<リプレイ>
●Decision 「この砦を……棄てろと?」 「死んだらそこで終わりなんですよ……」 「だが、この山を失う事は死も同然だ!」 「生きている限り、何度だってやり直そうと思えばやり直せますっ」 砦内の一室でのこと。 氷室・まどか(小学生雪女・b51391)は必死の思いであやめに訴えかけていた。 「死ぬ事が本意、か?」 まどかの背後から桐嶋・千怜(萃禍・b01805)が音もなく歩み出る。 「皆で一丸となって戦えば……!」 「現状ここで応戦すれば2陣と事を構える形となり生き残るのは難しい」 千怜たちは現在二手に分かれ、行動している。 片方は砦に残り、そして片方は土蜘蛛の青年草月を『逃がす』ために砦から出立したところだった。 「それは幼く今を生きる者達も例外なく巻き込まれる。長、貴方の考えを聞きたい」 「長、私は……!」 緊急事態という事もあり体を起こし上座に座る長老は、しばらく無言だった。 「……この状況、本来ならば」 そしてようやく口を開いた長老に一同の視線が集まる。 「女子二人に言い寄られるとは……ふぉっふぉ、年老いてもなお、わしは幸せモンじゃの」 「こ、こんな時でもそのような冗談を……」 まどかたちはそれはもうガクリと肩を落としてしまったが、すぐに居直って真面目に話をするように催促するのだった。 「心に余裕をもってこそ、じゃよ。ごほっ。さて……少しばかり様子を見たいところじゃが」 軽く咳き込む長老がちらりと外を見た。 同時に、外の警戒に当たっていた釜崎・アイリーン(巡る音と流れる歌・b45268)が小走りで部屋に入ってきた。 「何かあったのか?」 「笠間陣営の方がいらしてます。何やら申し出があるようですが……」 どうやら、門前に笠間の使者が来ているようだ。 「そうも言っていられぬ、という事かの。千怜殿、まどか殿、それから愛燐殿」 「はい」 「あやめと共にお客人の話を聞いてもらえまいか」 「構わない、のですか?」 今後を我々に託して良いのか。 その意味を含んだ問に長老はイタズラっぽく笑った。 「あなた方ならわしよりも良い決断が下せるじゃろう。ごほっ」 「……わかりました」
砦の玄関口である外門から少し離れた場所に3人の使者がいた。 それぞれが簡単に、事務的な挨拶を交わすと「早速だが」と笠間側の一人が話を持ち出す。 「この砦を捨てて逃げるならば特に何もしねぇが……もし戦うってんだったら、誰だろうと手加減すんなってのが命令だ」 海と名乗った男の言葉に、やはりと言うべきか。あやめが食いかかった。 「私たちに協力し土蜘蛛を退けるという話は嘘だったのか!? 卑劣な輩め!」 「俺は別にいいんだぜ? 蜘蛛と笠間……二つを敵に回して生き残れるってんなら見ものだからな」 「くっ! お前程度、この私が――」 「私共を手に掛けますか? 帰ってこなかった時も含め、こちらは全ての手筈は整っておりますので」 嘲笑するかのような海に向かって剣を抜き放とうとしたあやめを、海と同行してきた要の言葉が制する。 「大人しく砦を明け渡していただければ、こちらも手出しはしないのです」 それは妖狐のためでもあり、土蜘蛛を討ち滅ぼす目的は果たせるのだと物静かそうな少女、宝は言う。 「戯言を!」 千怜たちに抑えられ、あやめは使者たちを睨みながらも身を引いた。 「……少し時間をもらえるか?」 「ええ、こちらとしても無闇に人の命を奪いたくはありませんから」 「あんまり遅ぇと蜘蛛が来やがるぜ」 「わかっています」 千怜とアイリーン、まどかはあやめを連れ、一度砦の中へと戻る事にした。 多くの妖狐が不安そうな、あるいは興味津々といった様子で少女たちのまわりに集まってきた。 「土蜘蛛も笠間も、本気で陣を敷いているようですね」 「ああ……」 「癪ですが、背に腹は変えられません……この場から手を退くのも、一つの策でしょう」 アイリーンの言葉に苦い顔をするあやめは小さく震えていた。 