化・吸収能力は破壊され、生態系の危機にいたる。—p. 14
「どのような生き方をしているのか」「どのようなあり方をしているのか」を問おうとすれば、財・所得を用いて機能を発揮し、それによって効用を得る一連の過程そのものを評価することが必要である。まさにこの点を議論するためにセンが導入した概念こそが、[...]「潜在能力」概念である。潜在能力とは、財や所得を用いて、それを様々な機能へと返還する潜在的な可能性の集合だということができる。—p. 37
支店経済となってしまった地域にとって深刻なのは、意思決定がどこか他の地域で行われ、その指令によって動かなければならないことである。支店を指揮する人々は、その地域に特別な愛着を持たず、たまたま転勤でそこにいるだけかもしれない。しかもその地域は、企業にとって数多くある支店立地の一つでしかなく、特別な配慮は一切なされない。—p. 93
投資が無形性を帯びてくるということは、これまで「投資」とは考えられなかったような政府活動までが、投資とみなされるようになることを意味する。端的な事例として、「まちづくり」を挙げておこう。[...]これまで「規制」は経済活動の邪魔であり、撤廃すべき対象と考えられがちだった。しかし、競争を制限するのではなく、むしろ中心街区における適切な競争を組織する形でルール設定が仕組まれるのであれば、中心街区の価値を引き上げる極めて効果的な「投資」行為になる。ここでは「規制」をかけること自体が、中心街区の価値を引き上げるための「投資」行為だと解釈されうる。—p. 110
2009-11-15
丸山 宏『近代日本公園史の研究』
卒論 |
- 作者: 丸山宏
- 出版社/メーカー: 思文閣出版
- 発売日: 1995/02
- メディア: 単行本
- Amazon.co.jpで詳細を見る
公園成立の流れを知るにはまずはこの本がいい。公園が、近代以降いかにして多様な「場」を生産する工場として機能してきたかが描かれている。また、工業化に伴う都市問題を背景とした欧米の文脈と、地租改正を背景にした日本の文脈との差異は重要である。しかし、筆者の述べる「私的所有侵害を認める例外としての公共空間」という単純な図式では捨象される部分が大きい。公園というのは、近隣の資産価値決定に寄与する要因になる。例えば、「みんなのものである公園をホームレスが私的に占拠するのはおかしい」という公共性に依拠したホームレス排除は、実は「汚い人のいない公園を持つ快適なコミュニティーに住みたい」という私的権利の要求によるかもしれない。そこでは、公/私ではなく私/私を巡る、どのような私的権利を優先させるべきかという議論が重要になってくるのではないか。D. ハーヴェイの議論にもつながるかもしれないが、公共空間と私的空間との相補性を見逃すべきではない。
他にもあったけど、延滞しすぎてバタバタ返却したけん、忘れた。
【引用】
近代以前、美術は芸能として個々人がたしなみ、あるいは教養として身につけ、自己のものにすることが理想とされていたが、「今はそれを離れて、各人をマッスとして、それに共通に与へられる、『公共』美術となった」と。—p. 9(「」内は長谷川如是閑)
公共空間の創設は、私的行為を相対化させ、平準化させる機能を発揮した。すでに述べてきたように"公園"という公共空間の創設が都市に与えたインパクトは、為政者によって”公共”の名のもとにつくられたものであっても、それが社会化する過程で多様な展開を見せたことは留意されなければならない。公園が公共空間として日常的な、あるいは政治的な、また啓蒙的な存在として、多様な"場"を提供してきたのは近大都市文化の特色のひとつといえよう。—p. 10
土地を租税の対象とする以上、その属性を地目によって分類することは必然であった。—p. 21
地所名称区別により土地は皇宮地・神地・官庁地・官用地・官有地・公有地・私有地・除租地の八種目に区分され、地券発行の有無、地租・区入費(地方税—丸山注)負担の有無などが明示された。—p. 26
「公園地」は官有地に含まれた。—p. 26
日本においては欧米と異なり都市構造の改変にともなって法制化がなされたものではない。それはすでに述べたように地租改正を射程にした土地政策とかかわるものである。—p. 47
近代的な土地制度はその所有権を絶対のものとみなすことにより成り立っているわけであるが、唯一その例外として公共の利益のためには私有財産の侵害を認めているのが、いわゆる公用収用の制度である。—p. 163
