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世界に認められる国に 外国人の地方参政権で真価問われる日本

西山健一2009/11/07
 新聞によれば、民主党は、今国会の議員立法で、永住外国人に、地方参政権を付与する法案を提出するという。外国人の地方参政権、私は当然だと思うが、いろいろと意見は分かれる。

 参政権がほしければ、帰化せよとか、参政権を与えると、日本の国がおかしくなるとか、いろいろな意見がある。
 
 私が考えるには、日本に住んでいる人々(国籍は抜きにして)に、基本的人権が保障され、住んでみていい国だなあ、と思えるようにしたい。だから、日本という国が好きな人には、最低限にルールを守ってくれるならば、歓迎したいのだが。

 島国根性を否定するわけではないが、今まで日本は貿易を中心にして成長してきた。つまり、世界の大半の国々は日本製品を買ってきてくれたわけだ。品質が良くて、価格もリーズナブルということで。そういうことを忘れてはいけないと思う。

 日本はよくグローバル化といいながら、人の受け入れにかんしては「鎖国」といっていいだろう。もっと大人の国にならないといけない。

 世界の人々から日本に住んでみたくなるような、体制になっていなければならないと思う。外国人を排斥するだけでは、とても一流国にはなれないだろう。

 もっと視野を大きく持ち、世界の人と共存共栄できる国になるべきだろう。

 外国人の地方参政権について、うんぬんを言っている間は、まだまだレベルが低いと思う。それを、日本が真に一流国家となれるかどうかの、ターニングポイントとしてみてみたい。

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[55946] 在日の嘘を黙認することは優しさではない
名前:明石晶
日時:2009/12/12 19:32
>[55943] 戦乱期で正確な数字はないようですが
>名前:藤重典子
>日時:2009/12/12 18:34
>
> 1945年5月の在日朝鮮人数は二百十万人、そのうち帰国したのは1945年
>8月から46年3月までのあいだに140万人です。
>これは旧満州や朝鮮の残留日本人の帰還船を使うことができたようです。


出典を明記してください。


ちなみに、1959年の外務省調査では、在日のうち徴用で来日した者は245人
という調査結果が出ています↓


>1959年7月13日付朝日新聞
>大半、自由意思で居住
>外務省、在日朝鮮人で発表
>戦時徴用は245人
>
>在日朝鮮人の北朝鮮帰還をめぐって韓国側などで「在日朝鮮人の大半は戦時中に日本
>政府が強制労働をさせるためにつれてきたもので、いまでは不要に なったため送還
>するのだ」との趣旨の中傷を行っている
のに対し、外務省はこのほど「在日朝鮮人の
>引揚に関するいきさつ」について発表した。
>これによれば在日朝鮮人の総数は約六十一万人だが、そのうち戦時中に徴用労働者と
>して日本に来た者は二百四十五人にすぎないとされている。主な内容は次の通り。
>
>一、戦前(昭和十四年)に日本内地に住んでいた朝鮮人は約百万人で、終戦直前(昭
>和二十年)には約二百万人となった。増加した百万人のうち七十万人は自分から進ん
>で内地に職を求めてきた個別渡航者と、その間の出生によるものである。残りの三十
>万人は大部分工鉱業、土木事業の募集に応じてきた者で、戦時中の国民徴用令による
>ものはごく少数である。また、国民徴用令は日本内地では昭和十四年七月に実施され
>たが、朝鮮への適用はさしひかえ昭和十九年九月に実施されており、朝鮮人徴用労務
>者が導入されたのは、翌年三月の下関--釜山間の運航が止るまでのわずか七ヶ月間で
>あった。
>
>一、終戦後、昭和二十年八月から翌年三月まで、希望者が政府の配給、個別引き上げ
>で合計百四十万人が帰還したほか、北朝鮮へは昭和二十一年三月、連合国の指令に基
>く北朝鮮引揚計画で三百五十人が帰還するなど、終戦時までに在日していた者のうち
>七十五%が帰還している。戦時中に来日した労務者、復員軍人、軍属などは日本内地
>になじみが薄いため終戦後、残留した者はごく少数である。現在、登録されている在
>日朝鮮人は総計六十一万人で、関係各省で来日の事情を調査した結果、戦時中に徴用
>労働者としてきた者は二百四十五人に過ぎず
、現在日本に居住している者は、犯罪者
>を除き、自由意志によって残留した者である。
http://mizunowoweblog.up.seesaa.net/image/080420-3.jpg




で、藤重さんは未だに在日強制連行説に固執してるようですけど、在日自信が「そう
いう主張はしたことがない」という方向に向かいたいのが現状なんですよ。何故なら、
在日強制連行説は完全に嘘だから立証できないんですよ。勝ち目がないんです。だか
ら、その長年の嘘をなかった事にしたいんです。

先に紹介した、鄭大均の「在日強制連行の神話」は、民団の「アボジ聞かせてあの
日のことを」という小冊子を元にしています。この調査でも、強制連行なんか確認さ
れていないんですよ。

