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社説

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天皇会見問題―悪しき先例にするな

 あす来日する中国の習近平(シー・チンピン)国家副主席と天皇陛下との会見が、鳩山由紀夫首相の強い要請で、慣例に反して決められた。

 習氏は胡錦濤(フー・チンタオ)主席の最有力後継者と目されている。日中関係の将来を考えれば、この機会に会見が実現すること自体は、日中双方にとって意味のあることに違いない。

 問題は、政権の意思によって、外国の要人との会見は1カ月前までに打診するという「1カ月ルール」が破られたことだ。高齢で多忙な天皇陛下の負担を軽くするための慣例である。

 羽毛田(はけた)信吾宮内庁長官は、相手国の大小や政治的重要性によって例外を認めることは、天皇の中立・公平性に疑問を招き、天皇の政治利用につながりかねないとの懸念を表明した。

 日本国憲法は天皇を国の象徴として「国政に関する権能を有しない」と規定した。意図して政治的な目的のために利用することは認められない。

 鳩山政権は習氏来日の直前になって、官房長官自ら宮内庁長官に繰り返し電話し、会見の実現を強く求めた。天皇と内閣の微妙な関係に深く思いを致した上での判断にはみえない。国事に関する天皇の行為は内閣が決めるからといって、政権の都合で自由にしていいわけがない。

 日程の確定が遅くなったとはいえ、習氏の来日自体は、以前から両国間で調整されていた。日中関係が重要だというなら、もっと早く手を打つこともできたはずだ。

 1カ月ルールに従い、外務省はいったんは会見見送りを受け入れた。

 ここに来て首相官邸が自ら乗り出して巻き返した背景には、中国政府の働きかけを受けた民主党側の意向が働いたと見るべきだろう。小沢一郎幹事長が同党の国会議員140人余を引き連れて訪中した時期と重なったことも、そうした観測を強める結果になった。

 首相の姿勢は、このルールに込められた原則を軽んじたものと言わざるを得ない。

 首相はしゃくし定規にルールを適用するのは国際親善の目的にかなわないと語った。今後、他の国から同様の要請があった場合、どうするのだろうか。1カ月ルールを維持するのか、どんな場合に例外を認めるのか。

 鳩山政権では、岡田克也外相が国会開会式での天皇陛下の「お言葉」について、「陛下の思いが少しは入るよう工夫できないか」と発言し、波紋を広げたこともあった。

 歴史的な政権交代があった。鳩山政権にも民主党にも不慣れはあろうが、天皇の権能についての憲法の規定を軽んじてはいけない。この大原則は、政治主導だからといって、安易に扱われるべきではない。今回の件を、悪(あ)しき先例にしてはいけない。

バリ・フォーラム―民主主義広げる足場に

 「バリ民主主義フォーラム」。インドネシア政府の呼びかけで耳慣れない国際会議がバリ島で先週開かれた。鳩山由紀夫首相が共同議長として出席したことで日本でも注目された。

 民主主義を実現するために、どんな道筋をたどり、どう困難を乗り越えてきたのか。その経験や教訓を互いに学びあおう。そんな狙いの会議である。アジアから中東までの途上国を中心に50カ国近い国々の代表が参加した。

 中にはミャンマー(ビルマ)やスリランカなど、人権抑圧を非難されている政権の代表の姿もあった。

 そうした国々には、貧困や民族対立といった壁にぶつかって苦闘している現実もある。法の支配や言論の自由を実現する手立てについて、フォーラム参加者が他国の例に学ぶことができれば、その意義は小さくない。

 会議を主催したインドネシアは人口2億3千万人を抱える東南アジアの有力国だ。世界最大のイスラム人口を抱える国でもある。

 かつてスハルト独裁体制の下にあったこの国は、1998年に独裁が崩れた後も政治の混迷に苦しんだ。しかし5年前の初の直接選挙で生まれたユドヨノ政権は汚職の追放、地方分権、人権保護の取り組みを進め、政治の安定と経済成長を手にした。

 昨年から始まったこのフォーラムは、民主主義への転換を成し遂げたユドヨノ政権の自信の表れだ。第2次大戦後の非同盟主義運動を主導したインドネシアが、再び国際社会での存在感を高めようとする試みでもある。タイやフィリピンの政情混迷で停滞気味の東南アジア諸国連合(ASEAN)を超える動きとしても注目したい。

 興味深いのは、フォーラムにアフガニスタンやイラク、サウジアラビアといったイスラム世界からの参加国が目立ったことだ。政治と宗教とを分離しながら、民主主義を基礎とする近代化を成し遂げた国として、インドネシアは立派なモデルになりうる。

 イスラム過激集団によるテロ事件の標的となった米国は、イラクやアフガニスタンでの戦争へと突き進んだ。しかし、同じようにテロ事件に見舞われたインドネシア政府は、警察力による摘発によって過激集団を抑え込もうとしてきた。このことも大いに他国の参考になるだろう。

 インドネシアは今や、中国やインドなどとともにG20の一員だ。米国や欧州先進国もオブザーバーとして加わるこのフォーラムは、来年以降も続けられる。

 価値観を押し付けるのではなく、経験を共有し、対話を促す場である。地球温暖化や人権をめぐって先進国と途上国との対立が厳しくなっているこの時期、こうしたアジア流のやり方の効用にも期待したい。

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