市域拡張にともない、土地区画整理が励行される一方で、その代償に生産緑地である都市近郊の農地を減少させたことも事実である。図式的にいえば地主階級は土地区画整理を機に土地を商品化の対象とし、一方で小作人は彼らの労働の場を奪われることを意味する。—p. 216
公園留保取得を可能にした土地区画整理は、制度的には農村発展を目的とした耕地整理法を準用することによりはじまり、結果的には"耕地"を消滅させ、逆に都市側の論理を展開したものとなった。—p. 217
明治二十九(一八九六)年の公園稟申にある「衆人娯楽ノ為メ遊歩ノ場所ニ乏シキヲ以テ」とは通過客を園部に降ろし、対流させるための観光施設の必要性を述べたものである。園部城址の公園化はそれを具現したものであった。しかも郡役所、公会堂、裁判所などが集中している地区において、船井郡第一の都会、園部の"顔"としての公園設置は必要条件であったといえる。—p. 240
DJ Spooky "Creation Rebel"
音楽 |
- アーティスト: DJ Spooky
- 出版社/メーカー: Trojan/Sanctuary
- 発売日: 2007/10/16
- メディア: CD
- 購入: 1人 クリック: 1回
- Amazon.co.jpで詳細を見る
反逆者は、溢れ出る肯定のためにこそ敵を欲する。そんな音楽のルーツを教えてくれる。ってかまー聞けば分かる!!
1. Creation Rebel: Popcorn/Dubbing with the Observer/Wolf in Sheep's Cloth
2. Mr. Brown [Remix]
3. Revolution Disco Dub: Revolution Dub/Disco Dub
4. No No No [Remix]
5. Dis Poem Burns Babylon: Under Tight Wraps
6. Under Mi Sensi [Remix]
7. East of the River Nile : One Armed Boxer [Remix]
8. Dis Poem Burns Babylon [Version 2]
9. Freedom Reign [Version]
10. Soul Rebel [Remix]
11. Under Mi Sleng Ten [Remix]
12. Mr. Brown [Acapella]
13. Babylon Burning Dub
14. Dub of the Traveller [Bonus Beats]
MATSURIQUOTE(2)—Kenya Hara
人間は極めて旺盛に世界を感知しようとしている感覚の束である。目や耳や皮膚などを感覚受容器などというが、これはいくぶん受け身なイメージで感覚器官を捉えすぎた言葉である。人間の感覚はもっと積極果敢に世界に向かっている。それはレセプター(受容器)というよりもさらに意欲的で能動的なオーガン(器官)である。目に見えない無数の触覚を脳からのばして世界をさぐっている。—原研哉『デザインのデザイン』p. 69
じゅうじゅうと焼けている肉に対するよだれは味覚的な反応である。五感全体でよだれを出すという反応を誘うには、どのようなデザインが可能か。—p. 83
白が白いのではない。白いと感じる感受性が白さを生んでいる。だから白を探してはいけない。—p. 213
コミュニケーションというのは、意思の疎通をはかることで、一方的に情報発信をすることではない。[...]しかしすべてが一様にその方法に準じる必要はない。メッセージではなく空っぽの器を差し出し、むしろ受け手の側がそこに意味を盛りつけることでコミュニケーションが成立するという場合もある。—p. 241
「知らせる」のではなく「いかに知らないかを分からせる」。そういうコミュニケーションは可能ではないか。「いかに知らないか」が把握できれば、それを知る方法はおのずと見えてくる。ソクラテスの言う通り無知こそ力である。「知る」にたどり着く方法は無数にあり、そこにどうやってたどり着くかはむしろ個人の問題に帰する。これまでのコミュニケーションの手法をまるで逆転させる発想である。僕はこの方法を「インフォメーション(Information)」と対をなす概念として「エクスフォーメーション(Exformation)」と呼んでみることにした。"In"に対して"Ex"。"Inform"に対して"Exform"。すなわち「知らせる」のではなく「未知化する」ための情報のかたちや機能を考えてみたいのだ。— p. 376