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1956(昭和31)年に生まれたので、この年の歴史的な流行語と道連れで育った。「もはや戦後ではない」である。政府の経済白書にうたわれたが、もともとは文学者の中野好夫が書いた評論の題名だった。その趣旨は、復興を宣言する白書とはやや違う▼「『戦後』という言葉は便利重宝なものであった」と中野は言っている。つまり、「戦後」を持ち出しさえすれば、責任を免れるとまではいかなくても、何ごとにも便利な言い訳になった。そろそろ日本人は「戦後」に甘える気分を捨てるべきだ――。そんな意味が込められていた▼時は流れて、流行語の今年の大賞に「政権交代」が選ばれた。予想どおりだった方もおられよう。はかない流行(はやり)言葉(ことば)があふれる中、歴史に刻まれそうな重みを、単刀直入な四文字は宿す▼しかし鳩山首相は表彰式を遠慮した。心中、「もはや政権交代ではない」の思いがあるのかもしれない。政権の発足からきょうで79日になる。「七難」を隠す便利重宝な語も、そろそろ賞味期限が見える▼なのに、ここに来て国会軽視がますます著しい。自民も自民だが、民主党の責任はいっそう重い。国会は採決だけの場ではない。民主的な討議とは、多数派が少数派の批判に耐えられるかどうかが試される過程にこそ、意味がある▼拙速議決も審議の拒否も、互いに以前の「敵」をまねているようでは、民主党もお里が知れる。せっかくの流行語大賞である。あれは「政権交代」ではなく単なる「攻守交代」でしたと後世に注釈がつくようでは情けない。