きょういく特報部2009
2009年12月14日
「高校補習科」。こんな名称の教育機関が中国、四国、九州の5県にある。PTAや同窓会などが運営する形で公立高校に併設され、浪人中の卒業生らを引き受けて受験勉強を指導する独特の課程だ。大都市から離れ、予備校も少ない地域で高校の教員がボランティア的に指導してきた歴史をもつが、近年は廃止の動きが進んでいる。
■岡山―格安で人気、少子化で廃止も
岡山県有数の進学校、県立岡山朝日高校(岡山市中区)。
朝、詰め襟とセーラー服姿の高校生に交じり、白いジーンズ、黒のブーツ、赤のジャンパーといった服装の若者たちが校門を通り抜けていく。補習科の生徒たちだ。
教室は敷地内の同窓資料館にある。「隠喩(いんゆ)って意味、分かっとけよ」「ここ、ピンと来いよ」。現代文の授業では、入試問題を解く実践的な指導が教員から飛んでいた。
東京大学の文科2類を志望する男子(19)は「歴代の補習科生も成績が伸びたと聞き、他の選択肢は考えなかった」。同じく東大の文科3類を目指す女子(18)は「スポーツ大会など、高校のように息抜きする機会を与えてくれる」と言う。
補習科に入る条件は、同校の卒業生であること。願書を出して面接を受ければほぼ全員が認められる。12月現在の在籍数は105人。高校の1学年の定員は320人なので、その3分の1程度が通っている計算だ。
教員は大学の入試問題を元に独自の教材を作り、高校の授業の合間に教える。補習科の指導に対する報酬はなく、いわばボランティアだ。竹井淳教頭は「補習科生に教えることで、現役生への指導に生きる。教師はやりがいを強く感じている」と力説する。
補習科については、制度を定めた法律はない。それぞれが独自に設置しており、昭和30年代に各地で動きが出たとされる。地方の高校生が大学受験に失敗すると、都会の予備校へ行くにはお金がかかる。かといって独学の「宅浪」もしんどい。そこで、「卒業後も母校が面倒を見よう」ということになったようだ。現在は岡山、鳥取、島根、香川、宮崎の各県にあり、鳥取だけは「専攻科」の名称で県が運営している。
授業料はおおむね安価で、例えば岡山朝日高は年間10万円。岡山市には1990年に代々木ゼミナールが進出しているが、その授業料が年間70万円前後であることと比べると「格安」だ。代ゼミ岡山校には今年、岡山朝日出身の浪人生は15人ほどしかいないという。
ただし、すべての補習科が順調というわけではない。岡山市内には他に四つの県立高校に補習科があるが、そのうちの一つ、岡山大安寺高は今年度限りで廃止されることが決まっている。在籍生は10年ほど前から20人前後の状態が続き、今年度は16人。少子化で一時に比べれば大学に入りやすくなっており、難関大学にこだわらなければ現役合格できる余地が増えていることが背景にあるという。
香川県も90年まで県立と市立9校に補習科があったが、3校で廃止されて現在は6校。旧制中学を前身にもつ高松市の高松高には約70人が在籍するが、他は20〜50人程度だという。
宮崎県でも03年以降、補習科のあった8校のうち5校が廃止された。残った3校のうちの1校、都城西高(都城市)も受講希望者が少なかったことを理由に今年度の授業を中止。来年度どうするかは未定だという。
廃止した高校には「少ない人数の補習科生の受験指導に教員をかり出すのはあまりに効率が悪く、教員に負担をかけるのが忍びなかった」という声が多い。
中堅教員の一人は「授業料が高いとはいえ、地方にも予備校が多くでき、浪人するに当たって環境を変えようとする生徒が出てきたことも補習科生の減少と無縁ではない」と話す。
■鳥取―民間予備校と保護者が綱引き
鳥取県の「専攻科」も、この10年来、廃止の危機が続いてきた。同県の場合は事情が少し違い、「民業圧迫だ」と廃止を求める民間予備校と「存続を」と訴える保護者による、県議会などへの陳情合戦が続いてきた。
そうした中、3校あったうち鳥取東高(鳥取市)の専攻科は今春廃止されたが、米子東高(米子市)と倉吉東高(倉吉市)は踏みとどまり、「10年度まで継続した上で、経済情勢や生徒のニーズなどを勘案して存廃を検討する」こととされた。
米子市で予備校を経営する学校法人イズムの吉野恭治理事長によると、鳥取県内の予備校は、専攻科に入りきらない生徒がたくさんいた90年ごろ、受け皿として浪人生向けの授業を始めた経緯があるという。
予備校側にすれば教育体制を「補完」してきた自負があるが、今は浪人生向けだけでは赤字になるほど人数が減った。かといって浪人対策の看板を下ろすわけにはいかず、ただでさえ少ない生徒が専攻科に進むのは死活問題だと訴える。「定員割れを起こしている私大も多く、えり好みをしなければ大学に行ける時代になった。県費で浪人生を教育する時代ではない」
一方、米子東高では浪人した卒業生が900点満点のセンター試験で前年からどれだけ成績を上げたか調べているが、今年1月の試験で専攻科生は平均で80点アップしたとしている。今春は専攻科生52人のうち37人が国公立大に進学し、東大や旧帝大にも合格者を出したという。
米子東高の卒業生で鳥取大の医学部を目指している女子(20)は、浪人1年目は大阪市の大手予備校に入った。しかし、寮生活も都会暮らしにも慣れないまま再び受験に失敗し、帰郷して母校の専攻科に入った。地元の鳥取大は進学実績が多く、教員も対策に慣れていて相談しやすいという。「後輩のためにも専攻科は残してほしい」というのがこの女子の考えだ。
地方高校の卒業生の進路を追跡調査した「学歴社会のローカル・トラック」の著書がある吉川徹・大阪大准教授は「高校補習科や専攻科は、家庭の負担を少なくし、優秀な人材を支援するという役割を果たしてきた。大学に合格して都会に出ても、何割かは戻って地元に貢献してくれることが見込める」という。「何のために補習科、専攻科があり、いまどんな状況にあるか、課題を整理して県民が共有する必要がある。目先の負担だけで判断すべきではないのではないか」(井上秀樹)
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