4.『幸運な出会い』―モンブラン二桁シリーズ
あれは数年前、小さなとんかつ屋の座敷席でkugel_149さんと食事をしていたときのことです。例によって万年筆の話をしながら、とんかつをつまんでいたのですが、隣に座っていたkugel_149さんがふと「二桁シリーズって使ったことがある?」と私に尋ねてきました。「いいえ」と私。当時の私は、マイスターシュテックといえば#146、#149などの14Xシリーズばかりに目が行ってしまい、二桁シリーズの存在だけは知っていたものの、触れたことすらありませんでした。もちろん、二桁シリーズのラインナップなど全然知りません。「いいよ〜、あれは。試しにちょっと書いてみる?」とkugel_149さんがおっしゃるので、思わずうなずくと、見慣れないカタチの万年筆を手渡してくれました。その万年筆のペン先が紙に触れた瞬間、ほかの万年筆にはない一種独特の感触がありました。ペン先が柔らかくしなやかに圧力を受け止めて、素直にスルスルとインクが出てきます。どこまでもどこまでも線が引いていけそうな感じがしました。「真っ直ぐな印象」とでも表現するべきなのでしょうか。ちょっと筆圧をかけても、ペン先は開くことがないので、インク切れすることはありません。「これすごくいいですね!」と私が言うと、「そうだろう〜」とkugel_149さんはニンマリと微笑み、得意げに小鼻をうごめかしました。
これがモンブランの二桁シリーズとの出会いでした。そしてこれが、私の万年筆人生の方向性を決定づけるきっかけとなったのです。その見慣れない万年筆は、モンブランのマイスターシュテックの#22だったと記憶しています。二桁シリーズは#149や#146などよりはやや細身で直線的なデザインで、ニブはフードに半分覆われています。このデザインは、モンブラン社が1959年にアルブレヒト・グラーフ・ゲルツ(Albrecht Graf Goertz)に依頼して造型された画期的なデザインでした。ゲルツはBMW 507のデザインをした人です。2桁シリーズの素材はそれまでのセルロイド成型から、プラスチック成型に変更されたそうです(しかしプラスチック素材ゆえの欠点がいくつか出ることになりました)。二桁シリーズは、60年代だけ生産されました。二桁シリーズの優れている点は、このプラスチックでもってシンプルな構造にしてあるために、故障しにくいのです。仮にどこかの部品が壊れても修理・分解しやすいので、パーツさえあれば、交換してまた使えます。工業製品としては、「単純な構造でかつ修理しやすい」という最も理にかなった設計をされていると言えるでしょう。ウイングニブと呼ばれるそのカタチは、前からみると、スルメイカのようなカタチで(イカペンとはよく言ったものです)、横から見るとニブ先端の形状がちょうど茶杓のようなカタチをしています。このニブの形状から、二桁シリーズの絶妙な書き味が生まれてくるのです。kugel_149さんに、試し書きさせていただいた#22や#24には14Cのニブが付き、#12や#14は18Cニブが付きます。金属キャップの#72、#74、そして金属軸と金属キャップの#82、#84も18Cニブです。よく誤解されるのですが、14Cが18Cより硬いということはありません。むしろ、14Cの方が柔らかい個体が多いような気がします。またウイングニブにもかなり個体差があり、ウイングニブだからすべて柔らかいという訳でもないと思います。ちなみに、私も同じ#14や#74を数本づつ書き比べてみましたが、硬い個体もありました。したがって、二桁シリーズを購入される際は、できるだけ試し書きをしてから、購入されることをお勧めします。
ただ、この二桁シリーズにも欠点がいくつかあります。まず一つ目。#22、#24、#12、#14などプラスチックキャップを持つシリーズは、キャップにひびが入りやすいのです。これは、キャップが嵌合式(パチッと嵌め込む方式のこと)であるために、キャップは内側から嵌合するためのパーツである金属の圧力を受けているためだと思われます。欠点の二つ目。ニブのフードが付いている軸の部分(プラスチック)が、割れやすいのです。これは普通に使っていても、経年変化で割れてしまうそうなので、パーツを揃えておくよりほかはありません。欠点三つ目。インクヴューの部分が、これまたひびが入りやすい。分解したあと組み立てる際に、インク漏れがしないようにと力をこめて捻ると、インクヴューにタテにひびが入ることがあります。これは力を加減するということしか手立てはなさそうです。
