一般公開見聞録(理化学研究所編)   

2005年5月23日



☆栄光の理化学研究所を見学する。   
今回も CPUのリストラ効果(x86とCELLの比較で考える。) の続編を放棄して一般公開見聞録である。 4/26に理化学研究所の一般公開があり見学に行って来たので、 ネタが古くならない内に雑感を書いておきたいと思ったからだ。 (現時点ですでに一ヶ月近く経過している...)

理化学研究所は埼玉の和光市にあり、研究レベルの高さが世界的に知られている ハイレベルな研究所だ。現在では独立行政法人化されているが、 元々は研究者が独自に起業した一種の技術開発型ベンチャーみたいな 成り立ちで、ある意味で理化学研究所の歴史的経緯は そのまま日本科学の近代史でもある。

このあたりの事情は、「科学者の楽園」をつくった男―大河内正敏と理化学研究所― (宮田親平著、日経ビジネス人文庫刊)に詳しく書いてあるので興味のある人は ご一読するとおもしろいだろう。 本の内容であるが、ただ科学史の話に止まらず、まだ丁稚奉公時代の田中角栄(故人)が 登場したり、「ケンカ太郎」の通り名で有名な日本医師会総帥だった武見太郎(故人)が 登場したりと、多種多様な人物が登場するそれだけで楽しめる話となっており、 当サイトお薦め本の一つである。

また、こういう本格的な書物が苦手な人は、「栄光なき天才たち(Vol.4)」 というマンガもお勧めできる。こちらの方はビタミンA結晶の工業化から 寺田寅彦と中谷宇吉郎の話を経て、熱拡散法を採用して開発に失敗する日本の原爆開発計画「ニ号計画」の話まで 3つの話でまとめてある。マンガであるだけに読みやすさの点で非常にお勧めできる。 (後述するが、原作者のレベルが高いためマンガといえど侮れない内容の高さがある。)

理化学研究所の一般公開であるが、こちらは地球シミュレータセンター以上に 見学者が一般人である。普段は一般人立ち入り禁止の大きな研究所だけに、 好奇心に駆られた近所の人たちなんかが多いのだが、 見学の意義としてはそれで十分だと思う。

あまり重々しく考える必要はなくて、内容が理解できなくても問題無しだ。 特に、子供に科学の面白さや凄さを見せる意義というのは大きくて、 「なにやらよくわからないけど、すごいことやっているなぁ〜。」と 子供に思わせたら、それだけで成功であろう。 子供はおもしろいと思わせれば、それだけで勝手に自分で勉強するからだ。

☆RSCC見学記   
最初に見学させていただいたのは、当サイト的興味からもちろんRSCC (Riken Super Combined cluter)である。 これは理研オリジナルなアイディアで構築された科学技術計算用Linuxクラスタ機だ。

その演算性能は理論ピーク性能で約12.4TFLOPS、 LINPACKベンチマークで8.728TFLOPSを誇る。 現段階で世界14位、国内で地球シミュレータに次ぐ 第2位のスーパーコンピュータである。

今回の見学最大のお目当て、理研が誇るRSCCシステム
LinuxCluster1部分を担う富士通製Xeonクラスタ機
水平に並べられたブレードの1枚1枚が富士通製PRIMERGY RX200であり、3.06GHzのXeonをデュアルで搭載している。
読者サービス:真ん中の画像はデジカメ写真の元サイズに拡大できます。気合いの入る仕事用壁紙にどうぞ。
当サイト的には仕事に行き詰まったときにこの壁紙と地球シミュレータの壁紙を使って怠け心に喝を入れております。(笑)
(なお、商利用や再配布はご遠慮ください。)

RSCCは以下の4つの主要なシステムを結合した複合システムである。 (ただし、LINPACK測定時にはベクトル機とMD専用機は含まず。)

