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アメリカは中東をトルコに任せる気か(佐々木 良昭 主任研究員)

更新日:2009/12/07

最近のトルコの外交成果を見ていると、まさに破竹の勢いとはこのことか、といった感がある。まさに、やることなすこと、大当たりといった感じだ。
トルコはかつて、オスマン帝国として中東の広大な地域を、支配していた。当時はまだ、国家がアラブ地域を始めとする、中東地域にはそう多くなかったからだ。従って、トルコの前身であるオスマン帝国は、その力を発揮することが、出来ていたのであろう。
ところが、ここに来て、そのオスマン帝国を髣髴させるような動きが、中東各地で見え始めている。トルコの外交の成果から、周辺諸国のなかに、トルコと相互にビザを廃止し、あたかも自国内を移動するように、トルコ人と周辺諸国の人たちが、行き来し始めているのだ。

それは、実質的には、イラクのクルド地区に始まり、シリアがそれに続き、リビアやヨルダンも加わっている。加えて、アルバニアもトルコとの間で、ビザの相互免除に合意している。
もちろん、この場合、単にビザだけが必要なくなったわけではない。物資が、ビジネスが、人の交流と同じように、自由に行われるようになってきているのだ。
イラクのクルド地区が、トルコとの間で特別な関係になったのは、イラク国内のスンニー派やシーア派国民との、武力衝突を懸念したことに加え、復興事業をトルコの資本で、進めてほしかったという事情もあろう。それは、イラクのスンニー派やシーア派の人たちの願望でもあろうが、現在の段階では、アメリカが居座っているために、そうスムーズに進められているわけではない。

しかし、バグダッドに行き来している、日本企業の人たちに聞いてみると、トルコ企業の動きが、バグダッドでも活発だということだ。早晩、イラク全土の復興は、アメリカではなく、トルコの企業の手に、ゆだねられるようになるかもしれない。
 シリアの場合も同様で、かつてはトルコのクルド人による分離独立運動であるPKK(クルド労働党)に、シリアが支援していたことから、トルコとシリアの関係は劣悪だった。しかし、その後、シリアがPKKのリーダーであるアブドッラー・オジャラン氏(クルド人ではなくアルメニア人というのが真相)を、実質的にトルコ側に引き渡して以来、両国の関係は改善されてきていた。
そして、両国間にばら撒かれていた、地雷の撤去が進められ、ついには、ビザなしの交流が行われるに到っている。元々、シリアとトルコの国境地帯には、相互に両国人が入り乱れてもいる、。トルコの南部ではシリア料理が中心であり、アラビア語も通用するし、シリア側でも国境に近い地域には、トルコ人が居住している。

ビザが廃止されたことにより、シリアの多くの人たちが、気軽にトルコ側に観光を兼ねて、買出しに来るようになっているし、経済協力や開発協力が、推進されてもいる。シリアにとって、トルコは水資源を有する国であり、トルコとの関係が悪いままに推移したのでは、いずれシリアは行き詰っていたことであろう。
そのことに加え、シリアはアメリカとイスラエルから敵視され、経済外交軍事面で圧力をかけ続けられてきていた。シリアがトルコとの関係を改善させることは、同国にとって西側諸国との関係改善、安全保障上など多方面にわたって、必要不可欠なものであったということだ。

続いて、トルコとの関係を大幅に改善したりビアには、どのような事情が、あったのであろうか。トルコのエルドアン首相が11月の後半に、リビアを訪問したが、その折、両国はビザを廃止し、経済関係の大幅な強化を、合意している。
リビア側は、これまで未払いとなっていた、トルコに対する債務を支払うことを約束し、加えて、大型の開発プロジェクトを、トルコ企業に発注している。事実かどうかは判らないが、誇り高いカダフィ大佐が、トルコのエルドアン首相に対して「われわれにイスタンブールが首都として帰ってきた」といった内容の発言をしたということだ。
リビアは長期間に渡るアメリカと欧州、なかでもイギリスの制裁下にあり、最終的にはそれに耐えかねて、大幅な妥協をし、欧米との関係を正常化している。そのなかには、ロカビー事件の遺族に対する、巨額な補償金の支払いも含まれていた。
リビアと欧米との関係が、一旦は正常化するのだが、欧米諸国はその間に、リビアの石油ガスの採掘権を軒並み押さえ込み、老朽化したインフラの整備受注を、取り付けている。しかし、そのことによって、リビアと欧米との関係が、正常なものに成ったわけではない。正常化後も、欧米諸国はことあるごとに、古い話を蒸し返しては、リビアから金をむしり取ることを、繰り返してきている。
リビアはそうした欧米とのやり取りのなかで 技術的にはたとえワン・ランク下だとしても、安心して取引できる、トルコを相手に選んだのであろう。トルコはイスラム世界の代弁者代表として、あらゆる面でイスラム教徒アラブ人の不満を、欧米に堂々と主張してくれる、国にもなってきている。

たとえば、今年1月にエジプトのシャルム・エル・シェイク市で開催された、ダボス会議でトルコのエルドアン首相は、イスラエルのペレス大統領に対し、ガザ戦争を非人道的なのもであったとし、ぺレス大統領はその一部始終を知っていたにも拘らず、放置したと激しく非難している。
トルコは予定されていた今年10月のNATOの軍事演習で、イスラエルが参加することに反対し、不参加を決めた。結果的にNATOの軍事演習が中止になったことも、多くのアラブ諸国政府と国民を、歓喜させた。加えて、スイスで持ち上がったモスクの尖塔(ミナレット)建築禁止問題でも、トルコは明確に反対の意志を表明している。
リビアに続いてトルコとの関係を、促進させたのはヨルダンだった。アンカラでの会議と基本合意に続いて、11月末のギュル・トルコ大統領のヨルダン訪問を機に、トルコとヨルダンは経済技術など、広範にわたる協力に合意し、加えて相互のビザ廃止も、合意している。

