インターネットでの表現は、匿名やニックネームが中心で実名表記はまれ。ネットがメディアとしての信頼性を高めるには、表現者が自分の名前を開示し、発言の責任の所在を明らかにすることが不可欠。ネットを過激な陰口の場にしないためにも、実名主義を進めることを提案したい。
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ネット上での実名使用の推奨提言に対して、さまざまなご意見をいただきました。特に、今回はクロストーク上だけではなく、他の掲示板やブログなどに今回の議題が参照され、ネット全体での実名使用の論議になったことが、もっとも驚きであり、もっとも収穫だったと思います。
さらにクロストークでは賛否が拮抗(きっこう)するか、賛成が反対を上回る結果が多いのですが、今回は「反対」「どちらかといえば反対」が合わせて64・1%でした、実名使用はメリットよりもリスクが高いと考える人が多いということが色濃く出たのが特徴です。
反対意見は「ハンドルネーム(ネット上の名前)の使用で個人を認識できる」「実名主義のリスクを負えない弱者も多い」「身上・思想調査や犯罪に悪用されかねない」などがありました。一方、賛成意見は「責任を感じる点で効果がある」「情報発信をメディアに任せない」などが寄せられました。「賛成だが、パスワードによる閲覧制限など発信者を守る仕組みが必要」との意見もありました。
私の提案は「実名主義の義務化」ではなかったのですが、義務化のような誤解を与えてしまったかもしれません。人とつながるコミュニケーションや意見表明をする時には、できる限り実名、すなわち本名か本人にトレース(追跡)できるような固定したハンドルネームで言論に責任を持ちたいという考えでした。
みなさんの意見をいただいて感じたことは、実名主義を個人レベルでも推進するには、次の三つのハードルがあるということです。(1)個人のみにリスク管理の責任を負わせるのは酷。運営サイト側で担保する仕組みも必要(2)ディベート(議論)技術や少数意見の尊重、差別意識の撤廃などについて、一人一人のスキル向上が必要(3)実名はあくまで責任を持たせることができるという仮説にすぎず、責任向上には別の手段も必要。
ただ、「実名主義を貫きたい場合には、その新しい文化をつくればいいのではないか」というご指摘もありました。引き続きクロストークでは実名主義を貫くとともに、特に反対意見としていただいたコメントについては、私たちが安全に自由に使えるための場をどう整備するのか、今後の課題としたいと思います。
そして今回は、ベストアンサーには成田義也さんを選ばせていただきました。成田さんはネットを「誰もが一定の権限で参加し、一定の範囲で平等であり、一定の自己責任を負うことでネットに参加している」と指摘。実名が必要な範囲を個人の決定すべき問題としてとらえています。
実名利用者が増えるのか、それとも半匿名か完全匿名かは利用者が決めていくことであり、ルールで決めることではないということに私も同意します。しかし、どんな方法でも、自分の行動に責任をとるという市民としての行動を貫くような利用方法をみなさんと考えていきたいと思います。(経済評論家)
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成田義也 さんの投稿
問題点としては、メディア信頼性向上や既存メディアとの競争を、インターネットの参加者が望んでいるのだろうかという点である。個人的には、望まない人が少なからずいて、実名による表現を望まない人が多い状況があります。
インターネットは、古代ギリシャのような民主制に近い形態ではないかと思う。誰もが、一定の権限で参加し、一定の範囲で平等であり、一定の自己責任を負うことで、インターネットに参加している。私自身にせよ、実名での記述もあれば、実名でない記述もおこなっている。これは、インターネット上では、個人特定の名称の数だけ、個別に周囲に適応するためのペルソナ(人格)を持っていると個人的に判断している。
参加者個人の持つペルソナが、一定の空間に対して所属するグループで構成され、校正されたグループが、ぼんやりとインターネットの空間に所属している形になります。つまり、一個のペルソナが参加するインターネットの空間そのものは、それほど大きな空間ではないことが多いと思われます。