  1. LinuxCluster1:富士通製Xeonクラスタ機(6.2TFLOPS)
  2. LinuxCluster2:NEC製と富士通製のXeon複合クラスタ機(6.2TFLOPS)
  3. LinuxCluster3:MDGRAPE-2(理研製MD専用ユニット)を含む複合クラスタ機(1.28TFLOPS)
  4. LargeMemorySystem:NEC製SX-7ベクトル機(282.5GFLOPS)
前々回の地球シミュレータセンター編で、次世代機「連結階層シミュレータ」 を紹介した。連結階層シミュレータはマクロ階層演算部と ミクロ階層演算部からなるが、現在の予定ではマクロ階層演算部を ベクトルパラレル機が、ミクロ階層演算部をスカラパラレル機が担う計画である ようである。

おもしろいのは、RSCCもベクトル・スカラ複合機であることであり、 これは今後のスパコン界のトレンドなのであろうか?と思わせるものがある。 (ただし、もちろん違いはある。典型的なのはベクトルとスカラの比重である。 RSCCは複合機とは言ってもスカラにかなり比重がかかっているし、 両者はそれほどの密結合でもない。 対する連結階層シミュレータは比重が対等またはややベクトル機寄りであり、 かつ両者がかなりの密結合である事が重要である。)

スカラとベクトルのどちらを重用するかは使用分野の違いにもよるだろう。

一時期、アメリカを中心として「ベクトルパラレル機は死んだも同然」という主張が 展開され、ベクトルパラレル機は過去のものというコンセンサスが 形成されかかった時代があった。

それに待ったをかけたのが地球シミュレータの思いもかけない高性能ぶりであり、 それについては当サイトで何度も紹介してきている。 なぜか日本のマスコミでは「今の日本はこんなにボロボロなんですよ〜。」 という記事が喜ばれるため、地球シミュレータの高性能ぶりは日本のマスコミでは まったく無視されてしまった。しかし、アメリカではニューヨークタイムスの 一面トップに掲載されるほどの衝撃を与えたのだ。

地球シミュレータの出現以降、「ベクトルパラレル機は死んだも同然」という主張は 少数派となり、少なくとも流体や構造解析分野ではベクトルパラレル機は生き残り、 得意な分野ごとにスカラとベクトルは住み分けるという 考え方がプロの間でも主流になりつつある。

コマーシャルベースCPUをクラスタリングしたシステムだけでは HPC分野におけるすべての難問には対処しきれないという見解は、 地球シミュレータのお膝元・日本だけではなく、 実はスカラパラレル機を納入され続けてきたアメリカ国防総省のスパコンユーザー からも出ているのがおもしろい。

その地球シミュレータであるが、最も得意としているのは先に述べた通り 流体コード系である。この分野ではスカラ機の数倍の高効率を誇り、 現在でも他の追随を許さない。

しかし、もちろんあらゆる分野で万能というわけではなくて、 プロから見た地球シミュレータの実力で紹介した通り、分子科学・量子化学の分野では スカラ機もベクトル機に劣らないかなりの高効率を出す。 この分野は科学技術計算分野としては比較的キャッシュが良く効く分野であり、また、クラスタ機の 比較的貧弱なインターコネクトが総合的な性能にあまり影響を及ぼさない分野でもある。 その結果、この分野ではベクトル機の優位性は流体分野ほどではなくなってしまうわけだ。

もちろん、効率面ではそれでもスカラ機に負けてしまうわけではない。 以前、プロの解析データを紹介したとおり、この分野では効率面ではほぼ互角と言ったところだ。 しかし、ベクトル機はスカラ機に比べて価格が高いため、 効率が同程度ではコストパフォーマンスで負けてしまうのである。 (ベクトルプロセッサは消費電力が大きいという欠点があるため、 電気代つまり運用コストが高くなるという欠点もある。)

RSCCシステムのベクトルパート
ベクトル演算部分を担うNEC製ベクトルパラレル機SX-7
本機の基本設計思想は地球シミュレータと全く同じ。

では、なぜ理化学研究所ではクラスタ機の比重を高くしたのであろうか?