トルコトとの間に、特別な関係をスタートさせた、これらの国々にもメリットはあろうが、これらの合意で、一番大きな利益を得るのはトルコであろう。もちろん、トルコが資金と人材技術を投入して、これらの国々に支援を送るという面もあろうが、そのことを考慮に入れても、トルコの得る利益のほうが大きかろう。
つまり、トルコは現在の段階で、シリア、ヨルダン、イラク、リビアに、自由なアクセスを得、経済活動が出来るようになったということだ。これに加え、トルコは東ヨーロッパのアルバニアとも、ビザ無し合意を交わしている。
 これに続いて湾岸諸国、チュニジアなどがビザ無し合意を交わすのではないかと予想される。物事の勢いとは無視できないものであり、他のアラブ諸国が、軒並みに追従していくことも、ありうるということだ。
トルコはビザなしに、これらの国々に乗り込み、自由な経済活動を展開するのと交換に、これらの国々の外交、安全保障、経済国家開発、教育、医療などの面で協力していくということであろう。

もうひとつ忘れてならないことは、トルコが今後、イラク、シリア、ヨルダン、湾岸諸国などに対し、水を供給していくということだ。水はアラブ世界にあっては、何ものにも代え難い、貴重なものであり、水資源がこれまで、あまり重要性を持たなかったのが、不思議なほどだ。
最近になって、アラブ諸国は押しなべて、水資源の重要性を、痛感し始めている。水を制する者は、アラブを制する、といっても過言ではあるまい。
海水の真水化もあるが、いまだにコストは高く、海水を真水に処理する段階で、不順物とあわせ、種々の成分も取り去ることから、極めて健康によくないものに、なってしまうといわれている。天然の水に勝るものは、無いということであろう。このトルコの水に対する需要は、イスラエルにもあるのだ。
そしてトルコは、水のパイプ・ラインとあわせ、エネルギーのパイプ・ラインも、中東全域に広げていこうと考えている。アゼルバイジャンからグルジアを経由し、トルコの地中海側の都市ジェイハンにつながる、石油・ガス・パイプ・ラインが、引かれ、イランからのパイプ・ラインも同様に惹かれている。

最近トルコが100年にも及んでアルメニアともめていた問題を解決し外交関係を開いたのも実は紺もパイプ・ライン構想に沿ったものだったのだ。アルメニアは1991年に、アゼルバイジャンとの間で起こった戦争で、占領したナゴルノカラバフ地域を、実質的に何の見返りも無、く返還することを決断したが、それはこの合意がアルメニアにとっても、大きなメリットがあったからだということになろう。
イランのパイプ・ラインはトルクメニスタンと接続しており、将来的には、ロシアと中央アジアのガス石油が、アゼルバイジャン側とイラン側からトルコに送られることになろう。そして、このパイプ・ラインで運ばれる、イランと中央アジアのガス石油は、ヨーロッパ諸国やアジアにまで送られることになるし、途中のシリア、ヨルダン、イスラエルにも、同様に送られることになろう。

こうしてみると、トルコは中東中にあって、将来的には中心をなす、国家になっていくということだ。そのことを、中東地域に位置するイスラエルや欧米諸国は、どう考えているのであろうか。
トルコの中東地域での大国化は、イスラエルにとっては潜在的な、脅威になる可能性があろうし、欧米諸国にしてみれば、トルコが中東・中央アジア地域で、影響力を強化していくことは、快いとは言えまい。ロシアも同様であろうことが推測される。
それでは、それにも拘らず、トルコの地域への影響力の拡大が、何故放置されているのかということを、考えてみなければなるまい。そのことに対する、現段階で出せる推測は、アメリカがトルコを中東地域のリーダー国として認知し、活用して行こうと、考え始めているからでは無いか。

アメリカは現在、イラク、イラン、アフガニスタンという、3つの困難な問題を、中東地域で抱えている。国内的には経済の悪化、国民健康保険、失業問題といった難題を抱えている。
そうしたなかでは、最重要課題以外の問題を、トルコに任せてしまったほうが、身動きが取りやすいのかもしれない。そうであるとすれば、アメリカはトルコの中東・中央アジア諸国への台頭を、奨励支援することはあっても、邪魔することはあるまい。
アメリカやヨーロッパ諸国は、不満を抱きながらも、現段階では、中東・中央アジア地域で、トルコに一定の役割を荷なってもらったほうがいい、ということであろう。それはトルコにとっては、千載一遇のチャンスでもあろう。
トルコが舵の取り方さえ間違えなければ、やがては地域の大国としての地位を、獲得することになろう。大国の興亡などと、気取ったことを言うつもりは無いが、アメリカや西ヨーロッパの国々の衰退の裏で、新たな大国が創造されつつある、ということかもしれない。

トルコはいま、無意識のうちに、オスマン帝国の統治システムと経済システムを、学習し始めていることを、あえて付け加えておこう。残念だが、そのことに気が付いている者も、関心を寄せる者も、日本の学者専門家官僚政治家のなかには一人もいない。
トルコのダブトール外相は、最近になって「オスマン人」という表現を、口にし始めている。まさにその言葉は、トルコがオスマン帝国の復活を意識していることの、証ではないのか。

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