二桁シリーズのラインナップなど、二桁シリーズについてもっと知りたいという方は、『趣味の文具箱vol.3』に特集されていますので、ご参照ください。
一旦、このウイングニブの感触に触れてしまうと、もう病み付きになってしまいます。筆記するときは、キャップを尻軸に嵌めて書くと、重すぎず軽すぎずとてもバランスがよいのです。二桁シリーズの中でも、#74は最もバランスが良いと思います。私はこれで二桁シリーズに「嵌まって」しまったのでした。それ以来、最も握っている時間が長いのはこの二桁シリーズですし、仕事をするときも外出するときも常にいずれかの二桁シリーズを持ち歩くようになりました。現にこのブログの原稿も、二桁シリーズで書いています。おそらく終生、二桁シリーズを使い続けると思います。二桁シリーズとのこの幸運な出会いのお陰で、私の中でそれまで定まらなかった万年筆へのスタンスが、しっかりと定まりました。私は、kugel_149さんと二桁シリーズには感謝しなければならないのです。
Posted by salty7 at 05:21
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http://blog.livedoor.jp/salty7/大好きな2桁シリーズで書いた渾魂の一作
万年筆愛好家の棲家にたどり着いた愛好家の皆さん
万年筆愛好家の棲家をご愛読のみなさん
kugel_149です。
salty7 さんは、万年筆の評価については客観性が高いのですが、
他人を見る眼はときどき曇り、他人を評価するのが苦手なようです。
私は、ただマイコレクションを見せびらかしたに過ぎません。
その辺を前提にお読みください。
2桁シリーズは、特にsalty7さんがお持ちのものは、
いずれも極上の、ふんわりホワホワの、ソフトタッチモデルばかりで、
こいつ、生意気な!、と思わず、とんかつを揚げて煮えたぎっている油を
ぶっ掛けてやりたくなるほどです。
これは、実は、いずれもしっかりと調整をしてもらってから、
使い込んでいるからなのです。ここが肝心です。
詳しくは、pelikan_1931 師匠におたずねください。
はじめまして。
私もモンブラン2桁シリーズを愛用しています。
74のバランスの良さについては全く同感です。
はじめまして。 DahliaというHNでブログ書いたり、掲示板などに書き込ませていただいています。
モンブランの2行はフルハルターのHPで知りましてね、1年ほど前になりますか、オークションで落札しました。ボディーの状態。 Mのニブはやわらかさでは申し分なく、ただ、どうしても角度が少しでも捻るように持つととひっかかりを感じ、非常に使いづらいもんだなぁ?と思い、ペンクリで調整してもらったら、非常に書きやすいもので、これが二行の凄さか・・・。
と、それ以来常に胸に刺さっているのがこのNO14です。
最近、2桁シリーズの中でも、22の小さい方の14Cニブの出来に感心している。これは良い!
こまねずみさん
二桁シリーズは#74以外に、どのようなものを愛用していらっしゃいますか?どのような場合にお使いになっているのか教えてください。
Dahliaさん
ブログ、時々拝見させていただいています。いつも楽しみにしています。Dahliaさんも#14をお使いとのこと。気負わずに、常に持ち歩いて使えるのが二桁シリーズの良いところだと思います。
pelikan_1931師匠
師匠に調整していただいた#22。書き出しにインクがかすれることはなく、とても調子いいです。ありがとうございます。#22の14Cニブがとても出来がいいのは、どうしてなのでしょうか?大きさ故なのでしょうか?とても興味があります。教えていただければ、幸いです。
首軸先端がオーバーフィードの役割をしているからでしょうな。
はじめまして。tomizoと申します。
本日、OBニブの72を購入したものです。
柔らかいペン先と独特のバランスにほだされています。
いいですねー。
いままでいろいろな万年筆を使ってきましたが、よう
やく満足できる書き味の万年筆に出会えました。
これから使い込んで行きたいと思います。
tomizoさま
コメント、ありがとうございます。モンブラン#72・OBニブのご購入、おめでとうございます。ペン先のフワフワは最高ですよ!ようやく満足できる書き味の万年筆に出会えたとのこと。それは素晴らしい!これからも末永く、MB72を可愛がってあげてくださいね。