●留学生100万人計画の舞台裏
──教育再生会議が描く 新たな留学生受け入れ戦略──
国としての新たな留学生受け入れ目標をめぐる議論が加速してきた。安部内閣が設置した教育再生会議(教育再生分科会)においてこのほど、受け入れ留学生数を2025年をめどに100万人に拡大する構想が浮上し、今月末の第2次報告提出を前に、その実現性や受け入れのあり方をめぐって早くも議論が白熱している。
留学生「100万人計画」については、1980年代に打ち出された「受け入れ10万人計画」に続く新たな留学生受け入れ指針とみる向きもあるが、唐突ともいえる数値目標の登場に、受け入れ現場の大学や日本語学校関係者の間では戸惑いの声も聞かれる。実際に、教育再生分科会における議論の過程では、留学生受け入れの現状に対し多くの課題が指摘されていたことがわかった。
本紙では、最近公開された4月の同分科会(第9回/第10回会議)の議事要旨から判明した各委員の発言をもとに、「留学生100万人計画」が浮上した背景とその実現へ向けた課題を探った。(本紙編集部)
◆2025年に受け入れ100万人
「留学生政策については、今後18歳人口が120万人で安定する現状を踏まえて、国策として優秀なアジア、特にインドの留学生を増やす必要がある。(小野元之・日本学術振興会理事長)」
「80年代は留学生が1万人であったが、それから20年で10倍の10万人になった。2025年に向けて、留学生100万人計画、大学生の4人に1人が外国人という、目標を立てたらいいと思う。(中略)国際化のためには1ヵ国ではなく数十ヶ国からくること、そのため予算はGDPの1%以上にすることを目標にする、ということを(第2次報告に)盛り込んで欲しい。」(川勝平太・国際日本文化研究センター教授)。
100万人、数十カ国、そしてGDPの1%以上という新たな留学生受け入れの数値目標が教育再生会議において提唱された背景には、わが国の留学生受け入れの現状に対する各委員の危機意識があるようだ。文部科学省の統計によれば、昨年5月現在の留学生総数は11万7927人。1980年代以来の悲願であった「受け入れ10万人」の目標はすでにクリアしたものの、目標達成後は法務省による入国審査の厳格化を受けて伸び悩み、一昨年の12万1812人をピークに、昨年は9年ぶりに減少へと転じている。一方で「世界の留学生市場の規模は約200万人で、2025年に720万人規模に拡大する(「アジア・ゲートウェイ構想」中間取りまとめ資料)」との予測もある中、優秀な人材の獲得競争で欧米と互角に渡り合っていくためには、留学生の出身地が東アジアに集中し予算枠も限られる現状を打破する必要があるとの認識は、他の委員にも共通する。
「アジアからだけでなく欧米からも留学生が来るような大学にしたい。(中略)しかし結局はODA予算を使っているため、アジア、途上国の留学生が対象となり、例えばイギリスなどからの留学生には使えない。従って、ODA予算も大事だが、その枠を超えた予算措置が必要である。」(中嶋嶺雄・国際教養大学理事長)
◆留学手続きの改善がカギ
それでは「留学生100万人」という受け入れの理想型に向けて、教育再生会議では「(外国人が)留学したい国にはなっていない(中嶋氏)」日本の現状をどのように分析し、何を課題として捉え、いかなるアプローチを模索しているのだろうか。
教育再生分科会における議論の内容は多岐に及ぶが、各委員から指摘されている論点を整理すると、主として3つのポイントに集約される。
まず第1に、渡日前の留学決定などの入試システム改革と、日本留学試験の効果的な活用を訴える意見だ。前出の中嶋氏は、日本への留学生が増えないのは、留学する際の煩雑な手続きに問題があり、留学生が来日後に各大学が実施する入試を再度受験しなければならないシステムに構造的な原因があると分析している。
「渡日前の留学決定が多くの大学でなされていない。それを改善するため(中略)できたものが日本留学試験である。(中略)この試験は徐々に広がっているが、なかなか普及しない。また(中略)実際の受験生は少ない。問題は試験はあっても、日本の大学が活用しておらず、もう一度、自大学の試験をしていることと、中国が(実施国の中に)入っていないこと。それぞれの大学が前向きにグローバル化に対応する必要がある。」(中嶋嶺雄氏)