「わかっている。わかっているんだ……。でも、だからこそ!」 「あやめさん……」 「お姉ちゃんたち……どうしたの?」 彼女たちを囲う輪からとことこと中心に歩いてきたつけ耳を頭にのせた少女をまどかは優しく、しかししっかりと抱きとめる。 「大丈夫。お姉ちゃんは大丈夫だから……」 「むぎゅー。んん。だいじょう、ぶ?」 その様子を見たあやめは心なしか落ち着いた表情になり、 「幼く今を生きる者達の為にも……か」 「決心は、つきましたか?」 長老の孫娘の口は動かなかったが、その瞳に先程までにはなかった光が宿っていた。
●Destiny 深い森が広がっていた。 藪を切り分け、落ち葉を踏みしめながら一団は山を進む。 「おにーちゃん、こっちっ」 新町・果(約束の地・b28478)は疲れきった顔をした青年の手を引き、歩く。 何度も転びそうになりながらもその手は離さない。 「……どうして?」 青年――草月は独り言のように呟いた。 神農・撫子(おにしるべ・b13379)も同様に、誰かへ伝える言葉としてではないように言った。 「理由が必要ですの?」 「……」 「妖狐の皆様の願いを少しでも叶えたい、というところでしょうか」 それは半分本当で、半分が嘘だと土御門・香月(氷月に降る淡い蒼雪・b63217)は思う。 しばらく無言の時間が過ぎ、木々に囲まれた大きな岩まで辿り着いた頃。 「……気がついていたのかな〜?」 草月と顔を合わすことなく、水原・椎奈(陽だまりの姫君・b31817)が言った。 「繰り返すこの世界のこと」 「……?」 「ごめんね」 次の瞬間、草月は完全に包囲されていた。 「逃がすと言っていたであるが、すまないである……草月」 そして気付く。 霧島・燐(神技流空手伝承者の内弟子・b29825)の手にある薙刀の切先が自分に向けられている事を。それが彼だけでなく、取り囲む者全員がそうしている事も。 薄々ながらも草月は感じ取っていたのだろうか。一瞬目を見張ったかと思えば、ただそれだけだった。 「……するべき事をするだけだから、謝らないよ」 「……」 後ろ手に縛られていた草月はゆっくりと膝を付き赤金・茜(銅の鎧巫女・b13957)を見上げる。 「何か、言い残したい事、あるか? ……少しなら、聞いてやる」 それは死の宣告も同然の質問。 アイン・ヴァールハイト(コキュートス・b22629)の声は少しだけ、震えを抑えているように感じられた。 「――――」 山を撫でるような穏やかな風が流れ、木々の葉や雑草をそよがせた。 小さくも確かに口が動き、言葉が紡ぎ出され―― 「!」 確かに聞いた。 そして伝える。 約束した。
暖かな液体が山の柔らかな土へと染みていく。 鼓動に応じるように溢れる血は、徐々に弱々しく。そしてそれは『死』に近付いている事を誰の目にも明らかにしていた。 「待って!」 「果様……?」 息を細く吐く草月と仲間たちの間に果が立ち塞がった。 「おにーちゃんは死んだって思われればいいんだよね? なら充分……もう充分だよ……」 「……。彼は、もう……」 「私、やっぱり死なせたくない!」 果の瞳は涙で溢れかえりそうになっていた。 「ごめんね。ごめんね、おにーちゃん……」 赤く染まった草月の手を優しく握り締めると、もう何も見えないであろう虚ろな目を果に向け。 「……っ…………」 「おにーちゃん? 草月おにーちゃん……?」 少なくとも苦しんだ顔をしていない草月は、絶命した。 「今は、こうする事が最善でした。そして……まだ全てが終わったわけではありません」 感情を押し殺したような顔の茜は果の背中に語りかけた。 「そうですの。もう間もなくここには」 撫子が言いかけ、 「草月様!?」 茂みをかき分け、言わんとしていた者たちが現れた。 