匿名であっても、一定のグループ内で名前と顔が一致していることは良くあることで、一定のグループ内では、匿名であっても実名とほとんど変わらないケースが多いのです。こういった場合は、匿名であるからといって、グループ内での責任を回避することはできません。
こういった状況を踏まえれば、実名が必要であるか、必要でないかは、表現の場によって違うべきです。 実名が必要と感じる方は、実名での参画が必要な表現の場(ムラ)を築き、賛同者と共に、実名での参画をおこなっていくことで、インターネットのメディアとしての信頼性を高め、既存メディアと肩を並べていくことを目指していけばいいのではないでしょうか。
個人で対応可能な範囲に限界がある以上は、インターネット上での実名での参加は、あくまでも個人で決定すべき問題であると判断します。
前回の主張と今回の主張の違いが今ひとつ判りにくいのですが、今回の勝間さんの問いかけは”しかし、どんな方法でも、自分の行動に責任をとるという市民としての行動を貫くような利用方法をみなさんと考えていきたいと思います”の部分だと思ってコメントします。
インターネットも現実社会の延長線上に存在する場ですから、そこで流通する情報が玉石混淆であるのは当たり前ではないかと思います。
ただ、(回線接続料さえ払えば)自分の顔を見せずに(逆に言うと相手の顔を見ずに)無料で発言できる事が無責任な発言の敷居を下げ、現実社会に比べてより”石”の方が多くなる事は仕方がない事のように思います。
その中で、それなりに質の高い意見交換のコミュニティを作るのであれば、課金する、実名(この場合どうやって実名である事を保証するかと言う問題はありますが)で発言する、場のポリシーを明確にし、それに合わない発言は管理者権限で削除するなど、何らかの形で敷居を上げてあげれば良い事だと思います。
そうする事でその場での議論の質が上がれば、そこに参加するメンバーのステータスも上昇し、それに魅力を感じ共感する者の参加が自ずと促されてくるでしょう。
これはネットの内外に関係なくコミュニティのステータスを挙げるための常套手段であり、インターネット上でも既にFacebook等のSNSサービスで採用されている戦略ですね(もちろんこのクロストークも)
最初の主張の再掲になりますが、インターネットだからと言って特別視する必要は無く、リアル社会の延長として考えれば良い問題のように思います。
また、幼少期の教育も重要だと思います。
前回のコメントではディベート教育の見直しについて書きましたが、そこで最も大切なことは議論をリーディングする先生の力だと思います。
各人が自分に良かれと思って行う行動が全体として悪い結果をもたらす(従って多数決では全体最適な答えは得られない)”合成の誤謬”の存在や、環境の変化の中で既得権に固執する事が全体としての効率をスポイルする事、低位の均衡から高位の均衡へ移行するには一旦破壊が必要な事等を、理屈としてではなく体験の中で子供たちに気付かせる力量が、議論をリーディングする側の教師に必要でしょう。
出来れば全ての教師に体得して欲しい技術ですが、専門講師が各校を回る等でも対応する事ができるものだと思います。
子供の頃からそう言った経験を積み、”自分の行動に責任をとるという市民”のベースを各人が築いていくためにも、教育の観点からのアプローチは大切ではないでしょうか。
SNSで知り合い、リアルに数回飲食を共にしても頑なに、本名を明かさない人がいる。
ネットという手段で知り合い、リアルな友人に深めて行きたいと思ってもハンドルネームに固執し、職業も明かさない人は、リアルで人との交流を望むべきではないと思った。
初対面で名刺交換して素性を明かしあうことが信頼性ある人間関係構築の第一歩である。
ネットで知り合った人たちだから、おいそれと素性を明かしたくない明かせない人には、人間関係を構築することは私には出来ない。
ネット上で本名を明かすことが責任ある行為に繋がるという思考は余りに安直で賛成できない。匿名でも真摯に意見に責任を持ち、参加する人がいるし、実名でも