その理由は用途だろう。展示の解説員にお聞きしたところ、 加速器のデータ解析でもよく使われているが、演算量から言うと 理化学研究所でのRSCCの主用途は MD(分子動力学法)とゲノム創薬関連だそうだ。

特に最近はゲノム創薬関連分野の伸びが著しいそうである。 実験的スクリーニングベースの医薬開発もようやく構造解析並に シミュレーションベース時代へと突入しつつあるということだろうか?

この用途には特徴がある。それは、どちらもスカラ機での性能低下が それほど発生しない分野であるという点だ。 両者ともに科学技術計算分野としては比較的キャッシュの効きが良い分野であり、 またノード間データ転送量が流体コードと比べると少なくて済む。

特にゲノム創薬ではノード間転送能力はまったく問題にならない。 HPCと比べてノード間転送能力がまったくお話にならないレベルである グリッドコンピューティングでも問題なく計算できるくらいである。 これは、ゲノム創薬における計算の多くが同じ計算をパラメータだけを入れ替えて 総当たりで計算するという方法である場合が多いためで、異なるパラメータ間の計算では データ転送量が非常に小さい(原理上はゼロでも良い。)からと思われる。

つまり、流体コードがメインの地球シミュレータセンターではベクトルパラレル機 である事には必然性があり、また単段クロスバー網というお金がかかった超高性能 インターコネクトも必然であった。 しかし、理化学研究所の用途では単段クロスバー網は(言葉は悪いが) 宝の持ち腐れになる可能性があり、また、ベクトル機とスカラ機で効率が 同程度であるならば、価格の安いスカラ機でという選択肢の方が コストパフォーマンスがよい事になる。 (ただし、RSCCではインターコネクトにInfiniBandを採用しており、 予算的に許される範囲でベストを尽くしている。)

特にRSCCは従来のクラスタ機よりもさらにコストが安くなるように工夫されており、 価格性能比は地球シミュレータの4倍だそうだ。1)

というわけで、用途を考えればクラスタ機でも問題無いと言えるわけで、 理化学研究所ではコストパフォーマンスが良く、運用コスト(電気代)の安いこちらの選択肢を採用したわけであろう。

☆使いやすさに主眼を置く。   
RSCCは国内第二位のスーパーコンピュータであるため、 性能面に目を奪われがちであるが、所員の方が強調していたのは むしろ使いやすさの面である。

RSCCの特徴は、異なるクラスタを結合したヘテロクラスタであるにも関わらず、 ユーザーがそのことをまったく意識しないで使用できるように 工夫されている点にあるのだという。 (LinuxCluster1は富士通製PRIMERGY-RX2000×512Nodeの単一クラスタ、LinuxCulster2は 富士通製PRIMERGY-RX2000×384Node+NEC製Exprees5800/420Ma×128Nodeの複合クラスタ。 しかも、Custer1とCuster2を結合して1台として使用可能。)

科学者がスーパーコンピュータを利用する場合、目的はあくまでシミュレーションの 結果を精度よく得る事にある。コンピュータの中身について勉強しなければ その性能を引き出せないというのは、本来の研究のための時間を無駄にしてしまう 事を意味し、スーパーコンピュータ本来のあるべき姿からはかけ離れていると言える。

通常、ヘテロなシステムの場合、どの部分で演算を行うかはユーザーが適している クラスタを選別して自分で設定しなくてはならないが、 これは一般研究者から見ると本来の目的からかけ離れたムダな制約である。 本当ならば、オートマ車みたいにユーザーが意識しないで使えるのが あるべき姿であり、コンピュータの内部構成に精通している必要はない方がいい。

しかし、RSCCではジョブを投げれば適したクラスタの選別は RSCCが自動でやってくれて、どのクラスタでジョブが演算されるかを ユーザーが意識する必要はないのだという。 高度に自動化された非常にユーザーフレンドリーなシステムなのだ。

