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大崎水産は勝一(かついち)の父、大崎信一(のぶいち)によって昭和3年に現在の広島市西区の海辺の町、草津に設立された。 草津は古い歴史を持つ港町で、旧山陽道の要衝として発達し、現在も旧街道沿いを中心に歴史ある街並みが残されている。
草津には多くの良質の魚が集まり、その魚を利用する蒲鉾屋も数多く軒を連ねていた。 蒲鉾屋には半分漁師として生計を立てている者も多く、信一もそうであった。 その中でも信一はもっとも早い時期に自分の漁船に「発動機」を取り付けて評判になるなど、進取の気概のある人間であった。 |
【大崎信一とその娘】
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信一から大崎水産を受け継いだ勝一は、伝統にとらわれない珍味蒲鉾を数多く開発した。 勝一の稀有な点は、その製造機械の開発にも自らたずさわっていたことである。
ある日、勝一はいつものように工場を見回っていたが、 ふと、「かに胡瓜」の製造機の前で足を止めた。 この「かに胡瓜」も勝一が開発した珍味蒲鉾の一つで、かに肉をつめたきゅうりを、ノズルから出した魚肉で巻いて製造する。 製造の一工程が終わるたびにノズルの中に残った魚肉が圧力で押し出され、その魚肉にカニの汁がまざる。 これを食べてみるとカニにそっくりの味がした。 「この魚肉をうまく活用すればまったく新しい食品ができる」 |
勝一にはひらめくものがあった。さっそくカニ汁のたっぷりまざった魚肉を取り出し
以前に開発した魚そうめんと同じ要領で試してみた。 「これに赤い色をつけてやればカニ足風のかまぼこになり、高価なカニとほとんど同じ味を安く皆さんに楽しんで頂ける」 「フィッシュスチック」への挑戦がこの時から始まる。 やがてかまぼこ業界の救世主となるこの製品は、当初「カニスチック」と命名されたが、後に「フィッシュスチック」に改名され、昭和50年に市場へデビューすることとなる。 |
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大量生産を行う為の機械化にあたっては、クリアしなければならない3つの大きな難関があった。 ひとつは、そうめん状の身をどのようにしてくっつけるか。次に、いかに均等に赤い色を着色するか、そして、どのようにして全て同じ長さにカットするのか。 束ねる・吹き付ける・切るの3つの問題が立ちふさがってきた。 が、この機械開発にも、「さざれ石」や「浜の松茸」など珍味蒲鉾開発で培った勝一の経験と独創性に富んだアイデアが活かされた。 試作機に改良をかさね、奇跡的とさえいわれた大量生産の完全自動化を、昭和53年5月、ついに独自の力で完成させた。ここには大崎水産のノウハウの全てが結集されている。 |
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「フィッシュスチック」は最初すし屋で話題になった。
高価なカニ寿司とほとんど同じ味を、ずっと安い価格で味わえるとの評判が次々に飛火。 そして、当時かまぼこ業界は不況のどん底にあえいでいたが、 他社も次々に「フィッシュスチック」の類似品を発売。 かまぼこ業界に久しぶりに活況が戻ってきた。 かに風味蒲鉾はまったく新しいタイプの食品として脚光を浴び、サラダのトッピングや天ぷら、すしネタなど、新たな用途・メニューが次々と開発され、レストランや家庭料理など各方面で使われるようになり、生産量は大きく伸びた。そこでは当然販売競争も激化した。 |
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「大崎水産でも戦略上、高級品だけでなく中級品を販売してはどうか」といったアドバイスを何度も受けた。 しかし、現会長・大崎誠一は、 父勝一の精神を受け継ぎ「自分の納得できない品質の商品は生産しない。品質を落とすのなら作らぬほうがましです」ときっぱり拒否。 その姿勢は海外でも理解され、昭和59年3月にはイギリスのエジンバラフードショーに出展し好評を博した。 次いで、フランス、スイス、スウェーデンの厳しい基準規制をパスし、厚生省より正式に輸出許可が降りた。 大崎水産では、対EUだけでなく対米のHACCP認定も取得。高品質にこだわった大崎水産の製品は、"Osaki Brand"として地位を確立し、ロサンゼルス、ニューヨークなど各地で取り扱われるようになった。 やがて、かに風味蒲鉾は、日本・欧米だけでなく、タイ、マレーシア、インドネシアなどの東南アジアや、オセアニア、中南米、中東などの一般家庭でも食される世界的な食材に成長した。 |
「より新しく、より美味しいものを、より多くの人に喜んでもらいたい」という勝一の夢は、"FISH STICK"となって、今、世界中の食卓で愛され はばたいている。
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ご購入について 「フィッシュスチック」は、広島市西区の小西屋様、広島県内食品スーパーなどでお買い求めになれます。広島県外の販売店様につきましては、「製品のご購入について」のページをご参照下さい。「フィッシュスチック」を使った料理レシピの紹介ページもございます。 通信販売をご希望のお客様は、きの屋かまぼこ様ネットショップなどをご利用下さい。 「フィッシュスチック」の受賞歴 昭和50年(1975年) 昭和52年(1977年) 平成19年(2007年) |
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