誹謗中傷する人はいる。勝間さんの意見には賛成できない。名前が重要なことではない。
今回は先に提案を書きます。
この「クロストーク」で今後とも「実名主義」を貫くのであれば以下のように提案いたします。
1.コメントを送信する前の「確認画面」を設ける。
=>誤変換などの確認のほか、内容・表現の確認ができるようにする。(新提案)
2. 自動送信で、投稿者の方のEメールアドレスに「コメント受領」「実名御礼」の返信をする。(既出)
=>「実・アドレス」確認と運営側の姿勢の問題。
3.「賛否」だけの投稿(コメント欄に記載なし)の場合も正式に受け付け、「賛否の数」だけには反映させる。(新提案)
=>実名は結果的に「非公開」で、賛否だけでも表明したい方への配慮。
4.Eメールアドレスの重複は同一人物として、「賛否の数」から差し引く。(新提案)(できれば)
=>同姓同名が存在するとして、Eメールアドレスごとに「賛否の数」だけは重複を排除する。
5.「賛否の数」の分母、つまり賛否についてクリックした総数を表示する。(新提案)
=>コメント投稿数=コメント掲載数=賛否への表明数にはならないため。
(3.の条件との兼ね合いも考慮する。)(何人が「賛成」で、何人が「反対」か明らかにする)
6.コメント投稿者の方の「賛否」を表示する。
=>現在、本文に「賛否」が書いてあるかどうかが頼りになっている。
またベストアンサーの方の「賛否」も本文を読み取らなければ分らない。
提案の背景は以下の通りです。
a.「賛否」のパーセント数に「投稿者掲載数」を掛けても、「整数」にならない(小数点が出る)。
=>投稿のみの方もいるかと思い「投稿者掲載数」を減らしても、やはり「整数」にならない。
b.「賛否」のパーセント数を合計しても100%にならない場合がある。
=>自動計算にて四捨五入していると思われる。
c.投稿者側で賛否のボタンを押さなくとも「投稿」はできる。
=>当然、「賛否」の数に入らない。(重複投稿の場合、意図的にやっていることもある)
d.コメントを書かなくとも、「賛否」だけは表明できる?(すみません、試していません)
今回、「賛否」の結果にこだわった理由です。
*「実名」を出してまで、「実名主義」にもの申す投稿者の方々がいらっしゃること。
**その条件であっても、53.5%の「反対」の方々と、12.6%の「どちらかといえば反対」の方々がいらっしゃること。(合計66.1%)
**これらは今までと違った「現象」であり、この「クロストーク」の根幹をゆるがす問題かもしれません。じっくり検討しましょう!
コメンテータ29小泉さんの主論には納得性があります。そもそも実名とは戸籍上の名前だろうが明治初期、政権の姓の付与が列島に定着し、その後朝鮮半島や台湾における称氏改名が今なお禍根としてその残滓が生きている。
勝間氏の問いかけはネット社会の実名と匿名に限定されており、トーク参加者もその点にフォーカスしている。
匿名とは他の投稿者も指摘するように、著作物の作者名、俳号など数多あることは良く知られている。
ネット社会で、その時興味を持った受け手は真の人物を探るだろうか、あるいは感動を内に秘めるだろうか。多分分かれるだろう。
実名の記述に関心が集中するのは、参加者の分析もあるが(1)不安の拡散(2)虚偽の声明の拡散(3)悪意に満ちた誹謗中傷の配乗などに対する匿名禁止要求であり、(4)これはおかしい(5)良くしたい(6)行動したい、の内容は社会共同体に対する建設的メッセージに他ならない。実名や匿名にも2面性があると言うことだ。
社会的存在として認知された政治家やそれに類する人々への糾弾は阻害されるべきではない。真実の公開が匿名だからと云って公訴条件を満たしていないとする法体系と、その秩序こそ問題だ。ところが、一方で真逆の深謀遠慮も起きている。ネットを安上がりなツールとして着目した利用者はある種の勝ち組みなのだろうか。
この投稿が掲載されるかは知るところではないが、勝間氏の設問の甘さに憂いを感じる。
少し、これまで「メディア」が一般国民・市民とどのような対話をし、共有してきたか、考えてみました。