これはLINPACKの演算効率面でも見て取れる。 通常、ヘテロクラスタというのは単一ジョブでは効率が大きく低下する場合が多い。 これは、異なるシステム間でジョブの整合性をとって ロードバランスを維持する事が難しいためである。 しかし、RSCCではこの点の制御が非常に高性能であるために、 ヘテロクラスタであるにも関わらず性能低下があまり発生しない。 (もちろん、その裏には非常な努力があって、ヘテロクラスタで 一般的クラスタ機と同程度の効率にするためにはかなりの苦労があったそうだ。)

また、理化学研究所の用途の場合、C++で記述されたコードを 実行したりする場合が比較的多くて、ユーザーがベクトルコード化を 行えない場合でもそのまま走らせる事ができることも重要だそうだ。 (FORTRANならばベクトル化の長い伝統があるため、これは問題にならないのだが...)

さらに、各地から自由かつ安全にRSCCを使えるように、ネットワークへの 不正進入検知システムが完備しているのも特徴だ。

ITBL-DNIDSという分散型侵入検知システムで監視しているわけだが、 驚いたのはこのシステムが外注ではないことだ。 オープンソースソフトウエアをなるべく多く使う事で開発コストを抑えつつ、 高性能かつ使いやすく実現されているそうだ。

RSCCシステム
左はクラスタ機ノードの稼働状況を示すモニタ画面。一般公開日も一生懸命演算中でした。
右はクラスタの内部基板。たしかに見覚えのあるCPUが2個載っている。

実演では、1から10億まで愚直に足し算で全部足しあわせるという計算を デモしていた。プロセッサ数を1個、2個、4個、という具合に倍々で 64個まで増やして、演算時間を計測するのである。

一般公開日でもRSCCは各種の計算を行っていて、 ノードの割り振りはRSCCが自動で行うためジョブ優先順位の関係で スケーラビリティーにぶれがあるが、実演されたプロセッサ数と演算時間(秒)を メモって来たので図にしてみた。

実演デモのスケーラビリティーはこんな感じである。(青の点線は効率100%時の理論ピーク性能)

1から10億までの総和計算におけるスケーラビリティー
(青の点線は効率100%時の理論ピーク性能)

☆MDGRAPE-2   
RSCCには他機にはない特徴がある。 それは、MD計算専用機MDGRAPE-2が結合されている事だ。

MDGRAPE-2はMD専用のシステムであり、 開発の元は重力多体問題専用計算機GRAPEである。最新鋭の GRAPE-6は重力多体問題に特化することで、5億円というスーパーコンピュータの 世界では滅茶苦茶に安いコストで、33.4TFLOPSというとてつもない演算性能 を叩き出している。

GRAPEは専用機であるためLINPACKベンチマークは実行できないため、 TOP500に登録される事はなかった。しかし、実アプリ性能が評価基準になる ゴードンベル賞では世代を重ねる度に何度も受賞している知る人ぞ知る名機である。2)

MDGRAPE-2はMDにおける演算の多くが古典論的二体相互作用の総和計算であり 重力多体問題と似ている事を利用して、GRAPEをMDに応用したMD専用機だ。 (多体問題は厳密解を得るアルゴリズムが無いので、二体問題に分解した上でその総和に還元して近似計算する。) GRAPEでは二体相互作用として重力ポテンシャル関連だけを考えていたが、 任意のポテンシャル(MDならクーロン・ポテンシャルやファン・デア・ワールス力関連) を扱えるように改良されたことでMDにも使用できるようになった。

所員の方のお話では、「MDに限ればクラスタ機 よりかなり演算効率が高いですよ。」とのことだ。

理化学研究所の主用途の一つがMDである事を考えあわせれば、 これがRSCCの重要な売りであろうと思われる。 MDはスカラプロセッサベースのクラスタ機でも性能が落ちにくい分野であり、 IBMのBlueGene/Lでも主用途にされている。 そのため、本来スカラベースのクラスタ機であるRSCCならば、 あえてMDGRAPE-2に頼らなくても良さそうなものである。