◆求められる「国際標準」の大学づくり
次に第2のポイントだが、単位互換やカリキュラムの国際コード化、英語教育の充実、9月入学の普及など、国際標準に合わせたシステムづくりが必要とする意見である。
「例えば英語の授業をたくさんやっている大学は運営費交付金や私学助成が増えるような、インセンティブを与えるシステムを作るべきである。」(小野元之氏)
「留学生受け入れの拡充には、9月入学、セメスター制度、英語教育は不可分である。視野に入れて、併せて検討を行いたい」。(川勝平太氏)
これらの考え方は、欧米人留学生の拡大を視野に入れながら、日本の教育システム自体を欧米のそれと連動させようとする試みであり、いわゆる短期・語学留学ではなく、学部留学など正規留学生を増やしていこうとする発想に基づく。つまり、留学生を惹きつけるだけの国際競争力をもつ大学を育成していくためには、欧米や中国など主要国の教育制度との整合性、そして教育カリキュラムの国際的通用性を確保することが避けて通れない、といった論点である。
◆留学生に評価される環境を目指して
第3に、留学生の受け入れを前提とした生活環境・街づくりの必要性を指摘する意見である。
「都市機能の中に留学生を受け入れる体制が十分整っていない現状がある。都市機能において人を育てるという要素は非常に重要であり、留学生に評価される都市でなければならない。(中略)教育という面からも大学を組み入れたまちづくり、そうした都市のあるべき姿をもっと強く提言していくべきだと思う。」(池田守男・資生堂相談役)
こうした考え方は、留学生寮や奨学金制度、図書館の設立といった旧来型のインフラ整備に加え、都市機能を持つユニバーシティタウンのような枠組みを創るアイデアとも共通する。ただその実現のためには「地域の公共団体、地域の企業にも国際化の重要性を認識してもらい、社会総がかりでやることが大事」(野依良治・座長)との声も出ている。
◆現システムの再検討を求める声も
教育再生分科会における議論の過程では、このように日本留学を巡る制度的な不備やその改善を指摘する意見が多数を占める中、一部の委員からは、ただシステムそのものを変えれば留学生が集まるという発想ではなく、きちんとした現状分析を踏まえ、「今あるもの」の戦略的な変革を訴える意見も出ている。
「日本は留学しにくいという話がある。学部から留学できるような仕組みを作るべきだが、今あるシステムをきちんと整える必要がある。せっかく単位互換システムがあるのに、なぜ活用されないのか。そこのところをしっかり分析し、どうすればしっかり活用されるのか、戦略的に動く必要がある。(中略)日本留学試験もなぜ広まらないのか。海外でどのように国としてリクルーティングしているのか、情報はどういうふうに出しているのか、留学システムのどこにどういう課題があるのか。きちんと原因を分析しない限り、新たなものを作っても同じことになってしまう。今あるものの問題点を分析し、それをどう戦略的に変えていくのかを考える必要がある」。(品川裕香氏=ジャーナリスト)
◆現実的な視点での議論を
実際に、教育システムやインフラ面でのシステム改革が、即、留学生の大幅な増加に直結するとは考えにくい。留学生受け入れの環境整備は一長一短にできるものではなく、長期的観点から継続して取り組むべき課題であるからにほかならない。
「留学生100万人計画」が各メディアで報じられた後に行われた同会議第10回分科会では、委員たちから「100万人」という数字が一人歩きすることへの懸念の声や、現実的な議論を呼びかける意見も出始めており、今後の議論の成り行きが注目される。
「留学生を増やす点には賛成だが、実際に進めるには受け入れ体制の整備が必要である。中曽根政権時代の10万人計画では、現場乖離の状態で受け入れ体制がないままに掲げられために、その実現が非常に大変であった。先日の分科会で100
万人という話があったが、これはかなりの数であり、具体的な議論はあまり行われなかったので、ここで、現実的な視点での議論が必要ではないか」(中嶋嶺雄氏)。
「ビジョンとプロセスは分けて考えるべきである。(中略)100
