チリの社会主義運動に参加し、虐殺された歌手、ビクトル・ハラの死因が36年ぶりに特定され、ハラの遺族や彼を偲ぶ人々によって、遺体が墓地に再び埋葬されました。
チリの首都サンチアゴで5日行われたのは、36年前に虐殺された国民的歌手、ビクトル・ハラの遺体を再び埋葬するセレモニーです。
チリの歌手、ビクトル・ハラは1960年代、歌で社会を変えようという運動の中心人物の一人で、1970年のアジェンデ政権の誕生にも貢献しました。1973年、ピノチェト元大統領がクーデターで軍事政権を打ち立てた際、ハラは抗議集会に参加していたところを軍に拘束され、射殺されたとされていましたが、詳しい死因はわからないままでした。
今年、改めてハラの遺体の検屍が行われ、拷問の末、射殺されたことが明らかになりました。ただ、手を下したのが誰なのか、指示したのが誰なのかについては未だはっきりしていません。
検屍を終えた遺体を再び埋葬する5日のセレモニーにはハラの妻、ジョアンさんを始め何千人もが参列し、ハラの代表曲などを歌って故人を偲びました。(07日12:56)