http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20091124/210490/?ST=print
時事深層 2009年11月26日 星良孝=バイオ部
植物プランクトンから石油など燃料を作る取り組みが脚光を浴びている。トウモロコシやアブラヤシなどと比べて、圧倒的に生産効率が高いのが理由だ。米国は量産化に着手する中で、研究実績のある日本の動向が注目されている。
ワカメやコンブといった海藻の仲間から、石油やエタノールなどを生産するバイオ燃料のプロジェクトが、全世界で相次いで立ち上がっている。海藻の仲間といっても、油分の生産に使われるのは、大きさが数マイクロメートル(マイクロは100万分の1)ほどになる植物プランクトンだ。学校教育で教わる「ミドリムシ」のようなもので、「微細藻類」と呼ばれている。
効率はトウモロコシの100倍
大きさは小さいが、その生産効率は目を見張る。筑波大学大学院生命環境科学研究科の渡邉信教授の試算では、藻を1ヘクタールのプールで栽培した場合、生産量は最小でも47トン、最大では140トンにもなり得るという。同じ植物で1ヘクタール当たりの燃料生産量を見ると、トウモロコシが0.2トン、大豆が0.5トン、パーム油のもとのアブラヤシが6トンになる。藻の生産効率はトウモロコシの100倍超に上る。
こうした特徴に目をつけ、米国では、藻を利用した石油生産に巨額投資が続いている。米エネルギー省(DOE)は今年5月に大学、企業で構成する「藻コンソーシアム」に5000万ドル(約45億円)を拠出する計画を発表した。同じく7月には世界最大手の石油会社、米エクソンモービルが、藻に関する研究開発に6億ドル(約540億円)を超える投資を実施すると発表した。
石油ショックが契機に
米国の藻の研究は、1970年代の石油ショックにさかのぼる。DOEは「アクアティック・スピーシーズ・プログラム(Aquatic Species Program)」として投資を続けてきた。90年代も、大規模な試験を進めた。2004年以降の原油価格の高騰が実用化熱に火をつけた。今や創業間もないベンチャーから、年間1兆円規模を稼ぎ出す石油メジャーまでが開発競争に参戦している。
具体的な商用化プロジェクトも動き始めている。先行企業の1社が、米化学最大手のダウ・ケミカルを中心とするグループだ。ダウは、2009年6月にバイオベンチャーのアルジェノール・バイオフュエルズと共同で、テキサス州にあるダウの敷地内に商業規模の施設を建設する構想を発表している。
藻からどんな物質を作り出すかには、石油とほとんど同じものから、食用まで様々ある。ダウの場合は、藻を利用してエタノールを生産する計画を進めている。ダウはエタノールを燃料としてだけでなく、化学品の原料としても利用する考えだ。藻類を利用した一種のコンビナートだ。
藻から生成物を取り出していく工程は大きく2つに分かれる。藻を育成する工程と、育成された藻から生成物を抽出する工程だ。
最初の育成工程は、大きく分けると2通りのアプローチの仕方がある。1つは屋内で栽培する方法で、もう1つは屋外で栽培する方法だ。
屋内法は、水槽で人工光を利用する方法だ。屋内の場合、動物プランクトンや微生物の汚染リスクが少ない。その一方で、太陽光の代わりに光合成を促す光源として、蛍光灯やLED(発光ダイオード)などを使う必要があるため、光熱費がかかるのが難点だ。
微生物などの繁殖がリスク
屋外法の長所は、コストのかからない太陽光を有効活用できること。ただし、藻を捕食する動物プランクトンの侵入や微生物が繁殖したり、藻の栽培にかかせない水が蒸発したりする短所がある。先に挙げたダウ主導のプロジェクトは、屋外法を採用する計画だ。
動物プランクトンや微生物の繁殖リスクを軽減するため、ダウのプロジェクトに参加するアルジェノールは既に、フィルムを張ったドーム状の水槽内で藻を栽培する生産技術を構築している。フィルムを利用することで、天敵の侵入や水分の蒸発を防ぐ。
ダウは、アルジェノールの技術を基礎に、独自のフィルムを中心とした部材の開発に当たる。1つは太陽光で光合成に利用する波長を、効率よく集めるフィルムの開発だ。必要な波長だけを利用すれば、藻の生育にとって害になる余計な温度上昇も抑えられる。
太陽光のほか、CO2(二酸化炭素)、窒素分、海水なども藻の生育には欠かせない。アルジェノールの構想では今後、発電所から発生するCO2を取り込んだり、栄養分や海水を適宜導入したりする計画だ。