私は朝鮮総連系のメディアである朝鮮新報WEB版を長らく読んでいます。
そこには、日本社会で頑張る在日同胞を紹介するコーナーが連載されているんですが、
そのうち「私は強制連行された(もしくはその子孫)」なんて人は一人も見たことが
ありません。一人もですよ。一体どういう事なんですかね。


藤重さんに忠告しておきますが、この強制連行問題では絶対に勝ち目はありません。
あなたは「在日の嘘をかばってあげるのが優しさだ」と考えているのでしょうが、そ
れは優しさでも何でもありません。既に在日強制連行説が嘘だと言う認識は広まって
います。キチンとケジメをつけられないのであれば、日本の特に若い世代は「ああや
っぱり在日は嘘つきなんだな」と考えます。




ここまで書いて一つ思い出しましたが、川崎市の教育委員会というところがあります。
川崎は在日が多い土地ですが、その縁もあるのか、教育委員会は朝鮮総連や民団の関
係者が深く関わっています。ここでのとある公式文書に「在日は強制連行の被害者」
というような記述がありました。これは明らかな間違いですから、担当者に電話で問
いただし、変更を求めました。担当者は誤りを認め、この記述を変更することに同意
しました。

さて、あなたはこれでも在日強制連行説にこだわりますか?
まあ、好きにすればいいんですが、民団が今度「そんな主張をしたことがない」とシ
ラを切り始めたら、「JANJANの藤重という人間が強硬に主張している」と根拠の一つ
として利用しますので、覚悟しておいて下さい。
[返信する]
[55943] 戦乱期で正確な数字はないようですが
名前:藤重典子
日時:2009/12/12 18:34
1945年5月の在日朝鮮人数は二百十万人、そのうち帰国したのは1945年8月から46年3月までのあいだに140万人です。
これは旧満州や朝鮮の残留日本人の帰還船を使うことができたようです。


密航・強制送還が起こったのはその後のことのようです。
当時はアメリカ軍政下で民族内部での左右の争いという政治的混乱があり、また帰国の際には通貨千円と荷物250ポンド(約113キロ)の持ち帰りが禁止されています。
当時の物価はインフレが激しく、米10キロが46年には36円、47年には149円です。


特に日本生活が長いほど故郷に生活基盤がなく、生活の見通しが立たずに逆流現象が起こったということのようです。
[返信する]
[55911] 「あるかないか」の問題です
名前:明石晶
日時:2009/12/12 06:17

>[55895] 明石様
>名前:藤重典子
>日時:2009/12/12 00:06

>「感想聞かせて」ということですが、感想は「そういう人もいるでしょうね」くら
>いです。


「そういう人」は何を指す言葉?
強制連行じゃなくて、自分の意思できた人もいるってこと?
だとしたら、大間違い。





>若干本から拾った数字や事件を挙げておきます。
(中略)
>徴兵制は1944年に実行され、43年には1万7006人だった兵士が徴兵により
>36万4186人となり、日本軍人の1割強を占めています。


いくら、強制連行とやらの資料を提示しても、それと現在の在日朝鮮人がどういう
つながりがあるのかを示さないと意味ないよ。

Aという人の殺人容疑が問題になっている場合に、殺人事件の事実だけ列挙してもA
は有罪にならないでしょ。Aがそれを実行したことまでを立証しなきゃならない。

同じように、あなたはその強制連行と今の在日朝鮮人の因果関係を明らかにしなき
ゃならない。

まあ実際は、徴用で日本に来た朝鮮人の殆ど全ては帰国してるから立証なんか無理
なんだけど。





>強制連行は一般常識に属し、「あるかないか」の問題ではないと思っています。


全然意味が分かりません。
一般常識であっても、「あるかないか」は問題とされるでしょう。
バーターになるお話ではありません。

あなたは在日強制連行説が嘘であるという自覚があるようですね。
だから「あるかないかの問題ではない」と逃げる。

在日朝鮮人を絶対神聖不可侵の存在として祭り上げ、自分が擁護することによりあ
たかも自分が正義の味方であるかのような気分になれる。
あなたは正義の味方である自分が好きなだけで、在日の味方でも何でもない。
本当に在日の立場になるなら、彼らの嘘を批判し、嘘が蔓延しないような環境を作
るべき。

こういう人間が、在特会みたいなネオナチ寸前の存在を生み出すんだよ。

JANJANで色々と議論してきたけど、「ええ!在日の強制連行は嘘だったんですか!」
と衝撃を受ける人は皆無。いくら資料を提示しても無意味。だから、この世代が死ぬ
まで待つしかないですね。
[返信する]
[55910] 日本の行政は「差別」を持ち出せば何でも言う事を聞いてきた
名前:明石晶
日時:2009/12/12 06:16
>[55891] 明石晶さん、横浜の大都市が「恫喝」されたんだろう、って?
>名前:下薗紀一郎
>日時:2009/12/11 23:44

> いろんな「資料」を集めたり、たくさんのことを知っている方が知らないんですか。


何についての資料なのか、「たくさんのこと」とは何についてのお話なのか。
さっぱりわかりませんので具体的に指摘して下さい。





> 「恫喝されたんだろう」って、その言葉はわれわれ日本人を
>「腰抜け」のように、バカにしたことばじゃないですか? 