全速力で走って来たのだろう。土蜘蛛側に潜伏していたリコリスと恭真は息を荒くし、額に汗を浮かべながら状況を静観すると、 「草月は、死んだのか?」 「……はい。間違いなく」 地面に横たわる草月を認めたリコリスは、軽く俯いて唇を噛んだ。 「できれば全部を話して、ごめんなさいしたかったのです……」 「……ごめんね」 ようやく立ち上がった果は、リコリスにそれだけを言った。 「なあ、草月」 冷たくなりつつある草月に歩み寄りながら恭真が口を開く。 「結局貴様は、『何』を守りたかったんだ?」 目を閉じ、穏やかそうに眠る青年が答える事は二度となかった。 恭真はしばらく草月を見つめてから木々の隙間から見える、違和感のある空を仰いだ。 そう遠くない位置から大勢の気配が感じ取れる。 「……また戦わねばなりませんのね」 「ああ」 撫子に恭真、その場にいる能力者たちは詠唱兵器を握る手に力を入れた。
●Desire 「すまない、愛燐。私は多くの友人の命を無下にしてしまうところだった」 「いえ、命あればこそ……ですから。必ずこの地を取り戻すことも出来ますよ」 「そうだな。死んでしまってはそれも叶わない」 「ただでこの砦を明け渡すわけにはいかない」と砦に自ら火を放ち、山を下る途中。あやめはアイリーンに頭を下げ、感謝している旨を伝えた。 「アタイはあやめサマがいりゃー、どこでも楽しいけどな!」 「うんうん。あ、もちろんこの山も大好きだけどねー」 まわりの妖狐たちはいつもと変わらない様子でわいわいと盛り上がっている。 変に悲観的になるよりはいいかもしれないが……。 (「それがここの妖狐たちのいいところ、かな?」) 周囲を警戒しながらも、アイリーンもそれにつられて笑っていた。 「良い仲間たちだな、あやめ」 「千怜か。子供たちは大丈夫だろうか」 「遠方に遊びに行くようなはしゃぎぶりで、まとめるのに苦労した意外は問題ないな」 「そうか……」 詳しい事情を伝えていない子供や長老を含めた高齢の妖狐を先に誘導していた千怜が戻ってきていた。 「長……いや、お爺様に代わり礼を言いたい」 「礼なら」 全てが終わってからにしてくれ。 その言葉がすぐに出てこない。 「いや。どうやら戦火が広がっているようだからな、私たち3人は有事に備えて殿につきたいと思う」 「そういうことですので、一度ここでお別れです」 「なんだ水くさい。あまり戦力にはならないだろうが、一族の代表として私も――」 千怜たちの宣言に身を乗り出そうとするあやめだが、それを制したのは千怜でもアイリーンでもなかった。
砦の要所要所に燃えやすい物を配置したり、荷造りをしたりしている最中の事。 「秋桐君」 「きみは……まどか?」 まだ少しほうけている秋桐をまどかが呼び止めた。 「あやめさんの事、大事に思っていますか?」 「そ、それは……。でも、僕は守れなかった……」 「それなら強くならないと。そう、本当に大事なら、その背中を任せてもらえるぐらい強くならないと駄目ですよ……心身ともに、ね」 「か、簡単に言ってくれないで欲しいな……」 「これ、私の実経験ですよ」 まどかはどこか憂いた表情で秋桐を見つめた。 強く、なりたい。 少年は心の中でまどかの言葉を反芻し続けた。
「あやめ!」 「あ、秋桐?」 「……一緒に、いこう。あやめはみんなを守らないといけないし、それから」 意表をつかれた様子のあやめに秋桐は畳み掛けるように続けた。 「あやめは、僕が……。僕も、一緒に戦うから……」 「……。ぷっ、あはは! わかった。秋桐が一人でというのも心許ないからな」 「秋桐君……」 まどかはほっとしたような笑顔で秋桐を見た。 「では、後方は千怜たちに任せるとしよう。必ず戻ってくると約束してくれよ?」 「……。ああ、約束だ」 「よし! 私たちはまず先頭の様子を見にいくぞ、秋桐!」 「あ……うん!」 元気よく駆け出そうとするあやめは一度振り返り、 「山を下りたらまた会おう!」 笑顔で手を振っていった。 果たせない約束だとは知らずに。 古戦場から出るとどうなってしまうのかも知らずに―― 「……行ってしまいましたね」 「そうですね。でも、最後は笑顔で本当によかった」 「私たちも最後まで露払いを頑張るとするか」 残された3人は次第に大きくなってくる戦いの音に詠唱兵器を構えた。 空の亀裂が目立ち始めた頃だった。
