現在位置:
  1. asahi.com
  2. 天声人語

天声人語

アサヒ・コム プレミアムなら過去の朝日新聞天声人語が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)

2009年12月2日(水)付

印刷

 「癇癪(かんしゃく)を起こす」とか「癇癪玉を破裂させる」とか、以前は言ったものだ。いつしか「キレる」という、寒々とした言葉がとって代わり、世の中も殺伐となってきた。大きい癇癪玉の破裂は「ブチキレる」などと言う。荒い言葉である▼殺伐感は学びの場にも募っているようだ。文科省の調査によれば、昨年度に確認された児童生徒の暴力行為は約6万件にのぼった。この3年で7割増え、過去最多だという。数字がすべてではないだろうが、ゆゆしき事態には違いない▼彫刻刀を振り回す。床に倒した友だちの顔を踏む。そんな行為も起きている。給食のときに「自分だけ少ない」と文句を言われた配膳(はいぜん)係は、怒って容器をまるごとひっくり返した。この程度のことは珍しくないという▼「怒りをうまく言葉にできないようだ」と、あるベテラン教諭は印象を語る。人材育成コンサルタントの辛淑玉(シン・スゴ)さんも同じ指摘をしていた。「怒る」とは言葉で感情を表すことをいう。しかし表現する言葉を失ったときに、人はキレる(『怒りの方法』岩波新書)▼キレやすい人は往々にして表現の力が乏しいそうだ。自らの感情を受け止めて、相手に伝える。そうした言語力の「堤防」が低いと、感情はたちまちあふれて洪水を起こしてしまう▼携帯やゲーム、会話の減少など、他にも様々な要因が背景にあるようだ。「良い怒り」は人間関係をつなぐ。だが「キレる」とそれを絶ってしまう、と辛さんは言う。大人も含めて、「怒り方」のゆがんだ社会は笑い方を忘れた世界のように虚(むな)しい。

PR情報