稀代の若手スペイン研究者、古屋雄一郎さんが贈るエンターテインメントなエッセイ。映画、演劇から芸術、歴史まで、独自の世界が繰り広げられます。


Vol.1 ジャパニメーションは大人気


 宮崎駿の『千と千尋の神隠し』がベルリン映画祭で金熊賞を受賞しました。三大映画祭でアニメ作品がグランプリに輝いたのは史上初です。〈ジャパニメーション〉と呼ばれる日本のアニメや漫画はスペインでも大人気です。

 アニメはスペイン語でdibujos animadosと言います。ただし日本のアニメはanimeで通じます。また漫画はcomicですが、日本製のものはmangaと言います。mangaといえばもともと「袖」という意味の女性名詞。ただし「漫画」という意味で使われるときは男性名詞扱なで、冠詞をつけるときはun manga, el mangaとなります。

 スペインのコミック雑誌で代表的なものは25年の歴史を誇る "el jueves"。「木曜日」という意味ですが発売日はなぜか毎週水曜日。なんとも人を食ったタイトルです。

 日本のコミック雑誌と違うのは、なんといっても、政治や社会の風刺から子供向けのコミック、成人向けのコミックが一緒に掲載されていること。社会風刺では「同性愛と教会」がカトリック教会のタブーを鋭く描き、政治風刺ではアスナール首相を徹底的にからかった「アスナール首相のストレス発散」(El Antiestrés de Aznar)があります。

 成人向けのページには、色情魔の日本人の女の子が主人公の「ヨーコ」(Yoko)(作者はスペイン人)、1920年代が舞台のハードコア・ポルノ「シッカ」(Cicca)、売春婦クララのソフトコア「夜のクララ」(Clara de la noche)などがあります。

 人気の日本作品は…

 でも、"el jueves"でいちばん人気があるのは、兵役制度を暢気にからかった「トホホの兵役」(Puta Mili)。登場する若者たちはどいつもこいつも間抜けばかり。体は二頭身、なぜか鼻が頭と同じくらいの大きさなのが特徴です。作者のIváは十年ほどまえに亡くなりましたが、インターネット版ではアニメが見られます。

 ただし、スペインでコミックと言えば、やはり日本の漫画が圧倒的な支持を集めています。宮崎駿作品はもちろん翻訳されています。

 『風の谷のナウシカ』はNausicaa、『もののけ姫』はLa Peincesa Mononoke、『紅の豚』はPorco Rosso。でもスペインでいちばん人気がある漫画家は鳥山明。『ドラゴンボール』『Dr.スランプ』は子供だけでなく大人も夢中です。高橋留美子の『らんま1/2』。『クレヨンしんちゃん』はEl pequeño Shin-Chan。カタルーニャ語にも訳されています。『名探偵コナン』はEl Detective Conan。日本の主だった漫画はほとんど訳されているといっていいでしょう。

 ここでクイズです。Adolf。なんでしょう。そう、手塚治虫の『アドルフに告ぐ』です。「ジャングル大帝レオ」「鉄腕アトム」も訳されています。

 ではSomos Chicos de Mentaは?これは吉住渉の『ミントな僕ら』。吉住作品でもうひとつ。Solamente tu。『君しかいらない』です。もちろん『マーマレード・ボーイ』も翻訳されています。ではPuño Estrella del Norteはどうでしょう。Puñoは拳、Estrellaは星、Norteは北。もうおわかりですね。『北斗の拳』です。Cazadores de Magosは?これは、あかほりさとるの『爆裂ハンター』。言われてみればなるほどそうですね。

 日本アニメの底力

 テレビアニメでは、宮崎駿が手がけた『アルプスの少女ハイジ』や『母をたずねて三千里』、その後は『ドラえもん』などが火付け役となりました。わたしはバレンシアの地方局で「ド根性ガエル」を見たことがあります。ヒロシとぴょん吉がスペイン語で会話するのはなんとも不思議な光景でした。貧しい母子家庭のヒロシはなんとかして寿司を食べようと悪戦苦闘するのですが、「寿司」をスペイン語ではmariscos(魚介類)と言っていました。魚介類が豊富な日本でどうして魚介類が食べられないのか、果たしてスペイン人に理解できたかどうかは疑問です。

 劇場映画では大友克洋の『アキラ』がバルセローナでロングラン。実写映画に負けない日本のアニメの底力を見せつけました。「エヴァンゲリオン」も大人気。

 老若男女を問わず、日本人で「サザエさん」を知らない人はいませんね。英語圏ならスヌーピーとチャーリー・ブラウンの「ピーナッツ」シリーズ。どちらも新聞漫画です。

 ではスペイン語圏で「サザエさん」と「ピーナッツ」に相当するコミックはなんでしょうか。「マファルダ」(Mafalda)です。これは60年代から70年代に一世を風靡したアルゼンチンの新聞漫画で、作者はキーノ(Quino)。60年代から70年代といえば冷戦の真っ只中。主人公の少女マファルダは世界政治を憂う、おませな女の子で、国際政治のネタがまったくない「サザエさん」とは大違いです。