万人の留学生を目指すのは賛成だが、この(第2次)報告の中に取り入れるならば、街作りや奨学金などのインフラ整備なども含めて、どういうイメージになるかを描けるかどうかが重要である。現実性ある議論が出来るよう、財政面も含めてビジョンを明確にしたい。」(小宮山宏・東京大学総長)
教育再生会議では安部内閣の重要課題を盛り込む「骨太の方針」への反映を想定し、早ければ今月末にも第2次報告をとりまとめる予定だ。
(注:掲載した各委員の発言については、教育再生会議が公表した教育再生分科会議事要旨から引用したものです)。
(評論)
再生会議は 受け入れ現状に即した議論を
──100万人計画を「机上の空論」としないために──
国の教育再生会議において、留学生の受け入れ拡大が検討され、数値目標も含めて議論されること自体は大いに歓迎すべきことである。昨今、留学生数の減少に伴い低迷気味の留学交流を再活性化させるだけでなく、安部内閣が掲げる「美しい国」づくりを対外的にPRし日本の魅力を海外に発信していく上でも、受け入れ目標の設定は象徴的な意義があると言えるだろう。実際のところ、留学生に多く来てもらうためには、来日する外国人に美しい国、魅力的な国と実感してもらえるような取り組みが不可欠だからである。
一方で、教育再生会議(教育再生分科会)で提唱された「留学生100万人」という数値目標が、マスコミ報道を通じ唐突な形で表に出てきたために、関係者の間では少なからぬ波紋が広がっているのも事実だ。複数の大学・日本語学校関係者がインターネットのブログなどを通じて出しているコメントをみると、同会議の目標設定に対し批判的な意見の方が多い。「留学生1人を育てるには、それ相応の労力がかかる。(100万人受け入れるとなると)教育の質そのものが劣悪化する」、「数合わせではなく留学生も暮らしやすい社会にするという視点が大事」、或いは「再生会議は留学生教育の現場をみていない。机上の空論ばかり」という手厳しい意見もみられる。
実際に「100万人」という数値目標の是非はさておき、委員の現状認識の部分においては「机上の空論」と言えなくもない部分が多々見受けられる。ここでは、3点について問題提起したい。
第1に、英語の教育システムを充実させることが日本への留学生を増やす、といった類の議論について。確かに交換留学生や国費留学生についてはそうした側面も無きにしも非ずだが、現状では日本に留学してくる学生の約9割が私費留学生であり、その大半が日本語で講義を受けている。一方で英語圏からの留学生はといえば、全体の3%にも満たず、しかもそのほとんどが短期留学だ。こうした現状から言えば、英語教育を云々する以前に、まずは大多数を占めるアジアからの留学生を念頭に、日本語の教育環境を改善することこそが先決ではないのか。そもそも、普段から英語をネイティブで話す学生が、英語の講義を受けるために、なけなしの私費をはたいてわざわざ日本に留学してくる現実性、そして必要性は果たしてどれほどあるのだろうか。
第2に「渡日前の留学決定が多くの大学で成されていない」との指摘について。この点も日本への留学生が増えない要因の1つには違いないだろうが、再生会議の議論からは重大な視点が抜け落ちており、実際の全体像とかけ離れた議論になっている印象は拭えない。現実の問題として、非漢字圏の出身者を含め、日本語レベルが多様な外国人をダイレクトに受け入れ、初歩的な日本語指導から来日直後の生活支援に至るまで、きめ細かくサポートできるだけの受け入れ態勢をもった大学は非常に少ないと言わざるを得ないのである。人材や予算が潤沢な一部の著名国立大学ならいざ知らず、私立大学に関しては大半が、学部入学前の日本語教育の大部分を、日本語学校に依存している現実がある。渡日前入学は重要ではあるが、それが全てではないし、大学だけで全ての留学希望者のニーズを満たせるわけではないのである。
第3に、日本留学試験を「日本の大学が活用しておらず、もう一度、自大学の試験をしている」という一部委員の見解について。複数の大学関係者によれば「日本留学試験の結果が、本人の日本語力を反映していないケースが多い」こともその原因であり、そもそも「日本留学試験だけで合否判定を行うのは無理がある(私大関係者)」とする現場の声は少なくない。各大学が独自入試を併用しながら、受験生の日本語力をより正確に見極めようとするのは当然の成り行きであり、入試を通じて独自性を競い合い、留学生に対しそれぞれのカラーを打ち出していくという点で、むしろ歓迎すべき傾向ではないか。