だが、そこをあえて踏み込むのはなぜかというと、 MDで求められている性能が現在のスーパーコンピュータをもってしても なお全然性能が不足している分野であるためであろう。 アメリカは力技でBlueGene/Lのような65536個ものスカラプロセッサを集積したシステムを 作り上げたわけであるが、日本側の一つの解答が汎用性を放棄する事による 廉価と高性能の両立である。

この考え方の違いであるが、当サイトの個人的感想を言わせていただくと、 汎用機でもプロセッサ数の物量作戦に訴えた時点ですでに一部の汎用性を事実上 放棄していると考えるべきで、これら物量作戦に基づいたアーキテクチャは 事実上の準汎用機と見るべきであろう。 (地球シミュレータが高性能な要因として、単体プロセッサ性能が高いことにより 処理能力の割に全プロセッサ数が少ない点が指摘されている。)

もちろん、MDはプロセッサ数の物量作戦でも効率の落ちにくい分野であるから、 流体分野等と異なりこれはこれで一つの選択である。 しかし、最初から専用機として考えた方がさらに効率が上がる訳だから、 この分野ではMDGRAPE-2の方が優れているように思われる。

通常、専用機は事実上アルゴリズム固定である。(これが専用機の高効率の源泉でもある。) つまり、弱点はアルゴリズムの変更に対応できない事である。

だが、MDGRAPE-2では任意関数が使用可能で、部分的にではあるがその点が改良されている。 だから、汎用機の汎用性が専用機の高効率を上回るメリットになるかは不透明だ。

逆に、汎用機の良い点はアルゴリズムの改良で大幅に性能向上が図れる点にある。 アルゴリズムの怖いところは、nが十分に大きい場合は、ある日一人の天才が現れて 数千倍の高速化が一夜にして成し遂げられる可能性があるという点だろう。 汎用ハードウエアの場合、ハードウエアの改良には年月単位の時間がかかるし、 一夜にして数千倍の高速化というのも無理な話。

だが、アルゴリズム論は苦手なので単なる直感に過ぎない事だが、 MD分野では古典論だけにアルゴリズムは枯れているような気がする。 FFTの様に一夜にしてO(n)がO(n・logn) になってしまうような、おいしい話がそう簡単に転がっているとは思えないのだが...

MDGRAPE−2システム
MD専用に徹することで極めて高い演算効率を実現している。
右の4つある白いコアがMDGRAPE-2チップ。PCIスロットに増設する方式だね。

MDGRAPE-2でも変更不可能なほどのアルゴリズム大幅改善の可能性はあるのだろうか?  この辺りがスカラパラレル機 vs 専用機の勝敗のカギの様に思う。 当サイトの予想はMDGRAPE-2の勝ちとしておく。 (理由:アルゴリズムの劇的改善はそう簡単には無いだろうと思う点。MD関連の演算需要が伸びている事。 演算需要が伸びていれば専用機であることが無駄にならない。)

ちなみに、MDGRAPE-2はさらに改良されたMDGRAPE-3に向けて研究開発中であり、 最終目標は2006年になんと1PFLOPS。 このとてつもない演算性能を生かして、タンパク質の立体構造解明等の分野で 今後の活躍が期待されている。 (本家GRAPEも2008年に2PFLOPS目標のGRAPE-DRに進化中。こちらも期待大。)

☆RSCC以外   
理化学研究所はかなり大きな研究所であって、研究分野も 計算機科学以外に多種多様である。 加速器を使った素粒子分野から、核物理学、物性分野、脳科学、 等々何でもありである。

当サイト的興味からRSCCをメインで見学していたし、 扱いもRSCCメインとしてしまった。 だが、RSCCは理化学研究所の研究範囲のごく一部に過ぎず、 異分野の見学ももちろん見逃す手はない。 そこで、コンピュータ以外の展示を簡単に掲載してみる事とした。