藻の畑で燃料を作り出す
多数の水槽で栽培した藻が効率よく太陽光を受け、光合成させることでエタノールを作り出す。近くの火力発電所で発生したCO2を水槽に送り込んで、光合成に必要な炭素のもとにする
育成された藻から生成物を抽出する工程も複数ある。従来、多くの企業は油分抽出に、藻をいったん天日干しで乾燥して、海苔の塊のようになったものをクロロホルムやアセトンの中に漬け込む方法を取ってきた。藻に含まれる油分をクロロホルムやアセトンに溶かして、これらの溶媒を揮発させて残った油分を取り出す。
しかし、乾燥にエネルギーがかかるうえ、クロロホルムやアセトンは、20〜30度ほどの常温では揮発しにくい。結果として工程が複雑になっていた。ダウは、藻の細胞外にエタノールを分泌する技術を開発、藻の細胞を壊して、生成物を取り出す必要をなくした。
生産コストの1ケタ削減を
今後の研究開発の課題は大きく分けて2つある。1つは優れた藻をより大量に育てること。慶応義塾大学はデンソーと共同で培養液に入れるCO2や窒素分などの量を調整して、最適な培養条件を探っている。もう1つは、藻から有用な物質を効率的に取り出すもの。
「商業化には生産コストを1ケタ減らす必要がある」と筑波大学の渡邉教授は言う。既存技術を適用した場合、生産量を1ヘクタール当たり年間118トンと仮定すると、生産コストは屋外栽培の場合は1リットル当たり155円、屋内栽培では800円になる。ガソリン価格は低水準にあるので、藻の燃料生産はさらなる低コスト化が必須だ。
まずは、藻をより大量に育てる研究開発を見ていこう。1つは、藻の品種選抜だ。Jパワーの松本光史・主任研究員は、2006年から全国27カ所で約900株の藻を集めた。
既に奄美大島のマングローブ林に生息したナビクラ属のケイソウが、他品種より短い1週間で、乾燥重量に対して56%の油脂を蓄積することを発見した。松本氏は「燃やした場合の熱量は石炭と同レベル」と語る。
品種改良で、より多くの油分を採取したり、藻の生育に悪影響を及ぼす高い温度や塩分濃度に対する耐性を高めることも重要だ。特に耐性は、安定的に生産するためのポイントとなる。屋外栽培の場合、動物プランクトンが侵入すると、1日のうちに藻が全滅することもあるからだ。耐性が高まれば、天敵生物がほとんど生きられない環境で藻を生産できる。
バイオベンチャーのネオ・モルガン研究所(川崎市、藤田朋宏社長)は、筑波大学の渡邉教授とともに品種改良プロジェクトを進めている。ネオ・モルガン研究所は、突然変異の頻度を引き上げる技術を持つ。突然変異とは、遺伝子情報の書き換えが起きることで、生物の形や性質が変化することだ。例えば、キリンの首が長いのは突然変異の結果とされる。
一般的に突然変異は、DNA(デオキシリボ核酸)がコピーされる際のエラーが原因の1つとなる。ネオ・モルガン研究所は、作為的にエラーを起こすことで、自然界よりも突然変異の頻度を高めて、様々な機能を持つ藻類作りを目指す。
藻から有用物質を抽出する研究開発を見ていこう。先のダウのように藻が分泌するように改良するというアプローチがある一方で、日本の電力中央研究所が従来法の欠点を一掃する独自技術の開発を進めている。
下水浄化を活用
電力中央研究所は、下水浄化技術を応用して、燃料などとして利用されるジメチルエーテル(DME)で、藻から油分を分離する手法を開発した。DMEは有機物の溶解力が強く、沸点がマイナス25度のため、常温で直ちに気化する。
同研究所の神田英輝主任研究員の研究開発は、従来法の乾燥工程をカットすることが最大の特徴だ。栽培液ごと藻をDMEと混合するのだ。DMEは、藻に含まれる油分だけを溶かし込む。このDMEを取り出して60度程度の熱をかけると、DMEは気化して油分だけが残る。使用済みDMEは再利用もできる。実験によると、40%程度の回収率を達成した。
日本は1980年代以降、東北電力、関西電力、東京電力が、藻を利用した燃料生産の研究開発に注力していた。2000年まで通商産業省(現・経済産業省)も国費を投じていた。その取り組みを無駄にせず、水田を藻の栽培池に利用するなど、日本ならではの取り組みを打ち出せば、海外勢との開発競争に勝ち抜ける可能性は十分にある。日本の技術が力を発揮する領域を、検討する価値はある。
微細藻類油田の詳しい情報は、日経BP社発行のバイオ専門誌 「日経バイオテク」を、併せてご覧ください。
2009年11月26日
この記事へのコメント
コメントを書く