現状からみると、日本の大学において英語教育を充実させ、渡日前入学を可能にし、日本留学試験だけで入学できるようにすれば、それがイコール、留学生の飛躍的な増加につながるかといえば、とてもそうは思えないのである。
いかなる目標を設定するにせよ、そこに到達するまでのプロセスを検討する際には、まず何よりも現実に立脚した議論こそが重要ではないか。一部の著名校や、英語で授業を行っている数少ない大学の実例だけをモデルケースに、現実と乖離した議論ばかりが先行するようなことになれば、100万人はおろか、現在の数を維持することすらままならないのが現実だろう。
幸い、同分科会では複数の委員が「現実性ある議論が出来るよう、財政面も含めてビジョンを明確にし」「今あるものの問題点を分析し、それをどう戦略的に変えていくのか」を検討していくとしているので、今後第2次報告の提出へ向け、さらに掘り下げた議論が行われることを期待したい。
もう1つ、国として長期的スタンスで留学生を積極的に受け入れていこうとするならば、教育再生会議において議論されているような、9月入学やセミスター制などの教育システム改革に加え、日本という国の魅力をたえず海外に向けて発信し、日本留学予備軍を増やしていこうとする、より広範な取り組みが欠かせないものと考える。従来の教育行政、及びアカデミックな領域を超越したところでの施策、例えばアニメや自動車、ITなど日本が世界に誇る成長産業の海外商談会や展示会、「ようこそ!ジャパン」を始めとした観光キャンペーンなどとも連動させながら、外国人に対し多面的・複眼的に日本の魅力を伝えていく取り組みが普段から求められよう。
経済界や企業との連携も留学生拡大のカギを握る。最近は中国やインドなど、主要な留学生「送り出し国」の側において、就業人口の大幅増に伴う若者の就職難が顕著となっている。したがって、例えば日本に留学した学生が、卒業後に日系企業(日本国内も含む)に就職し活躍していけるチャンスが多ければ多いほど、それは潜在的な日本留学の需要を喚起することにつながる。官民挙げて留学生の卒業後の就職チャンネルを広げ、国レベルの支援態勢を整えることにより、「日本へ留学し勉学に励めば、就職できる」というイメージを内外に浸透させていければ、それが真の意味で留学生拡大への突破口となるのではないか。目下、人材難に悩む日本企業、そしてグローバル化を進めている日系企業にとってもそのメリットは決して小さくないはずだ。
以上述べてきた観点からも、教育再生会議やアジア・ゲートウェイ戦略会議など、現在複数の政府関係会議で検討されている新たな留学生政策のプランを早期に一本化し、有識者だけでなく関係省庁や留学生受け入れ校、経済界も含めた「留学生戦略会議(仮称)」のような横断的組織のもと、国家戦略としてその実行を担保していくような仕組みづくりが必要ではないか。
「100万人」という壮大な目標の実現性はともかくとして、留学生を増やそうとするからには、受け入れ可能な環境の整備こそが何よりも大切であり、このことは教育再生会議においても再三確認されている。留学生受け入れ事業は息の長い取り組みであり、長期にわたる地道な努力と10年先、20年先を見据えた戦略的思考が重要なことは言うまでもない。「100万人」という受け入れ目標が、かつて「10万人計画」が果たしてきたような留学生政策の新たな道標として、曲がりなりにも各大学における受け入れ態勢の変革を促し、日本の教育の国際的競争力を高める起爆剤となっていくのであれば、もはや「机上の空論」とは切り捨てられまい。要は数字ではなく、数字を裏付ける中身を前進させることであり、数字だけが一人歩きしないことである。
こうした不断の努力が積み重なった暁に、いつの日か「100万人」という数字に結実する日がくるのかどうか。いずれにしても、その道のりが長く、果てしないプロセスとなることだけは間違いなさそうだ。(本紙=白石 誠)
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