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【櫻井よしこ 鳩山首相に申す】人間的資質を問う
鳩山由紀夫首相は自身の裡(うち)の虚言癖と道徳心の欠如に気付いているだろうか。鳩山政権の諸政策が国益を毀損(きそん)し、日本の力を殺(そ)ぎ続け、日本の衰退を決定づけつつあると、自覚しているだろうか。
おそらく、その自覚はつゆほどもないのであろう。だからこそ、テレビカメラの前に立つ首相の大きな双眸(そうぼう)には、いささかの含羞(がんしゅう)も憂いも宿っていないのである。
本来、当欄は、首相の政策について論ずる欄である。だが、今回、わが国宰相に政策以前の人間的資質について質(ただ)さなければならないことを、一人の日本人として口惜しく思う。
政権発足から約3カ月、徐々に明らかになったことのひとつが、首相にまつわる金銭事情のいかがわしさである。初めは、亡くなっている人の名前を騙(かた)った個人献金の偽装疑惑だった。当初、資金は首相自身のものとされた。が、次から次に暴かれた事実によって、偽装献金の原資はおよそすべて母親の資金だったと判明した。
偽装献金に使われていたのは、母親の資金のごく一部で、母からは、毎年1億8000万円が首相側に渡っていたことも明らかになった。資金提供は少なくとも6年間続き、現時点で判明している累計額は9億円だという。
同額が首相の弟の邦夫氏にも渡っていたが、これらは2人の子供への貸し付けだと、説明されたという。気の毒に。高齢の母上にこのようなことを言わせて。
邦夫氏は8日、「最大限の贈与税を払い、私の責任のつけ方としたい」「兄と違って虚偽記載はしていない」と述べた。邦夫氏が指摘したように、首相は、母親の資金の一部を偽装献金に回していた。偽装するくらいであるから、無論、贈与税は払っていない。明らかな脱税である。
それだけでも、首相は、まともな大人としての道徳心を欠いている。政治家に要求される道徳心もない。一方で、首相はこれまで情報開示を自らの政治姿勢としてきた。加えて、他の政治家の政治資金問題に関して、「秘書の罪は国会議員の罪」「秘書のやったこととうそぶいて自らの責任を逃れようとしますが、とんでもない」などの表現で厳しく批判してきた。ならば、少なくとも、自身の疑惑を秘書や高齢の母の責任にせず、自ら説明すべきである。説明なしに首相の座に居続けるとしたら、首相には道徳心のみならず、恥の心もないと断ぜざるを得ない。
言葉と行動のギャップが果てしなく大きい首相の言葉は、まさに鴻毛(こうもう)の如(ごと)しである。
首相は今年9月号の『Voice』に寄稿した論文「私の政治哲学」で、自身の揚げる友愛政治をこう説明した。
「『友愛』の政治は、財政の再建と福祉制度の再構築を両立させる道を、慎重かつ着実に歩むこと」とし、現在の財政危機は自民党政権の失政ゆえだとして、「官僚主導の中央集権政治とその下でのバラマキ政治」などが原因だと断じている。
平成8年11月号の『文藝春秋』に寄せた論文「民主党 私の政権構想」ではこう書いた。
「官主導の上からのばらまきの保護政策は、画一的で人々の実状にマッチしないまま次第に膨れ上がることによって財政硬直の一因となってきた」
いま民主党は予算編成の作業中で、予算が最終的に確定されたわけではない。しかし、すでに見えてきたのは、「財政の再建と福祉制度の再構築の両立」は恐らく不可能だという点だ。が、首相は言うだろう。来年度予算は元々の骨格を自民党が作った、と。たしかにそうだが、首相の予算案は、税収をはるかに超える赤字国債の発行で支えられる異常な編成に傾きつつある。特徴は、首相が厳しく批判してきた「画一的なバラマキと財政再建への逆行」である。
首相の言葉のなんといい加減なことか。首相は同論文で連立政権のあり方についても述べている。「大事なことは、自分たちが掲げた理念・政策を実現するために、どう主張を貫くかということであって、野党になるか与党になるかはその結果でしかない」「政治が妥協であることは認めるが、しかし、大きな政策的妥協をしてまで政権に執着するような姿を見せてはならない。少なくとも私自身は『まず連立ありき』という考えはない」
今の首相はどう見ても「連立ありき」である。財政再建どころか、大量の財政赤字を積み上げて予算を組まざるを得ない理由のひとつは、国民新党の亀井静香氏の主張ゆえではないのか。鳩山内閣が連立ありきだからこそ、社民党の福島瑞穂氏の主張を気にして普天間飛行場問題を解決できないのではないのか。日本の安全保障の支柱である日米同盟とほとんど存在意義を喪失し去った社民党の、どちらが国益にとって大事なのか。社民党を選ぶことは「大きな政策的妥協」の究極ではないのか。
首相は10月25日の東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議の冒頭、「日本の外交政策として日米同盟を基軸と位置づけている」と異例の発言をした。軋(きし)む日米関係を気にしてのこととみられた。だが、その後も、首相の言動は猫の目のように変わり続け、日米同盟を支えるのに必要な相互信頼を醸成し得ていない。日米同盟を意義あるものにするための戦略を全く描き得ていない。
普天間問題について、首相は、オバマ大統領に「どうぞ私を信頼してください」と言った。「信頼せよ」と口にしたからには、たとえ、庶民でも、日本人なら自分の言葉に責任を持つ。それが二転三転した末に、またもや先送りするとの姿勢を米国に見せたからこそ、米国は日本との協議を打ち切った。日米同盟の深化のためとして鳩山首相が提案した協議など信用できないということだろう。首相のみならず、日本という国家への、同盟相手の信頼はいまや消え去ろうとしている。
先の選挙でたしかに民主党は選ばれた。しかし、こんな異形の政府になると、多くの人は考えなかっただろう。日米同盟を危機に陥れ、中国の高笑いを誘うような安保外交政策が生み出されるとは、国民は考えなかっただろう。
日米安保を犠牲にして、社民党などとの連立を保とうとするのはなにゆえか。それが首相本来の考えか。または外国人参政権、人権擁護などの法案成立が目的か。首相は明確に答えなければならない。