在日はバカにしてるんじゃないですかね。
「差別」の一言を持ち出せば、何でもいうことを聞きますから。

部落解放同盟の幹部が清掃局の職員として多額の給料をもらっておきながら、実際
には殆ど出勤せず、妻の経営する建設業の営業を役所に対して行っていた事件があ
りましたよね。しかも、「俺は解同の幹部だ。解同で議題にする」と恫喝していま
した。行政はこれを批判することなく、長年に渡って解同幹部の言いなりになって
いました。私はこれを腰抜けだと思いませんが、少なくとも行政は「差別」という
言葉に非常に弱いことを示す例だと思います。
[返信する]
[55899] 強制送還で送り返していたくらいですから、なにもわざわざ半島から連れてくる必要もなかったわけです。
名前:金丸剛
日時:2009/12/12 00:20
藤重典子さん

>強制連行は一般常識に属し、「あるかないか」の問題ではないと思っています。

そのとおり。
我々日本人は、半島からの密航者に手を焼き、拘束しては半島に強制送還という強制連行をしました。
これはあくまでも合法的なものですが、当事者である朝鮮人にとっては何とか逃れたいことだったでしょうね。
でも戦後は状況が一変します。
韓国政府が密航者の引取りを拒否。結果的に密航者はほぼ全員日本に住み続けることができるようになりました。

強制送還で送り返していたくらいですから、なにもわざわざ半島から連れてくる必要もなかったわけです。
[返信する]
[55897] だから朝鮮人にたかられているんだよ。
名前:金丸剛
日時:2009/12/12 00:11

=========================
ご意見板利用規定3に基づき削除しました(編集部)
=========================
[返信する]
[55895] 明石様
名前:藤重典子
日時:2009/12/12 00:06

「感想聞かせて」ということですが、感想は「そういう人もいるでしょうね」くらいです。


若干本から拾った数字や事件を挙げておきます。
1911年の在日朝鮮人の数は2527人、1944年では193万6843人、桁が三倍になっています。グラフにすると二次関数のグラフの右半分みたいな増え方です。


原因は1910年代は土地調査事業で、両班制度では小作料は収穫量の40〜50%だったものの、実際は相続権もあり売買もできたというノーテンキな土地制度を文字も読めない農民に申告制にさせ、できないものは国有地として没収したことに始まります。
小作農に転落した農民で離農したものが各地に散らばり、日本の炭鉱労働者やスラム住民になることが多かったようです。


20年代は「産米増殖計画」で、日本のコメ不足解消のため、水に税金をかけ、収奪量は1910年代から30年代にかけて7倍になっています。水税が払えないために組合に土地を没収された農民が離農し、生きる道を求めて日本で炭鉱・土木のほか飴売り、屑屋、清掃業などについています。


1938年、中国との全面戦争が始まってから本格的に朝鮮人の労働力の動員が起こっています。志願兵制度ができたのもこの年です。


現在「強制連行」と呼ばれているものは、1939年の総督府と企業が連携した「統制募集」と42年に始まった「官斡旋」によって日本に来た人たちを指します。統制募集は二年契約で、募集の時とはあまりに違う労働条件から帰国希望者が続出したため、労働力の確保のため朝鮮各地に人員供出を割り当てたものです。39年から45年にかけて百万人以上の朝鮮人が日本に来ていますが、その中で労働者は70万人から八十万人です。やがて日本のやり方は暴走し、拉致方式もとられたようで、在日朝鮮人のうち、強制連行によるものは三分の二ほどです。


徴兵制は1944年に実行され、43年には1万7006人だった兵士が徴兵により36万4186人となり、日本軍人の1割強を占めています。


強制連行は一般常識に属し、「あるかないか」の問題ではないと思っています。





[返信する]
[55891] 明石晶さん、横浜の大都市が「恫喝」されたんだろう、って?
名前:下薗紀一郎
日時:2009/12/11 23:44
>知りませんよ。
>横浜市に聞いて下さい。
>どうせ、「我々は強制連行されたんだ!日本は我々を援助する義務がある」とか言いながら恫喝したんでしょ。
 いろんな「資料」を集めたり、たくさんのことを知っている方が知らないんですか。
 「恫喝されたんだろう」って、その言葉はわれわれ日本人を
「腰抜け」のように、バカにしたことばじゃないですか? 
 
[返信する]
[55878] 横浜市に聞け
名前:明石晶
日時:2009/12/11 22:39
知りませんよ。
横浜市に聞いて下さい。

どうせ、「我々は強制連行されたんだ!日本は我々を援助する義務がある」とか言いながら恫喝したんでしょ。
[返信する]
[55867] 明石晶さん、なぜでしょう?
名前:下薗紀一郎
日時:2009/12/11 21:38
>元横浜市長中田氏「在日優遇政策はある」
なぜ、「優遇政策」があるのでしょう?
[返信する]

11月30日〜12月5日 

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