新聞メディアでは、以前から「投書欄」というものがありました。同様に、ラジオでも、テレビでも、視聴者・聴取者が葉書やFAX、電話を使って当該メディアに送り、司会者などが紹介することはありました。メディアがテーマを決めることもあれば、投稿者(読者・視聴者・聴取者)が自由なテーマで送ることもあります。今は、メールでテレビ・ラジオにメッセージを送る手法は幅広く活用されています。ここに出るメッセージには、住所や氏名(ペンネーム・匿名希望を含む)をつけて紹介されます。
投稿者から送られてきたメッセージは、メディアの視点で選別(スクリーニング)され、読者・視聴者・聴取者に紹介され、共有される。逆にいえば、そのメディアの呼びかけに対してどれだけの投稿があり、それぞれどのような意見だったのかが読者・視聴者・聴取者にはわからない。
今、この「クロストーク」で行っている手法はその延長線上にいるものと考えています。
以前より文章作成・送付・通信にかかるコストは金銭面・それ以外全てにおいて劇的にダウンしました。また、表現手段も劇的に豊富になりました。それに従って、投稿者からの投稿は、質量も劇的に増加しているものと思われます。
一方、投稿者視点から見て一点変わっていない点があります。それは、メディア側によるスクリーニングのプロセスです。
もちろん、「公共の」メディアに素人の整った文章を載せるわけにはいかない、という考えはあるでしょう。また、議論が間違った方向にいかないように、交通整理をする必要もある。しかし、投稿者視点で見ると、スクリーニングの基準がいまいちわかりにくい。
基本的に私は、勝間さんや毎日新聞のような交通整理をされる「管理者」は必要と考えます。しかし、これまで議論にも上がっているとおり、管理者の意見・結論に対して、「投稿者」側からの指摘もなされるし、指摘してもよいということだと思います。
(それが、従来と比べて飛躍的に改善・向上したということだと思います)
その際、「投稿者」側も「管理者」側に本当に説得したいのであれば、実名(またはコテハンなどの、ほぼリアルの個人が特定される名前)を出さなければいけないですし、逆に特定不能な名前しか名乗れないのであれば、その投稿はそのレベルでしかないということと思います。
今後、ネットを活用した議論のプロセスを「ネチケット」のひとつとして広く普及させ、ネット上の議論の基盤として作り上げていく必要があると思います。
そもそもネットと現実を同一のルールで縛ろうというのが間違いではないでしょうか。
現実の個と、ネット内の個。それぞれ構成している単体は同じでも、そこに存在する本人像は違うと思います。
その二つを無理矢理結びつけることが何故必要なのでしょうか。
ネット上の個から現実の個が特定できる必要があるのでしょうか。
匿名での書き込みであったとしても、ネット上の個の書き込みであることは特定できます。
ネットと現実で呼称をどうするか。ということより、ネットと現実は何がどう違うか。を理解するほうが先決です。
その上で呼称は個人の自由で決めればいいと思います。所詮そのものを指し示すための記号なのですから。
そもそも「ネットを過激な陰口の場」としないために「実名主義」にしませんかという提言ということを忘れてはいけない。
実名主義にしたからといって「ネットを過激な陰口の場」としての効果も期待できないばかりか、リスクもありまた、ネットの特性である様々な人たちから広く意見を集めることさえ出来なくなってしまうことに対して「反対」を唱えているだけだ。
「ネットを過激な陰口の場」にしないためには、実名主義でなく、管理方法や技術的な面、あるいは投稿者に対しての教育などの様々な切り口での解決方法のほうが可能性が見えるのではないでしょうか。
私も実名でさまざまな意見が言える社会になる「べきだ」とは思いますが、今回の提言はそんな話ではなく、安易な思い付きでの話でしかないと感じています。
出されているお題を拡大解釈して、熱くなることこそが「ネットを過激な陰口の場」になる第一歩だとも感じました。
「ネットを過激な陰口の場にしないためにも、実名主義を進める」は手段を目的にしてしまったところに問題があります。。
私見ですが、我々にとって望ましいは「実名で議論できる社会環境の実現」であるのではないでしょうか。