まず、ビッグサイエンスとしては理研の特徴は加速器だろう。 これは仁科芳雄の伝統を引き継ぐものであり、 理化学研究所は日本の核物理学の草分け的存在である。

特に、日本初のサイクロトロンを作ったことは有名で、 これは世界でも2番目の偉業である。 資材の乏しい第二次世界大戦中に完成させている点も注目だ。 その意味ではサイクロトロンに関してはシステム建造から運用ノウハウまで、 まさに理化学研究所のお家芸と言えるものである。

一般公開では各種のサイクロトロンを直接見学することができる。 サイクロトロンは運転中は放射線被曝の可能性があるため、 RSCCと異なり一般公開では運転中止中。 また、見学時には管理区域に入る事になるため、 胸に赤いワッペンを付けることが義務づけられていた。 (たぶん、放射線被曝すると色の変わる簡易型のフィルムバッジであろう。)

まずは、その防護設備を見ていただこう。 下記に防護扉の写真を掲載しておくが、 以前テレビで公開された日銀の金庫室の扉より分厚い様に見える。 サイクロトロン動作時には、この防護扉がガコッンと閉鎖されて、 万一のハザードに備える訳である。 それにしても、その厚さには驚きである。

この扉、中身はコンクリートであり、全部が鉄塊ではないそうである。 この手の用途では鉛が有名だが、放射線防護の観点から言うと、 実は鉛が特異的に放射線を防ぐわけではなく、密度さえ高ければ 何でもかまわない。(鉛は密度が高い割に安いためよく使われる。) 密度が低いと、その分厚みを増やさなければならないだけである。

サイクロトロン設置区画の防護扉
ものすごい厚みに圧倒される。銀行の金庫室以上。

サイクロトロンは何種類あって、加速レベルに従って使い分けられている。 それにしても、とてつもなく大きい。 サイクロトロン1台で体育館一つ分位占領しているわけだが、 それらが複数あるわけだから。

見学できた装置は工事中であった、従来機では軽い元素(質量数60以下)しか加速できなかったのが、 これが完成すれば水素からウランまで世界最多種元素を世界最大ビーム強度で加速できるようになるそうだ。

理研のお家芸・サイクロトロン
工事中でした。左は世界最強のサイクロトロンSRC、右は中間段サイクロトロンIRC

核物理学がお家芸という点でいうと、今回の一般公開の目玉は 113番目の新元素発見のニュースであろうか?

下記の写真が新元素を発見した装置GARISであり、 国際学会で認証されれば、理化学研究所で発見されたことから リケンニウムと名付けたいという話があった。 (新元素は発見者に命名権があるのである。)

この新元素発見のめでたいニュースを記念して、 この展示フロアでは周期表を無料配布していた。 この周期表であるが、表の左下に「一家に一枚周期表」の スローガンが掲げられているのが笑える。

そうなのである。 日本が経済大国になったのは、科学技術のレベルが高くて 製造業が高い国際競争力を持っているためであり、 決して中東諸国のような資源立国でもなく、 アメリカのような金融立国でもないのである。

その意味で、日本人は「一家に一枚周期表」を持っていても 不思議がないほどその恩恵に浴していながら、 日本人てのは不思議なほどに科学技術に興味がないんだよね。 この標語は決して間違っていないのだけれど、 これが半分ジョークに聞こえてしまうなんて、 まったくもって困った国民である。

公開されていたGARISシステムの一部
(これはトランスポートとターゲットチェンバーの一部でありGARISの本体部分ではないそうです。下記補足ご参照ください。)

あとは、当サイト的に興味があったのはTHz波の研究であった。 THz波というのは遠赤外線からサブミリ波にかけての中間領域の電磁波であり、 その性質も光と電波の中間。 電磁波を発生するシステムに良いものがなかなか無かったこともあり、 未踏の分野として残されてきた分野である。

