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政府の予算づくりが大詰めを迎える年末、自民党や中央省庁がある永田町・霞が関の恒例行事になってきた「陳情」の景色が一変している。
自民党政権時代、業界団体や自治体の陳情団は、公共事業や補助金の獲得を目指して自民党本部で開かれる部会や各省を「はしご」するのが常だった。ところが今年は、国会内の民主党幹事長室が陳情団の目的地となり、各省で見かけることはめっきり減った。
民主党が、陳情には幹事長室で対応するという方針を決めたからだ。民主党の国会議員が受け取ったり、地方では民主党県連が窓口となったりするケースもあるが、最終的には幹事長室で集約するという。このため団体の中には、陳情書のあて先を役所から小沢一郎幹事長に変えたところもある。
このやり方について、小沢氏は「族議員的な癒着の構造をなくすため」と説明している。
確かに、弊害は大きかった。陳情を官僚につなぐ族議員たちは、見返りに選挙や政治資金での支援を期待する。官僚は族議員から、各省の予算獲得や法案成立に協力をとりつける。そんな構造が政治をゆがめてきた。これを正すための改革は必要だ。
だが、幹事長室で一本化するという新方式にはいくつもの疑問がある。
幹事長室での検討では、副幹事長らが党の公約や政策の方向に沿っているかを基準に適否を判定し、妥当となれば判定結果を添えて閣僚ら政務三役に伝える。子育て支援や高速道整備といった大テーマのうち、特に重要と判断したものは、小沢氏が鳩山由紀夫首相に実現を働きかける予定だ。
最大の疑問は、政策については政府が一元的に扱うというのが民主党政権の大方針なのに、党が陳情の適否判断にかかわるところにある。幹事長室が予算配分や政策決定に影響力をふるうようになってしまわないか。
幹事長に小沢氏という実力者が座っていることで、この懸念は膨らむ。参考意見とはいえ「幹事長室の判定」は政府もむげにしにくい。小沢氏が首相に伝える大課題はなおさらだ。
政策決定を政府に一元化する狙いは、党と政府が並立した自民党政権時代の構造を改め、首相や閣僚の責任を明確にすることにあったはずだ。
また、道路整備を求める知事らの陳情に、選挙での党への支援が前提だと応じた副幹事長がいる。自民党支持者を引き寄せるため政府予算を利用するのでは、族議員構造を批判できない。
政策は政府が決めるというなら、陳情にも政府が対応するのが筋だ。政務三役や補佐スタッフを早く増員し、応じればいい。本来なら、国会対応を含めて政権の意思決定を一元化するために、幹事長を入閣させることを考えるべきだったのではないか。
政府の情報収集衛星が導入されて6年。先月末、より性能の高い監視カメラを積んだ光学衛星が打ち上げられ、予定軌道に入った。
これまで1メートル四方の物体が識別できる水準だった精度は、60センチ四方に向上したが、開発と導入にはすでに7千億円近くが使われた。今後も毎年600億円以上の予算がつぎ込まれる。
思い起こしたいことがある。導入決定当時の額賀福志郎防衛庁長官が、衛星の目的について「資源探知や災害などに活用できる多目的衛星の一環として軍事情勢などの情報を得るのが現実的」と述べていたことだ。
11年前の北朝鮮による弾道ミサイル発射をきっかけに、政府は衛星導入を急いだ。
それでも偵察と民生利用を目的の両輪としたのは、宇宙の平和利用を定めた国会決議への配慮からだった。日本が独自に軍事衛星をもつことへの警戒感が米国内にあったことも事実だ。
その結果、精度を「商業衛星並み」にとどめ、民生にも大いに役立てることで導入が決まった。ところがこの衛星情報が災害や資源探査に役立った実例は、03年の最初の打ち上げ以来、一つも明らかにされていない。
当初の目的に沿って所管を防衛庁ではなく内閣にして民生部門への活用を進めようとしたにもかかわらず、実態は警察・外務・防衛など一部の省庁が運用を取り仕切り、事実上、他の省庁が利用できない仕組みができあがった。政府は「情報収集能力が明らかになるから」として、衛星からの画像は一切公開していない。
どんな目的に使われたのか。どういう活動をしているのか。それが伏せられたまま軍事的な機能だけが優先されてきたわけだ。さらに昨年5月に宇宙基本法ができ、政府は「商業衛星を凌駕(りょうが)する」能力の開発までできるようになった。それに基づいて次々と高性能化が進もうとしている。
しかしその実態も国民の目に触れることはない。
実はこれまでの運用では、当初の計画さえ達成できていない。光学衛星とレーダー衛星を各2基ずつ備え地球上全体をカバーするはずだったが、打ち上げ失敗や故障が重なり、4基体制が整ったのは6年間でわずか1カ月にすぎない。度重なる北朝鮮のミサイル発射や核実験の際も結局、肝心な情報は米国の軍事衛星の画像が頼りだったとされる。
独自の情報収集力の強化を必要だとする議論は理解できる。しかし、これだけの財政危機の時代に民生部門での役割は捨てて、このままの軌道を進んでいいのか。鳩山政権は前政権までの政策の大がかりな検証を進めている。この衛星についても納税者が納得できる説明が必要ではないか。