ですから、今回の提言で評価しなければいけないのはその目標に到達するために「実名で議論する」という行動や方法が必要十分であるかどうかだと思われます。
これまでの投稿で出てきた数々の障害や解決すべき問題は「実名で議論する」という方法では解決につながりません。手段を目的にしてしまった提言は無意味だと思われます。
さらに繰り返しになりますが、このような無意味な提言に関する統計数値は無意味です。
まだ、ネットは万人のものになっているわけではないので、別段実名を持ち込む必要は無いと思います。
“匿名”という名前にするのではなく、ハンドルネームやペンネームを使えば、各コミュニティにおいて、個人として認識できるのだから、それで良いのではないでしょうか。
私は、ネット上で実名を使うと、誰にも相手にされません。一切使ってこなかったからです。そして、ネット経由で知り合った方などは、実名を知らずに、リアルに充分お付き合いしています。銀行やネットショップなど、必要最小限の場所で、実名は使えば良いと思います。
実名主義には、賛成できるが今の日本においてはそれ以前の問題として民主主義への認識の不足が感じられる。民主主義とは、その基本は全ての人にはこの世界に生まれてきたと言うそのことだけの理由で、人としての尊厳が生じ、他の人の尊厳を出来る限り傷つけない範囲で自己実現できると言うことだと思う。民主主義への認識が十分な社会において、実名を使うと言うことはその本人の尊厳の宣言であり、自己実現の最小の表現と言える。
従って、このコラムにおいても実名を要求する以上、それぞれの発言者の尊厳を絶対に守ると言う勝間さんの強い意志がなければならない。それは毎日新聞にも言えることだ。そこまでの考えと深い意志を持って実名を要求しているのであれば、実名を要求し実名を使って議論していくことには大いに賛成できるが、これまでの議論からはそこまでの強い意志は感じられない。
その意志の欠如が、実名で行くか、匿名で行くかは個人の判断に任せるといったある種妥協的な結論になった原因ではないかと考える。もう一度実名で今後も行くと言うことであれば、このコラムは個人の尊厳を絶対に守っていくと言う強い意志を示してもらいたいと思う。
今回の勝間さんのコメントを読んで、肩透かしを食ったような気分です。前回の提言を見る限り、「固定ハンドルネーム」が実名にあたるとはとうてい解釈できません。私もmixiでは「コテハン」を使い、プロフィールでは本名(私の解釈ではイコール実名)と年齢と居住地(市まで)も公開しています。
ところでこのクロストークでは、投稿者の年齢・職業・居住地によって賛否が分かれると思われる出題が多いです(例:終身雇用の可否、マイカー削減、給与所得者の税務申告)。議論を活性化するためにはパスワード制にして固定HNでの参加を認めた上で、年齢等の属性をも投稿のつど公開するようにしてはどうでしょうか。パスワードと申請時の本名登録(非公開)以外は、以前の毎日新聞のディベートコーナーでやっていた方法と同じで、不可能とは思えません。悪質な覗き見や誹謗中傷から投稿者を守るには、以下の方法が考えられます。
1)パスワード登録時には「お題」への書き込みを義務付ける。このときの字数は最低二百字とする。
2)一定期間(例:二か月)書き込みが無い参加者については、その後一か月の凍結期間を経た上でパスワードの再登録を行う。
過去の題目についてこれらの属性を調べないまま「拮抗か賛成が多い」と言うのは、勝間さんや編集者の自己満足のようにさえ思えます。投稿結果を踏まえた政府等への提言の際も、本名よりはこれら属性を明らかにしたほうが、受け取った人がその背景に思いを致すことができて効果的でしょう。
最後になりますが、公の場で(本名+年齢+居住都市名)を名乗って自由にものが言えない社会はやはり異常です。実名反対を訴える人に訊きたいのは、新聞の投稿欄でも実名を明かすべきでないとお考えなのか、ということです。
集計のつづきです。
国公立大の授業料を引き下げよう 32.8 32.8 17.8 16.7 賛成
選挙のコスト削減を 46.3 29.5 10.5 13.7 賛成
公立学校に地域コミュニティー委員会設置を 18.4 26.3 23.7 31.6 条件付反対?