●Daily 「うっ、ううっ……」 「もう、全部終わったのです……だから」 最後の雑霊弾を撃ち出し、そのままの格好で涙を流していた果の手をリコリスはそっと握った。 「あ……。しーちゃん?」 シャーマンズゴースト・シャドウのシオンも心配したように果の側に寄り添っている。 「古戦場は、崩壊したのです」 「そっか……おわったんだね……」 おぼろげに空の亀裂が拡大し、そこを起点に世界が割れていった記憶があった。 「消したかったのは……」 「?」 「悲しい『オモイ』だけだったのに……。これじゃ……」 持ち出した草月が着ていた着物を手繰り寄せようとしたが、それも幻影と共に消えてしまったのだろうか。 「大丈夫ですの」 果の後ろには撫子に茜、それから恭真がいた。 撫子はモーラットピュアのマロウを胸に抱いたまま果に歩いていく。 「あの二人はたぶん……」 草月は無念だったろうか。恨んでいただろうか。悲壮に満ちていただろうか。 もう確認する術はないが、撫子たちはそうは思えなかった。 「草月の死に哀切はない。……どうせ全部幻想だ」 言い切ってしまえばそれだけだが、恭真はその言葉をただ冷たく言い放ったわけではないようだった。 「幻は消え去るのがこの世の摂理というものだ」 「……わかってる、けど……」 「これが最良の結末かどうかはわかりませんが、彼らに対する思いが全て悲観的であるとも……決め付け、られません」 下を向く茜の顔を窺う事はできない。 幻とはいえ人と人を引き離し、そして命を奪ってしまった事に対する負の感情は簡単に拭い去る事は難しい。 「でも、妖狐の皆様は『生かす』事ができました」 「生かす……」 戦闘が激しくなるにつれ、妖狐の砦側に戦線が拡大している事を知り、自然と『抑え』と『攻め』の2部隊に分かれてしまい、その時離れ離れになってしまったアインたちを探しに出ていた香月が戻ってきた。 「どうでした?」 「皆様怪我はしていますが無事のようです。アイリーン様たちも恐らくこの近くにいると思います」 「……生きてさえ、いれば」 果は小さく呟くと、涙を拭った。
詠唱兵器を下ろし、まどかは安堵の息を吐いていた。 「幻影の古戦場、消えたようですね」 「そうらしい」 大挙していた土蜘蛛や笠間の軍勢はそれこそ幻と化し、触れる空気は馴染み深く感じられ、『元の世界』に戻ってきた実感を煽った。 「生きていれば、約束も……」 アイリーンはあやめたちが去っていった方を眺めていた。 「泡沫と消えゆく身なれど、此処に居た証は……確かに」 そして千怜は静かに目を閉じた。 「――あ、あれは!」 遠くに見知った顔を見つけたアイリーンは、千怜とまどかと共に歩き出した。 幻影は消え、残ったものはかけがえのない――
|
|
参加者:10人
作成日:2009/12/09
得票数:ハートフル1
|
冒険結果:成功!
重傷者:アイン・ヴァールハイト(コキュートス・b22629)
霧島・燐(神技流空手伝承者の内弟子・b29825)
水原・椎奈(陽だまりの姫君・b31817)
死亡者:なし
|
|
あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
|
|
|
シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|
|
 |
| |