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天声人語

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2009年12月5日(土)付

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 師走の今ごろは、喪中のはがきが日々届く。冬の空から降りてきたように、ひそやかに郵便受けにある。紋切り型のあいさつ文は、事務的な素っ気なさゆえに、亡き人をきっぱりと生者から遠ざける▼賀状だけのつきあいが長く、もう面影だけの人も、現実に幽明を隔てれば感慨は深い。子を亡くしたと知れば、友の悲嘆を思って切ない。会いたかった恩師は夏に旅立っていた。何枚かを手に、歳々年々人同じからず、の思いがつのる▼〈船のやうに年逝く人をこぼしつつ〉。小紙長野県版の俳壇選者、矢島渚男(なぎさお)さんの句である。過ぎていく年を大きな船の航海にたとえた。そこから一人、二人とこぼれていく。つまり亡くなっていく。「逝く」のは時であり、人でもある▼「人生の時間は豪華客船に乗っているような華やかなものです」と、句のイメージを矢島さんは話す。その船から今年も多くの人が下りていった。ゆく年を偲(しの)ぶのは、亡き人を偲ぶことに、どこか通じていく▼先ごろの声欄で、亡くなった後輩から喪中はがきが届いたという女性の話を読んだ。「10月16日、45歳で、未知の世界を旅することになりました……」。病床でしたためたはがきに親族が日付を入れて出したそうだ。それこそ天から舞い降りた、心に染みる一枚(ひとひら)だろう▼とはいえ偲ぶより、来る年を喜び合う方がどれほど幸せか。当方、これまでの仕事でお近づきになったご高齢は多い。〈まだ生きているぞ賀状の面構え〉蔵巨水。年の瀬に恙(つつが)なきを祈りつつ、よき「面構え」との再会を心待ちにする。

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