行政・議会に透明性と説明責任を 34.7 20.8 20.8 23.6 賛成
緩やかなつながり、「Twitter」のすすめ 27.6 17.2 27.6 27.6 だいたい賛成?
マニフェストから政治家の個性を見抜く努力をしよう 13.2 42.1 21.1 23.7 賛成?
日本の社会起業家を応援しよう 27.5 41.2 11.8 19.6 選定なし
新政権と有権者、実り豊かな「ハネムーン」を 28.8 42.3 15.4 13.5 選定なし
ネット上でも実名で表現を 22.0 11.8 12.6 53.5 賛否不明
新しいコミュニケーションの文化が必要との勝間さんの意見に一言。
現時点では、このようなPCのクロストークは、消極的な、自己慰み的な域にとどまっても意義のあることだと思います。最終的には紙面を超えて、実名、実顔、実行動、実効果のコミュニケーションになるまでは時間がかかると思います。
ヨーロッパにいますが、こちらのEーメールアドレスは、周りの国も、ほぼ実名で、日本のようにアドレスそのものが匿名に近い物と違う。PCなどを介せず、常に自分の考えを周りに影響させていく機会があり、実顔でデモにも出られる。新聞のコメントは、実名と聞きます。責任を負う訓練ができている。一見、個人をさらけ出し、リスクがあるようですが、原則として人格が守られる法律が進んでいる。逆に、日本では、目立たないように、迷惑かけないように気を使いながら生活していて、豊富な知識、想像力をひっそりためて生きてきた人には、このような匿名の機会がまだ必要なのでは。驚くことは、日本での人格軽視です。ただの容疑者で、まだ裁判前でもすぐ、顔写真が公になること。日本では一度失敗すると立ち直れないほど切り捨てられる。特に若者は悲壮です。欧米では、顔、つまり人格が尊重されますので、日本の写真公開はびっくりされます。
こちら、ほぼ中、北欧州では、自分の強みを主張できない子供は不利になる。論文式、口答試験、ディスカッション、チームワークが大事な基本で、限られた時間で、独創的な自分を紹介する能力が問われる。いじめなども、いじめられる子供の親が、強い子供にさせる指導を受けさせられる。
日本では、反対で就職試験も、同じようなステレオタイプでなければ不利になると聞きました。
ですから、勝間さんの理想である実名トークは、今までの教育を受けてきた人には残酷では。まずは「トークさせる」事が大事であり、匿名でも仕方がない。このような新しい文化は、根がつくまで時間がかかる。
一部管理者層が個人をトレースさえできる仕組みがあれば、わざわざ実名を公開する必要はありません。
そもそも相手の顔も知らないのに、実名を知っても仕方ありません。実名だけでは相手を特定しようがありません。私個人が相手の責任も問う事はできません。
また、私自身は実名を公開するのは投稿に抵抗があります。何かに利用されないかという不安があります。実際はそんな事はそう起こらないでしょう。でも抵抗あります。
積極的で礼儀正しいユーザは、匿名でもしっかり責任を持って発信するものです。それなのにあえて重荷を課しては、情報発信の機会が失われそうで残念です。
結局、実名投稿は抑制効果しかないと考えています。一部の質の良い情報発信のみをフィルタリングすることは可能でしょう。ですがネット社会全体に適用出来る話ではありません。下手をすると世界レベルの制度が必要です。
匿名を盾に誹謗・中傷などの問題発言やいい加減な情報発信を繰り返すユーザーは、制限・罰則を与えるなどが良いと思います。
