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【歴史の交差点】東京大学教授・山内昌之 誰にも公平に、天皇と外交 (1/2ページ)
日本国天皇は憲法によって政治的権能をもたず、国事行為についても内閣の助言と承認を必要とする国民統合の象徴とされている。
もとより今の天皇陛下は、内閣が責任をもつ国際的な友好親善などの営みについて、一定の条件やルールが満たされる限り、国と国民の象徴として可能な限り、お仕事を誠実に果たされてきた。
その場合に重要なのは、政府外交と違って、皇室外交が友好親善のためであっても、何らかの政治懸案の解決に直接にかかわることや、相手国の国内事情に間接的にせよ関与することを避けてきた点にある。
これは、民主主義国家日本において憲法を基礎としながら、国民と政治家の理性が天皇を国内政治の争点や党派性に巻き込むことを拒否してきたように、天皇を国家間の対立や論争を内包する国際関係の当事者としない叡智(えいち)でもあった。
これこそ戦前の日本政治の反省からもたらされた知恵であり、国際的にも認知され、定着した慣行となっている。
この点から見ると、陛下と中国の習近平国家副主席との会見を設定した鳩山政権の対応は、象徴天皇制と民主主義国家のあり方に関して慎重さを欠いていたといわれても仕方がない。
陛下のご体調を考慮した1カ月ルールを無視することは、天皇の政治利用と批判されないように時間をかけて、内閣と宮内庁が慎重に調整してきた慣行の趣意を無視しただけでなかった。
むしろ、鳩山首相と平野官房長官は1カ月ルールについて、「国際親善」の必要性や「重要人物」への配慮という観点から「しゃくし定規」で考えるべきでないとルールを破ったことを公然と正当化している。
しかし、天皇と政府との関係を定めた基準は、思いつきや瞬間的な政治判断で変えるほど軽くはない。もし、内閣府の外局たる宮内庁に対する首相の「政治主導」の発動だというのなら、そう明示的な解釈を示すべきだろう。