このTHz波であるが、最近、X線装置のように内部を透過できる性質が 内部検査機やテロ対策用透視機器として使えるのでは? という事で注目を浴びている。 (ただし、プラズマ振動数の関係で金属は透過できない。)

通常のX線装置では、鞄の内部を透視することはできるが、 それがどんな成分なのかはわからない。 しかし、THz波は物質の同定にも使える事がわかってきたため、 内部を透視してなおかつその成分を検査する事ができるわけである。 (空港の検査で使えば、形状しかわからないX線に対し、 THz波ならそれが石けんなのかそれに似せたテロリストのプラスチック爆弾なのか 判別できる可能性があり、期待されているわけだ。)

またX線と異なり人体に無害なので、癌の早期発見システム等、 医療面での活躍も期待されている。 (当サイト的興味としては、周波数が極端に高いことからデータ通信で使えば 極端に高いデータレートを実現できるハズであり、次世代無線LAN的用途に 使えないだろうか?などと考えてみたりする。)

それ以外の展示では、タンデム型加速器質量分析計のパネルも展示されていて、 当サイトの専門的に非常に興味があった。 この質量分析計はppt(10−12)クラスという とてつもない分析感度を誇っている。

当サイトの本職は化学であり、仕事がら分析装置のお世話になることは多い。 一般論で言うと通常使われる普及型の分析計感度はICP(誘導結合プラズマ発光分析)やAES(オージェ分光分析)で 実用上ppm(10−6)レベルをようやく切る位であろう。 (スペック上はもう一桁位良いだろうが...)

ppbクラスというのは高級機でたまに見聞きするが、pptクラスは初めて見た。 すばらしい。

ちなみに、理化学研究所というのは結構広い。 全部見学しようと思ったら丸1日かかると思った方がいいだろう。

今回は午後2時頃到着したのであるが、 最後に少し離れたところにある物性科学関連の研究棟を見学しようと思ったら 閉館時間になってしまい、「蛍の光」が放送されてしまった。3)


というわけで、見逃した部分もあり、無念の途中退出を余儀なくされたわけである。 来年こそは全部を見学したいと思う。

ちなみに、わからない所は研究者が臨時展示説明員をやってくれているので バンバン質問したら良いと思う。 当サイトのシロウト質問にも関わらず、研究員の方々は何とかシロウトにも わかるようにと慎重に言葉を選びながらも親切に説明してくれた。 この姿には非常に好感が持てるのであった。 (でも、興が乗ってくると習性上つい専門用語が口をついてしまうんですね。)

理化学研究所は独立行政法人であり、運営は我々の税金で行われている。 だから、我々は研究者のパトロンでもある。 一般公開日はちょっと難しめのテーマパークと思って、 見学に行ってみてはいかがだろうか?  中身がまったく理解できなくても、本物の科学研究に触れることで ある種の感動が得られれば、それで十分である。


●補足追加(2005/10/22)

GARIS本体写真の追加
先日、ここで紹介したGARISについて専門家 からメールを頂いた。スパコンネタでもそうだが、当サイトは一介のアマチュアにすぎないのに 時々もの凄いプロの方が見ている事があって少々恐い気がする。

一般公開でGARISとして公開されていた部分の写真であるが、 一般公開はどうしても管理区域の制限であのような位置になってGARIS本体は見えないとのことで、 写ってるのはトランスポートとターゲットチェンバーの一部との事である。 113実験(113番目の新元素を研究するテーマのこと)ではビスマスのターゲットに亜鉛ビームを当てるそうで、 お便りによると、113実験を継続しているものの残念ながら3個目は現時点まででは検出されていないとのことである。

また、重たい物質に中性子やら破砕核が当たると非常に面倒な原子が出来てしまうため、 鉛などの重元素は遮蔽材には基本的に使用しないそうだ。 (上記では「密度さえ高ければ何でもかまわない。」と書いたが、これはGARISのような機器の場合は当てはまらないらしい。 通常のガンマ線等の遮蔽とはかなり状況が異なるようだ。)