実際に責任を問い、執行するのは管理者層や法に任せるのがベターでしょうか。傷ついたり損失があったりしたユーザへのフォローを行う仕組みもあると良いかもしれません。
今のネット社会は、まだ未熟ながらもそういう方向にあると思います。もっとコンテンツに目を向けた法制度があると良いですね。
実名/匿名論争に答えを出すのは非常に困難な気がしています。最終的には、やはり個人の問題なので。
実名でないと、逆に危険である場合もあります。実名で発言する事により、こちらで個人情報を制御できるケースがあります。
僕の場合はそうでした。現在はハンドルネームと実名併用ですが、ブログで過去論争になって、「これを見て黙れ」と謂わんばかりに、僕の実名、住所、電話番号を晒された事があったのです。
それを、サポートセンターに通報しても「警察に行けば?」と鼻で笑われるだけでした(ライブドア・サポート)。つまり実名であれば、個人情報が人質に取られないという、見えないメリットはあります。
ですが、できれば、僕もハンドルネームのままで居たかった。ハンドルネームを基本にして、荒らしにくい、そして嫌なものを見ないで済むシステムが広まれば、と思います。
自分の名前で検索する・・・それをやめるのも手でしょう。誰かには謂われたくありませんが、どの道、世界の全てから愛されるのは不可能なのですから。(それを、他人を叩く理由にする連中が居るので、本当に驚きです)
一部集計しました。
<お題><どちらかといえば反対> の順です。
マイカー減らそう 25.2 20.1 22.9 31.8 条件付き賛成
小中学校、25人学級に 39.2 22.2 19.6 19.0 条件付き賛成
年金「賦課」から「積立」方式に 19.0 33.3 15.9 31.7 反対
消費税上げ、法人減税を 13.1 20.2 10.7 56.0 だいたい賛成
ODA3兆円 寄付3000億に増額 24.5 34.0 17.0 24.5 賛成
最低賃金 1000円に増額 18.3 25.2 22.9 33.6 賛成
社会保障番号の導入 43.7 35.2 7.0 14.1 賛成
ネット選挙活動 解禁を 58.6 20.7 8.6 12.1 賛成
給与所得者も申告納税を 51.8 17.6 12.9 17.6 賛成
道州制の導入を 33.8 30.9 10.3 25.0 賛成
終身雇用を見直そう 24.1 36.8 12.0 27.1 賛成
早婚の勧め 23.6 26.8 21.4 28.2 条件付き賛成
実名での投稿の方がより真剣な議論ができるのは確かだと思います。
一方、匿名でないと意見を言いにくいと思われている方が多いのも確かです。
日本の風土の特性かどうかわかりませんが、「出る杭は打たれる」という側面があるからでしょう。しかし、この風土を変えていかないと国際社会に取り残されてしまいます。
また、匿名でないと意見をいいにくいテーマというのも存在するかもしれません。
そこで、私の提案は、実名でのディスカッションの場と匿名でのディスカッションの場を同一サイト内に両方設けることを提案します。真剣に討論したい方は、実名でのディスカッションの場を用い、本音で議論し且つ被害を防ぎたい方は匿名でのディスカッションの場を使うという使い分けです。そうして、最終的なベストアンサーを勝間さんが二つの土俵の中から一つ選ぶといった感じです。
もし、実名の場から選定されれば「実名の勝ち」、匿名の場から選定されれば「匿名の勝ち」となります。
実際に試してみることで、テーマ毎の優劣や、全体の傾向が見えてくるように思うのですがいかがでしょうか?
