いちばん偉い先生に教わりたい!
1歳のころ記憶に焼きついた絵本作家、武井武雄先生に弟子入り
実は元・銀行員だったんです!
有名絵本作家の意外な過去
――武井武雄さんに師事されていたとのこと、当時はどんな毎日でしたか?
絵本作家になろうと決心したのは、私が1歳のときに買ってもらった最初の絵本『おもちゃ箱』の影響です。私の子ども時代ですから、それはそれはモダンな本でした。子どもに本を手渡すことは、その子の一生を決めることかもしれないですよ(笑)。
絵本作家をめざすなら、いちばん偉い先生に教わりたいと思い、迷わず武井先生のところへ行くことを決めました。ここでの私は10番目の弟子だったんです。先輩門下生との年が離れすぎており、ほとんどの方が明治生まれ。すぐ上の人でも大正生まれ。「へえ、こんな小さなお嬢さんが入ってくるなんて」と珍獣扱いでした(笑)
絵が売れないことはいろんなことをやりました。あのころの画家はみんな仕事を持っていたと思います。美大を受けたかったけれど親に反対され、高校卒業と同時に「明日からは一銭もいりません」と宣言しました。小言つきのおこづかいなんて欲しくなかったの。最初の仕事は日本銀行の行員でした。得意な仕事は、おつかい(笑)。「書類運搬専門係」でした。5年ほど勤めましたね。昼休みには出版社回り、夜は研究所回り。セツモードセミナーやNHKのコピーライターの学校でも勉強していた事があるんです。テレビCMを作るプロダクションに入って、コピーライターをやって、監督さんのアイデアをスポンサーに見せるための絵コンテを描いたり、撮影の助手をしたり。週2回くらいは徹夜でしたね。夜が明けたら、また会社へ出勤。でも、そういうのは全然苦になりませんでしたよ。もちろん絵本のことをあきらめたわけではなく、合間を縫って描いていました。
わが子に描いた「1部限定版」。
世代を超えて今も読まれていることはうれしいです。
子育て中に製作した手作り絵本が
デビューのきっかけに
――『いやだいやだの絵本』『あーんあんの絵本』シリーズではせなさんご自身の子育て「格闘」時代が目に浮かぶような気がしますが?
子どもが生まれたことがきっかけで、これらの絵本を手がけました。絵本に出てくる「ルルちゃん」は娘(同じく絵本作家の黒田かおるさん)がモデルです。だから娘はよく兄に「かおるちゃん、いい子にしていないと、また絵本に描かれちゃいますよ!」と言われていました(笑)
当時は4冊しかなかった『うさこちゃんシリーズ』を買ってやったら息子がとても喜びました。けれど「もっと欲しい」とねだるので、じゃあ家で作ろう、と手がけたものがデビュー作となった『にんじん』です。私の子どものためだけの「1部限定版」だったものが、たまたま興味を持ってくださった福音館書店の編集の方の目にとまり、「これを出版しよう」ということになったんです。当時の福音館書店は「今までにない絵本作家を作ろう、変わった本を出そう」というスタイル。まだ絵本を描いていない人を積極的に取り上げていました。
――1冊目が出たときの心境は?
契約書では5000部の刷り予定が、実質的には2万5000部刷ったらしいです。あのころは1万部売れるのもスゴイことなのに、とても心配でした。これが売れ残ったら賠償しなくちゃいけないのかしら、ってドキドキしましたね。一冊も絵本を描いていない者の作品だったのに編集部は勇気があったわよね(笑)。
けれど読者カードの反応を見ていると、今のお母さんたちが小さいころに読んだこのシリーズを、次の世代の子どもたちに読んでくれているようですね。とてもうれしいことです。
折り込み広告やお菓子の包み紙も画材に変身。
どんな小さなかけらも捨てられないの
編集者も大感激!
「30年もの」の大事な画材
絵本作りの中でいちばん楽しいのは、ストーリーができた瞬間でしょうね。これは時間がかかるんです。できない、できない、できない……のあと、何かをはっとつかまえたときは、うれしいものです。あとは原稿が仕上がったときかしら。貼り絵というのは一枚ずつ仕上げるものではなく、全ページ一斉に進めていくんです。だんだん調子が出てきてから細かい部分を作業します。人物の目や口は最後の段階です。特に小さい子向けの絵本は表情をはっきりさせないと理解できませんよね。人物の服装は、材料が足りなくなったら本当に困るんですよ、だから小さなかけらも捨てられません。「あの柄がない!」とあとから大騒ぎしなきゃいけなくなりますから。『めがねのうさぎ』の新作だって、よく30年近く前の紙が残っていましたね、と編集者が感激していました。特別な理由がないと主人公の洋服の柄なんて変えられませんものね。
全工程がすむまでは手の爪も切ることができません。爪も商売道具の一部です。短く切ってしまうとうまく紙がちぎれなくなってしまうから。私の爪の長さは仕事の忙しさのバロメータみたいね(笑)
『どんどこどん』は通訳いらず
読みきかせ体験in上海
昨年秋、仲間の和歌山静子さんと上海に行きました。読みきかせベテランの彼女は大型絵本を持参し、日本語で読みました。子どもたちは中国人だから同時通訳してもらいながら読んだのですが、繰り返しの音が出てくると、もう通訳はいらないの。「どんどこどん」と和歌山さんが言うと子どもたちも「どんどこどん!」。とても楽しい体験でした。言葉ひとつで子どもと交流することができるのね。それに、ないている赤ちゃんに「いないいないばあ」をやるとみんな笑ってくれました。言葉抜きでも子どもとは遊べるんですね。私自身、読みきかせはあまりやらないのですが、この体験で「いいものだな」と再発見できた気がします。
今後は、童心社の“おばけ”を増やしたいな。ポプラ社の“うさぎ”も増やしたい。『めがねうさぎ』の新作も出すから、ぽつぽつとやる予定です。
撮影/石川正勝
取材・文/菅原千賀子