鉄は安定核子に近いので密度を上げて遮蔽能力を高めるためによく使われるそうである。 (なるほど、鉄までは核融合で核子が安定化するが、鉄以降は核分裂で安定化すると学生時代に習ったことを思い出した。)

また、現用のリングサイクロトロン(RRC)の遮蔽扉も強化されたようである。 上の方で掲載した遮蔽扉でも十分に分厚いが、遮蔽強化後の扉はものすごいことになっている。 遮蔽能力はさらに強化され、上記で掲載した遮蔽扉の2倍だそうである。

もはや縦だか横だか分からない状態であり、もちろん通常のドアのように開く事はできないので、 おそらくハッチのように前後(写真上では左右)に動かして、すきまから人間や機材を出し入れするのであろう。

ご指摘どうもありがとうございました。そして、研究の益々のご発展をお祈りいたしております。

−補足訂正−
プロから頂いたGARISの写真ですが、大変申し訳ありませんが大人の事情により掲載を中止します。 広報を通さない写真は掲載不可ということが後日分かったとの連絡がありました。



1)
これをどう考えるかだが...

この4倍という価格性能比はあくまでLINPACK性能比である。 以前読んだ論文では地球シミュレータはAltix比で平均4.8倍の効率を 叩き出している。LINPACK性能比での価格性能比は地球シミュレータの4倍良好だが、 この点に注意すれば、各種実アプリ平均での実効性能を考えた価格性能比では、 まだわずかに地球シミュレータ優位ではないかと当サイトは予想する。 (同じスカラパラレル機ということで大雑把にAltixとRSCCの効率を同程度と考えた場合。)

もちろん、同様の実効性能比を物性分野のアプリ・密度汎関数法ソフトPARATECの結果で比較すると、 Altixに対する優位性は1.4倍まで縮まる。この場合は(AltixとRSCCの効率を同程度と近似した場合) 対RSCCでは地球シミュレータの負けであろう。 研究内容から言ってRSCCを気象分野で使うケースは少ないと思われ、 物性科学や薬学関連で使われる事がかなり多いと思われる事を考えれば、 RSCCでスカラパラレル機を採用したのは正しい選択であろう。

ちなみに、流体コードや構造解析等ではベクトル機の方が結局は安いというのは 意外に知られていない事実である。 ベクトル機は価格は確かに高いが、それ以上に演算効率が高いため、 価格性能比でいうとクラスタ機を上回るのである。

う〜ん、こうなると、スパコンにおいて世の中のどの分野がどれ位の演算量を占めているのか、 そのパーセンテージが知りたいなぁ。

2)
またまたちょっと脱線する。最初に述べたマンガの原作者は上記で説明した重力多体問題専用計算機GRAPEシステムの 開発者の一人なのだ。何というか、すごく不思議な縁である。

というわけで、この「栄光なき天才たち」というシリーズはマンガとはいえ内容は濃い。 同一原作者のシリーズにはコンラート・ツーゼといった黎明期のコンピュータ開発者の話や、 コンピュータの根本的論理演算過程を明らかにしたアラン・チューリングの話も掲載されていて、 PCマニアは必見である。

3)
スーパーコンピュータやサイクロトロンに比べ化学系は本当に地味で派手さの無い分野だ。 コンピュータやサイクロトロンばっかり紹介してきたが、 理化学研究所はあくまで理化学であって理科学ではない事でわかるとおり、 本来は化学系分野のレベルの高さも誇っている。 (日本でここに匹敵するのは岡崎の分子科学研究所位だろう。)

化学は一応自分の専門なので唯一研究内容を理解可能な分野であり、 上記駄文よりは少しはマシな紹介も可能かも? ということで、 できればこれも紹介したかったのだが...

お詫びと訂正
価格性能比のベースが理論ピーク性能比になっていましたがLINPACK性能比の誤記でした。 お詫びして訂正いたします。