あれこれ考えるのもいいですが、膠着状態を打開するのは、やってみるのが一番早いと思うのです。
私は固定ハンドルネーム等管理者に個人が特定可能で、戸籍上の実名を非公開とする方が良いと思います。
匿名=個人が特定出来なければ誹謗中傷や「炎上」など違法行為が起きるのはネットの世界だけではありません。今の日本人の倫理観によるところが多いでしょう。
例えば、万引きの増加、暗い路地での立ち小便、車へのいたずら等「見られてなければOK」という倫理観が増えているように思います。今回の議論から外れますので短くしますが、日本人の無宗教性も影響している様に思います。海外の匿名サイトでは合理性の無い誹謗中傷の場合他の投稿者が止めに入る事も頻繁に見られます。
「実名、匿名…利用者が決める」という結論は現状のネットの世界そのもので、将来を見た提言とは言えないと思います。「実名反対」の意見がこの「実名投稿」の場所において約2/3近くだった事から潜在的匿名希望の実数は更に多いでしょう。
現状のマスメディアですら会社名以上の個人を特定出来る意見(トークショーの軽い発現は除きます)が少ない事からも素人が実名で無制限に社会的に課題となる意見公開する事を推奨するのは個人のリスクが高くなると考えます。またレアな姓名の場合発言すら出来無い場合が有るでしょう。
実名記載を推奨される方は「56」の被差別解放部落の出身の立場で書かれた鈴木真希さんのご意見をどう考えているのでしょうか?少数派は沈黙をという事でしょうか。
また、皇室の方が投稿したい場合はどうなのでしょうか。
まずは(実名を戸籍上の本名とした場合)実名のみに頼らずにネット管理者が個人を特定出来る方策が必要でしょう。実名記載を要請する場合、その投稿者のプライバシー等安全が保障される仕組みが必要でしょう。
固定ハンドルネームその他の方策で度を超した誹謗中傷を削除したり投稿した個人を特定出来る方策は既に存在する訳ですから、このクロストークでも早急にシステムを改善すべきではないでしょうか。
実名推進派の方は「実名を出せない」或は「実名を出すリスクが高い」人々の痛みを理解していない様に思います。
3点あります。
1. 過去の「消費税上げ、法人減税を」と題したクロストークでは「どちらかといえば反対」と「反対」の合計は66.7%になり、この「お題」の割合よりわずか多くなっています。
ここの「お題」では「だいたい賛成」の方が「ベストアンサー」に選ばれています。しかしここでの反対が3分の2になっているのに、ベストアンサーで「だいたい賛成」の方が選ばれていることはどのように理解すればよいのでしょうか?ご教授いただければ幸いです。
2. 「講評」より引用:「さらにクロストークでは賛否が拮抗(きっこう)するか、賛成が反対を上回る結果が多いのですが、」
=>本当にそのような結果か?きちっと集計して「公表」願います。
=>なぜ「賛否が拮抗するか」も原因を探ってみましょう。
3. 「お題」をいただいても「実名」でコメントを出せる方々の意見だけですから、ネット社会全体の意見ではないことは当然認識されていますよね?
(つづく)
欧州的な感覚ではあるが、公での立場について、一定の基準を示している規格ISO26000が公表されました。インターネットを参加者グループによる組織と考えれば、インターネット参加者は、インターネットという組織に関わる関係者として、行動されることが要求されるということになります。ISO26000は、<説明責任><透明性><倫理的な行動><ステークホルダーの利害の尊重><法支配の遵守><国際行動規範の尊重><人権の尊重>の7項目で構成されています。
何も、ISO26000に準拠する必要などありませんが、インターネットで発言する場合には、実名であるか匿名であるかには関係ありなく、一定の規範は必要とい認識は持つべきです。
実名の方が、規範に則って発言しやすく、匿名であれば、規範に反するのかというのは、議論としては間違っています。実名であろうが、匿名であろうと関係なく、公の立場での規範に従って発言する、意識や姿勢が重要だと思います。
インターネット上で、公の立場としてのstakeholderを考えると、ネット上での仲間、通りすがりを含む記事の閲覧者、書き込みを入れる方、当該ウェブページ全体の管理者、ウェブページグループ(ココログ等)の管理者、それぞれが関係者ということになろうかと思います。こういった関係各位の利害得失を判断した上で、きちんと議論をしていくことができるならば、実名であろうと匿名であろうと関係ないかと思います。